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最高裁判所第二小法廷 昭和33年(オ)494号 判決 1960年12月23日

上告人 有限会社浅間建材社

被上告人 国

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人の上告理由第一について。

原判決はその理由中において上告人の主張を釈明した上、被上告人国に対する単独不法行為の主張について、公売処分取消の遅延は国の故意又は過失によるものではないとして上告人の右主張を排斥しているのであつて、かかる原判決の釈明は是認してよく、所論判断遺脱の主張は採用し難い。

同第二について。

所論一は楠本に対する原状回復義務不履行による責任の請求を排斥した原判決の判断を非難するものであり、国に対する適法な上告理由とはならない。また原判決が国に不法行為上の責任なしと判断した以上、損害についての所論二の主張は前提を欠くものであつて、何れも採るを得ない。

同第三について。

所論は原判決が国に公売処分取消の遅延について故意過失なく、また、国と楠本との間に意思連絡、共同認識、共謀、幇助等の事実はなく、国に共同不法行為上の責任なしと判断した原審の証拠判断、事実認定を経験則違反に名を藉り非難するものであつて採用することを得ない。

同第四について。

公売処分が違法として取消されても、国に原状回復義務を認めるべき法令のない限り、これを否定すべきであるとした原判示は首肯することができ、その判断の前提として公売処分が違法であるか否かは判断の要のないところである。所論は原判示に即しない主張であるか、独自の見解に過ぎないものであつて採るを得ない。

同第五について。

訴訟上相殺の主張がなされ受働債権について、時効中断事由としての承認が存すると認められる場合において、その相殺の主張が撤回されても、既に生じた承認の効力は失われるものではないとした原判示は首肯することができ、訴訟代理人が攻撃防禦の方法として相殺の主張をするには特別の授権を必要とするものではなく、また、その前提として受働債権の存在を承認することについても、特別の授権を必要とするものではないと解すべきである。所論は独自の見解を主張するものであつて採るを得ない。

その余の論旨は原審の認定判断に即しない独自の見解を前提として違憲違法をいうものに過ぎないから採るを得ない。

よつて民訴四〇一条、九五条、八九条により、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤田八郎 池田克 河村大助 奥野健一)

上告代理人久保田[田夋]の上告理由

第一、原判決は原告の主張に対し判断を遺脱した違法がある。

一、原告は第一次に国と楠本との共同不法行為に依る連帯損害賠償責任、(原判決第二十一枚裏)第二次に国の単独不法行為責任及楠本の原状回復義務不履行の賠償責任、(原判決第二十四枚表第六行以下)第三次に国の原状回復義務不履行による賠償責任(原判決第二十四枚裏)を主張した。

然るに原判決は第二次請求の国の単独不法行為責任については単に「原告の公売取消処分の要求に対し取消を不当に遷延したことを理由とする原告の主張の部分」に対し不法行為責任がないと判断した。(原判決第五一枚表)。然し乍ら原告の主張は公務員の故意過失に依り所有権を喪失し損害を蒙つたから国に賠償責任があると云うにあつて「公売処分取消の遅延」は目録AないしFの物件について楠本は一応所有権を得たのだから不法行為責任がないとせらるゝ場合の楠本の原状回復義務不履行責任及取消を遅延したため楠本をして物件を他に売却せしめ原状回復義務不履行を生ぜしめたので国は不作為による不法行為の責任を生ずること(第一審判決第九枚裏終四行目以下)及G以下の物件についての楠本の不法行為についての共同責任及損害の因果関係についての主張であることは原告の主張上明白であり少くとも弁論の全趣旨に徴し明白である。然るに原判決は、取消は不当に遅延したものではないとし、この理由に依つては国に不法行為の責任がないと判断したのみで、其の他の公務員違法処分の故意過失に依り原告が蒙つた所有権喪失に依る損害についての国の単独の不法行為責任については全く判断していない。けだし公務員と楠本との共同不法行為と国の公務員のみの故意過失による不法行為とは其の構成要件を異にし前者につき判断したからとて後者についての判断にはならないからである。

第二、原判決は民事訴訟法第一四〇条及第二五七条に違反し、当事者主義の訴訟原理に違反した違法がある。

一、原判決は所有権喪失の具体的事実として楠本が「他に売却した」とか「撤去売却した」という限度を出でないで、其の回収が社会通念上困難、ないし不能視されるなどの事実は少しも主張立証されておらない(原判決第四十九枚表)「原告に所有権喪失の損害を生じていない」(原判決第四十九枚表終第四行第五十一枚裏第二行)と云うが、原告は繰返し物件の回収不能を主張している(原判決第九枚表終三行第十枚表第六行、第二十五枚表終第二行)古物商である楠本が目録A、(二)の電動機九台(一)の鉄レール、(三)トロ二四台、其の他A(四)以下の物件を他に売却した場合、特に、原判決も本件物件に含まるると認める家具什器、原判決第十八枚以下)の如き物件について、たとえ原判決の云う如く即時取得の適用なく、第三者に対し追求し或は更に転得した者がある場合不当利得として返還を求め得るとしても古物商から転得したものに対し追及することは社会通念上不能である。而してこの事は特に立証を要せずして認定せらるべきで原判決の認定は経験則に反する違反があるか、又は民事訴訟法第二五七条に違反するものである。

二、国は弁論の全過程において原告の損害発生の事実主張に対し全く争つていない。従つてこの点については国は自白したものとみなさなければならないのであるが原審は自白の効果を無視し又は被告の主張しない事実につき独自の判断を為したもので、かかることは民事訴訟法第一四〇条及第二五七条に違反し、又当事者主義の訴訟原理に根本的に違背したものである。若し原告に所有権の喪失なく、損害を生じていないと云うのであれば本判決はその判断のみで足り、国に対しても、楠本に対してもぼう大な本判決理由は全く不要である。

第三、原判決は事実認定に関する経験則違反の違法及法令違反がある。

一、判決の「いわゆる適法行為を利用しての不法行為といつたものに類する共同不法行為」について。

(イ) 原判決は「税務署員と楠本との双方の間において(其の実質において違法な)公売と落札という手段を通じて原告の所有物たる公売物件を楠本の所有たらしめ、次いで税務署長において公売処分の取消を遷延することによつて、楠本の売却に加功関与し、楠本は右落札により違法に取得した所有権に基き右物件を売却したという一連の手続を以てする共同不法行為を主張するにありとするならば、かかる手段、手続を利用しての共同不法行為なるものは、所謂目的行為である性質上相互に意志の共通または共同の認識がなければその成立を是認し得ないこと当然であるが、本件では公売落札を通じ、あるいは公売取消を売却との間において、(右の全部に通じては勿論なるも)意志連絡の事実など認むべくもない」(原判決第四十一枚裏終から三行以下)と云うが、次の事実証拠によつて斉藤と楠本との間の公売についての意志の連絡、取消と売却との間においての意思連絡、共同の認識等共謀不法行為が認めらるるもので、この証拠を無視し事実認定をなしたことは事実認定に関する経験則に違反した違法がある。

(ロ) 斉藤は三月五日の第一回公売に際して原告及第一審抵当権者復興金融公庫等にも通知せず公示板にも掲示せず(甲第六号証甲第十一号証原告昭和27・2・20準備書面第七丁裏、岸本第二回供述)公売したと称して、楠本を落札人とし、其の頃即ち三月五日頃から斉藤は岸本に対して楠本落札後に楠本から買取る様にすすめ、(原判決は斉藤掛長が公売完結後原告の代表者たる岸本からの強い要請によつて公売物件買戻のため楠本との間をあつせんしたところに止まると言つているが岸本が三月二十六日公売後買戻あつせん方を強く要請したなどの証拠は全然なく、反つて三月五日の第一回公売(この公売は前記の如く抵当権者に通知がなく抵当権者の異議に依り取消された)後直ちに岸本に対し「楠本に落札せしめ公売落札後楠本から買取る様」勧めたものである。三月二十六日の公売期日において斉藤、楠本等が事前打合せをしたこと、楠本が仮りに鑑定人でなかつたとしても公売最低価格が六十三万であることを予め知つており、楠本の作為した中村貞臣の入札ははじめから入札を流すための行為で公売は中止を宣したが、開札の結果偶々飛入りの飯倉の入札が楠本の入礼以下であつたことを幸いとして再入札すべきを為さず、楠本を落札人とした事実、再公売すべきにこれを為さず楠本に公売を決定した事実等(原判決原告の主張(三)、請求の原因の要旨(一)(イ)2、4、6、7(原判決第二十一枚裏から第二十四枚表第二行に至るまで)は公務員と楠本との共謀不法行為であり、仮りに共謀がないとしても公務員が楠本の不法行為を幇助教唆したもの((イ)の3、4、5、6、7)であり是等の事実は甲六号証、乙一号証、五号証乃至第七号証、証人田中、岸本の第一回、及第二回の供述で明白に立証せられたところでこの証拠を無視し原判決が甲十四号証、甲十五号証、斉藤第一回、第二回、稗田小栗の証言を援用して共謀不法入札がなかつたと認定したことは、証拠を無視し事実認定についての経験則に違反したものである。原判決が、右認定について如何なる趣旨で甲十四号証、甲十五号証を援用するのか理解し難いが、右証拠は岸本の四月一日税務署への抗議の結果、斉藤において公売の不法を認めさきに三月五日以来勤めて来た如く楠本から買戻をすすめ其の買戻をあつせんして事案の解決を計らんとしたものであり其の関係で作成せられたものであることは岸本第一回及第二回の証言により立証せられているところであり、岸本の強いあつせん要請などの証拠は全く存しない。

(ハ) 四月一日税務署に抗議した太陽商社代理人弁護士久保田[田夋]は四月十九日提出の再調査請求書(甲二十六号証)と同趣旨の違法理由を述べたところ、税務署長は其の主張に承服し取消す旨言明し直ちに斉藤をして公売取消の電報を発せしめながら、後で正式の取消ではないと主張し、不動産についての所有権移転登記嘱託をなした。この事実は公売の違法を認識し乍ら取消を遷延し楠本と意思連絡して、或は取消を遷延することは楠本の物件処分不法行為を遂行せしめ損害を増大するものであることを知り乍ら遷延したものである。(甲第六号証最終項目)久保田の抗議は太陽商社代理人を兼ねていたのであるから当時抗議の理由(甲二十六号証)として正当であり税務署員は其の主張に承服したもので、久保田は、取消しの遷延は楠本の当時撒去保管中の物件の処分の危険があることを警告し、損害の増大を来す旨警告した(甲第六号証最終項目)もので久保田主張の公売違法の点については何の疑もなく、そうであればこそ取消電報を発せしめたもので、この点の調査につき五月七日に至る二ケ月の調査を必要とするものではないのに、故らに二ケ月後に談合の事実を理由として取消の形式に出でたものである。

右一連の事実は外形的適法行為を利用しての税務署員と楠本との共同不法行為であることは明らかで其の証拠は前顕各号各証及証人の証言によつて明白であるのに原審は事実認定に関する経験則に違反して事実を認定したものである。

二(イ) 原判決は原告の主張を「いわゆる適法行為を利用しての不法行為といつたものに類する共同不法行為」と表現して判断をなすに至る過程として、原告の主張は「共謀又は幇助によつて、違法な公売落札がなされこれによつて原告所有物件が楠本の所有に移り、ここに原告の所有権の喪失がありとして公売処分と落札そのものを所有権侵害の共同不法行為としてとりあげている如くにも思われる。しかしかような趣旨であるとすれば原告自ら主張して本件公売が五月七日取消されたと為すのが自殺的な主張となつてしまう。」(原判決第三十枚表終第二行から裏第六行まで)と云つていることは全く解するに苦しむ。公売処分は取消さるゝまでは一応有効であるから所有権移転の効力を生ずるし、取消さるまでの間に物件の処分が行われれば其の効力は一応有効であると見るべきで、公売とその取消の間に生じた処分行為は処分行為そのものとしては適法有効である。即ち公売決定から五月七日の取消までは一応適法な処分行為であるが五月七日の取消によつて其の後の処分は所有権侵害の不法行為となる。若し国及楠本に共謀又は教唆幇助の不法行為がなければ楠本には取消の結果としての原状回復義務があるのみである。然るに国と楠本とに共謀又は教唆幇助の共同不法行為があるから取消前の楠本の処分行為も不法行為であり、両者の共同不法行為であると原告は主張するものである。(判決は公売が違法なるがため無効である場合を除き、所有権喪失の結果を生じないと云うが、反つて若し公売が無効であるならば所有権移転の効果を生ずる理由はないし、違法ではある取消さるまでは有効である公売処分であるからこそ一応所有権移転の効果を生ずるのである。さればこそ、この所有権移転の効果をくつがえし所有権を復元せしむるために公売取消を要求したものである。何故にこの原告の主張が自殺的な主張であろうか。)公売処分取消が四月一日から同月十一日頃までになさていたならば原告は後記のような損害を被らなかつた(というのは同日頃まではA及Bの物件は楠本の手中にあつたからである)のに、取消を故意に遷延したため楠本は物件を他に売却して、かりに其の後取消しがあつても原告の回収を不能ならしめ所有権を不能ならしめ所有権を喪失せしめたのである。違法の公売処分は公務員の故意であるか少くとも過失によるものであるから原告に所有権喪失の損害を生ぜしめた範囲において不法行為損害賠償の責任があると云うにある。若し四月十一日頃取消があつたなら原告は物件を回収し得たので損害を生じないのであるから国に不法行為の責任もない。然し原告の異議申立により公売の違法で取消すべきものであることを認識し乍ら、故意過失で取消を遷延し且つ其の遷延のために回復不能の損害を生ぜしめたのであるから、其の損害の程度において不法行為賠償責任があると主張することは明白である。もつとも原審においては楠本の処分時期について、四月十六日から四月二十五日頃までと第一審での主張を訂正したのであるから、この場合五月七日に取消をしたのでは全部の物件につき所有権喪失の損害を生ぜしめたものである。判決の言う如く「原告の主張する共同不法行為なるものは楠本の売却行為とこれに対する故意過失による取消の遷延という加功関与を指称し、公売の違法は原告の所有権喪失の損害に対し原因を与えていると云うに過ぎず公務員の故意過失を推定すべき事情として主張している」(原判決第三十七枚裏第一行から八行まで)ものではなく原告の損害は違法な公売とこれに続く取消の遷延と云う一連の事実が原告に所有権喪失の結果を生じたものであつて違法の公売処分は不法公為請求原因たる事実である。

然るに原判決は原告の重ねて、明白に違法公売を請求原因事実であると主張するのをほしいまゝに無視して、事情であるとして公売が違法であるかどうかにつき全く判断していない。又「共同不法行為の成立するためには各人の行為がそれぞれ独立して不法行為の要件を具えていなければならぬ。教唆者幇助者については被教唆者被教幇助者に不法行為の成立するを要する」と云う。(原判決第三十八枚表)原告の主張は、公売の当初から税務署員と楠本との間に意志の連絡、共通の認識があつたことを主張立証しているもので、共謀又は教唆幇助による共同不法行為を主張するものであり、楠本に故意のあることは終始主張立証したところで、仮りに共謀がなくとも被幇助者に不法行為の要件が存したことは明瞭である。取消の遷延について楠本と税務署員に共謀があつたかについては立証として疑はしいものがあるが、仮りにそうであつても公売について共謀又は教唆幇助の事実があり、公売から取消遷延までの事実は一連の行為として不法行為を生ずるものであるから、楠本と共同の不法行為を構成するは明らかで、そればかりでなく楠本は四月十一日に取消の電報を受けており、たとえこれが後に正式の取消でなかつたと言はれたとしても、違法として取消さるるかも知れぬとの認識があり未必の故意があるものと断ずべきである。

(ロ) 原判決は、公売物件所有権移転の生ずる時期について公売決定の時三月三十日であるか公売代金納入の時四月三日であるかについて論議を重ねているが、一般の売買においても代金の入金の時において所有権移転を生ずることは疑ないところ、競売法の競落物件の所有権移転が競落代金が支払われた時に生ずること(大判大正4・12・15、大正11・12・18、昭和15・7・16)に考へ合わせて明白である。原告が三月三十日の納付期限内に現金で完納されていないことを違法原因とするのは、納期内に完納せられなければ再公売すべき規定があるのにこれに反し公売決定した違法があり、又仮りに四月三日に小切手が支払われたとしても所有権移転を生ずるのは四月三日であるのに三月三十一日に楠本に公売決定書、公売代金領収証を交付したことは、楠本をして四月一日に機械器具を持去らしめる不法行為を共謀したか、少くとも幇助したと主張する趣旨である。この意味でのみ三月三十日に所有権移転したか四月三日に移転したかを論ずる価値がある。

(ハ) 公売について税務署員と楠本との間に、共謀、幇助の不法行為がなく、公売から取消の遷延の一連の行為についても共同不法行為がなかつたとすれば、即ち単に税務署の公売規定違反のみであつたとすれば、楠本は適法に公売決定及代金納付により所有権を得たものであるから、楠本の売却行為は何等不法行為を生ずる余地はなく単に楠本は原状回復義務及不履行の場合の損害賠償責任があるのみである。原告の主張は第一次には公売、及公売から取消遷延まで一連の行為に共謀、幇助があるから共同不法行為であると主張するのであつて、仮りに楠本は正当な所有権に基く処分行為であるとの外見を生じていても、実質的に所有権を取得せず、所有権を取得しないことに認識又は未必の認識があるのであるから、楠本に不法行為の責任があり国と楠本とに共同不法行為の責任を生ずるものである。

右に反する原審の認定は事実認定に関する経験則に反する違背がある。のみならず、故意過失の認定は単なる事実認定の問題でなく法律的評価の問題で事実審たる原審の専権に属するものではないからこの意味からも法令違反上告理由がある。

第四、原判決は法令の解釈に関し重要な法令違反がある。

一、原判決は審理不尽、理由不備の違法がある。

(一) 原告の第一請求たる国と楠本との共同不法行為の場合、第二次請求たる国の単位不法行為の場合又第三次請求たる国の原状回復請求(楠本の場合を除く)の場合、その何れの場合においても違法公売処分が前提たる事実であり、不法行為(原状回復については後記する)の要件たる故意過失の有無を判定するにはまず違法行為が存在したかどうかを判定しなくてはならぬ。けだし故意と云い過失と云うには違法行為についての認識があつたかどうか過失に依り認識しなかつたかどうかの問題であるから、公売が違法であるかどうかを判定しないではこの違法行為に対する故意過失の問題は判定のしようがない。これは論理の当然である。且つ原告は違法公売の存することが適法なる行政行為をなすべき義務ある公務員の故意の存在を立証すべき事実少なくとも公務員は適法行政行為をなすべき義務あるものであるから違法公売の存したことは公務員の過失を推認すべき事実であるとし、摘示の違法公売は本件請求の原因たる事実であることを重ねて明白に主張し来つたのである。然るに原判決はほしいままに事情であるとして公売が違法であるかどうかについて全く判断せず故意も過失もないと論断していることは論理を無視し、理由不備、理由そごの違法あるものである。又違法公売の存在が公務員の故意過失を立証又は推認すべき事実であるとの主張あるに拘らず公売が違法であるかどうか何等の判断をしないことは判断の遺脱審理不尽ひいて理由不備理由そごの違法あるものである。

国の原状回復義務の不履行による請求についても違法公売の事実があつてこそはじめて国に原状回復の義務を生ずるものであるからこの場合においても請求原因たる事実である。

但し楠本に対する原状回復義務主張の場合においては公売の取消と云う事実だけあれば足り、公売が違法かどうかは請求原因ではない。

二、国の原状回復義務について。(附、国家賠償責任)

(一) 原判決は、違法の行政処分が行われた場合国は其の処分の取消を為す外一切を違法処分前の状態に回復すべき原状回復義務があるとの原告主張を否定し、立法論としては格別現行法上かゝる義務を負うものと解すべき根拠はないとしてこの事は国家賠償法の規定する賠償義務は公務員の不法行為についての国の賠償義務で、一定の条件下に公務員の不法行為の責任を国に帰属せしむる当然の論理上、不法行為の要件たる故意過失の存在を公務員につき要件としたに過ぎず、不法行為について国家賠償法の規定があることを以つて国の違法処分に関する原状回復義務及原状回復不能の場合に於ける賠償義務を否認したものと解することは出来ない。

(二) 既に一般民事上の不当行為損害賠償責任についても巨大産業の発達、これに伴う公害の発生等の現実の事態から無過失損害賠償責任論が認められているし、刑事賠償法においても国に無過失損害補償責任が認められている。いわんや原告の予備的に主張するところは国の違法処分に対する原状回復義務であつて、仮りに不法行為につき無過失損害賠償が国家賠償法に認められないからと云つて、違法行政処分についての国の原状回復義務を否定すべき論拠とはなり得ない。判決は不法行為について国家賠償法があるから、其の反面解釈として故意過失を要件としない原状回復義務を否定せられていると云うにあつて其の不当なことは明らかである。すべて行政府は違法な行政処分をなすべからざる義務を負うものである以上、この義務に違反して行政府が違法な行政処分をしたときは国は公務員の故意過失がなくても、処分を取消す外違法の結果を除去して一切の状態を原状に復すべき義務を負うものである。公務員の不法行為(故意過失を要件とする)につき国家賠償法の賠償の外に、刑事補償法が無過失で損害を補償すべきことを定めた趣旨は公務員の違法処分から生じた損害状態につき原状回復がはじめから不能なので、これに代る補償を定めたもので其の基本の観念は国の違法行為に対する原状回復義務の観念を基本とするものと謂わねばならぬ。

(三) 公務員の不法行為についての国家賠償法の賠債責任においてさえ、其の過失は重過失のみならず如何なる軽過失についても国の責任を生ずると解すべく、国の責任は従来の観念によれば無過失と云い得べき場合においてさえ其の責任を負担せしむべく、一般民事上の無過失損害賠償の趣旨に沿うて解すべきである。(上告理由第六点引用の東京地方裁判所、青森地方裁判所判決参照)蓋し国民の賠償を得べき最低規準は自己の帰責理由に基かぬ事由より生じた損害によつて自己の生活が破壊せられないよう、公務員の使用者である国によつて損害が負担せられ、てん補せらるべきであるからである。(憲法二五条参照)いはんや、原告の主張するところは国の違法処分に対する原状回復義務であり、行政官庁が違法処分を為すべからざる義務を認める以上、当然に其の違法処分によつて生じた違法状態を除去し原状に復し、何等帰責理由なくして損害を蒙る国民に対し其の損害の排除、又は排除不能の場における賠償をなさしむべきである。国はその租税債権に基き原告に代位して物件返還請求権を代位行使出来るのであるから其の権利を行使すべきは当然国の義務である。原告が行政事件特例法を援用するのは本法によつて直接に原状回復義務が制定せられたとするのではなくして、特例法の規定の前提として国の原状回復義務が認められていることを主張する趣旨である。

(四) 国家賠償法における過失について

仮りに国家賠償法の適用を考へてみても其の不法行為における故意過失については前記(二)及(三)に述べた如く其の故意過失については、一般民事法上の無過失損害賠償責任論並に憲法第一七条、第四〇条、第二五条、刑事補償法の趣旨に鑑み無過失損害賠償の趣旨に沿うて解すべきであり、如何なる軽過失も国の責任を生ずべく、法規の適正な運用に当るべき義務ある公務員が違法の処分であることを看過した場合及違法であること明白な処分をなした場合は公務員の故意(前記東京地方裁判所判決参照)少くとも過失の責任を認め国に帰責せしむべきである。この観念から原告は第一次及第二次の請求原因において公務員の過失を請求原因事実として主張したものである。然るに原判決は公売が違法であるかどうかを判定せずして軽々に故意も過失もないと論断していることは審理不尽ひいて理由不備の違法(前記一参照)あるものである。

三、損害の存在について、

原判決は楠本の売却は公売取消前に行われたものであるから取消自体の効力に依つて絶対的に第三者たる買受人に対抗出来、原告は取消により自己の所有に復帰した本件物件全部を其の所有権に基き買受人から回収し得るに至つたもので買受人から更に買受けた者があり即時取得の適用がある場合でも原告は買受人に対し不当利得返還または不法行為損害賠償請求を為し得るもので原告に所有権喪失の損害ありと為すを得ないので、楠本の原状回復義務不履行の責任を問うことを得ないとして楠本に対する責任を否定している。(原判決第四十九枚表)然し乍ら、原告が取消前の楠本からの転得者に対し物件引渡又はてん補賠償を請求することが出来、仮りに取消後の再転得の場合不当利得其の他の請求を為し得るとしても(この事が社会通念上不能であることを別としても)その故に楠本の取消に依る原状回復義務を否定する理由はなく、原告は楠本に対する原状回復義務不履行に対する損害賠償請求権の行使と楠本からの転得者其の他に対する追及とは併せまたは各別に行使し得べく、たゞ転得者から回収し得た物件又は其の代償金額の範囲において重復して楠本に請求し得ないだけのものである。而して原告は転得者から回収し得又は代償を得たものはないので楠本に対し全部の物件の代価を請求し得べきである。

この事は国に対する不法行為上の損害賠償請求においても、又国の原状回復義務不履行責任についても同様である。右原判決の判断は明らかな法令の解釈に関する違反である。

四、追つて、原判決(原判決第五枚表及裏)はA(二)及(四)の物件につき、

原告は第一審判決が中谷の所有であると認定し原告の請求を棄却したのでこれに不服を申立てると共に若しそうであるとしたら原告は中谷の請求権の譲渡を受けたので譲受人として請求するとしたに過ぎないのに拘らず、第一審判決の認定の存在を無視して無用の論議をしている。

第五、租税債務不存在確認請求について原判決は法令違反の違法がある。

一、訴訟上における相殺の主張は訴訟における攻撃防禦の一方法であるから、相殺の主張を撤回すれば単に訴訟上の相殺の効力が消滅するばかりでなく、従たる効力として生ずる私法上の効力も失はれる。(判例体系一一巻ノ二、一〇五六、一〇五七頁判例参照)従つて相殺の主張を基本とした権利関係が確定判決によつて確定するか、相手方が積極的に相殺の効力を認諾するか其の他格段の事情がない限り原告の相殺は単に訴訟上の主張たるに止まり、私法上相殺又は承認の効力を生ずべき謂はない。(判決は原告の引用する大審院判例を自働債権と受働債権ととりちがえて援用すると云うが、原告は引用判例の理論を援用したものである)原判決は承認の効力が相殺の法律的効果でないこと、承認が独立の行為であること、承認は観念の通知であるから、その表示行為がなされ法律所定の効果が生じた後これを撤回することは許されない等の理由を以て承認による時効中断の効集を生じたとなすが、訴訟上の相殺は訴訟上の攻撃防禦であるに止まり、相殺の主張を基本とした権利関係が確定判決によつて確定するか、相手方が相殺の効力を認諾するかでなければ訴訟上の相殺の主張は何時でも撤回出来ることは明らかで、原判決の謂う如く承認は相殺の前提たる事実としての観念の通知である。従つて相殺の撤回と同時に観念の通知も効力を失うことは、訴訟において相手方主張事実の承認、自白と雖(認識の表示たるに変りはない)相手方の採用以前にあつては撤回を許されると同様相殺の前提として含まるゝに過ぎない認識の通知は相殺の主張の撤回と同時に撤回の効力を生ずべきである。

二、相殺、又は其の前提として含まるる認識の通知としての承認は訴訟上の攻撃防禦の方法たる限りにおいてのみ訴訟代理人の代理権に含まるのであつて、若し訴訟上を離れて単独に私法上の相殺の意思表示としての効力を生じ及相殺が訴訟上撤回せられても私法上の効力を持続し其の前提たる承認の効力のみは如何なる場合にも残存して承認の撤回を許されないとするならば、訴訟代理人は、かかる相殺の意思表示又は承認の認識の表示についての代理権を有しないのであるから、本人の追認なき限り何等の効力を生じない。又相殺其のものが単独の法律行為であることから云つてもその撤回は許さるべきでないことゝなり、訴訟上の相殺主張は確定的に私法上の効果を生ずることゝなり訴訟代理権の外に特別の代理権なくしては訴訟においても相殺の主張を許されず訴訟上の相殺主張を基本とした権利関係に基いては判決するを得ないこととなる。

原判決は訴訟上の相殺は撤回が許されるが、其の前提たる承認は撤回を許されないと言うのであるか。相殺も承認も同じく単独の行為たるに差違はない。

追つて原判決は原告は予備的に相殺の有効を主張するというのに予備的請求の趣旨は存しないと云うが、租税債権が時効により消滅しない場合、相殺が有効とすれば損害賠償請求金額が相殺対当額だけ減縮せられることは自明のことであり、ただ租税債務不存在確認請求のみは何れの場合でも請求の趣旨として残ることも亦自明のことである。

結語

以上第一ないし第五点の法令違反は判決に影響を及ぼすこと明らかなものであるから、原判決を破棄し更に相当の判決あらんことを求める。

第六、原審判決の判断は憲法違反である。

一、本件訴訟の経緯と実情

(一) 原告会社は昭和二十五年九月当時二一万円余(第七号ないし九号証)の税金滞納があつたのに対し、時価一千三四万円余の土地、家屋器械器具(原判決第十六枚裏)の差押を受け、昭和十五年九月公売を執行されたが工場抵当法の物件であるとの原告の抗議に依り公売取消され(甲一〇号証)ついで昭和二十六年三月五日(本件訴訟ではこれを第一回公売と称しているが事実は二十五年九月に次ぎ第二回である)再び公売せられ公売公告もなく原告への通知もなく僅に金六十五万円で楠本に落札決定したが抵当権者復興金融公庫の自己に通知がなかつたとの理由あるの抗議に依り再び取消され(甲十一号証)ついで直ちに続行せられた三月二十六日(公売公告は三月二十二日になされた(甲三号証)の本件公売で楠本に公売せられた。この間において税務署員斉藤と楠本との間に共謀、若し共謀がないとしても教唆幇助の共同不法行為があり、仮りに共同不法行為がなくとも国及楠本に単独の不法行為がある。其の他公売処分違法の点については第一審判決中違法原因記載の如く又原判決、原告主張、請求原因の要旨(原判決第二十一枚裏以下)において再記した通りの違法原因があつた。

(二) 三月二十六日公売については前記の如き多数の違法があつたので直ちに異議申立てたところ、税務署長は直ちに取消をなす旨言明し、取消の電報を発し乍ら、原告が取消決定書を要求したところ、あれは正式の取消ではないと云い、其の後五月七日に至るまで取消をなさなかつた。そこでやつと取消になつた五月七日になると既に楠本は本件全部の物件を売却してしまつて原告は回収不能となつていたので第一審においてはAからFまでの物件が取消前に処分せられたと主張し其の損害につき不法行為を原因とし国及楠本に対し連帯第二次に単独の国の損害賠償請求及楠本に対し原状回復義務不履行の賠償責任、第三次に国の原状回復義務不履行の賠償を請求した。

(三) 第一審は原告の請求を認め国に対し(不当廉価公売の違法と公務員の過失)物件目録(三)のA、(一)(三)につき金百十三万七千余円賠償責任を認め、岸本に対しFないしLの物件につき三百四十四万七千余円の賠償責任を認めた。この判決に対し原告及国から控訴があつたのが本件訴訟である。

(四) 原告は本件訴訟とは別に楠本に対し不法行為を理由とする損害賠償請求訴訟を提起し前記訴訟物件目録H(一)(二)及Iの物件に関する損害合計一、二五九、六〇〇円の内六十六万円につき東京高等裁判所昭和二七年(ネ)第一、四一七号事件の確定判決(甲第二十号証)を得、楠本の債権(公売代金の供託せられたもの)差押に依り金六十六万円の弁済を受けた。

(五) 原告は本件訴訟及前項の訴訟において請求しなかつた土地及取壊されないで残存した建物について登記抹消請求事件を提起し(東京地方裁判所昭和二六年(ワ)第四、六八八号、同二七年(ワ)第五九六号、東京高等裁判所昭和二九年(ネ)第三七四号等)たところ、公売取消後に転得された部分については取消の登記なくして対抗出来ないとの理由で敗訴し上告審(最高裁判所昭和三〇年(オ)第五四八号)においては口頭弁論まで開廷せられたけれど結局において前審と同様の理由で上告棄却せられた。其の結果土地のほとんど全部につき登記抹消及引渡を受け得ざる事となつた。そこで原告としてはさきに楠本に勝訴し弁済を得た金六十万円の賠償を得た外資産時価一千万の資産に対し何等の賠償又は回収を得ることが出来ず公務員の違法処分に起因し全財産を失つた実情にある。

二、原判決の判断は憲法違反である。

(一) 本件原審判決が前記違法明瞭なる公売処分、並に其の後の取消遷延によつて物件回収を不能ならしめた一連の違法行為につき公務員に過失さえないとし、処分そのものが違法であるかどうかさえ判断しないで、又公務員が違法処分を敢行したのに職務上の注意義務、違反の過失さえ認めないと云う如きかかる冷酷の態度が許さるであろうか。かくの如き裁判の結果は公務員の明白な違法の処分の結果を甘受するの外なく、国民は何の救済も与えられず税務署の不法行為に泣く外ないのであろうか。原審は違法処分に対する原状回復義務も立法論としては格別実定法としては認められぬと云い、冷然として国民を訴うる所なきに泣かしめて平然としているべきであろうか、かかる態度は一般民事法における無過失賠償責任論以前の旧態度であるばかりでなく世情を解せず、国家賠償法刑事補償法を生んだ憲法第一七条第四十条並に国民の生存権最低限度の生活権、国の社会福祉及社会保障義務を確立した憲法第二十五条の違反である。

(二) 原審裁判所の態度は行政権に独立する司法裁判所の態度ではない。裁判所は国家の機関ではあるけれども、行政権及立法権に独立し、違憲審査権を有し、これにより行政権、立法権に対し、いはゆる司法優位の地位にある。本件原審はあたかも行政官庁の代弁者、代理弁護士の観を呈している。原判決の説くところ法務大臣の代理人として原告に抗弁する如き論旨論調であり、其の基本において如何にして法理的に原告の主張を防禦せんとするかの観を呈している。被告国は損害の生じたことに対して何等争わないのに当事者主義の原理に反して損害はないと論断し、原告が繰返し物件回収不能なことを主張しているに拘らず其の主張立証なしとし、又回収が社会通念上困難又は不能視さるゝ事実につき主張立証なしとして、楠本が古物商(古物商であることは当事者に争ない)であることを知り乍ら、第一審判決目録AないしIの如きモーター、変圧器、ポンプ及机、椅子、畳等に至る家具什器が第三者に転売せられたとの事実の主張あるに拘らず、これら物件につき転得者には即時取得がないから対抗出来るとして、所有権回復訴訟をし又は不当利得、損害賠償の訴訟をすればいいと云い、社会通念上回収不能であること明瞭である事態につき原告に主張立証がないから原告に所有権喪失の損害がないと云う。これで一体司法優位の地位にある司法裁判所と云えるであろうか。若し本件の場合においてさえ回収不能が社会通念上明らかでないと云うなら原告に対し釈明権により立証を促すべきではないか。

本判決を通観し原告は判決の冷酷さを感ぜざるを得ない。而して其の冷酷の原因は本件被告代理人以上に行政権の代弁者であるからと感ぜざるを得ない。原判決は裁判でなくて被告国の抗弁のみであると感ぜざるを得ない。

本件第一審の判決は同一事実につき公務員の過失を認定して損害額の点において原告不満ながら原告請求の一部を認容した。又同様の自動車公売事件につき青森地方裁判所は公務員の過失に基く違法な公売処分による公共団体の賠償責任を認めた。(行政例集八ノ四六九四頁)又東京地方裁判所は外務大臣の旅券拒否処分についての損害賠償請求事件において外務大臣が違法を知り乍ら拒否したものと推認する外ないとして故意を認め慰しや料の支払を命じている(東京地方裁判所昭和二九年(ワ)第二〇四二号、下級例集七ノ七、一八八六頁)ことは誠に意義深く参照に価する。

総結語

以上第一から第六の理由により原判決の事実認定に関する経験則違反、其の他の法令違反はすべて判決に影響を及ぼすこと明らかであり原判決は破棄しなければ著じるしく正義に反するものであるばかりでなく憲法の違反あるものと信ずる。

以上

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