最高裁判所第二小法廷 昭和37年(オ)697号 判決 1962年12月26日
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
理由
上告代理人弁護士山崎一郎、同岡部秀温の上告理由は別紙のとおりである。
上告理由一について。
(1) 論旨は要するに、本件選挙の不在者のための投票用紙及び投票用封筒の交付手続に違法はない旨を主張するに帰する。
(イ) 原判決の認定するところによれば、天王町選挙管理委員会委員長は、選挙人斉藤一外一二名に対し、公職選挙法施行令五二条三項による証明書を提出することができない理由記載欄に「証明者なし」と記載した右選挙人等自身の作成した疎明書と題する書面を徴して投票用紙及び封筒を交付したというのである。所論のように、法令は疎明方法については何等の制限、方式を規定していないけれども、単なる「証明者なし」との記載によつては、何故に証明書を提出することができないかを疎明したことにならないのは明白である。
(ロ) 原判決の認定するところによれば、大貫長之助に対しては、田代三郎作成名義の不在証明書によつて用紙、封筒を交付したのであるが、右の証明書には右田代の住所の記載もなく不在事由の記載もなかつたというのである。
かかる証明書の提出によつて不在事由の証明があつたといえないことは原判示のとおりである。若し所論のように、右大貫が北海道旭川市に住所を移したことが明らかであれば、同人は本件選挙に選挙権を有しなかつたはずであり、かかる者に対する用紙、封筒交付の違法は一層明白であるといわなければならない。
(ハ) 原判決の認定するところによれば、選挙人茂木輝男外二名に対して、証明書を提出できない理由の記載欄に「証明者なし」と記載した選挙人自身の作成した疎明書を徴して用紙、封筒を交付したというのであつて、かかる事実をもつてしては、証明書を提出できない事由の疎明があつたといえないことは、(イ)で説明したとおりである。
(2) 論旨は、本件選挙の不在投票の受理手続に違法はないというのである。
公職選挙法施行令六三条によれば、投票管理者は、投票箱を閉ぢる前に、投票立会人の意見を聞いて、不在者投票を受理すべきかどうかを決すべきであるが、原判示一三票については、投票用封筒の表面及び裏面またはそのいずれからの記載を欠いているというのであつて、かかる不在者投票については、投票管理者としては受理を拒否するよりほかはない。しかるに投票管理者がこれらの投票を受理したのは違法であるのみならず、そもそも、かかる結果を生じたのは、不在者投票管理者の事務処理の違法に原因があつたものというべきである。
選挙の投票は、選挙人が選挙当日投票所に赴き投票するのが原則であり、公職選挙法は不在者票を例外的に規定しているのであるが、不在者投票制度は、ややもすれば不正行為の手段に利用されるおそれもあるのであつて、法令がその手続について相当厳密な規定を定めているのもそのためと解すべきである。不在者投票に関する規定は、所論のように軽々に考えるべきではなく、その違反は、場合によつては選挙全部の無効原因にもなり得るものといわなければならない。
論旨は、本件選挙において違法な不在者投票は三〇票に過ぎず、当選無効の原因になることがあつても選挙全部を無効とすべき理由にはならないというのである。もとより、他に選挙無効の原因がなく、しかも違法な不在者投票の数が限定できる場合においては、よつて必ずしも選挙全部を無効とすべきではないということもできる。しかし、本件選挙においては、後述するように、選挙の手続全般にわたつて厳正に行われたかどうかを疑わしめるものがあり、上述不在者投票の違法管理も、選挙全般にわたつて疑念の念を抱かせるような事務処理の一環としてあらわれているものと見ることができ、また、後述の違法事実との間に因果関係のないとも断定し難いものがある。所論のように違法不在者投票の数が限定できるからといつて、直ちに選挙の効力に関係がないということはできない。論旨は理由がない。
上告理由二について。
原判決が確定するところによれば、本件選挙の開票に際しての投票数は投票者数に比して二三票多く、町選挙管理委員会が異議申立に基いて投票の点検をしたところ、当選者原告加賀谷幸太郎の投票数は三一票少く、当選者中村政雄の得票数は二票増加していたというのである。また開票に際し、投票箱の中から不成規の紙片一一八枚も発見されたというのである。
論旨は、かかる事実があつたからといつて、選挙の自由公正が阻害され選挙人に疑惹の念を生ぜしめたものというべきではない旨を主張し、この点に関する原判示を非難するのである。
開票に際し、投票数が投票人数より若干多いことがあつても、それだけで直ちに選挙を無効とすべきではない。しかし、本件選挙において、その過剰投票が二三票の多数に上つた事実と、異議決定に際して上述するような多数の得票数の増減があつた事実が確定されているのである。投票数の計算は候補者の当落に直接つながる問題であるから、いずれの選挙においても、誤りのないように厳正に計算されるのが常であるが、それでも、なお、ときに誤りのないことを保し難いことは論旨のとおりであるが、本件のように、その総数が二度にわたつて増減されるという事実は、選挙事務従事者に悪意はないとしても、少くとも、その事務処理が著しく厳正を欠いた結果と見るよりほかなく、このことと、前記不在者投票に関する規定違反とをあわせ考えれば、かかる選挙の結果について選挙人が多大の疑惑の念を抱くのはむしろ当然であつて、被上告人秋田県選挙管理委員会が本件選挙を無効とし、原判決がこれを是認したのは十分に首肯することができる。なお不成規の紙片一一八枚が投票箱から発見された事実については、所論のように、選挙事務従事者において阻止することが困難であつたものといえないことはないが、上記のような本件選挙の事態から見れば、原判決が右紙片の投入行為に組織的集団的な計画性ありとし、選挙の事務処理が適正を欠き、選挙の自由公正が阻害されたとする一事由としたのも肯けないことはない。
以上説明のとおり本件上告は理由がないからこれを棄却することとし、民訴三九六条、三八四条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 池田克 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一 裁判官 山田作之助 裁判官 草鹿浅之介)