最高裁判所第二小法廷 昭和30年(あ)638号 判決
判決理由〔抄録〕
上告趣意は違憲をいうも、その実質は被告人は注意義務を尽くし過失がなかったとの事実誤認を主張するに帰するものであって刑訴四〇五条の上告理由にあたらない(そして記録に照らせば本件の場合の被告人の注意義務に関する原判決の判示は正当と認められる)。
(編注) 控訴審判決の理由(昭三〇・二・一四福岡高判、高刑裁特報二・六・一二七)
しかしながら記録によれば、被告人は西日本鉄道株式会社の乗合自動車運転者であって、昭和二十八年十月二十九日午後四時頃、同社乗合自動車福第二ノ二〇一二号を運転し、国鉄飯塚駅前を発車するに当り、同車右側車体間近かに佇立していた今村八恵子(満二歳)に気付かず、ハンドルを右に切りつつ発車した為、同車の車体により同女を押し倒し地上に転倒せしめた上右側後車輪を以て轢き即死せしめたものであること明瞭である。そして凡そ乗合自動車の運転者たるものは停留所発車に際し、単に乗務車掌の発車合図に従うを以て足れりとせず、自身又は車掌を督励して車体の前後左右に人影の存否を確め若し車体附近に人影を発見したときは、これを安全地帯に退避せしめた上、発車すべき義務あるものと解するを相当とする。今本件に付いてこれをみるに、被告人は一つもかかる措置をとることなく、唯車掌(同人もまた車体左側の昇降口附近の安全を確めたのみで、右側には全然注意を払っていない)の発車合図により、漫然発車した為前示事故を起したものであること原審及当審で取調べた証拠によって洵に明である。そうだとすれば業務上過失傷害罪成立すること明である。なお論旨中、被害者が車側に顕れたのは発車前一、二分前であろうとの推測、当時雨降り上りで附近に人影がなかったこと、車体の構造(恐らくバックミラーでは右側は完全には見えないことを指すものと信ず)等から車掌の合図に従い警笛を吹鳴し発車するを以て運転者の義務を尽したものとの主張に付附言すると、仮に被害者が姿を顕したのが発車前一、二分前だとしても、当時雨降り上りで一般的に停留所附近に人影がなかったとしても又バックミラーの構造が前示の通りだとしてもこれ等の事情は決して運転者をして前記義務の履行を不能又は著しく困難たらしむるものではない。