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最高裁判所第二小法廷 昭和32年(あ)523号 判決 1960年12月16日

主文

原判決を破棄する。

本件を仙台高等裁判所に差し戻す。

理由

弁護人片岡政雄の上告趣意について。

職権を以って調査するに、本件公訴事実となっている被告人の談話の記事は昭和三〇年七月三〇日附河北新報の「年少者も酷使? 中村営業所人権問題労基署でも調査へ」なる見出しの下に掲載された記事の一部分をなすものであるが、本件記事全体の内容は、本件被告人が樋口明に人権侵害の事実ありとして法務局相馬支局に提訴すると共に相馬署に告発の手続をとり、これに基き同支局が調査を開始した事実および相馬労働基準監督署でも労働基準法違反容疑ありとして調査を進めている事実ならびにこの問題についての世人の動きと関心を客観的に叙述したうえ、末尾に関係者(村上法務局相馬支局長、相馬労基署小原監督官、本件被告人、樋口所長)の談話を要約して附記したものであることは該記事自体(証第四号)に徴し明らかであって、苟も人権侵害、労働基準法違反等の疑があるとして関係官庁において該事実の有無について調査を開始したという事実の如きは公益に影響を及ぼすべき問題であるから報道機関としての新聞紙がこれを取り上げ報道することは許容さるべきところであり、また該記事の作成、編集の方法、記事の内容等をみても、ことさらに事実を歪曲したり、あるいは、当該事実の存在を暗示するような取り上げ方をしたとは認められず、特に、本件公訴事実となっている被告人の談話の部分も、その内容が真実であるかの如く報道しているわけではなく、反対当事者の立場にある樋口および関係官庁の係官等の談話と併せて掲載し、本件の問題について関係者がそれぞれ、このように述べていることを、一の事実として掲載報道しているに過ぎないものと認められる。

右の如き取り上げ方をした本件記事を綜合的全体的に観察する場合に、関係者の一人の談話として末尾に掲載された本件被告人の談話の部分のみが果して名誉毀損に該当する事実の摘示といえるか否か、更に、本件記事を取材しその原稿を作成しこれを編集者に提供した島記者およびこれを編集し新聞紙に掲載発行した編集責任者に名誉毀損罪の正犯としての客観的および主観的要件が備わっているか否かの点につき、すなわち原判決が正犯としている名誉毀損罪の成立についての原審の判断は未だ十分首肯せしめるに足りないものがある。原判決は被告人の所為は名誉毀損罪の幇助に該るものとしているのであるが、その前提となる正犯の確定について審理不尽延いては法令違背の違法があり、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認めざるを得ない。

よって刑訴四一一条一号、四一三条本文に則り主文の如く判決する。

この判決は裁判官池田克及び同河村大助の少数意見ある外全裁判官一致の意見である。

裁判官池田克、同河村大助の少数意見は、次のとおりである。

多数意見後段の説示によると、原判決は、本件記事を取材して編集者に提供した島記者及びこれを編集して新聞紙に掲載発行した編集者責任者を本件名誉毀損罪の正犯としているけれども、同記者等が正犯としての客観的及び主観的要件をそなえているか否かの点については未だ十分に首肯せしめるに足りないものがあるとする。その説示するところ抽象に過ぎ具体的に趣旨を捕捉し難いものであるが、これを多数意見前段の説示と照合すると、その意味するところは、島記者等の右行為は、同記者等の正当な業務行為の範囲に属し違法性が阻却される場合に当るものと認められるにも拘らず正犯の成立あるものとした原判決には首肯し得ないものがあるとすると共に、右のように島記者等の行為を正当業務行為の範囲に属するものとしてみると、島記者の取材に応じた被告人の行為に対し原判決の如く幇助犯の成立を認めることは無意義となり、ただ、間接正犯の成否を問題とする余地を残すこととなるので、この問題を審判する必要があるものとしたものと解される。

そうだとすると、この多数意見には賛同することができない。なるほど多数意見も指摘するとおり、人権侵害、労働基準法違反等の疑があるとして関係官庁において該当事実の有無について調査を開始したという事実は、公益に影響を及ぼすべき問題でもあるから、報道機関としての新聞紙がこれをニュースとして取り上げ報道することは、もとより許容されるべきところであるが、そのニュースは、公平且つ正確であると共に真実に符合するものであることが要請されるのであって(この点につき島記者も、河北新報福島支局記者白崎禎助も、いずれも第一審公判においてニュースは「プレス・コード」に依拠していた旨供述しているところである。そして、その「プレス・コード」とは、昭和二〇年九月一九日附連合国最高司令官の日本政府に対する覚書「新聞規則」を指すものであるが、そこには、「ニュースは、厳格に真実に符合するものたるべき」ことが、ニュースの最重要の基準として規定されていたところであって、講和条約発効後の今日においても、その準則性には変りがない)、本件において、島記者等が本件ニュースの取材報道に当り公平正確を期したことは認められるとしても、島記者の原審公判における「自分は被告人の談話内容を真実と考えたのではなく、事実の判断は読者にまかせる考えであった」旨の証言からも窺えるとおり、右被告人の談話ニュースが真実に符合するかどうかにつき調査した何等の形跡も記録上認められないのであるから、島記者等の行為は、未だ以てその正当業務の範囲に属する行為であるとすることはできない。

しかし、右のように解するからといって、原判決が認定した如き島記者等の正犯の事実を肯定し得るものとするのではない。これを結論的にいえば、島記者等の行為は本件名誉毀損罪の正犯としての主観的要件を欠き、従って、被告人に対し幇助犯としての刑責を負わしめるに由なく、本件の如き事実関係のもとにおいては、いわゆる間接正犯にも当らないものと解するのが相当である。以下においてこれを詳述する。

原判決挙示の証拠によれば、島記者は河北新報相馬通信部の外勤記者として、被告人と樋口明との間に被告人が乗合自動車の運転中料金を横領したとの嫌疑により身体検査を受けたこと及び退職する際に採られた手続の問題をめぐって紛争を生じていることを耳にしていたところ、右紛争が被告人の申告によって福島地方法務局相馬支局及び相馬労働基準監督署の調査の対象となるに及び、これを社会ニュース記事として取材することを決意し、村上法務支局長、小原労働基準監督署監督官、被告人及び樋口明に各面接し、それぞれ談話の要領を書き留める等の取材活動をした上、河北新報に報道記事として掲載すべき原稿を作成してこれを同新報本社に送付提供したこと、及び本社編集者がこれに「年少者も酷使? 中村営業所人権問題、労基署でも調査へ」なる見出しを付して編集した記事(証第四号)中、原判示引用の「解雇された小川さんの話」の部分が島記者の右書き留めた要領と同内容のものであり、且つ、右原稿の一部をなすものであることを認定し得るのではあるが、第一審第二回公判調書中の島記者の証言記載によれば、新聞は公正でなければならないので本件記事も、これが取材に当っては厳正公平を期し、被告人の談話のみでなく反対当事者の立場にある樋口及び関係官庁係官等の談話をも併せて取材して原稿にまとめたもので、樋口の名誉を傷つける考えは毛頭なかったのであり、現在においても同人の名誉を傷つけるものとは考えていない旨の供述があり、原審第二回公判調書中の同記者の証言記載によっても、被告人と樋口との紛争問題は巷のニュース・ソースから耳に入っていたが、それが実際面に現われて関係官庁の調査の対象とされるに至ったのでこれを取材することとしたわけであり、このような事件は公共の利害に関し、且つ、問題の性質上一方に偏しないように関係者の話を聞き掲載報道のため原稿を本社に提供することは、新聞記者の義務であると考えたとの趣旨の供述があるのであって、これらの供述記載を本件記事(証第四号)の全構造と対照し、その他本件全証拠について勘案しても、島記者及び河北新報編集者等に樋口明の名誉を毀損する故意があったものと認めることはできない。

してみると、島記者の取材に応じた被告人は、原審の如く幇助犯を構成するものということを得ないのみならず、島記者は以上の証拠からも明らかなとおり、被告人、樋口間の紛争が当事者間の問題たるにとどまらず当該所轄官庁の調査の対象となるに及んでは公益に影響を及ぼすべき問題であるとしてこれを河北新報に社会ニュース記事として掲載報道するため被告人を右記事の取材に加功せしめたものであり、被告人は単に同記者の問に答えたに過ぎないものであってみると、本件記事の掲載発行については、いわゆる間接正犯にも問擬し得ないものと解するを相当とする。

よって、被告人に対しては無罪の言渡しをすべきものと思料する。

(裁判長裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 池田 克 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一)

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