最高裁判所第二小法廷 昭和27年(オ)356号 判決 1953年12月18日
盛岡市本町二八八番地の六
上告人
秋田正三郎
右訴訟代理人弁護士
野間彦蔵
同所同番地の六
被上告人
山屋ヒサ
右当事者間の請求異議事件について、仙台高等裁判所が昭和二七年四月八日言渡した判決に対し、上告人から一部破棄を求める旨の上告申立があつた。よつて当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
区裁判所で成立した調停の調停調書に対する請求異議の訴の第一審は、裁判所法施行後においては、右区裁判所の所在地を管轄する地方裁判所の管轄に専属する(昭和二八年五月七日第一小法廷判決、最高裁判所民事判例集七巻五号五一四頁参照)。それゆえ、原判決は管轄を誤つた違法はなく、上告理由第一点は、法令の誤解にもとずくものであつて、理由がない。その他の論旨はいずれも「最高裁判所における民事上告事件の審判の特例に関する法律」(昭和二五年五月四日法律一三八号)一号乃至三号のいずれにも該当せず、又同法にいわゆる「法令の解釈に関する重要な主張を含む」ものと認められない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 霜山精一 裁判官 栗山茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 谷村唯一郎)
昭和二七年(オ)第三五六号
上告人 秋田正三郎
被上告人 山屋ヒサ
上告代理人野間彦蔵の上告理由
一、原判決は専属管轄に関する規定に違背したものである。
請求に関する異議の訴は債務名義が判決であるときは民事訴訟法第五百四十五条第一項の規定により第一審の受訴裁判所の管轄に属し又債務名義が同法第五百五十九条に掲げられたもの及び訴訟上の和解並びに請求の抛棄又は認諾であるときは同法第五百六十条の規定により右第五百四十五条第一項の規定が準用せられ、ただ仮執行の宣言付支払命令及び公証人の作成した証書だけが別段の取扱いを受けることになつている。従つて同法第三百五十六条の規定に依る和解の調書が債務名義であるときはやはり同法第五百六十条の規定によるべきものである(大審院昭和六年(ク)第一五五九号同年十二月八日決定法律新聞三三六六号一一頁法律評論二一巻民事訴訟法二二八頁参照)。
故に裁判上の和解の調書の執行力の排除を目的とする請求に関する異議の訴はそれが訴訟上の和解であるときは、その訴訟の繋属した第一審裁判所の管轄に属し、又それが同法第三百五十六条の規定に依る和解であるときは、和解事件の繋属した簡易裁判所の管轄に属するものである。そしてこの管轄は専属である(同法第五百六十三条)。
依つて借地借家調停法第十二条及び第二十八条(現行民事調停法第十六条)の規定により裁判上の和解と同一の效力を有する借地借家調停の調書の執行力の排除を目的とする請求に関する異議の訴は前記法条により調停が成立した裁判所の管轄に専属するものと解すべきである(大審院昭和十四年(オ)第七二五号同年十二月二十一日判決民事判例集第一八巻一三〇一頁参照)。
顧みるに本件請求に関する異議の訴は、借地借家調停法によつて、昭和二十一年十月十八日盛岡区裁判所において成立した家屋明渡調停の調書の執行力の排除を求めるため同二十五年八月提起せられたものであるから、その管轄は本来盛岡簡易裁判所(昭和二十二年政令第三十一号裁判所法施行法の規定に基く調停に関する法律の変更適用に関する政令第一項第一号)に専属するものである。故に本件につき盛岡地方裁判所が第一審裁判所として、従つて原審がその控訴審として夫々言渡した判決は何れも専属管轄に関する規定に違背したものであるから原判決は破毀せられ且つ第一審判決は取消され、本件は盛岡簡易裁判所に移送せらるべきものであると信ずる。
二、原判決はその理由冒頭において「先づ昭和二十六年(ネ)第二〇五号事件につき、第一審原告(上告人)の控訴の当否を案ずるに、第一審原告と第一審被告(被上告人)との間に昭和二十一年十月十八日盛岡区裁判所同年(ユ)第一五号家屋明渡調停事件について次のような調停が成立したこと、即ち第一審原告は第一審被告から賃借中の盛岡市本町二百八十八番の六にある木造瓦茸二階建住家一棟建坪三十四坪五合五勺、二階坪二十二坪五合の内北側間口三間半奥行六間の部分の家屋建坪約二十一坪二階十坪を第一審被告に対し昭和二十五年六月十七日限り明渡すことという調停が成立したことは、当事者間に争のないところである。」と判示し、進んで「右事実に徴すると、第一審原告は昭和二十一年十月十八日第一審被告に対し右家屋を昭和二十五年六月十七日を期限として明渡すべき義務を負担したものであることが明であるから、若し第一審原告において右期限に右明渡義務を履行しないときは、第一審被告において右調停調書の執行力ある正本に基き右明渡の強制執行を為し得るものというべきである。」と認定している。
しかし右調停は盛岡区裁判所借地借家調停委員会において成立したもので(乙第一号証)、借地借家調停法第二十八条の規定によれば調停委員会において成立した調停は裁判所の認可決定がなければ裁判上の和解たる效力従つて執行力を有しないものである。本件記録を閲するも右調停が認可された痕跡の見るべきものがない。故に原判決は右に挙げたように本件調停が成立したことから直ちに同調停の調書の執行力を認定しているのは法律の解釈を誤つたか又は理由不備の違法があるものであると信ずる。
三、原判決は「又第一審原告(上告人)の主張の趣旨が、原審において述べたように、右調停成立後第一審被告(被上告人)において借家法第一条による正当事由が存在しなくなつたというにあるとしても、本件調停において第一審原告が期限附で本件家屋の明渡義務を負担したものであることは前示のとおりであつて、かような明渡義務は調停上の合意により本件の家屋の賃貸借を終了させた結果生したものと認められるのであるから、第一審原告所論の正当事由の存否は、右のような合意による賃貸借の終了の場合には関係がないものというべきである。よつて第一審原告のこの点の主張も理由がないものであること勿論である。」と判示している。
しかし証人山屋秀男(被上告人の子)の証言(七二丁裏)及び上告人本人の訊問の結果(一一三丁裏)によれば被上告人が上告人に対し本件家屋の明渡を最初に請求したのは昭和二十一年春頃であり又第一審判決がその理由冒頭において「被告(被上告人)が本件家屋を昭和二十一年に賃借人なる原告(上告人)を相手方とし、盛岡区裁判所に家屋明渡の調停を申立て、同庁昭和二十一年(ユ)第一五号事件として繋属し、再参調停の結果同年十月十八月原告は被告に於て本件家屋の明渡を求めるにつき正当の事由ありと承諾し、被告に対し本件家屋を昭和二十五年六月十七日限り明渡すことの調停が成立したことは当事者間に争いないところである。」と認定しているとおり、本件調停は賃貸人たる被上告人の解約申入が正当の事由に基づくことを前提として成立したものである。換言すれば本件調停は本件家屋の明渡までにおける正当事由の消滅を解除条件としたものである。
ところが本件調停の成立後正当事由が消滅し解約申入はその效力を失い従つて本件家屋の明渡義務は消滅したので上告人は同調停の執行力の排除を求めるため本件請求に関する異議の訴を提起したものである。
故に原判決は前に掲げたように本件家屋の明渡義務は調停上の合意によりその賃貸借を終了させた結果生じたものと認め正当事由の存否はこのような合意による賃貸借の終了の場合には関係がないものであると断定したのは当事者間に争のない事実に反する事実を認定し重要な事実の判断をしない違法があるもので原判決は破毀を免れないものと信ずる。
以上