大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和26年(オ)466号 判決

上告人(原告) 山本康雄 外一名

被上告人(被告) 坂野満太郎

一、主  文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差戻す。

二、理  由

上告代理人弁護士三好千三、同福田市太郎の上告理由は添付の別紙記載のとおりである。

原判決は、特許庁が本件抗告審判事件の審理に際し、被上告人坂野満太郎の申し出た唯一の証拠方法を拒否しその不利益に審決したのを違法とし特許庁のした本件審決を取り消したのである。

民事訴訟では、裁判所は原則として当事者の申し出た証拠のみを斟酌すべきものであるから、係争事実に対する判断は当事者の申し出た証拠のみによつて決せられるものというべく、従つて当事者がその主張事実を立証するため申し出た唯一の証拠調は排斥することをゆるさないのであるが、特許法一〇〇条一項は「審判ニ於テハ申立ニ依リ又ハ職権ヲ以テ証拠調ヲ為スコトヲ得」と規定し、事実に関する判断については当事者の申し出た証拠に限らず、審判官が必要と認めた場合は、当事者の申出をまたず進んで証拠調をなし得ることにしている。右のように審判においては証拠調について職権主義を採用している以上、審判官が合理的に判断して十分の心証を得た場合は、当事者の申し出た唯一の証拠方法を却けても違法ではないと解するを相当とする。もとより実判官の審理がその恣意に基くものであつてはならないけれども、原判決が当事者の唯一の証拠を取り調べないでその当事者に不利な審決をしたことのみを違法として審決を取り消したのは、法律の解釈を誤つた違法があるものというべく、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。

以上の理由により原判決を破棄することとし民訴四〇七条により裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

(裁判官 霜山精一 小谷勝重 藤田八郎 谷村唯一郎)

上告代理人弁護士三好千三同福田市太郎の上告理由

第一点

一、原審判決理由の摘示に依れば原告(坂野)は審判長から昭和二十五年十月十六日「被請求人(本件の原告)がイ号説明書記載の方法を実施していたこと」に付き立証を促されたので昭和二十五年十二月十四日人証の申出書を提出し抗告審判被請求人坂野満太郎の訊問の申出をなしたこと。尤も右審判長の催告には「人証を以てする場合には当事者たる坂野以外の者を以て証人訊問を申出られ度い」旨が付記せられ、これに対し原告は右本人訊問の申出にあたり原告の製法は祕密の事業で本人と先年死亡したその兄豊太郎以外には他に熟知する者がないから、是非右申出を採用されたい旨の上申書を提出したに拘らず、審判官は全然其の取調をしないで審理を終結し、前記のやうな審決をしたこともまた明かである。特許法第百条第三項第百十条によつて抗告審判における証拠調に準用せられる民事訴訟法の証拠調の規定によれば、当事者訊問も証人訊問鑑定等と共に一つの証拠調の方法であるから、原告がその主張事実を証明するために申し出でた唯一の証拠方法は、たといそれが当事者本人の訊問の申出である場合に於ても、審判官はその取調をなした上自由な心証によつてこれを採用することができるかどうかを決定すべきであつて、前述のようにその取調をもなさないで「原告が右方法を実施したのであるかどうかこれを認めることができない」と説示したのは当事者の申し出でた唯一の証拠方法を拒否して、その不利益に審判したもので違法といわなければならないと判示した。

二、上告人等の解する所に依れば、特許の審判に当つては当局は申請なき証拠と雖も取調べることを得ると同時に申請に係る唯一の証拠と雖も之れを排斥することを得るは伝統として久しく採用されたる証拠調の方針であつた。審判に於ける証拠調は通常裁判所の民事々件に於けるそれとは趣を異にし、所謂職権主義に則り実行せらるるものなれば特許局は当事者の申立なき証拠と雖も、之れを取調べ得ると同時に当事者の申請に係る唯一の証拠方法と雖も、既に当該事件に付き認定をなすに足るものありとするときは排斥するを妨げざるものなりとするのである(大審院昭和三年(オ)第一一三六号同五年一月十五日言渡民事第四部判決)。

三、特許に関する審判と唯一の証拠調排斥の許否に付き他の大審院判例は曰く特許に関する審判に付いても当該審判官は職権を以て証拠調をなし得るもので、係争事実に関する判断は敢て当事者の申立てたる証拠のみに係らざるものなるが故に、当該審判官にして其の判断に必要なりと思料したる証拠調は当事者の申立を俟たず進んで之れをなし得ると同時に、必要ならずと思料したときは仮令其の証拠が係争事実に唯一のものたる場合も、之れが取調を為さざることを得べきものとすと謂つている(昭和三年(オ)第一一五二号同四年三月十六日言渡大審院第四民事部判決)。

四、更に他の大審院判決は曰く、特許審判に於ては当事者の申出なる唯一の証拠方法と雖も、必ずしも取調を為すことを必要とせざるは本院の判例とする所なるが故に、右証人の取調なかりしとて違法なし(昭和六年第七〇三号同年一二月二日大審院第三民事部言渡判決)

此の他

明治四二年(オ)第一一五号 同四月二五日言渡

同 四三年(オ)第一七一号 同六月二三日言渡

大正 三年(オ)第 一二号

同   年(オ)第八四〇号 大正四年三月一二日言渡

同  七年(オ)第九一六号 同 八年二月二七日言渡

等いずれも前掲の判例と同趣旨であります。講学上の著書としては村山小次郎の四法要義、田中清明特許法等多数の著書は同意見で通説となつている。

第二点

一、特許法第百条第一項は「審判ニ於テハ申立ニ依リ又ハ職権ヲ以テ証拠調ヲ為スコトヲ得」と定めている。文意は審判に於ては当事者の申立の外に職権に依る証拠調のあることを明示したのであつて、審判に於ける証拠調が職権に依つて行わるる場合あるべく、之が淵源を同条にありとするに何等不思議はないのである。

二、然るに原審判決は「右の規定は審判においては証人をして審判に出頭証言せしめる等裁判所同様証拠調をすることが出来るという特許庁の権限を規定したもので、之を以て被告のいうように証拠の申出の採否を審判官の自由にまかしたものというのは当らない」云々と判示しているが、之は全く一の独断に外ならぬと思う。

三、現に特許法第百三条は審判の職権審理に付き「審判ニ於テハ当事者又ハ参加人ノ申出テサル理由又ハ取下ケタル理由ニ付テモ之ヲ審理スルコトヲ得」と定めている。同条は専ら審理に付き審判の職権制を明示したのであるが、証拠調は審理の一過程に外ならぬ第百条の法意は第百三条と彼此照応して明白ではないか。殊に第一点に於て詳述せし如く、大審院累次の判例と特許庁永年の慣例とは特許審判の本質を把握して渝らざる伝統をなしている敢て御庁の一考を乞う所以であります。

第三点

一、由来特許は人と人との関係とか事件の経過とかに因つて許否が決定されるものではない。あくまで前人未到の発明の技術方法性能等に対して許さるるものである。随つて関係者の弁明とか主張とかは特許の本質よりすれば第二義的第三義的のもので特許としての主眼は発明そのものの内容である。之れ等の点は普通の民事々件と根本的に相違する点である。

二、されば関係人に於て立証の必要ある場合書面を以てしても充分にその目的は達成せらるるは明かな事柄である。茲に於てか特許庁に於ては審判上年来の慣例として人証は第二次的のものとして取扱い特許に付きてはあくまで技術、方法、性能等書類に記載せられたる発明内容を詳細検討して特許を与え又は審判事件を処理し来つたのである。

三、原審判決はその理由に於て、原告坂野の唯一の立証を拒否して特許庁がなしたる審決は不当なりと強調されているが、非難の前提たる唯一の立証なりや否やの審理には何等触れていない。単純なる概念を尺度として裁判所の有する自由心証権を否認し「若し被告(上告人)主張どおりとするならば審判官の恣意によつてすべての証拠の申出を拒否しながら、審判請求を排斥するも違法でないということになるのであつてその採るべからざるは殆んど自明であろう」と云うに至りては俗に所謂開いた口が塞がらないのである。

四、借問す裁判官に恣意あつて当事者に恣意なきや如何。恣意を以て有り余る証拠を避け本人訊問の外なしとする当事者なきや如何。抑も本件被上告人坂野は昭和十七年秋より八、九名の使用人を雇い約一箇年に亘つて山本及び鈴木上告人所有の特許権を侵害してヒラミルの製造販売をなし静岡地方沼津支部も此の事実を認めて仮処分を許可されているのである。

五、右仮処分に依る差押物件(沼津裁判所執行吏江村俊次保管)中の雇人給料支払簿その他により坂野にして真実を立証せんとするならば、書証を提出するの外特許庁が勧告した通り第三者にして証人が八、九名現存しているに拘らず、同人は故意に之を回避し原審控訴申立書には自己を以て唯一の証拠方法とし、本人訊問の外なしと主張している。彼之照合してその主張を検討すればその価値なきこと一見明瞭である。

六、被上告人坂野は昭和十八年の春特許権利者たる上告人等に侵害の事実を探知され、民事訴訟及び告訴等の訴追を受くるや同年八月二十八日彼が現在主張しつつある方法に依る特許を出願した(昭和十八年特許願第一一二四三号)が特許庁は上告人等特許の一部に過ぎずとして拒絶した。

七、かくして坂野は上告人等の有する特許第一五七一九九号「皮革代用品製造法」を侵害しその発覚するや数箇月後別に特許を出願して拒絶された次第で、その製造の大部分が上告人等の特許侵害に依るものであることは差押物件製品等により一点疑う余地なき所である。

八、尚お坂野は「亡兄との祕密発明」なる旨最近に至り唱えるに至つたが、発明者鈴木喜助と初対面の砌には全く本件特許に関しては無知で驚歎した位である。その後昭和十八年同十九年沼津支部に於ける取調べ当時もかかる主張は一言半句もしたことなかりしに拘らず数年の後、而かも実兄豊太郎の死亡を奇貨としてかかる申出をなすに至つたがこれは全く虚構なりと断ぜざるを得ない。

九、昭和二十五年十二月特許庁が昭和二十二年抗告審判第一号に対し、特許の本質に照らし最後の決定たる審決に於て特許庁が曾つて数年前拒絶したると同一内容の坂野の確認、審判請求に対し再び却下したのは当然である。仮りに一切の証拠調をなさずして却下したとしても審決の当然性は非難さるべきでないのである。

十、且つまた多くの証人たるべき適任者あるに拘らず、之れを祕し自己のみが唯一の立証なりとして、本人訊問を申請したるは要するに第三者が証人として出廷するに於ては上告人等所有の特許権侵害の事実が一層明白となることを憂慮し回避を策するに至つたのであると思う。坂野は何故別に特許を出願して拒絶されたるときその主張をなさざりしや。

十一、之れを要するに特許の本質に照らし、且つ諸種の証拠より得たる心証に基き特許庁が下したる審決は最後的判断として正当なりと謂わねばならぬ。之れに対し控訴審たる原判決は特許事件の特殊性と特許庁永年の慣例とを無視して単に唯一の証拠方法なる概念に捉われ軽忽なる判決を下されたるは上告人等の不服とする所である。茲に上告を提起して御庁の慎重にして公平なる判決を求める次第であります。

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