最高裁判所第二小法廷 昭和34年(オ)705号 判決 1962年9月07日
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人大内省三郎および同花房多喜雄の上告理由について。
拒絶証書作成期間後の裏書は指名債権の譲渡の効力のみを有することは手形法二〇条一項但書の規定するところであるが、その趣旨は、期限後裏書は裏書人の有する手形上の権利を被裏書人に移転せしめる効力のみを生ずることを意味し、裏書人の有する以上の権利を被裏書人に取得せしめるものではなく、裏書人の地位を承継せしめる効力のみを有するものと解すべきである。従つて、手形債務者が裏書人に対抗することができなかつた事由を以つて被裏書人に対抗することができないものであり、また裏書人が手形取得当時善意であつたがため裏書人に対抗できなかつた事由について被裏書人が仮令手形取得当時その事由を知つていたとしても、これを以つて被裏書人に対抗することができないものと解するのを相当とする。
本件において期限後裏書人である訴外銀行は本件手形取得当時、上告人と訴外倉吉木材合資会社間に行われた上告人主張の契約解除の事実については全然善意であつたことは原判決の確定するところであるから、上告人は右解除の事実を以つて裏書人である訴外銀行に対抗することができないこと明白であり、従つて右訴外銀行の地位を承継した被裏書人である被上告人に対しても、その善意・悪意を問わずこれを以つて対抗することができないものと解すべきである。右と同趣旨に出でた原判決は相当である。所論は独自の見解であり、また引用の各判例も本件に不適切であつて、所論は採用することを得ない。
よつて、民訴三九六条、三八四条一項、九五条、八九条に従い、裁判官藤田八郎の反対意見ある外、裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。
裁判官藤田八郎の反対意見は次の通りである。
上告代理人花房多喜雄の上告理由第一点について。
原判決は、上告人が原審で主張した「本件手形の所持人たる被上告人は本件為替手形引受の原因関係たる上告人(引受人)と訴外倉吉木材合資会社(振出人)との間のうどん、そうめん箱仕組板売買契約は、右会社の契約不履行により合意解除されたものであり、被上告人は右事実を知つて本件手形を取得したものであるから、上告人は被上告人に対して手形支払の義務はない」との抗弁に対して、被上告人は本件手形を訴外株式会社山陰合同銀行から、支払拒絶証書作成期間経過後に、裏書によつて取得したものであり、被上告人の前者たる右訴外銀行は前示売買契約解除の事実につき善意であつたものであるから、期限後の被裏書人たる被上告人に対しては上告人はその前者に対抗し得なかつた抗弁をもつて対抗することはできないと判示して上告人の右抗弁を排斥したことは原判文上あきらかである。
支払拒絶証書作成期間経過後になされた裏書(后裏書)について、手形法二〇条は「指名債権ノ譲渡ノ効力ノミヲ有ス」と規定する。これはこの段階における手形については、もはや手形の流通を円滑容易ならしめるために裏書に認められた特別の効力をみとめる必要はなくなつたのであるから、いわゆる人的抗弁切断の法則(手形法一七条本文-指図債権の譲渡につき民法四七二条)は適用されず、指名債権の譲渡の場合と同じく、手形債務者は、裏書人に対抗し得べかりし一切の人的抗弁をもつて、被裏書人の善意、悪意にかかわりなく被裏書人に対抗することができることを意味するものである。
しかし、さればといつて、手形債務者が后裏書の被裏書人に対して、前者たる裏書人に関係なく有する抗弁を対抗し得ることを妨げるものでないことは、また指名債権譲渡の場合と同じであるといわなければならない。そして期間后の手形といえども、手形が原因関係たる実質上の法律関係の手段である本質を失うものではないのであるから、手形につきその原因関係において支払を拒絶し得る正当の事由があり、しかもかかる事由の存在することを知りながら手形を取得した被裏書人に対しては、債務者は、いわゆる悪意の抗弁をもつて対抗し得るものと解しなければならない(手形法一七条但書)。
とすれば本件において、若し、被上告人が上告人主張にかかる売買契約解除の事実を知つて本件手形を取得した事実があるにおいては、上告人は手形の支払を拒絶し得べき正当の理由あるものというべきであつて、原判決は后裏書の場合における手形法の解釈をあやまつて、上告人の抗弁を排斥した違法あるに帰し、論旨はこの点において理由あり、原判決は破棄を免れない。
(裁判長裁判官 藤田八郎 裁判官 池田 克 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一 裁判官 山田作之助)