最高裁判所第二小法廷 昭和40年(オ)1467号 判決 1970年10月30日
上告人
○田×平
被上告人
国
右代表者法務大臣
小林武治
指定代理人
香川保一
外二名
主文
原判決中、上告人に対し金九万八九五六円およびこれに対する昭和三七年三月二八日以降右完済にいたるまで年五分の割合による金員を越えて支払を命じた部分を破棄する。
前項記載の破棄部分につき、被上告人の控訴を棄却する。
上告人のその余の部分に関する上告を棄却する。
訴訟費用は、第一、二、三審を通じ、これを五分し、その三を上告人の負担、その余を被上告人の負担とする。
理由
上告人の上告理由第一点および第三点について。
原審は、挙示の証拠により、(イ)本件破産手続において、熱田税務署長が、破産管財人である上告人に対し、昭和三四年三月六日付弁済要求書をもつて破産会社である訴外中部日本急配会社に対する原判示租税債権(以下、本件債権という。)につき交付要求をしたが、右債権は真実存在するものであること、(ロ)しかし上告人としては、当時、破産事務の処理を開始して三年余に及び間もなく破産債権者に配当して破産手続を終る日も遠くない状況の時であつたのに、本件債権を支払えば右配当ができなくなる見込であり、また破産会社の帳簿上も本件債権の存在は明確でなかつたことから、その頃および同年八月頃、熱田税務署の係官に対し、本件債権のうち金二万一〇〇〇円余を支払うから残余は財団から支払わないですむようにしてほしい旨申し入れたが、係官から財団の財産状況につき報告書の提出を求められたのみで、右申入に同意する旨の回答はなかつたこと、(ハ)その後上告人は本件債権を弁済から除外し、破産終結にいたつたこと、(ニ)本件債権の交付要求が他の財団債権者のそれより三年余おくれてなされたからといつて、本件債権の存在が疑わしくなるわけではなく、また、上告人が破産会社から引き継いだ書類中の原判示乙第一、三号証には本件債権の存在を示すごとき記載があるのに、上告人がその存否をたしかめた事実もないこと、および原判示のような他の財団債権者に対する支払状況からみると、上告人が本件債権は存在しないものと信じていたとしても、そう信ずるについて相当の理由があつたものとはなしがたいこと、(ホ)上告人は、前記熱田税務署の係官との交渉において、本件債権が認められる資料の呈示を強く迫り、その呈示がなければ弁済しないで破産を終るとまで告げたのではないから、税務署が右資料を呈示しなかつたことが税務署の手落ちであつて、上告人に責はないともいえないこと等を認定判示し、結局、上告人が本件債権を弁済しないで破産手続を終結するにいたらしめたのはその善良な管理者としての注意を怠つたものであると判断しているところ、原審の右認定判断は、正当として是認することができる。また原審が所論過失相殺を認めなかつた判断は、原審認定の事実関係のもとにおいては、相当である。論旨は種々主張するが、ひつきよう、原審の認定しない事実を前提とするものであるか、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するに帰し、採用することができない。
同第二点について。
破産手続において破産管財人の受けるべき報酬は、破産法四七条三号にいう破産財団ノ管理、換価及配当ニ関スル費用」に含まれると解すべきである。そして右費用は、共益費用であるから、それが国税その他の公課に優先して支払を受けられるものであることはいうまでもないことであるが、このことは破産財団をもつてすべての財団債権を弁済することができない場合でも同様であると解するのが相当である。破産法五一条一項本文は、財団財産が財団債権を弁済するに不足した場合には、法令に定める優先権にかかわらず各財団債権の額に応じて按分する旨を規定するが、前述のような共益費用が国税その他の公課に優先すべきことは、元来自明のことであつて、破産法五一条の規定がこの法理までも変更したものと解することはできないのである。かような見地に立つてみると、原審が破産管財人の受けるべき報酬も、国税その他の公課とともに、その金額に応じ按分して弁済されるべきものであるとの前提に立つて、被上告人の受けた損害の額を判断したのは違法であり、右違法が原判決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、この点において論旨は理由がある。
そこで被上告人の受けた損害の額について考えるに、原審が適法に確定したところによれば、当初の財団財産から一部の財団債権(社会保険料、失業保険料を除く)に対する弁済分金七万一三五七円を差し引くと、残余は金二一万〇六四三円になるというのであるが、前述したところにより、上告人の受けるべき報酬金三万円も控除すべきであるから、財団財産は、結局金一八万〇六四三円存在すべきこととなり、一方右財団財産から平等に弁済を受けるべき財団債権としては、本件債権金一五万一〇九七円、社会保険料金八万九二〇〇円、失業保険金三万五五二七円が挙げられるべきであるというのである。所論は、原判決が名古屋市昭和区長および愛知県高辻県税事務所長の交付要求にかかる税金を遺脱していると主張するが、原判決挙示の乙第一〇号証の九(上告人が破産裁判所に提出した「破産法第三六五条に基づく配当許可申請に関する上申書」と題する書面)には右交付要求に関する記載がなく、したがつて、これを財団債権として挙示すべきものと認めなかつた認定判断は是認できないものではない。そして前述したところによれば、右財団財産から本件債権に対し弁済されるべきであつた金額が金九万八九五六円(円未満切捨)であることは算数上明らかであるから、被上告人は同額の損害を被つたものというべきである。
また、職権をもつて按ずるに、被上告人の右損害の賠償請求権は期限の定めのないものであるから、上告人はその履行の請求を受けた時から遅滞の責を負うと解すべきである。しかるに、原判決が単に被上告人の損失の生じた日より後の昭和三五年六月二日より遅延損害金を附すべきである旨判示したのみで、右部分につき被上告人の請求を認容したのは違法であり、他に上告人が履行の請求を受けた事実につき認定のない本件では、上告人は、本件訴状の送達を受けた日であることが記録上明らかな昭和三七年三月二七日の翌日以降遅延損害金を支払うべきものといわなければならない。
よつて、原判決の被上告人勝訴の部分中、上告人に対し金九万八九五六円およびこれに対する昭和三七年三月二八日以降右完済にいたるまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を命じた部分は、相当であるから、右部分に関する上告は棄却すべきであるが、その余の部分は不当であるからこれを破棄し、右破棄部分につき、被上告人の控訴を棄却すべきである。
よつて、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、八九条、九六条、九二条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(草鹿浅之介 城戸芳彦 色川幸太郎 村上朝一)