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最高裁判所第二小法廷 昭和26年(オ)513号 判決

上告代理人弁護士速水田美市、同辻喜己衛の上告理由は別紙記載のとおりである。

上告理由第三点について。

論旨はまず、自作農創設特別措置法一五条(昭和二四年六月法律二一五号による改正前)による農業用施設等の買収は、農地の買収と同時でなければならないと主張するのである。同条による農業用施設等の買収が、農地の買収に附帯して行われるものであることは説明を要しないところであるが、そのために、所論のように、農地の買収と同条による買収とが時間的に同時でなければならない理由はなく、農地の買収、売渡の後自作農となつた者の同条一項による買収申請に基いて買収計画を定めたからと言つて、その計画が違法であるということはできない。この点は前記改正後においては条文上も極めて明白であるが、改正前においても違つた解釈をすべき理由はない。

つぎに論旨は、本件買収計画は、溜池及び水路の敷地の買収計画であつて、施設そのものの買収計画ではないと主張し、同法一五条一項一号によつて買収し得るのは農業用施設等に限り、土地を含まないから、本件買収計画は違法であるというのである。しかしながら、原判決の確定する事実によれば、本件土地は溜池及び溝という形状において存在するものと解すべく、所論のように、敷地とはなれて溝溜池の所有権があるわけではない。従つて本件土地そのものを農業用施設と考えて少しも支障はないのである。論旨はまた、本件買収計画は敷地のみの買収計画であるから、買収後の地上築造物の所有権の帰属が不明であると主張するけれども、前述のように、本件築造物たる溜池、溝については、土地所有権とはなれて別の所有権の対象となるものとは解せられないから所論の理由がないこと明白である。

同第五点について。

論旨は、本件買収は自作農創設特別措置法の目的を達するに必要ではなく、原判決は同法一条の解釈を誤つているというのである。

しかし、原判決の認定するところによれば、本件溜池及溝は明治二年頃下久具新田の所有者等が引水のため築造したものであるが、本件土地の共有者たる上告人等一七名外一名は爾来土地使用の対価として右農地の耕作者四〇数名から毎年玄米一八石五斗三升を弁米と称して受け、しかもその弁米は近隣の水利施設使用料に比し著しく高率であり、永年にわたつて、本件施設の利用者と土地所有者との間に紛争を続けて来たのである。このような事実によれば、本件水利施設の受益地の農民は前記高率弁米のためその農業経営に不安定を来し、その労働の成果は公正に享受することができず、他方上告人等は地主的地位に安住することとなり、かくては前記一条の趣旨に反することは明白であり、これを買収することこそ同条の目的に合するものと言わなければならない。論旨は、原判決は、本件土地の買収が農業生産力の発展に資する理由について説明をしていないというのであるが、同法の目的が単に農業生産力の増強に止まらないことは右一条の規定上明白である。論旨は到底これを採用することができない。

同第七点について。

論旨は、本件土地と地上施設とを別個の所有権の対象となることを前提としており、このような前提の誤りであることは第五点で説明したとおりである。従つて論旨はその前提においてすでに理由がない。

同第八点について。

論旨は被上告人のした本件訴願裁決は、自作農創設特別措置法七条五項の裁決期間経過後の裁決であるから違法であるというのであるが、同項が訓示的規定と解すべきことは原判決の判示するとおりであり、従つて、右期間経過後の裁決だからと言つてこれを違法とすべき理由はない。

以上説明のほか、論旨は、「最高裁判所における民事上告事件の審判の特例に関する法律」一号乃至三号のいずれにも該当せず、又同法にいわゆる「法令の解釈に関する重要な主張を含む」ものと認められない。(上告理由第一点で引用する大審院判決は、本件と全く場合を異にし本件の先例とすることはできない)

以上のとおりであるから、本件上告はこれを棄却することとし、民訴四〇一条九五条八九条により裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

(裁判官 霜山精一 栗山茂 小谷勝重 藤田八郎 谷村唯一郎)

上告代理人弁護士速水田美市、同辻喜己衛の上告理由

第一点 原判決は被上告人の不適法な控訴を受理し本案に付審判を為した違法があります。

抑々民事訴訟法第三百六十七条は控訴提起の方式として、必ず当事者及び法定代理人、第一審判決の表示及び其の判決に対し控訴を為す旨を記載した控訴状を第一審裁判所又は控訴裁判所に提出して之を為すことを要する旨規定して居り、同第三百七十一条は控訴状は之を被控訴人に送達することを要する旨規定し、又大審院大正四年(オ)第四百五号事件の同年九月十四日第一民事部判決(大審院民事判決録第二十一輯一四五四頁)は控訴期間経過後に於ては控訴状の欠缺は之を補正し得ない旨判示して居ります。而して被上告人の訴訟代理人が昭和二十五年十一月十一日名古屋高等裁判所宛に提出した本件控訴状を見るに

(1) 控訴人の表示として「三重県農地委員会」なる記載がありますが、其の法定代理人たる同委員会々長の表示無く

(2) 被控訴人の表示として「藤田喜三郎外十六名」とあるのみにて、藤田喜三郎以外の十六名の被控訴人(上告人)の具体的表示は何等無く

(3) 第一審判決の当事者たる原告を表示するに足る記載としては前記「被控訴人藤田喜三郎外十六名」との記載以外には何等の記載がありません。

以上の通りの欠缺ある控訴状は補正せられない儘控訴提起期間たる昭和二十五年十一月十六日を徒過し、其の後昭和二十六年一月十一日附にて原審裁判所から被上告人等に対し控訴審の第一回口頭弁論期日(同年二月三日)の呼出状と共に前記欠缺ある儘の控訴状副本の送達が為されて、以後第二審の審理が追行せられたのであります。民事訴訟法第三百六十七条の規定は控訴提起の方式を定めた効力規定であり、此方式に違反すれば控訴は其の効無く、当然却下すべきものであることは今更多言を用いる要はありません。而して上告人等代理人は原審に於て此控訴提起の違式なる事を主張しませんでしたが、控訴の提起が方式に適合せるものなりや否やは、原審裁判所の職権調査事項でありますから、上告人等代理人が原審に於て右違式の点を主張しなかつたことは原審裁判所の右職権調査の職責を免除した事になりません、尤も右控訴提起期間経過八十二日後なる昭和二十六年二月六日に及び、被上告人の指定代理人たる村木喜代松が昭和二十六年二月五日附控訴状訂正申立書を原審裁判所に提出し、該訂正申立書に始めて上告人(被控訴人)十七名全員の氏名を具体的に明記するに至つたのでありますが、右控訴状訂正申立書は

(1) 控訴提起期間経過後の提出に係り

(2) 其の副本が上告人等に送達せられたことなく

(3) 被上告人代理人等が原審口頭弁論に於て右訂正申立書に基いて陳述したことなく

(4) 上告人等及び上告代理人が原審に於て右訂正申立書の提出のあつたことを知る機会無くして原審の審理が終了したこと

(5) 本件上告提起の時現在に於て右訂正申立書には収入印紙七円が貼附せられてありますが、該印紙は「村木」なる刻印ある私印を以て消し印せられた無効の印紙であるから、右訂正申立書は訴訟書類としての効無きこと

に依り、右控訴状訂正申立書の提出を以てしては前記控訴提起の方式の違法性を補充することが出来ないものと信じます。而して本論点に関しては未だ最高裁判所の判例がありませんから、原審判決が右控訴提起の違式を看過したことは前記大審院判例と相反する判断を為し、民事訴訟法中の重要規定たる同法第三百六十七条、第三百七十条及び同第三百七十一条の解釈を過つたことに帰するものと謂わなければなりません。

第二点 原審判決は本案に関する当事者の争点の重要な部分を誤つて争なき事実として確定した違法があります。

原審判決は其の事実を摘示するに当り、原審に於て当事者が附加陳述し、釈明した事項の外は「当事者双方の事実上の陳述は原判決(注、第一審判決)事実摘示のとおりであるからこれを引用する。」(原判決書五丁目裏五、六行目)と言つて居ます。而して第一審判決の事実摘示には

(1) 上告人等代理人(原告等代理人)は「訴外村農委は(中略)同年(昭和二十三年)九月二十八日再び本件土地買収の公告をしたのであるが右第二次の買収については公告のみがなされたのみでその基本となるべき買収計画の樹立手続がなされていない。即ち訴外村農委にはこれを認むべき書類が何も存在していないのであるからかゝる買収処分の違法であることは明白である。」(第一審判決書三丁目裏三行目乃至十一行目)と訴外内城田村農業委員会が昭和二十三年九月二十八日為した本件土地買収計画の公告の基本となるべき買収計画が樹立せられたことを明らかに争つてをり

(2) 右上告人等代理人の主張に対し、被上告人代理人(被告代理人)は「訴外村農委は改めて同年(昭和二十三年)九月二十八日本件土地について買収計画を樹立した云々」(同上七丁目裏六行目乃至八行目)と陳述し

本件土地に関し、訴外内城田村農業委員会が昭和二十三年九月二十八日自作農創設特別措置法第十五条に基く買収計画を樹立したことの存否に就いては、当事者の間に正反対の主張が為され、明白に争われて居るのであります。然るに原判決は其の理由の冒頭に於て「昭和二十三年九月二十八日三重県度会郡内城田村農地委員会が自作農創設特別措置法第十五条に基き本件土地を農業用施設として買収する旨の計画を樹て(中略)たことはすべて当事者間に争がない。」(原審判決書六丁目表八行目乃至同裏四行目)と認定し、事実の確定をしています。凡そ終戦後の農地改革事業に於て自作農創設特別措置法に基く土地・物件の買収手続に於て、当該物件所在地を地域とする農業委員会が当該物件の買収計画を樹てる事は之が買収手続の基本となる行政行為であり、若し此買収計画にしてなかりせば、爾後の買収手続が如何に追行せられようとも畢竟砂上の楼閣に等しく、一切其の効無きに帰するものと謂わなければなりません、さればこそ上告人等代理人は第一審劈頭以来終始強力に右買収計画の樹立の為されたことの無いことを主張し、立証し続けて来たのでありますが、原審判決は此上告人等代理人の主張を無視し、右買収計画の樹立の為されたことに付当事者双方の間に争無しと事実を確定したことは事実確定の法則に違反して裁判の基礎を誤り、惹いて本件訴願裁決の違法の有無に関する判断に影響を来すものであり、破毀を免れないものと信ずるのであります。

第三点 原審判決は自作農創設特別措置法第十五条の解釈、適用を誤つた違法があります。

自作農創設特別措置法第十五条は同法第三条の規定により買収する農地に就き自作農となるべき者が、当該農地の利用上必要な農業用施設を政府に於て買収すべき旨の申請をした場合に於て、市町村農業委員会がその申請を相当と認めたとき、政府は之を買収することを定めています。而して昭和二十四年改正前の同法条には現在の如き「農地の売渡を受けた日から一年以内」との申請期限の制限が無かつたから、当該農地に就き自作農となるべき者が、当該農地の買収以後と雖も何時迄も前記農業用施設の買収の申請を為すことが出来るが如き解釈が出来得る如くであるが、第一、昭和二十四年改正前の同条第一項の規定中の「第三条の規定により買収する農地(中略)に就き自作農となるべき者」及び同項第一、二号中の「第三条の規定により買収する農地」との各文言の文理解釈及び本条の立法者の意思は農地と其の附属施設等を同時に買収する事を予定して本条を設けたことは自作農創設特別措置法全体の法意より汲取り得る処であり、又当時の学説も其の趣旨であつたのであります(我妻栄、加藤一郎共著「農地法の解説」七三頁七・八行目七五頁六行目及び昭和二十二年一月十日二二農局第二七号農林省農政局長より農地事務局長、地方長官宛農地等の買収及び売渡事務処理要領(その一)第四丁に「農地と共に買収し得る宅地、建物、採草地、小規模開墾適地、農業用施設は云々」とある記載御参照)。然るに原審判決(判決書八丁目表三行目乃至十行目)が「本件に適用せられる昭和二十四年改正前の同法第十五条第一項には『第三条の規定により買収する農地若しくは第十六条第一項の命令で定める農地に就き自作農となるべき者又は当該農地につき所有権その他の権利を有する者が云々』と立言しているが右は被控訴人(注、上告人)主張のように『将来買収する農地につき将来自作農となるべき者』のみを指すことは考えられず既に右第三条の規定により買収した農地につき自作農となつた者を含むと解すべきである。」と判示したのは明かに前記条文の解釈を誤つたものと謂わなければなりません。(尚我妻栄編新法令の研究(4)二〇五頁下段(二)御参照)

次に前記法条に定められた「農業用施設」とは同法第三条の規定に依り買収する農地又は第十六条第一項の命令で定める農地の利用上必要な溜池、用排水路等の水利施設を含むものであることは農地関係の行政機関、学説及び判例の一致した解釈であります。而して溜池、用排水路等を具体的な意味内容とする「施設」なる概念はそれ自身一定の事業の何等かの目的に直ちに役立つ設備又は機械、器具であることは其の社会的語義からも帰納し得る所であると共に、自作農創設特別措置法施行規則第七条第二号、第十二条第二号に孰れも「農業用施設についてはその所在、種類及び構造の概要云々」と定め、昭和二十二年二月二十二日公布三重県令第六号自作農創設特別措置法施行細則様式第十九号の註に「三の『農業用施設の種類』は溜池等と記入すること」と定めてあること及び前記処理要領(その一)中買収計画様式第六号中一に「構造及び銘柄は、工作物にあつては木柵、コンクリート堰堤等と表示し農機具にあつては銘柄、型式、大いさを、家畜にあつては銘柄及び牝牡の別、年令を記載すること。」と記載してあることに依つて明瞭であります。即ち自作農創設特別措置法第十五条に依り買収し得る水利施設とは、溜池、堰堤、吐水口、用水路排水路等それ自身直ちに農業水利の目的に使用せられる設備それ自身を謂い、決して之等の基底に在る単なる敷地や、設備の構成部分たる土管や、コンクリート壁の如く単にそれのみにては直ちに農業水利の目的に役立ち得ない物件を指称するものでないことが判明するのであります。而して原判決(判決書十丁目表九行目乃至十二行目)も確定している如く「本件土地を敷地とする溜池及び溝は明治二年頃度会郡内城田村大字下久具新田の所有者等がその所有の田へ引水するために築造して今日迄利用して来たものであつて、」其の根本は右下久具新田の所有者等が本件土地の所有者等から設定させた地役権であり(甲第五号証)、此地役権に基いて右下久具新田の所有者等が本件土地に木屋谷池と称する溜池並に之が堤塘及び用水路を築造、爾後も右下久具新田の所有者等に依つて前記溜池、堤塘、用水路が保修、管理せられて今日に至つたものであり上告人等は右各施設の基底に存する素地のみを所有するに過ぎず、其の表面に存する前記各築造物は全部右地役権者等の共有に属するものと謂わなければなりません。之は民法第二百四十二条但書、地役権設定当事者間の契約上の意志(甲第四号証)、及び一般取引上の通念から結論附けられる所であると共に、本件土地買収手続開始以来各関係当事者等に於ても右の如き所有権の区分を自明の前提事実として怪しむ所なく手続を追行して来たものであり、さればこそ原審判決(判決書十一丁目表十二行目乃至同裏二行目)も確定した如く「本件買収計画は(註、其の樹立の有無は争あるも)成立に争のない乙第五、六号証によつて明なように本件溜池及び溝の敷地たる土地(所有権)だけを買収するために樹てられたものであり」ます。果して然らば本件土地の上に存する農業用施設は前記下久具新田の所有者等の有する、本件土地に対する地役権を基礎とし、此の地役権に基いて築造せられた前記木屋谷池及び之が堤塘及び用水路なりと謂うべく、其の水利施設の所有者は上告人等ではなくして、本件土地の買収を申請した訴外中西秋蔵、同小岸乙吉、同小岸秀一その他下久具新田を所有する者等であると謂うべきであります。尚之に類似した事案として前橋地方裁判所昭和二年(ワ)第三〇号事件の同年十一月二十八日の判決が「地表より七八十尺以下に施されたる発電用水路の隧道覆工(コンクリート造の側壁穹拱及敷の総称)の如き物は現時社会の取引上の通念に於ては其の施されたる土地の従として之に附合したるものとは認め難きものとす」と判示した判例のあるのを御参照願います(法律評論一七巻民法四七九頁)。かくて前記訴外中西秋蔵外二名は昭和二十三年九月十七日前記地表の水利施設と切離した本件土地を溜池敷地及溝敷地として自作農創設特別措置法第十五条に定める農業用施設に該当するものとして購入し度い旨の申請書(乙第二号証)を提出し、内城田村農業委員会が右申請の趣旨に従い本件土地を溜池敷地並に溝敷地としての素地のみとして買収計画の公告を為し、異議に対する決定を為し、買収計画の承認申請を為し(乙第七号証)、被上告人も本件訴願裁決に於て本件土地を溜池敷一町八段三畝五歩、溝敷五段五畝四歩なる素地のみとして取扱い之を農業用施設に該当すると做して上告人等の訴願の請求を排斥したのであり、即ち買収申請人たる中西秋蔵外二人、買収計画樹立機関たる内城田村農業委員会及び訴願裁決機関たる被上告人の三者は孰れも本件土地が農業用施設でないに拘らず、之を農業用施設なりとして自作農創設特別措置法に基く買収手続及び異議・訴願手続を追行して来たものであると結論しなければなりません。而して上告人等代理人は第一審以来自作農創設特別措置法第十五条にいわゆる農業用施設とは施設そのものをいゝ施設の存する土地を包含していない旨を力説し来つたのでありますが、原審判決は此主張に対し「本件土地は溜池及び溝という形状において存するのであつて、之は潅漑、流水の為の水利施設というべきであり、之を農業用施設と解すべきことは殆んど疑を容れない。」と説示せられましたが、右説示は本件土地及び其の表面の築造物の存在形体に対する物理的認識と之が素地並に其の上表部の築造物に関する所有権の客体上としての存在形体に対する法律的把捉とを混同した誤謬に陥り、惹いて水利施設の本体たる本件土地上の築造物の所有権が本件買収の結果如何なる運命に帰し、本件土地と其の地上の築造物との相互の権利関係が如何に処理せられるかは本件買収の当否を決する重大なる要素となるに拘らず、此の点を看過するに至つたのであり、畢竟原審判決は民法第二百四十二条並に自作農創設特別措置法第十五条の解釈を誤り、被上告人の訴願裁決を許容したものであり、到底破毀を免れないものと信ずるのであります。

第四点 原審判決は当事者の主張しない事実を認定する為、偶然自庁に在る訴訟記録を引用した違法があります。

原審判決は(判決書十二丁目裏八行目乃至十一行目)「被控訴人等(註、上告人等)のみ依然八十年前に契約せられ現時の情勢に照し著しく不当となつた権益を頑として主張しいささかも譲歩しない事情が別件記録(当庁昭和二十二年(ネ)第一六号)により当裁判所に職務上顕著なことがらである。」と説示せられました。然し上告人等が現時の情勢に照し著しく不当となつた権益を頑として主張しいささかも譲歩しないという事情は本件当事者の孰れもが本件に於て未だ嘗つて主張したことなく、剰つさえ之が証拠として偶々原審裁判当時同庁に存在した前示事件の記録を職推を以て引用するが如きは極めて異例にして、かかる当事者の主張しない事情を摘示する為に引用することは著しく公平の精神に反し、訴訟法上許されないものと謂うべく、原審判決は畢竟民事訴訟法第百八十六条並に第二百五十七条に違反したものと謂わなければなりません。(尚其の後前記引用の弁米請求事件は上告人等の相手方たる下久具新田の所有者等が控訴を取下げ、上告人勝訴の第一審判決が確定したことは、右下久具新田の所有者等が上告人の弁米請求の正当なことを最終的に承認したものと謂わなければなりません。)

第五点 原審判決は自作農創設特別措置法第一条の解釈を誤つた違法があります。

自作農創設特別措置法第一条は「この法律は、耕作者の地位を安定し、その労働の成果を公正に享受させるため自作農を急速且つ広汎に創設し、又、土地の農業上の利用を増進し、以て農業生産力の発展と農村における民主的傾向の促進を図ることを目的とする。」と定めて居ります。其の文意とする所は自作農創設特別措置法の大目的は耕作者の地位の安定と耕作者にその労働の成果を公正に享受させることに在ることを明かにし、其の目的を遂行する現実的目標は農業生産力の発展と、農村における民主的傾向の促進とであることを明かにし、更に此目標を達成する為めの具体的事業としては自作農を急速且つ広汎に創設することと、土地の農業上の利用を増進することとであることを闡明しているものと信じます。而して同法に於て右第一の自作農を急速且つ広汎に創設する事業は、農地たる田、畑の買収並に売渡の行政処分であり、第二の土地の農業上の利用を増進する為の事業としては採草地、牧野、水利権、農業用施設、宅地、建物等の買収、売渡の行政処分であります。即ち本件土地の買収は右第二の土地の農業上の利用を増進する為の行政処分でありますから、本件土地の買収が其の買収に依り直接農業上の利用を増進するものでなくてならないものと謂わなければなりません、然るに本件土地には既に地役権が設定せられて農業上の利用を増進させて居り、之を買収するとも更に其の増進を加えるものと謂うことが出来ません。然るに原審判決は本件土地の買収を正当化する為(判決書十三丁目表六行目乃至十行目)「こゝにおいてか自創法農地調整法等の目的精神に則り前記多数の下久具農民の地位の安定その農業生産力の発展内城田村における民主的傾向の促進を図るため本件土地を買収することが必要已むを得ない措置となるものといわねばならない。」と説示せられたことは本件土地の買収が如何にして直接土地の農業生産力の発展を招来するかの理由を示さず且つ右法条を誤解したものであると謂うべく、原判決は破毀を免れないものであると信ずるのであります。

第六点 原審判決は行政行為の取消に関する法規の解釈を誤つた違法があります。

凡そ一旦為されたる行政行為にして瑕疵ある為之を維持することが公益に反するとき、又は瑕疵無き行政行為と雖も之を維持することが爾後公益に反するときは、之を為したる行政機関は他に別段の制約無き限り、何時でも該行政行為を取消すことの出来ることは行政法上の一般原則であります。而して本件土地に関しては内城田村農業委員会が昭和二十三年六月二十日から十日間並に同年九月二十八日から十日間の両回買収公告を為したが故に、法規上当然両回の買収公告に先在すべき本件土地の買収計画が二個存在すると観念せられるべきに依り上告人等は第一審以来此第二次に存在すると観念せられる買収計画に基く買収手続は同一土地に対する二重の買収手続であるから違法であり、従つて之を認容した被上告人の訴願裁決も違法に帰し、取消さるべきである旨を主張して来たのでありますが、原審判決は「第一次の買収計画が訴外村農委の特別の意思表示によつて取消されていないことは明かであるが、再度の買収申請に基き買収計画を樹て直した以上新になされた行政行為が何等かの理由により取消されない限り右行為によつて前の行政行為(第一次買収計画)は一応取消されたものと解すべきである。」との第一審判決説示(第一審判決書十一丁目裏五行目乃至十行目)を引用しています(原審の判決書六丁目裏十二行目乃至七丁目表三行目)。然し右判示は単に第二次の買収手続が法的事実として存在することを其の儘認容すると言うに過ぎない説明であり、第一次の買収計画が瑕疵ある行政行為であるが為に取消されたものであるか、或は瑕疵無き行政行為であるが之を其の儘維持することが公益に反するが故に撤回(廃止)したものであるかに関し何等の説明をしていません。況んや自作農創設特別措置法には土地・物件の買収手続並に之に対する異議・訴願の手続を綿密に規定している所より考察すれば同法は一旦有効に樹立せられた土地・物件の買収計画は爾後特別の取消手続を履むことなく放置することも、同一の土地・物件に対して二重に買収手続を進めることをも禁止している法意なりと謂うべく、従つて右第二次の買収手続は第一次の買収手続の進行途中に重ねて為されたものにして違法なりと謂うべく、之を認容した被上告人の訴願裁決を排斥しなかつた原審判決は結局行政行為の取消に関する法規の解釈を誤つたものと謂うべく、破毀を免れないものと信じます。

第七点 原審判決は農業用施設の買収の必要性に関する法規の解釈を誤つた違法があります。

自作農創設特別措置法第十五条は農業用施設を買収するには其の施設に依り直接利益を蒙つている農地に就き自作農となるべき者から買収の申請があつた場合に市町村農業委員会がその申請を相当と認めたときは、政府はこれを買収する旨を規定しています。而して本件土地の上に存する水利施設は右上告理由第三点に陳述の如く既に買収申請人中西秋蔵外二人其の他下久具新田の所有者数十名の共有にして本来買収の必要なく、本件敷地のみを買収して右買収申請人三名に売渡すとも又は原審の予定した如く訴外下久具水利施設農業協同組合に売渡すとも其の買収・売渡手続に依り当然本件敷地上の水利築造物の所有権が附随して移動するものでなく、将来も本件土地の所有者と其の上部の水利築造物の所有者との間に依然として使用上の諸種の権利関係が交錯するに至るものであり、何等自作農創設特別措置法の企図した土地の農業上の利用を増進するものとはなりません。此事は乙第十一号証中の事業計画書並に下久具水利施設農業協同組合設立目論見書及び下久具水利施設農業協同組合設立準備会開催公告に孰れも同組合の事業として「潅漑用溜池敷地及び溝敷地買受並に改善、其の他農業水利施設の改善と管理」とあるのみで本件土地上の水利築造物の買受・所有を同組合の事業中に数えていない事より見るも明瞭であります。

されば第一審判決も説示した如く(第一審判決書十三丁目表六行目乃至十一行目)「その施設の利用者は中西秋蔵外二名にとゞまらず他に三十数名の使用者があるのであるから売渡の場合はこれ等すべての利用者に売渡すのでなければ自創法第一条にいわゆる耕作者の地位を安定しその労働の成果を公正に享受させるため土地の農業上の利用を増進して農業生産力の発達を期するという目的を達することとはならない」との非難は今以て妥当するものと謂わなければなりません。況んや前記組合は昭和二十五年十月十一日前記第一審判決言渡のあつた後下久具新田の耕作者の一部が農業委員会関係者等の勧奨に依り特に本件訴訟を目的として同年十二月二十五日から同組合の設立準備を開始し、昭和二十六年一月十一日定款案を作成したものであり(乙第十一号証)、同組合たるや全く前記第一審判決に依り指摘せられた本件土地買収の違法性を救治せんが為特に設けられた団体であり、而も同組合は農業協同組合法に依つて設立せられた団体であるが故に下久具新田の耕作者全員を強制的に加入させることが出来ず、現に上告人の中村重助、藤田小太郎、中村儀一、山本久太郎、中西良助、西井助雄、藤田政市の七名は下久具新田に合計一町五畝十八歩の田を所有耕作し居るも、未だ同組合に加入して居ないのでありますから、前記第一審判決が指摘した非難は右組合設立後の現在と雖も尚妥当することが明かであります。然るに原審判決は(原審判決書十三丁目裏七行目乃至十四丁目表五行目)「村の委員会は最近設立せられた控訴人主張のとおりの目的機構を具えた下久具水利施設農業協同組合(本件附帯買収申請者たる中西秋蔵、小岸秀一、小岸乙吉を含め下久具農民中約三十名がその組合員となつている。)に対し同組合が自創法第二十九条同法施行令第二十四条によつてしたその買受の申込に応じて同令同条第一号所定の指定を経て売渡計画を樹てたことが明かであり、右組合の目的は本件水利施設その他の管理改善により組合員の農業生産力の発展と経済状態の向上を図るにあつて、かつ下久具農民の大部分が既にこれに加入しており右水利施設の受益地区内の耕作農民は何人も自由にこれに加入しうるものであることが認められ、事実上も前記目的の実現に前進しつつあることを看取しうるのである。」と認定した上「村の委員会が本件附帯買収の申請を相当と認めたことは正当であるといわねばならないから右申請に基いて樹てた本件買収計画には結局なんらの違法がなく従てこれを維持した県の委員会の裁決にも違法がない。」(同十四丁目裏五行目乃至八行目)と判断したことは単純に本件土地を同上組合に売渡すことに依つて本件土地上に存する水利施設の所有関係並に使用関係が直ちに同組合に単独に帰属するかの如く速断し、以て本件土地買収の必要性に付誤つた判断に陥つたものと謂うべく到底破毀を免れないものと信ずるものであります。

第八点 原審判決は訴願の裁決期間に関する解釈を誤つた違法があります。

昭和二十四年改正前の自作農創設特別措置法第七条第五項は都道府県農地委員会は同法に依る買収事件に関する訴願を受理したときは訴願の提起期間満了後二十日以内に裁決しなければならない旨を定めています。此規定は異議・訴願の各申立期間と同一条内に規定せられて居る所より観るも効力規定と謂うべく、然るに上告人等が昭和二十三年十一月六日為した訴願に対して百十四日後なる昭和二十四年二月二十八日に及んで被上告人は漸やく本件訴願裁決を為したものであり上告人等代理人は第一審以来此違法を主張して来たのでありますが、原審判決は(原審判決書六丁目裏六行目乃至九行目)「本件に適用せらるべき昭和二十四年改正前の自創法第十五条第二項によつて準用せられる第七条第五項の規定は訓示規定と解するを相当とするから同項所定の期間を遵守しなかつたとしてもこれがためにその裁決を違法ならしめるものではない。」と説示せられましたが右説示は前記裁決期間に関する規定の解釈を誤つたばかりでなく、裁決期間を著しく懈怠した被上告人の裁決手続の違法をも看過したものと謂わなければなりません。

右上告理由申立てます。 以上

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