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最高裁判所第二小法廷 昭和26年(オ)107号 判決 1954年8月20日

主文

原判決を破毀する。

本件を札幌高等裁判所に差戻す。

理由

上告人等訴訟代理人弁護士加藤晃、同児玉正勝の上告理由は、本判決末尾添付の別紙記載のとおりであり、これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

原判決の確定した事実によると、被上告人は、訴外福久伊作の懇請により、訴外大村菊蔵が当時所有していた本件家屋を自ら買受けた上伊作の妾である上告人長本タマに使用させることにし、右買受代金にあてるため金一万三千五百円を伊作に渡したところ、伊作はこの金を上告人長本タマに渡し、同上告人はこれを前記菊蔵に支払つて被上告人のため本件家屋を買受けたが、伊作と協議して便宜同上告人名義に所有権移転登記を受けたもので、本件家屋の買受人は被上告人にほかならず、上告人タマは単に被上告人から無償でこれを借受け使用していたものにすぎないというのである。

ところで、右の場合、本件家屋を買受人でない上告人長本タマ名義に所有権移転登記したことが、被上告人の意思に基づくものならば、 実質においては、被上告人が訴外大村菊蔵から一旦所有権移転登記を受けた後、所有権移転の意思がないに拘らず、上告人長本タマと通謀して虚偽仮装の所有権移転登記をした場合と何等えらぶところがないわけであるから、民法九四条二項を類推し、被上告人は上告人タマが実体上所有権を取得しなかつたことを以て善意の第三者に対抗し得ないものと解するのを相当とする。

されば、原審が、上告人長本タマ名義に所有権移転登記を受けるにつき、同上告人と訴外福久伊作間に協議のあつた事実を確定したに止まり、被上告人がこれに承認を与えたかどうか及び上告人竹下瑞彦の善意悪意につき何等事実を確定することなく、たやすく上告人瑞彦に対する被上告人の本訴請求を認容したのは、審理をつくさない違法があるものといわなければならない。

次に、被上告人は、上告人長本タマに対しては、同上告人が実体上所有者でないことを主張し得ること勿論であるが、本件家屋が、その後同上告人から更に上告人瑞彦に所有権移転登記がなされていることは原審の確定するところである以上、現に登記名義人でない上告人タマに対し、本件家屋が自己の所有であるというだけの理由で所有権移転の登記手続を求めることは許されない。但し、被上告人が現に登記名義人でない上告人タマに対し、前記訴外大村菊蔵との間になされた所有権取得登記の抹消登記手続を求め得ることは、不動産登記法第一四六条の解釈上明かであるから、被上告人の真意は右抹消登記手続を求めるにあるかも知れないし、また上告人竹下瑞彦の所有権取得登記が抹消される場合を予想し、右抹消により登記名義を回復した暁において、被上告人に対し所有権移転登記をなすべきこと即ち将来の給付を求める趣旨であるかも知れない。されば、原審は被上告人の訴旨を釈明して、その許否を決すべきであるのに、漫然上告人タマに対する本件移転登記の請求を認容したのは法令の解釈を誤つた結果、審理を尽さなかつた違法があるといわなければならない。

以上の次第であるから、本件上告は結局理由があり、原判決を破毀して本件を原裁判所に差戻すべきものとし、民訴四〇七条に従い、藤田裁判官の反対意見を除きその余の裁判官の一致で、主文のとおり判決する。

藤田裁判官の少数意見は左のとおりである。

多数説は本件建物についての上告人タマ名義の所有権取得の登記が被上告人の意思に基づいてなされた場合-被上告人が承認を与えた場合-においては民法九四条二項を類推して被上告人は上告人タマが実体上所有権を取得しなかつたことを以て、善意の第三者に対抗し得ないと説示するのであるけれども、その法理上の根拠を詳にしないのであるから、にわかに賛同することはできない。いわんや上告人竹下瑞彦は、原審において、右のごとき事実上の主張をしていないのであつて原判決が、この点について何らの判断をも示していないことは当然である。

又多数説第二段については、本件被上告人の訴旨は、上告人竹下瑞彦に対し所有権取得登記の抹消を求め、右抹消の上、上告人長本タマに対し、所有権移転(被上告人に対する)の登記を求むというにあることは原審における弁論の全趣旨に徴し明らかであり、所有権取得登記の登記原因無効の場合にも所有権移転の登記を求めることの違法でないことは大審院以来、既にわが判例法の確定するところである。

自分は本件上告は棄却すべきものと思料する。

(裁判長裁判官 霜山精一 裁判官 栗山茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 谷村唯一郎)

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