最高裁判所第二小法廷 昭和27年(し)2号 決定 1952年10月31日
仙台市土樋八三番地
被告人
森三郎弁護人
抗告人
半沢健次郎
被告人森三郎にかかる覚せい剤取締法違反被告事件に関し仙台高等裁判所が昭和二六年一二月一二日なした上訴権回復請求却下決定に対する抗告棄却の決定に対し、抗告人から特別抗告の申立があつたので、当裁判所は左のとおり決定する。
主文
本件抗告を棄却する。
理由
本件抗告の趣意は、末尾添付の別紙書面記載のとおりである。
抗告趣意第一点及び第二点一乃至五について
論旨は、要するに原決定において「記録を調査するに被告に対する仙台地方裁判所の判決は昭和二十六年十一月十八日言渡され同月十二日弁護士半沢健次郎を弁護人に選任する旨を記載した弁護人選任届を同弁護人と連署の上仙台高等裁判所宛で原審に提出したことは洵に明らかであるが、斯る場合被告人において同弁護人より控訴を申立てたるべしと軽信し又は同弁護人において被告人より控訴を申立てたるべしと軽信して、孰れからも上訴せず法定の控訴期間を徒過した場合は、上訴権回復請求を認める場合に該当しないものと断ずるを相当とす」と判示して上訴権回復を容認しなかつたことは、昭和二年(ツ)第三号、同年二月一七日大審院決定に反する判断をしたものであると主張するのであるが、右判例は被告人が作成した控訴申立書の提出方を依頼せられた弁護士(第一審弁護人)がその提出を怠り控訴期間を徒過した事案について、かかる場合右弁護士は旧刑訴三八七条にいわゆる被告人の代人と認むべきものではないのみならず、控訴申立書の不提出につき被告人の責に帰すべき事由がないとして、上訴権回復を容認しているのである。
仍て右判例違反の論旨につき判断するに、
(一) 本件において原決定の認定した事実関係は、被告人においては控訴審の弁護人に選任した弁護士より控訴を申立てたるべしと軽信し、又同弁護士においては被告人より控訴を申立てたるべしと軽信して結局孰れからも上訴しなかつたというのであつて、被告人から同弁護士に控訴申立手続をとることを依頼した事実は原決定の認定していないところであるから、同弁護人は被告人のため控訴申立手続をとらなければならない立場におかれていたものということはできない。されば本件においては右判例におけると具体的事情を異にするものであつて、右判例は本件に適切でない。而面して本件においては、控訴申立期間の徒過は被告人の軽信に基く過失によるものというの外なく、控訴審の弁護人として始めて選任された半沢弁護士はその受任の際控訴申立済みか否かにつき被告人に確めなかつた点に注意不十分の譏を免れないとしても、控訴申立手続をとらなかつたことにつき過失を責めるべき理由に乏しいものといわなければならない。
(二) なお若し仮に本件において控訴審の弁護人に選任の際被告人から半沢弁護士に対し控訴申立手続をとることにつき暗黙の依頼があり同弁護士もこれを了承しながらその手続をすることを怠つたものと解され得る事情にあつたとすれば(この点前示のごとく原決定の判示しないところである。なお弁護士たる代理人により上訴の申立をなし得るものであることは当裁判所判例の認めるところである。)同弁護士の立場は控訴申立に関しては刑訴三六二条にいわゆる被告人の代人と解すべきものであることは、旧刑訴三八七条にいわゆる代人の意義に関し、論旨引用の決定後になされ判例を変更した大審院決定(昭和三年(つ)第五号同年五月一五日決定、昭和八年(つ)第一号同年四月二六日決定)の趣旨に徴し明らかなところである。されば論旨は既に変更された旧判例を引用して判例違反を主張するものであつて、適法な抗告理由とは認められないのみならず、控訴申立をしなかつたことにつき被告人のみでなく代人たる同弁護士の責に帰すべき事由があることとなり、上訴権回復の許されない結論となること(一)の場合と同様である。
抗告趣意第二点、六について
論旨は刑訴四〇五条所定の事由に当らないから、抗告適法の理由とならない。(論旨に関する原決定の所説は正当である。)
よつて刑訴四三四条、四二六条一項に従い、裁判官全員一致の意見で主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 霜山精一 裁判官 栗山茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 谷村唯一郎)