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最高裁判所第二小法廷 昭和36年(オ)190号 判決 1962年7月20日

上告人 西田米作

被上告人 国

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人諌山博の上告理由第一点および第二点について。

論旨は、要するに、原判決が被上告人に上告人に対する全額賃金の支払義務があることを認めながら、上告人が解雇期間内に他の職について得た利益は被上告人に償還すべきものとして、右利得金額を平均賃金の四割の限度において予め賃金額から控除し、その残額賃金の支払を命じたにとどまつたことは、民法五三六条二項但書、労働基準法二四条一項の解釈適用を誤まつたものである、という。

しかし、労働者は、労働日の全労働時聞を通じ使用者に対する勤務に服すべき義務を負うものであるから、使用者の責に帰すべき事由によつて解雇された労働者が解雇時間内に他の職について利益を得たときは、右の利益が副業的なものであつて解雇がなくても当然取得しうる等特段の事情がない限り、民法五三六条二項但書に基づき、これを使用者に償還すべきもめとするのを相当とする。

ところで、労働基準法二六条が「使用者の責に帰すべき事由」による休業の場合使用者に対し平均賃金の六割以上の手当を労働者に支払うべき旨を規定し、その履行を強制する手段として附加金や罰金の制度が設けられている(同法一一四条、一二〇条一号参照)のは、労働者の労務給付が使用者の責に帰すべき事由によつて不能となつた場合に使用者の負担において労働者の最低生活を右の限度で保障せんとする趣旨に出たものであるから、右基準法二六条の規定は、労働者が民法五三六条二項にいう「使用者ノ責ニ帰スヘキ事由」によつて解雇された場合にもその適用があるものというべきである。そして、前寂のごとく、労働者が使用者に対し解雇期間中の全額賃金請求権を有すると同時に解雇期間内に得た利益を償還すべき義務を負つている場合に、使用者が労働者に平均賃金の六割以上の賃金を支払わなければならないということは、右の決済手続を簡便ならしめるため償還利益の額を予め賃金額から控除しうることを前提として、その控除の限度を、特約なき限り平均賃金の四割まではなしうるが、それ以上は許さないとしたものと解するのを相当とする。

原判決は、結局、右と同趣旨に出たものであつて、その確定した事実関係の下で、被上告人の請求により、上告人の賃金額から同人が解雇期間内に他の職について得た利益の額を平均賃金の四割の限度において控除し、その残額賃金の支払を命じたことは、正当であつて、所論の違法はない。論旨は、敍上と相容れない独自の見解に立脚して原判決を非難するに帰し、採用し得ない。

同第三点について。

論旨は、原判決が上告人の将来にわたる賃金支払の請求を棄却したことは民訴二二六条の適用を誤まつたものである、という。

しかし、原審が所論の請求を棄却したことは、その認定した事実に照らして、首肯することができる。論旨は、結局、原審の専権に属する事実認定を攻撃するに過ぎないものであつて、採用の限りでない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤田八郎 池田克 河村大助 奥野健一 山田作之助)

上告代理人諌山博の上告理由

第一点原判決は国の西田にたいする出勤停止及び解雇処分を無効と判断し、国は出勤禁止及び解雇処分後の賃金を西田に支払うべきものとしながら、しかも「不当解雇の被解雇者が労務の受領拒否により給付を免れた労働力を、他に転用して得た収入は、民法第五三六条第二項但書にいわゆる「自己の債務を免れたことにより得た利益」として、どれを債権者たる使用者に償還すべきであり、この場合償還するというのは、労働者の受くべき反対給付たる賃金額から、これを控除すべきものと解するのを相当とする。もつとも被解雇者が自己及び家族の生活維持のため、副業の程度においてなした労働による収入は、自己の債務を免れたことにより得た利益とはいわれないが、被控訴人の得た前記収入は、生協におけるその地位及び金額から見て、単に副業的なものとは考えられないから、当然本件賃金額からこれを控除すべきである。但し労働基準法第二六条が休業の場合につき、平均賃金の少くも六割に相当する手当の支給を命じ、違反行為に対する罰則規定をもつて、これを強制している趣旨に徹すれば、右別途収入による控除額は、労働者の平均賃金の四割を超ゆることを許さないものと解するを相当とする。よつて控訴人の主張は右の程度において理由あるものといわなければならない」と判示して、西田の賃金請求の一部を排斥した。しかし原判決のこの判示は、民法五三六条二項但書の解釈適用を誤つている。

民法五三六条二項但書の解釈については、これという判例は見当らないが、学者は「例えば、肖像を描く債務が債権者の過失によつて履行不能となり、画家が対価を得たときは、画家の負担すべかりし絵具代その他の製作費の如きはこれを償還しなければならない。その償還すべき利益の範囲は債務を免れたことと相当因果関係の範囲内に在るものに限るべきである。従つて、右の画家がその債務を免れて得た時間に他の製作をしたとしても、その価額を償還する必要はないと解するを正当としよう」(我妻・有泉民法コンメンタール債権法二六六ページ)、としている。また、「債務を免れたことによつて得た利益というのは、債務の免脱自体を原因として生じた利益つまり本来なすべき筈であつた給付をしないでもよいことになつたために直接に得た利益(例えば、注文者が請負人の仕事を不能ならしめたために請負人が節約することを得た材料購入の費用、買主の過失によつて滅失した機械が地金として有する価額)を指すのである。したがつて、債務者が債務の免脱を利用したのではあるが別個の原因--例えば別個の契約を締結すること--によつて得たと認められる利益すなわち債務の免脱肩体とは相当因果関係を有していない利益(例えば、労務に服することを免れた労務者が他の雇傭によつて得た報酬、賃借人による毀損で住宅としては賃貸することのできぬようになつた家屋を物置用として賃貸して得た利益)のごときはこれに包含されないと解するのが妥当である」(末川契約法上一〇二ページ)ともされている。

我妻説も末川説も帰するところは同一であつて、国から解雇通告をうけた西田が、解雇反対斗争をつづけるあいだ全駐労小倉生協で働いて得た賃金は、債務の免脱自体と相当因果関係を有しない利益であることを述べている。

したがつて本件は、民法五三六条二項但書の適用をうくべき場合でなく、西田は生協から得た賃金を国に償還する義務を負つてはいない。これに反し、西田が解雇反対斗争中に生協で働いて得た賃金を民法五三六条二項但書によつて国に償還すべきものとした原判決は、民法五三六条二項但書の解釈適用を誤つたことになる。この誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決は破棄さるべきである。

第二点原判決は西田が、出勤停止及び解雇取扱をうけていた間(昭和三五年四月末日まで)の得べかりし賃金(各種社会保険料及び所得税を控除)を、一、〇六四、二五六円と認定している。一方、西田が全駐労小倉生協から得た別途収入のうち一九二、〇五〇円を右の得べかりし賃金額から差し引いた金額を八七二、二〇六円とし、右八七二、二〇六円及びこれに昭和三五年五月分の賃金手取額二三、〇一二円を加えた金額八九五、二一八円のみを、国は西田に支払えば足りるものと判示した。つまり、出勤停止及び解雇中に西田が全駐労小倉生協から得た賃金の一部を、西田が国から得べかりし賃金の中から控除して支払うべきことを命じたのである。この点について、国は原審で「償還することを要すというのは、使用者が反対給付の全額を支払つた後に償還請求権を取得するものと解すべきではなく、一種の損益相殺として労務者の賃金請求権は減縮されたものについて生ずるものと解するのが妥当である」と主張している(昭和三四年一二月三日付控訴人準備書面)だがこのような解釈は誤りである。西田に償還義務ありとすれば、当然に賃金額から控除さるべきものではなくして、国から償還請求権にもとづく相殺の抗弁が提起されなければならない。ところで、労働基準法二四条一項は賃金は通貨で直接労働者にその「全額」を支払わなければならないものとし、賃金債権に対しては損害賠償債権をもつてしても相殺を許さないものとされている(昭和三一年二一月二日最高裁、関西精機給料等請求事件)。したがつて、かりに国が西田にたいして一九二、〇五〇円の償還請求権を有していたと仮定しても、それは西田が国に対して有する賃金債権と別個無関係のものであり、国が西田に対して有する償還請求権を理由に、西田の国にたいする賃金債権を控除することは許されないことになる。これに反する判断をした原判決は、けつきよく民法五三六条二項但書及び労働基準法二四条一項に違反したことになり、この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決は破棄さるべきである。

第三点本件訴において、西田は国にたいしてすでに発生している賃金の支払を請求するとともに、「雇傭契約終了に至るまで毎月手取金二三、〇一二円を翌月一〇日までに支払え」という将来の給付をも併せて求める請求をしていた(判決書二枚目表)。ところが原判決は、「被控訴人は、本件において将来の給付までも求めているが、本件においては、相手方が国であるから解雇無効が確定してもなお将来の給付を履行しない恐があるとは考えられないこと、駐留軍労務者という特殊の雇傭関係であり、且つ被控訴人は既に約五年間に亘り、現実の労務に服していないこと、保険料、所得税等も将来変動が予想されること等の事情に徴すれば、右将来の給付請求は相当でないものと判断する」(判決書一一枚目表裏)、と判示して、西田の将来の給付請求を棄却した。しかしながら、原告が将来の給付請求の訴を提起して裁判所の判決を求めたときには、裁判所はその給付請求が理由ありや否やについてのみ判断を示すべきであり、請求が理由ある場合には、相手が国であるからとか、駐留軍労務者という特殊の雇傭関係で取るからとか、その他原判決が掲げたような種々の理由で、西田の将来の給付に関する請求を棄却することは許されない。原判決があげた諸事由は、将来の給付を求める西田の請求が理由ありや否やを判定するためには考慮さるべきことであつたと思われる。しかし西田に将来の給付請求権ありと判断された以上、右のような理由で西田の請求を棄却することは認められなかつたのである。本案裁判所は請求権の有無についてイエス、ノーの判断を示す義務を負つているにすぎず、保全訴訟におけるごとき必要性を考慮する余地は、残されていないのである。けつきよく、原判決が西田の将来の給付請求を棄却する旨の判決をしたのは違法であり、この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄さるべきである。

以上

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