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最高裁判所第二小法廷 昭和39年(あ)2816号 判決 1965年4月30日

被告人 水野政子

主文

本件上告を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

弁護人碓井忠平の上告趣意は、事実誤認、単なる法令違反、量刑不当の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当らない(児童福祉法三四条一項六号の児童に淫行をさせる行為のうちには、直接たると間接たるとを問わず児童に対して事実上の影響力を及ぼして児童が淫行をなすことを助長し促進する行為をも包含するとした原審の判断は相当である)。また記録を調べても刑訴法四一一条を適用すべきものとは認められない。

よって同四一四条、三八六条一項三号、一八一条一項本文により裁判官全員一致の意見で主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 奥野健一 裁判官 山田作之助 裁判官 草鹿浅之介 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外)

弁護人碓井忠平の上告趣意(昭和四〇年二月二五日付)

右の者の児童福祉法違反被告事件について、第一審家庭裁判所が言渡した懲役一〇月の実刑判決に対し、原審は昭和三九年一一月二五日控訴棄却の判決言渡を為したものであるが、左の諸点に鑑みて原判決は破棄せらるべきか、又は量刑著しく重きに失し、せめて執行猶予の言渡を為さるべきものであると思う。

一、 被告人自身が、児童に対して淫行をなすことを助長し促進するような影響力を及ぼしたものではない。

第一審及び原審引用の各証拠を見るに、被告人は○口○子に将来芸妓として身を立てるよう勧誘助長はしたが、淫行をなすことを強要しなかったことは勿論、淫行を為すことを助長し促進するような影響力を及ぼした証拠もない。

のみならず○口が被告人方に頼って来るまでに、すでに中学校在学中に男性との肉体上の交渉経験を有する等謂わば非行的傾向にある子女であって、このような子女が芸妓置屋に身を置き、所謂花柳界の雰囲気の中に日夜出入りするに至っては、終いに淫行をなすに至ることを寧ろ自然の帰趨ともいうべきであって、被告人が之を妨止し得なかったとしても、この被告人の姿勢、態度を厳しく責めるのは酷に失すると思う。

なお原審の判示するように、本罪の犯行態様中には「直接たると間接たるとを問わず児童に対して事実上の影響力を及ぼして児童が淫行をなすことを助長し促進する行為をも包含すると解する」との見解に立つときは「間接の影響力を及ぼす者」の範囲は頗る不明確であるが、少くとも「置屋経営者」は即ち「間接に影響力を及ぼす者」であると解釈することは法の適正なる解釈とは考えられない。本件の場合この影響力を及ぼしたものは芸妓置屋及び花柳界なるものの雰囲気そのものであるのであって、之が為め置屋経営者である被告人が間接に影響力を及ぼしたとして、他に理由もないのにその刑事責任を問うことはできない理りである。――若し仮りに被告人が、児童の淫行を為すことを直接に助長し促進した事実があるなら事は別であろうが、本件では被告人が直接そのような行為をした明確な証拠はない。寧ろ被告人の主観としては、○口の母親からも頼まれたので一人前の立派な芸妓に仕立てるよう保護育成していた積りで居たものである。

元来芸妓置屋の如き営業を営むことの社会的評価は人によって異り、好ましき営業とは言えないとしても、被告人の如き貧しき家庭に育ち、子守次いで芸者屋の女中奉行から人生を出発した者が、このような職業を選ぶに至っても、それは已むを得ない成り行きで、そのこと自体をとがめることはできない所である。而してそこに寄寓した自駄落な子女が、被告人の直接及ぼした影響力がないのに、環境の雰囲気に影響されて淫行を為すに至ったが為めに、被告人が本件刑事責任を問われなければならないならば、それは結局被告人が置屋営業を営んでいるそのことを厳しく責められることに帰着し、決して法の適正なる適用をしたものではないと信ずる。

なお仮りに百歩を譲り、被告人に刑事責任ありとしても、上述の如き情状の下で実刑を科すのは甚しく酷に失するものと評価せざるを得ない次第である。

二、 被告人は真摯に悔悟反省している。

(1)  本件審理の進行に伴い、被告人は反省悔悟を続け、終いに芸妓置屋を閉鎖し、自分一人で稼業を営み、知人の座敷に出る程度にしている。又先日上京して本弁護人に次のような決心を告げた。即ち本年一〇月頃に豊田市伊保原にゴルフ場が完成する予定であるが、該ゴルフ会社の社長杉浦氏からクラブハウス内の売店の経営をさせて貰うか、それが出来ぬ場合は傭って貰うことになったので、何れにしても現稼業は廃業することにした。又その際は夜は舞踊を教えて収入の一助にもする積りであると述べていた。

(2)  第一審判決中で「審理の全過程を通じて被告人において児童福祉の理念を真に理解したうえでの真摯な悔悟反省がなされたものとはついに認められなかった」旨を指摘されて以来、被告人は○口○子の収容先である県営成願荘を三度訪れた。

刑事事件中は正式の寄附採納はできないので相当数の下着類を寄贈した。

又豊田市の虚弱児施設である梅ヶ丘学園に二万円を寄贈し且つ被告人が本弁護人に話した所によれば、昨年のクリスマスにも同学園からの招待を受け、クリスマスケーキ相当量の寄贈を為し、学園長の指名で挨拶をさせられ、園児から「町のおばさん」とて慕われている由である。このように児童福祉事業に寄与し、「児童福祉の理念を真に理解する」ことに精進している次第である。

(3)  なお被告人が去る昭和三九年一一月初めに前記成願荘を訪ねた際聞いた所によると、○口○子は結婚の為めに千葉県に赴いた由で、かくては被告人が予ねて早く結婚するよう諭した通りの結果と成ったもので、被害者も更生し、実害も解消したものと言うべきである。

以上第一点により原判決には法令の違反又は重大なる事実の誤認があるものであるので原判決は破棄を免れないものと思料する。

なお仮りに然らずとするも、前記第一、第二点を通じての情状に鑑み、殊に被告人は初犯であるにかかわらず、この際実刑を科することは、弱き世間下積みの、まだ二七歳に達したばかりの一女性より永久に更生の途を奪うものであって、刑の量定が甚しく過重であることは疑いない所である。せめて執行猶予の言渡をされるのでなければ、著しく正義に反すると確信する次第である。

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