最高裁判所第二小法廷 昭和38年(オ)1066号 判決 1965年4月02日
上告人
成清八枝子
右訴訟代理人
下川好孝
被上告人
江崎芳子
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人下川好孝の上告理由第一点について。
所論は、原判決の条理、社会通念無視採証法則違反、理由不備、審理不尽等の違法を縷説するが、記録に当つて検討しても、所論のような違法は原審に存しない。
所論(二)に掲げる当裁判所の判例は事案に適切でないし、所論(三)において指摘する原審の履行不能の判断は正当であり、この点に理由不備をいう所論は独自の見解として採用できない。
その余の所論は、ひつきよう原審の専権たる証拠の取捨判断、事実の認定を非難するに帰着し、すべて採用できない。
同第二点の(一)について。
所論指摘の原審判断は正当であつて、この点に関し、相殺は当事者双方の債務が相殺適状に達した時において当然その効力を生ずるものではなくて、その一方が相手方に対し相殺の意思表示をすることによつてその効力を生ずるものであるから、当該債務名義たる判決の口頭弁論終結前には相殺適状にあるにすぎない場合、口頭弁論の終結後に至つてはじめて相殺の意思表示がなされたことにより債務消滅を原因として異議を主張するのは民訴法五四五条二項の適用上許されるとする大審院民事連合部明治四三年一一月二六日判決(民録一六輯七六四頁)の判旨は、当裁判所もこれを改める必要を認めない。
従つて、右連合部判決によつて変更される以前の大審院判例を掲げて原判決の違法をいう所論は採用できない。
また、所論(4)掲記の当裁判所の判例は、事案が本件に適切でないから、同判例違反をいう論旨も採用できない。
同第二点の(二)について。
所論は、原判決につき弁護士法二五条一号ないし三号および五号違反の点を云々するが、同条五号違反の事実関係の主張は、原審においてなされていないと認められるから、同号違反の論旨は採用の限りでない。
そこで、同条一号ないし三号違背の論旨について判断する。本訴において被上告人が主張し、原審が確定した事実関係は、左のとおりである。すなわち、被上告人と内縁関係にあつた訴外須佐平八郎は、昭和三〇年八月頃被上告人に対し同人の旅館経営上必要な本件土地一一四坪をその所有者訴外中島一夫から無償譲与を受けその所有権を被上告人に移転することを約諾したが、右約旨が履行されないうちに訴外須佐と被上告人との内縁関係は解消されることになり、同年一二月二八日両者間に、被上告人は同訴外人に一〇〇万円を贈与することとし、うち五〇万円は即日、残金五〇万円は昭和三一年一月末日までに支払う旨を含む内縁解消に関する契約が締結され、それと同時に未だ履行されていなかつた前示約諾の趣旨を同訴外人においてすみやかに履行することの確約がなされた。被上告人は、右即日五〇万円の支払をしたが、残金五〇万円の支払を遅滞していたところ、訴外須佐は、前記契約により被上告人に対して有する債権一切を昭和三三年三月一四日上告人に譲渡し、その頃被上告人に対しその旨の通知をした。その後、上告人は、被上告人を相手どつて右譲受の贈与金債権残額五〇万円の請求訴訟を提起し、同訴訟は上告人の勝訴に確定した。その確定判決が被上告人の本件請求異議訴訟の対象たる債務名義であり、被上告人は、訴外須佐がその責に帰すべき事由により本件土地一一四坪の被上告人に対する前示約定の給付義務を履行不能にしたことによる損害賠償債権をもつて相殺を主張し、これを請求異議の原因としているのである。
これに対し、上告人は、訴外須佐と被上告人との間の内縁解消に関する前示契約は同訴外人が弁護士佐藤原太に調停申立を依頼し該調停によつて成立したものであり、これに関する契約証書も同弁護士の手によつて作成されたものであるから、同弁護士が被上告人の依頼を受けてその訴訟代理人として本訴提起および第一審の訴訟行為をしたことは、弁護士法二五条の前各号の規定に違反し無効である旨を主張するのである。
しかし、右述のとおり、本件請求異護は被上告人の上告人に対する訴として提起されているものであり、一方上告人の主張自体から明らかなように、佐藤弁護士が前示調停に関する依頼を受けたのは上告人からではなく訴外須佐からであり、その作成にたずさわつた前記契約書も同訴外人と被上告人間のものであつて、同弁護士は、本件の相手方たる上告人から協議を受けた事実も、協議を受けて賛助し若しくは依頼を受諾した事実もないから、同法一、二号に触れる余地はなく、また、訴外須佐から受任した右調停事件はすでに終了し、現に受任している事件にはあたらないから、その相手方たる被上告人より本件の依頼を受けて訴訟行為をしたからといつて、同条三号に牴触するいわれはない。従つて、右佐藤弁護士の所論訴訟行為を有効とした原審判断の違法をいう論旨は、ひつきよう判決に影響を及ぼさないことをいうに帰着し採用できない。
同第二点の(三)について。
所論指摘の点につき、一般に債権譲渡の通知前に譲渡人に対し反対債権を有し、かつそれが相殺適状にある限りは、右譲渡通知後においても、債務者は右債権を自働債権として、債権を譲り受けた新債権者に対し相殺をもつて対抗することができるとした原審の判断は、正当であり、この点の原審判断に理由不備その他の違法があるとする所論は、独自の見解として採用できない。
同第二点の(四)について。
所論は、民法五五〇条但書に「履行ノ終ハリタル」とは不動産贈与の場合には対抗要件たる所有権移転登記手続をも了することであると主張するが、不動産の贈与にあつてはその引渡により履行が終つたというべきで登記手続を経なければ履行が終つたといえないものでないとした原審の判断は、正当であり(当裁判所昭和二七年(オ)第四八〇号同二九年七月六日第三小判決、裁判集民事一五号三九頁、昭和二九年(オ)第一九五号同三一年一月二七日第二小判決、民集一〇巻一号一頁参照)、この点の法令解釈の誤りをいう所論は、独自の見解であつて採用できない。
同第二点の(五)について。
所論は、原審が弁論更新の手続を怠り、民訴法一八七条二項に違反するというが、記録を検するに、所論裁判官交代後の第七回口頭弁論期日において当事者によつて従前の口頭弁論の結果の陳述がなされていることが同期日の調書の記載上明白であるから、同所論は採用の限りでない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(奥野健一 山田作之助 草鹿浅之助 城戸芳彦 石田和外)
上告代理人川好孝の上告理由
第一点 <省略>