最高裁判所第二小法廷 昭和27年(オ)75号 判決
訴訟の総費用はこれを二分しその二分の一宛を上告人並びに被上告人等の負担とする。
二、理 由
記録により本件の経過を見るに、被上告人は、上告人が昭和二四年八月六日附を以て新潟県佐渡郡河崎村大字原黒字沖二五一番田七畝十二歩についてなした、同村農地委員会に自作農創設特別措置法六条の三の規定による指示をしない旨の決定はこれを取消す旨の請求訴訟を新潟地方裁判所に提起したところ、同裁判所は請求棄却の判決をなし、被上告人はこれに対し東京高等裁判所に控訴の申立をなし、同裁判所は原判決を取消し被上告人の請求を認容して上告人の為した前記決定を取消す旨の判決をしたので、これに対し上告人から本件上告の申立があつたのである。職権をもつて調査するに自作農創設特別措置法は昭和二七年七月法律二三〇号農地法施行法の施行によつて同年一〇月二一日限り廃止せられ、従つて同法六条の三の規定に基く指示の制度もなくなつたのであるから、被上告人が上告人に対し前記決定の取消を求めても上告人においては、同法廃止の今日においては、もはや同法に基き遡及買収計画を定めるべき旨を指示するに由ないのであるから、被上告人の本訴請求はその利益がないものといわねばならない。
よつて上告人の上告理由についての判断を省略し民訴四〇八条、九六条、九〇条を適用し裁判官全員一致の意見をもつて主文のとおり判決する。
(裁判官 霜山精一 栗山茂 藤田八郎 谷村唯一郎)
上告代理人弁護士岩淵止の上告理由
第一点 原判決は判断に過誤があり、且つ、理由に齟齬がある。
本件農地の賃貸借は、昭和二十三年四月頃、合意によつて解約したものであることは、第一審、第二審とも当事者の争わざるところであつて、原判決に判示してある。
このような当事者間に争のない主要事実から自白は民事訴訟法第二百五十七条によつて、裁判所はその陳述の真否を判断するに及ばず、又これに反する認定をすることが出来ないのであつて、これは弁論主義の建前として当然である。然るに原判決は当事者間に争のない事実を引用しながら「本件農地の賃貸借を合意解約する意思の合致があつたとは考えられないのであつて、三国シユンは右のように、合意解約なくして控訴人から本件農地を取上げたものと認むべきである。」と判断しているのであるが、これは所謂弁論主義の原則に違背しているといわなければならない。
斯くの如く、原審がこれを合意解約にあらずとするにおいては、はたして本件農地の賃貸借の存否はどういうことになるのか、三国シユンが本件農地の賃貸借を合意によつて解約し、返地を受けたのは昭和二十一年四月であるが、原判決のように、これは合意解約にあらずとすれば、右三国は上告人が三国が返地を受けたと主張する時期に民法第六百十七条によつて解約の申入れをしたものと解さねばならぬ。そうであるならばこの賃貸借の終了は昭和二十三年四月となると考えなければならない。ところが農地調整法は同二十一年法律第四十二号で改正され、同年勅令第五百五十五号によつて同年十一月二十二日から施行されたのであるが、この改正法により同法第九条第四項「前項ノ承認ヲ受ケズシテ為シタル行為ハ其ノ効力ヲ生ゼス」(「承認」は同法附則第三項によつて「地方長官の許可」と読み替える)と規定されたのであるから、この改正法施行当時賃貸借が存続しているものはこれが終了に対しては改正法条によつて、許可を受けなければならぬと解すべきは本法制定の趣旨からして当然であると考える。そうすると右許可を受けていない本件の場合には三国と被上告人との間の賃貸借契約は依然として継続しているものと解釈せざるを得ない。
自農法第六条の二、第六条の三は昭和二十年十一月二十三日現在において小作地につき耕作の業務を営んでいた小作農で同日以後に当該小作地につき賃借権その他の耕作をなし得る権限を有しなくなつて耕作の業務を営まなくなつたものが、遡及買収請求(指示請求)をなすのであるから、賃貸借契約が存続していて、ただ事実上不法占拠等によつて当該小作地につき耕作していない者の如きは、右法条による遡及買収請求をなすべきでない。従つてこれが指示請求もなすべきでないことはいうまでもないのである。
原審裁判所は右のような法律解釈となるものに対して被上告人の請求を容れた判決をなしたことは判断の過誤と理由の齟齬の違法をおかしている誹りを免かれず、このような判決は破毀さるべきであると信ずる。
第二点 原判決は法令の適用に過誤がある。
一、原審裁判所は自作農創設特別措置法(以下自農法と略称する。)第六条の三の規定による指示請求に対してなす決定を行政処分なりと解し本件に行政事件訴訟特例法を適用して判決をなしているが、この指示請求に対する決定は行政処分ではないと解するのである。即ち自農法第六条の三によつて都道府県農業委員会が市町村農業委員会に対してなす遡及買収の指示は単に上級庁が下級庁にその権限の行使を指揮するための命令行為であつて、この指示の効力はこれらの行政庁内部においてのみ生ずるに止まり、直接に国民に対して具体的に権利義務に影響を及ぼすものではない。都道府県農業委員会が該指示請求を同条第二項で準用する第六条の二第二項各号の一に該当すると認め指示しない決定をした場合は市町村農業委員会に対して前記指揮の命令をしないことにしたにすぎないのであつて、仮令この決定を該請求者に通知したとしても、この通知をもつて直ちに右請求者の権利義務に法律上の効果を及ぼすものではないから、これは行政処分とは解し難く、従つて本件は行政事件訴訟特例法の取消請求訴訟の対象となるものではないと信ずる。
二、原判決は上告人が原審において本件指示請求が違法であるとの主張に対し「村農委が本件農地の遡及買収を否とする議決をしたものと考えられる。昭和二十三年六月十二日は遡及買収請求のときよりは一年余、改正法施行のときよりも既に五箇月余を経過し、改正法第六条の三による県農委に対する遡及請求をなすべき要件を満すことが不能な状況にあつたのである。」としている。然しながら旧法附則第二項、同法施行令第四十四条においては、その請求が否と決定されてから、指示請求をなすことに規定されていたが、改正法第六条の三においては市町村農業委員会が遡及買収請求をしてから二箇月以内に計画を定めないときは、この期間経過後一ケ月以内に県農業委員会に指示請求をすることができることになつている。この法施行前になされた遡及買収請求は改正法附則第二条により、この改正法によつて、なされた手続とみなされるのであるから、本件のように改正前の法によつてなされた買収請求が、その可否を決定しないままに改正法が施行された場合には第六条の三の「二ケ月」にこだわることなく、すみやかに、これが指示請求をなし得るの法意だと解さねばならぬ。
然るに原判決は「村農委が買収計画を定めることを否と議決したときは請求者は、その議決があつた日から一ケ月以内に県農委に指示請求をなすことができたのであるが、この施行令第四十四条の規定は当時既に昭和二十三年政令第三六号で廃止されているのであり、控訴人にとつては右村農委の議決に対し不服申立の方法がなかつたものといわなければならない」として被上告人の指示請求を肯認しているけれども、これは上述の法意に背馳するものである。被上告人は昭和二十二年七月二十一日附の遡及買収請求の中、本件農地を同二十三年六月十二日否決されるや更に一年を経過して同二十四年五月二十五日再び同法第六条の二によつて遡及買収請求をなし否決となるや第六条の三による本件指示請求をなしたのであるが、なるほど原判決判示のように遡及買収の請求には、これをなし得る期限につき何等の規定はない、しかし、さればといつて同一の行為を再度繰返すことは行政法一般の理論上許すべきでなく、しかも指示請求をなし得る期間を規定したのは急速に農地解放の事務を結了させると共に他面買収請求の農地の所有者に与える不安定な地位を可及的短期に確定させようとするものに他ならぬと信ずるから、このように法理を無視した本件指示請求は違法たるを免かれないものと考える。
以上
第一審判決の主文および事実
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は被告が昭和二十四年八月六日附を以つて新潟県佐渡郡河崎村大字原黒字沖二百五十一番田七畝十二歩についてなした、同村農地委員会に自作農創設特別措置法第六条の三の規定による指示をしない旨の決定はこれを取消す、訴訟費用は被告の負担とする、との趣旨の判決を求め、其の請求の原因として述べた事実の要旨は、
一、原告は昭和十八年四月頃訴外三国シユンから同人所有の佐渡郡河崎村大字原黒字沖二百五十一番田七畝十二歩を期間の定なく賃借して耕作していたところ、昭和二十四年四月頃同人より右田の返還を強要されたためやむなくその頃合意の上右賃貸借を解除してこれを返還し、同年度より右田について耕作の業務を営むことをやめたのである。
二、そこで原告は自作農創設特別措置法第六条の二の規定によつて、昭和二十四年五月二十五日河崎村農地委員会に対して右田につき昭和二十年十一月二十三日当時の事実に基いて農地買収計画を定めるべきことを請求したところ却下されたので、同年七月十二日同法第六条の三の規定により被告に対して同村農地委員会に同法第六条の二第一項の規定により農地買収計画を定めるべき旨を指示すべきことを請求したのであるが、被告は原告と訴外三国シユンとの間になされた本件田の前記賃貸借の合意解除を適法且正当であると認めて、同年八月六日附で右指示をしない旨の本件決定をなしその決定書は同月十日原告に送達せられた。
三、併しながら(1)原告は昭和二十年度において田四反二畝十一歩畑九反三畝を耕作するに過ぎなかつたのに、昭和二十一年一月頃その内訴外鵜飼五郎所有の田一反三畝余をその要求によつて同人に返還し、また部落共有の田の中約二畝を返還しなければならなかつた上、昭和二十年五月中畑の中約三反七畝を軍の飛行場用地として提供し、畑は主として桑畑としてその間作をするにすぎず、他に副業として小規模に養蚕を営むのみであつたから、本件田を訴外三国シユンに返還すれば飯米にも不足するようになつて原告及びその家族の相当な生活の維持が困難となるのである、それ故(2)原告は訴外三国シユンの本件田の返還の申入をはじめ拒絶したのであるが、更に同人よりこれを強要されたためやむなく前記の様にこれを返還したものである、(3)のみならず訴外三国シユンは昭和二十年度まで農耕を営んでいなかつたのであつて、何等の設備も持たないから増産を期待することは出来ないのである。従つて原告と訴外三国シユンとの間の本件田の賃貸借の前記合意解除は正当でなかつたと云わなければならないのである。然るに被告がこれを正当と認めてなした本件処分は違法であるからその取消を求めるため本訴に及んだのである。
と謂うのである(立証省略)。
被告指定代理人は主文と同趣旨の判決を求め、原告主張の一、の事実中原告が訴外三国シユンから同人所有の本件田を賃借していたこと、原告がその主張の頃同訴外人との間に右賃貸借を合意解除してその頃これを返還し昭和二十一年度より本件田について耕作の業務を営むことをやめたことはいずれも認めるが、原告が訴外三国シユンから本件田を賃借した日時及び同訴外人がその返還を強要したことは否認する。原告主張の二、の事実は認める、原告主張の三、の事実中訴外三国シユンが昭和二十年度まで農耕に従事していなかつたことは認めるがその余はいずれも否認する、訴外三国シユンが本件田を原告に賃貸したのは昭和十九年四月頃である。而して原告はその主張の頃訴外三国シユンに対して本件田を進んで返還したのであつて別にその強要によつてこれを返還したものではないのである。のみならずその頃原告は狩猟及び生活物資の仲買を業としていて農事に精進せず農業を営まなくても別段生活に困難なことはなかつたのである。そして訴外三国シユン方は農業を営むことを熱望して居り労力や農具の点についても支障がなかつたのであるから、本件賃貸借の合意解除は正当であつたと云わなければならない、と述べた(立証省略)。
第二審判決の主文、事実および理由
一、主 文
原判決を取消す。
被控訴人が新潟県佐渡郡河崎村大字原黒字沖二百五十一番田七畝十二歩につき昭和二十四年八月六日附でなした同村農地委員会(当時の)に対し、自作農創設特別措置法第六条の三の規定による指示をしない旨の決定を取消す。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二、事 実
控訴人は、主文同旨の判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述は、被控訴人において、(一)控訴人は昭和二十一年四月二十七日三国シユンの申出を承諾して本件農地の賃貸借を合意解約したのであつて、右合意解約は原審で主張したとおり適法かつ正当である、従つて自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する)第六条の三第二項において準用する第六条の二第二項第一号に該当する、(二)控訴人は三国シユンと平等の立場で、控訴人の自由意思で本件農地を三国シユンに返還したのであるから、今に及んで遡及買収の請求をなすことは、友好信頼の関係を破り、社会秩序に背反する不信行為であり、同法第六条の三第二項、第六条の二第二項第二号にも該当する(三)控訴人は、昭和二十二年七月二十一日附で、河崎村農地委員会に対し昭和二十一年勅令第六二一号、自創法施行令第四十三条の規定により本件農地を含む三国シユン所有農地につき遡及して買収計画を定めるべきことを請求した(乙第九号証)、当時の自創法には第六条の二、第六条の三の規定はなかつたが、自創法改正法(昭和二十二年法律第二四一号、同年十二月二十六日公布、即日施行)が施行された後、昭和二十三年六月十二日河崎村農地委員会は、調査の結果本件農地については買収計画を定めざることに決定した、それ故控訴人は右自創法改正法附則第二条によつて、改正法第六条の三による指示請求をなすべきであるのに、これをなさず、その後一年を経過した昭和二十四年五月二十五日本件農地につき遡及買収請求をなし、これを拒否された後同年七月十二日、被控訴人に指示請求をしたのであるから、本件指示請求は違法であり、従つて被控訴人の指示をなさざる決定の取消を求め得ざるものであると述べた外原判決事実摘示と同一であるから、こゝにこれを引用する(証拠省略)。
三、理 由
控訴人が昭和二十年十一月二十三日現在において、新潟県佐渡郡河崎村大字原黒字沖二百五十一番田七畝十二歩の土地を所有者三国シユンから賃借して耕作の業を営んでいた小作農であること、控訴人が昭和二十一年四月頃右土地を三国シユンに返還し、右土地においての耕作の業務をやめたこと、控訴人が自創法第六条の二の規定によつて、昭和二十四年五月二十五日河崎村農地委員会(以下村農委と略称する)に対して右小作地につき昭和二十年十一月二十三日当時の事実に基いて農地買収計画を定めるべきことを請求したところ却下されたので、同年七月十二日自創法第六条の三の規定によつて新潟県農地委員会(以下県農委と略称する)に対して村農委に同法第六条の二第一項の規定により農地買収計画を定めるべき旨指示すべきことを請求したこと、県農委が同年八月六日附で、控訴人と三国シユンとの間になされた右小作地の合意解約は適法かつ正当であると認めて右指示をしない旨の決定をなし、その旨の決定書を同月十日控訴人に送達したことは当事者間に争がない。
被控訴人は、控訴人が昭和二十四年五月二十五日村農委に対してなした遡及買収請求、同年七月十二日県農委に対してなした遡及買収指示の請求は、ともに違法であると主張するので、審案するに、成立に争のない乙第九号証によれば、控訴人が昭和二十二年七月二十一日付で村農委に本件農地を含む三国シユンの所有農地二反十五歩につき自創法施行令第四十三条の規定による農地買収計画を定める請求をなし、村農委は同年七月二十八日附でこれを受理したことが認められる。更に成立に争のない乙第十三号証によれば村農委は、自創法改正法(昭和二十二年法律第二四一号、同年十二月二十六日公布、即日施行)施行後右農地二反十五歩中本件農地を除く一反二畝十五歩について遡及買収の計画を定めることを議決したことを認めることができる。右乙第十三号証(村農委議事録)には、本件農地について特に買収計画を定めることを否とする議決をなしたことが記載されていない。しかし右議事録を検討すれば、本件農地の買収は「如何かと思う」と発言した委員四名、「面倒の問題故事実を調査して決しては如何」と発言した委員二名あり、結局本件農地を除く一反二畝十五歩について遡及買収をすることを議決したことが認められるのであるから、一応本件農地についてはこの時買収を否とする議決があつたものと解して考えてみるに、右自創法改正法附則第二条によれば、改正前の附則第二項の規定による農地買収計画に関してなされた手続は改正法第六条の二、第六条の三、第六条の五の規定によりなされた手続とみなされるのであるが、村農委が本件農地の遡及買収を否とする議決をしたものと考えられる昭和二十三年六月十二日は、遡及買収請求のときよりは、一年余、改正法施行のときよりも既に五箇月余を経過し、改正法第六条の三による県農委に対する遡及請求をなすべき要件は満すことが不能な状況にあつたのである。一方改正前の自創法に基ずく自創法施行令(昭和二十一年勅令第六二一号)第四十四条の規定によれば、第四十三条の請求(控訴人の請求はこれにあたる)があつたとき、村農委が買収計画を定めることを否と議決したときは、請求者はその議決があつた日から一箇月以内に県農委に指示請求をなすことができたのであるが、この施行令第四十四条の規定は当時既に昭和二十三年政令第三六号(同年二月十二日公布、即日施行)で廃止されていたのであり、控訴人にとつては右村農委の議決に対し不服申立の方法がなかつたものといわなければならない。又前掲乙第十三号証によれば、村農委は昭和二十三年六月十二日には本件農地について買収計画を定めるか否かの決定を留保したものとも考えられるのである。しかも、前記自創法改正法第六条の二による遡及買収の請求をなし得る期限につき、何等の規定がないのであるから、かゝる場合は、旧法施行のときに、同法施行令第四十三条によつて遡及買収の請求をした者は、改正法施行後あらためて改正法第六条の二による請求をなし、村農委が所定期間内に買収計画を定めないときは、改正法第六条の三による県農委に対する遡及買収指示の請求をなし得るものと解するのが、本法制定の目的を達するゆえんであるといわなければならないから、この見解に反する被控訴人の主張は、到底採用するを得ない。
よつて進んで県農委の決定の当否について審案する。自創法第六条の二によれば、村農委が昭和二十年十一月二十三日現在において小作地につき耕作の業務を営んでいた小作農で、同日以後において当該小作地についての耕作の業務をやめた者から、いわゆる遡及買収計画を定めるべきことの請求があつたときは、同条第二項各号の場合を除き、必ず請求どおりの買収計画を定めなければならないのであり、同法第六条の三によれば、村農委が右請求を受けた日から二箇月以内に遡及買収計画を定めない場合、請求者がその期間経過後一箇月以内に県農委に遡及買収指示の請求をしたときは、同法第六条の二第二項各号の場合を除いて、必ず遡及買収の指示をしなければならないのである。しかして本件の場合、県農委は本件は同法第六条の二第二項第一号に該当する場合と認めて、遡及買収の指示をなさないと決定したことは前段認定のとおりであるから、まず本件が右法条に該当する場合であるか否かを判断する。
原審(第一、二回)及び当審における控訴人本人尋問の結果原審及び当審証人藤井イト三輪作一の各証言を綜合すれば、控訴人は昭和十八年春から本件農地を所有者三国シユンから賃借して耕作してきたこと、昭和二十年十二月頃三国シユンから本件農地の返還を求められたが、拒絶したところ、昭和二十一年春から三国シユンの命を受けた三輪作一が本件農地の耕作をはじめたため控訴人は驚いて三国シユンに交渉したが、三国シユンは本件農地を控訴人に耕作させることを承諾せず、遂に実力に訴えて本件農地の耕作を継続して今日に至つたこと、並びにその頃三国シユンの雇人関東広吉は控訴人の留守中控訴人方を訪ね、控訴人の次女藤井イトに対し、控訴人にも既に話して承諾を得ていると欺いて、控訴人が本件農地を昭和二十一年度から三国シユンに返還することに同意する旨の書面(乙第一号証)に控訴人の認印を押捺させたことを認めることができる。右認定に反する原審及び当審証人三国シユン、当審証人関東広吉の証言は信用しない。その他本件一切の証拠を調べても右認定を左右するに足らない。以上の認定事実によれば、控訴人と三国シユンとの間に本件農地の賃貸借を合意解約する意思の合致があつたとは考えられないのであつて、三国シユンは右のように合意解約なくして控訴人から本件農地を取上げたものと認むべきであるからもとより自創法第六条の二、第二項第一号の場合に該当しない。それ故本件を右の場合に該当するとして、遡及買収の指示をなさない旨の決定をした県農委の処分は違法であるといわなければならない。
次に被控訴人は、控訴人の本件農地遡及買収の請求は信義に反すると認められ、自創法第六条の二第二項第二号の場合に該当すると主張しているけれども、前段認定の如く、小作農が合意解約なくして所有者から農地を取上げられた場合に、当該小作農が遡及買収の請求をなすことは、被控訴人の主張するような信義に反するものではない。
しかして昭和二十六年法律第八九号農業委員会法の施行に伴う関係法令の整理に関する法律(昭和二十六年三月三十一日公布、同日施行)附則第三項によれば、自創法、又はこれに基く命令の規定により県農委がした処分、手続、その他の行為は被控訴人がした処分、手続その他の行為とみなされるのであるから、県農委が昭和二十四年八月六日付でなした前示決定は、被控訴人がこれをなしたものとみなし、自創法改正法第六条の三、第六条の二に反する違法の決定として、これを取消すべきものといわなければならない。
よつて、右決定の取消を求める控訴人の請求を棄却した原審判決は、これを失当として取消し、控訴人の請求を認容すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十六条、第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。