最高裁判所第二小法廷 昭和36年(あ)1096号 決定 1961年9月20日
被告人 C(昭一一・五・八生)
主文
本件上告を棄却する。
理由
被告人本人の上告趣意及び弁護人河和金作の上告趣意第一点、第二点は憲法三九条後段及び一三条違反を主張するが、所論保護処分の決定のなされた犯罪事実と第一審判決摘示の犯罪事実(第一の(一)、(二))とは全く別異の事実であることは正に原判示のとおりであり、右の各犯罪事実はそれぞれ別個独立の事実と認められ、弁護人所論の如く単一犯意の遂行としてなされた単一包括的な一罪とは到底認めることができないのみならず、所論少年法四六条にいう「審判を経た事件」とは、保護処分の対象となつた決定書記載の犯罪事実のみを指し、該犯罪事実以外の事実を包含するものとは解すべきでないから、所論保護処分の決定の効力は本件犯罪事実(第一の(一)、(二))に及ぶことなく、論旨はすべて前提を欠き採るを得ない。同第三点も憲法三九条後段違反を主張するが、所論確定判決のあつた犯罪事実と第一審判決摘示の犯罪事実(第一の(三))とはそれぞれ別個独立の事実と認められ、所論の如く単一犯意の遂行としてなされた単一包括的な一罪とは到底認めることができないから、所論確定判決の効力は本件犯罪事実(第一の(三))に及ぶことなく、論旨は前提を欠き採るを得ない(同第四点は、上告の一部取下のあつた第二事実に関する主張であるから、判断を要しない。)。また記録を調べても刑訴四一一条を適用すべきものとは認められない。
よつて同四一四条、三八六条一項三号、一八一条一項但書により裁判官全員一致の意見で主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 藤田八郎 裁判官 池田克 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一 裁判官 山田作之助)
別紙一
被告人 C
被告人の上告趣意
一、私は窃盗被告事件に於て昭和三十五年二月十六日東京高等裁判所に於て一、懲役四月、二、懲役四月二刑に判決を受けた者でありますが、昭和三十六年三月二十九日高等裁判所に上告申立を致しました。
左記上告の理由
即ち二刑中であります、一、懲役四月は昭和三十年一月の事犯でありまして当時東京都府中市府中警察署に逮捕され留置されたのであります。取調べの結果直に東京少年鑑別所に保護処分の身となり入鑑一週位に少年調査官と名乗る方が来られまして詳細に取調べ受けました。
その際遂一、自白、告白、致しまして少年審判法に依り、昭和三十年四月東北少年院に収容されたのであります。
只今服役中の懲役一年二月は昭和三十五年五月十六日墨田簡易裁判所に於て確定したものでありまして即刻東京拘置所へ移監されました。ところが同年六月七日突然葛飾区本田警察署より余罪発覚の件につき身柄を引き取りに来られ、そのまま警察署預けとなり、取調べが始まつたのであります。思えば昨年二月依り七月迄の長きに亘る警察留置生活は心身共に衰弱し、当時の係刑事と応答する事すら重労種でありました。その上毎日の如く手厳しい取調べは私に“まだ何か犯罪がある”と確信を持つ刑事をして一段と詰問の度を加え、私も精根つき果てて終に情算した筈の昭和三十年一月に犯した事犯を余罪として申述べてしまつた様な訳けであります。
尤も一審公判廷で右事実を供述すべき筈のものであつたのですが、つい言いそびれ今更乍ら自分の愚さに悩みいつて居る次第であります。一審公判廷に於て右事実を曲げ言には些の否認もないのでありまして全くその通りでありますが、当時の心身の衰弱からしてその心労に克服出来なかつた私の意志もあながち一部の人間丈と極めつける条理もなく世の総べての人が、苦痛に対する諸作とも受け取れる範囲のもと思うのであります、一審公判廷を通じ、勇敢さを以つて行うべきが至当である事は百も承知でありますが、否められた私の軽卒な施策で係る行動を惹起したのであります。
以上右真実である趣旨を以つて高等裁判所公判廷に於て右反論を施したのでありますが、何らの情状を認めらる時間すらなく、一審の決審通しとなりました。
依つて刑法第三十九条の条文に違憲するものとして、敢て右真実である事に関して再審して戴く弁びの機に接し今日の上告趣意となつたものであります。
別紙二
被告人 C
弁護人河和金作の上告趣意
第一点 原判決は、第一審判決判示第一の(一)及び(二)の認定事実につき有罪とした第一審判決を維持している点で、憲法第三十九条後段の精神に違反したものである。
右認定事実は、被告人は第一の(一)昭和三十年十二月五日午前一時頃、千葉県東葛飾郡○○町××番地○山○方において、同人の管理する菓子等数十点(計一万七百円相当)を第一の(二)氏名不詳者二名と共謀の上、昭和三十一年一月八日午前二時半頃茨城県北相馬郡○○町○○、××番地○谷○し方店舗において、同人管理にかかる衣類等計六四点(時価六万八千二百円相当)を、いずれも窃取した、というにある。ところで被告人が昭和三十一年三月二十四日、仙台家庭裁判所古川支部において中等少年院送致の保護処分を受け、その審判で問題とされた行為は(一)昭和三十年九月十八日午後六時乃至八時の間に府中市××番地、府中米軍基地内、○山電業株式会社現場事務所内において同社府中出張所長○浦○三管理にかかるゴム覆い電線約六米(二千百円相当)を、(二)同年十月二十五日午後二時から四時迄の間に府中市○○××番地○野○康○方より同人所有のカメラ一台及び現金二千円を、(三)同年十二月九日に東京都墨田区○○町○丁目××番地○木○治方前路上において同人所有の自転車一台(時価八千円相当)を、(四)昭和三十一年二月六日、江戸川区西小松川○丁目××番地、株式会社○沢歯車製作所材料置場より同会社社長管理にかかるシヤフトアンカ二本外四点(計一万一千五百円相当)をいずれも窃取したものであること原審において明らかにされた通りである。
以上の被告人の行為を検討してみると僅か四ヵ月余の間に計六回に亘り同種犯罪をなしたもので、この様に極めて近接した期間内に同種犯罪をなした場合単一犯意の遂行としてなされた単一包括的な窃盗一罪と認むべきものである。
而して既に右の犯罪についてはその一部につき、家庭裁判所の審判を受け保護処分がなされたこと前記の通りである。従つて右犯罪について少年法第四十六条により再び問議し得ず、公訴提起あれば刑事訴訟法第三百三十七条第一号の類推適用により免訴の判決をなすべきものである。それにも拘らず第一審判決はこれを看過して既に処分を受けた犯罪の一部につき再び審理し有罪とし、原判決もまたこれを維持した。少年法第四十六条は保護処分といえども自由の制約を伴うものであることに鑑み、憲法第三十九条後段の趣旨から規定せられたものである。従つて原判決は少年法第四十六条に違反し、もつて憲法第三十九条後段の精神に違反したものである。
第二点 仮に前記犯行を包括的に一罪と認めることが出来ないとしても、原判決はなお少年法第四十六条の解釈を誤り、憲法第三十九条後段に違反したものであり、或は少年法の精神を誤り憲法第十三条に違反したものである。
(1) 原判決は第一審判決判示第一の(一)及び(二)の認定事実が被告人が既に受けた保護処分の審判の対象となつていなかつたことを理由に第一審判決を支持している。少年法第四十六条にいう「審判を経た事件」の意味を原判決は「犯罪事実」と解釈したものの如くである。しかし少年法は少年の保護を目的とするものにして、人格主義の原則をもつてその特色の一とする。即ち少年法は窮極には少年の健全な育成を期し、具体的には問題の少年少女を個別的に観察しその要保護性を取除いて少年を保護教育すると共にその家庭や社会環境に適当な調整をなし、少年と社会をともどもに犯罪と刑罰から防衛してその福祉を確保し、もつて実質的に社会正義を実現せんとするものである。少年の保護事件においては少年の過去の行為、行状もその非行性の有無を判断する資料として無視せられてはならないが、主眼とするところはむしろその人格であり、要保護性である。保護事件においてその審判の対象となるのは外形的に把握される個々の行為ではなく、それによつて認識せられる少年の人格である。それ故少年法第四十六条にいう「審判を経た事件」の意味は保護処分がなされた時以前のその少年の人格と解すべきである。即ち保護処分がなされた場合にはその処分時以前のその少年の行為はすべて(現実に審判において非行事実として問題とせられた行為に止らず)刑事訴追をし、又は家庭裁判所の審判に付することを少年法第四十六条が禁じたものと解すべきである。
もし右と異なる解釈をなすならば保護処分を受け現在何らの非行性なき者が、たまたま保護処分時には問題とされなかつた以前の非行事実をあばきたてられ、それを理由に刑事訴追或は家庭裁判所の審判を受けることも可能であることになる。そのようなことが如何にその者にとつて残酷なことであり、その者の将来を暗くし、保護処分による成果を一挙に失わしめるに至るかは容易に想像し得るところであつて、少年保護の理念に相反すると云わざるを得ない。社会正義の観点から考えても、そのようなことは社会正義にもとることこそあれ合致するものとはいえない。本件の被告人は不幸にして保護処分の効なく、処分後の人格態度になお遺憾な点があつたが、かかる場合といえども処分後の所為を問題とすれば足り、あえて処分前の非行をあばきこれを処分する必要がないのみか、その不当であること前の場合と異らない。
原判決は少年法の精神を考慮せざることにより少年法第四十六条の解釈を誤り、既に被告人の受けた保護処分前の行為につき免訴の判決をなすことなくこれを審理し、有罪とした点で憲法三十九条後段の精神に違反したものである。
(2) 万一、少年法四十六条の規定を右の如く解し得ず、審判において現実に問題とせられた事実についてのみ訴追を禁じたものと解すべきであるとしても、保護処分前の行為を、後になつてあばきたてることは、前述の如き理由により、少年法の精神に反するものといわざるを得ない。従つて原判決は少年法の精神を誤り、従つて少年法の淵源たる憲法第十三条に違反したものである。
第三点 原判決は、第一審判決判示第一の(三)の認定事実につき有罪とした第一審判決を維持している点において憲法第三九条後段に違反するものである。
右認定事実は、被告人は昭和三十二年六月二十一日午後四時頃葛飾区○○町××番地○晴○方玄関先において、同人所有の第二種原動機付自転車一台(時価十万円相当)を窃取したというにある。ところで被告人は昭和三十二年十二月二十七日に東京高等裁判所において懲役一年に処せられその執行も既に受け終つているのであるが、その犯罪事実は(一)昭和三十二年四月十三日頃中央区○○町××番地、○良工業所前路上において○林○次郎管理にかかる黒塗自転車一台(価額一万円相当)を、(二)同年五月十七日午後三時過頃、江戸川区西小松川○丁目××番地○○高等学校に於て○辺○一郎管理の○口製自転車一台(価額金一万八千円相当)を、(三)同年同月十八日午後六時半頃、港区○○町××番地○田○雄方前路上において同人管理の原動機付自転車一台(価格二万五千円相当)を、(四)同年同月十九日午後十時半頃中央区○○町○丁目×番地、○井商会前路上において○井○雄管理の自転車一台(価額一万円相当)を、(五)同年同月二十二日頃の夜台東区浅草橋○丁目×番地、○田○常○方前路上において同人所有の第二種原動機付自転車(シルバーピジョン)一台(時価十万円位相当)を、(六)同年六月二十六日頃の夜江東区深川○丁目×番地○原○太郎方前路上において同人所有の○口号第二種原動機付自転車一台(時価八万円位相当)をいずれも窃取したというにあること原審で明らかにされたところである。以上を検討するに被告人は本件第一審判決判示第一の(三)の事実も含め、二ヵ月余の間に計七回に亘り、自転車或は軽自動車を同一手口により窃取したという一連の実行行為であり、単一犯意の遂行としてなされた包括的な一罪の窃盗行為と認められる。
しかして一罪の一部につき既に確定判決ある場合、その既判力は一罪全体に及び、残余の部分については公訴提起がなされても刑事訴訟法第三百三十七条第一号により免訴の判決をなさねばならない。従つて本件判示第一の(三)の事実については免訴の判決をなすべきところ、原判決はこれを看過して右事実につき有罪の認定を為したる第一審判決を維持したる点は憲法第三九条後段に違反し違法なる判決である。
第四点 原判決は第一審判決判示第二の事実につき有罪とした第一審判決を維持している点で憲法第三十九条後段に違反したものである。
第一審判決判示第二の事実は(一)昭和三十四年十二月二日午後八時頃、台東区浅草橋○丁目×番地○川○男方前路上において同人管理の○マ○号原動機付自転車一台(時価八万円相当)を、(二)昭和三十五年一月六日午後九時五十分頃、千代田区○○町×番地先路上において○宮○一郎所有の○コー号原動機付自転車一台(時価四万八千円)を、(三)同年同月十九日午後十時頃葛飾区○○町××番地先路上において○野○平所有の六〇年式○マ○号軽二輪自動車一台(時価十四万円)を、(四)同年二月十一日午後八時十分頃、墨田区江東橋○丁目×番地、○下○蔵方前路上において同人所有の○口オートペット原動機付目転車一台(時価四万九千五百円)をいずれも窃取したというにある。しかるに被告人は昭和三十五年五月十六日に墨田簡易裁判所において懲役一年二月に処せられ現在受刑中であつて、その犯罪事実は昭和三十五年二月二十六日午後十時三十分頃江東区○○町○丁目××番地、○和荘アパート玄関において、○谷○光所有の○口号原動機付自転車一台(時価十四万円)を窃取したというものである。以上を検討すれば被告人の所為は二ヵ月余の間に五回に亘り自転車或は軽自動車計五台を同一手口で窃取したものであつて、一連の実行行為として単一犯意にもとづく一個の窃盗罪と認むべきものである。しかしてその一部につき既に確定判決のなされていること前述の通りであるから、刑事訴訟法第三百三十七条第一号により免訴の判決をなすべきところ、原判決はこれを看過して第一審判決を維持したものであつて、憲法第三十九条後段に違反するものである。
原判決は以上の各点において憲法に違反するを以つて当然破棄さるべきものである。