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最高裁判所第二小法廷 昭和26年(れ)2527号 判決 1953年2月27日

主文

原判決中被告人鳥居馨を除く他の被告人に関する部分を破棄し、本件を大阪高等裁判所に差戻す。

被告人鳥居馨の上告はこれを棄却する。

理由

被告人岡田清の上告趣意、弁護人能勢克男の上告趣意、弁護人小林為太郎の上告趣意、弁護人井藤誉志雄の上告趣意、弁護人竹内信一の上告趣意及び弁護人青柳盛雄、同大蔵敏彦、同平林正三の上告趣意について。

原判決は判示第一一として被告人鳥居馨を除く各被告人が共謀の上昭和二三年八月四日頃から同年一一月二五日頃までの間別表(一)乃至(六)の会社所有にして工場内倉庫在中の物件を売却その他の処分をするため無断で出庫しいずれもこれを窃取したものである事実を判示し、なお判決理由の後段において右所為が窃盗罪を構成する理由を詳細に説明しているのであるが、その説明中同年七月二六日の団体交渉に基き会社代表取締役である高津忠は翌二七日組合に対し会社が七月分の未払給料を同月三〇日午後四時までに支払わない場合は製品倉庫内にある製品乃至会社の什器類をもってこれに充当する旨言明し、同日附右趣旨の覚書を交付した事実はあるが、右の覚書は組合側の執拗なる脅迫的言動によって高津忠が書かさしめられたものであって、高津忠はその後直ちに右覚書を取消す旨を組合側に通告しているのであるから、本件製品什器等が右代物弁済契約によりその所有権乃至占有権が直ちに会社から組合に移ったものと認めることはできないと判示しているのである。よって右覚書の内容をみると「昭和二三年七月度賃金ガ所定ノ最終支払期日タル同月三〇日午後四時迄ニ完全ニ支払ハレナカッタ場合ハ其ノ支払分ヲ補償スル為メ同日同時現在製品倉庫ノ棚卸表ニヨル完成品ノ内右ノ未払金ニ充当スル迄ノ製品ヲ組合ニ引渡シ従業員ニ支払フ但シ其ノ処分ニ就キテハ左記ノ通リノ条件トスルコト」と記載してあって、その条件を具体的に列記し不可抗力的な事情で未払金額を超過した場合の処置にまで及んでいるのである。そしてこの覚書の内容が原判決のいうが如く代物弁済契約であるかどうかは一個の問題であるがいずれにしてもそれは会社が未払賃金の支払に充当するために製品等の処分を組合に許した趣旨の契約であることは疑を容れないところである。原判決は右覚書は組合側の執拗なる脅迫的言動によって、高津忠が書かさしめられたものであって、高津忠はその後直ちに右覚書を取消す旨を組合側に通告していると説明しているが、その取消の書面をみると「去る六月一八日附団体交渉方に関する会社から組合宛申入以降に於ける組合の称する団体交渉に於て会社側の発言及書面(去る七月廿五、六、七日を含む)は会社側の自由意思に基くものではないから其の効力を争い又無効を主張する権利を留保する。右申入れする」と記載されているのであって、右申入は単に効力を争い又無効を主張する権利を留保する旨の意思通告とみるの外なく、これを取消の意思表示と認めることはできない。これを取消の意思表示と認定するについては合理的な理由が示されなければならない。而して前示覚書の内容が組合に会社の製品等の処分を許した趣旨である以上組合は契約の趣旨に従いその処分をする権限を有するのであって、組合員たる被告人等(被告人鳥居馨を除く)がこれを処分するため工場外に搬出しても窃盗罪を構成するいわれはないのである。然らば原判決が何等合理的な理由を示すことなく前示覚書の取消を認定し被告人等を窃盗罪として問擬したことは判決に影響を及ぼすべき理由不備の違法があり、この点において論旨は理由がある。そして原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認められるから、原判決は破棄を免れない。

次に被告人鳥居馨に関する各論旨につき審究するに昭和二〇年法律第五一号労働組合法一条二項の規定は同条一項の目的達成のためにした正当な行為についてのみ刑法三五条の適用を認めたに過ぎず勤労者の団体交渉においても刑法所定の暴行罪又は脅迫罪にあたる行為が行われた場合にまでその適用があることを定めたものでないことは当裁判所大法廷の判例(昭和二二年(れ)第三一九号同二四年五月一八日大法廷判決参照)の示すところである。被告人鳥居馨が本件の争議にあたり原判示第三の住居侵入の事実、原判示第四の多衆脅迫の事実及び原判示第五及び第七の住居侵入、多衆脅迫の事実はいずれも原判示挙示の証拠によって優に認定できるのであり、それは争議手段の正当性を超えるものであり、又被告人の右所為に対し正当防衛乃至緊急避難の観念を容るる余地のないことは原判決の説示するとおりであるから、原判決が前示旧労働組合法一条二項の規定を適用することなく、右被告人を有罪として処断したることは正当であって、この点に関する論旨はすべて採用できない。

よって刑訴施行法三条の二、刑訴四一一条、刑訴施行法二条、旧刑訴四四七条、四四八条ノ二、四四六条により主文のとおり判決する。

右は裁判官全員一致の意見である。

(裁判長裁判官 霜山精一 裁判官 栗山 茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 谷村唯一郎)

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