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最高裁判所第二小法廷 昭和43年(オ)916号 判決 1969年7月04日

上告人

池田清子

代理人

岡崎耕三

井藤勝義

被上告人

小野福男

外一名

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人岡崎耕三、同井藤勝義の上告理由第一点について。

訴外岡山労働金庫が本件貸付当時、所論従業員組合が存在しないことを知悉していたものとは認め難いとする原審の認定判断は、挙示の証拠に照らして肯認することができ、また、記録によるも、所論民法一一七条二項の過失に関する主張は、上告人が原審において主張したものとは認められないから、原審がこの点について判断を示さなかつたことに所論の違法があるとはいえない。したがつて、論旨は採用することができない。

同第二点について。

労働金庫が五八条においてその事業の範囲を明定し、その九九条において役員の事業範囲外行為について罰則を設けていること、同法がその会員の福利共済活動の発展およびその経済的地位の向上を図ることを目的としていることに鑑みれば、労働金庫におけるいわゆる員外貸付の効力については、これを無効と解するのが相当であつて、この理は、農業協同組合が組合員以外の者に対し、組合の目的事業と全く関係のない貸付をした場合の当該貸付の効力についてと異るところはない(最高裁判所昭和四〇年(オ)第三四八号、同四一年四月二六日第三小法廷判決、民集二〇巻四号八四九頁参照。)。本件において、所論の貸付が前記労働金庫の会員でない者に対する目的外の貸付であつたことは原審の確定するところであるから、右貸付行為はこれを無効とすべきが相当であり、原審がこれを有効なものと判示した点は、所論指摘のとおり、法令の解釈適用を誤つたものというべきである。

しかしながら、他方原審の確定するところによれば、上告人は自ら虚無の従業員組合の結成手続をなし、その組合名義をもつて訴外労働金庫から本件貸付を受け、この金員を自己の資金として利用していたというのであるから、仮りに右貸付行為が無効であつたとしても、同人は右相当の金員を不当利得として訴外労働金庫に返済すべき義務を負つているものというべく、結局債務のあることにおいては変りはないのである。そして、本件抵当権も、その設定の趣旨からして、経済的には、債権者たる労働金庫の有する右債権の担保たる意義を有するものとみられるから、上告人としては、右債務を弁済せずして、右貸付の無効を理由に、本件抵当権ないしその実行手続の無効を主張することは、信義則上許されないものというべきである。ことに、本件のように、右抵当権の実行手続が終了し、右担保物件が競落人の所有に帰した場合において、右競落人またはこれから右物件に関して権利を取得した者に対して、競落による所有権またはこれを基礎とした権原の取得を否定しうるとすることは、善意の第三者の権利を自己の非を理由に否定する結果を容認するに等しく、信義則に反するものといわなければならない。したがつて、上告人の本訴請求は、この点において既に失当としてこれを棄却すべく、右請求を排斥した原審の判断は、結論において正当であつて、本件上告は棄却を免れない。

よつて、民訴法四〇一条、三九六条、三八四条一項、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致で、主文のとおり判決する。

(草鹿浅之介 城戸芳彦 色川幸太郎 村上朝一)

上告代理人の上告理由

第一点<省略>

第二点 次に、原審判決は「金庫の本件貸付がその目的たる事業それ自体に含まれないことは明らかである」と説示しながら「前記1に事実関係に徴するときは、同法第一条の目的とするところに照し、必ずしも訴外労働金庫本来の事業遂行に不適当なものであるとはいえないから、同金庫存立の目的の範囲外の行為ということができず、したがつて訴外労働金庫の行為として無効ではないといわなければならない」旨説示して、昭和三五年七月二七日最高裁判所第一小法廷判決最高民集一四巻一〇号一九一三頁を引用しているが、右判決例は本件と場合を異にするものであつて、本件に適切でない。

原審判決は「本件貸付行為がその目的たる事業それ自体に含まれないことは明らかである」と認定している。即ち、労金において前記組合を実質的団体として把握し、これを育成するために貸付けたものではなく、前記のとおり労金の前身である信用組合の控訴人に対する債権回収の方法として形式的に前記組合結成の体裁を整えたものであることは原審判決もこれを認めているのである。

以上の如き本件の特殊事実関係に徴するときは、最高裁昭和四〇年(オ)第三四八号昭和四一年四月二六日第二小法廷判決(原審大阪高裁)こそ本件に適切なものである。

而して、右判例は農業協同組合員以外の者に対してなされた貸付を無効としているのであり、そして出捐者側と受益者側との利害調整は不当利得返還請求権の行使を以て目的を達成しうる旨の原審判決を認容しているものであつて、本件においてもまた右判例と同様に本件貸付行為は労働金庫法一一条一項四号所定の会員外の者を対象として行われたものであつて、法律上無効に属するものと解するを相当と信ずるものである。

然るに原審はこれを「無効なものとは考えない」と認定したことは、事実誤認又は審理不尽若しくは法令の解釈適用を誤つた違法があるもので到底破棄を免れない次第である。

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