最高裁判所第二小法廷 昭和28年(オ)622号 判決 1955年10月07日
主文
原判決を破棄する。
被上告人の請求を棄却する。
訴訟の総費用は、全部被上告人の負担とする。
理由
上告代理人二宮卓及び柴田元一の上告理由は、それぞれ末尾添付のとおりである。
上告代理人二宮卓の上告理由及び上告代理人柴田元一の上告理由第一点について。
原審認定の事実によれば、上告人橋元は、昭和二五年一二月二三日頃被上告人等先代岡崎庄一郎から金四〇、〇〇〇円を期限を定めず借り受け、上告人藤田は、右債務につき連帯保証をしたが、その弁済については、特に橋元の娘ハルヱが庄一郎方に住み込んだ上、同人がその妻の名義で経営していた料理屋業に関して酌婦稼働をなし、よつてハルヱのうべき報酬金の半額をこれに充てることを約した、前記ハルヱは当時いまだ一六才にも達しない少女であつたが、同人はその後庄一郎方で約旨に基き昭和二六年五月まで酌婦として稼働したに拘らず、ハルヱの得た報酬金はすべて他の費用の弁済に充当せられ、上告人橋元の受領した金員についての弁済には全然充てられるにいたらなかつたというのである。そして原審は、右事実に基き、ハルヱの酌婦としての稼働契約及び消費貸借のうち前記弁済方法に関する特約の部分は、公序良俗に反し無効であるが、その無効は、消費貸借契約自体の成否消長に影響を及ぼすものではないと判断し、上告人両名に対し前記借用金員及び遅滞による損害金の支払をなすべきことを命じたのであつて、以上のうちハルヱが酌婦として稼働する契約の部分が公序良俗に反し無効であるとする点については、当裁判所もまた見解を同一にするものである。しかしながら前記事実関係を実質的に観察すれば、上告人橋元は、その娘ハルヱに酌婦稼業をさせる対価として、被上告人先代から消費貸借名義で前借金を受領したものであり、被上告人先代もハルヱの酌婦としての稼働の結果を目当てとし、これあるがゆえにこそ前記金員を貸与したものということができるのである。しからば上告人橋元の右金員受領とハルヱの酌婦としての稼働とは、密接に関連して互に不可分の関係にあるものと認められるから、本件において契約の一部たる稼働契約の無効は、ひいて契約全部の無効を来すものと解するを相当とする。大審院大正七年一〇月一二日(民録二四輯一九五四頁)及び大正一〇年九月二九日(民録二七輯一七七四頁)の判例は、いずれも当裁判所の採用しないところである。従つて本件のいわゆる消費貸借及び上告人藤田のなした連帯保証契約はともに無効であり、そして以上の契約において不法の原因が受益者すなわち上告人等についてのみ存したものということはできないから、被上告人は民法七〇八条本文により、交付した金員の返還を求めることはできないものといわなければならない。原判決は法律の解釈を誤つたものであつて破棄を免れない。そして原審の確定した事実によれば、本件はすでに判決をなすに熟するものと認められるから、民訴四〇八条一号、九六条、八九条を適用し、裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 栗山茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 谷村唯一郎 裁判官 池田克)