大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和43年(行ツ)21号 判決 1973年10月05日

東京都中央区銀座五丁目九番一二号ダイヤモンドビル

上告人

株式会社太平洋テレビ

右代表者代表取締役

清水昭

右訴訟代理人弁護士

水谷昭

楢原英太郎

被上告人

右代表者法務大臣

田中伊三次

東京都中央区新富二丁目六番一号

被上告人

京橋税務署長

井沢隆之助

右当事者間の東京高等裁判所昭和四〇年(行コ)第四号納付金返還請求事件について、同裁判所が昭和四二年一一月二一日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があつた。

よつて、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人水谷昭、同楢原英太郎の上告理由第一点ないし第三点について。

所論のうちには違憲をいう部分もあるが、その実質は、本件課税処分を無効とはいえないとした原審の判断の法令違背を主張するものにすぎず、原審の適法に確定した事実関係に徴すれば、右判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は、ひつきよう、原審の確定しない事実に立脚し、あるいは独自の見解を主張して原判決を非難するものであつて、いずれも採用することができない。

同第四点について。

行政処分にこれを無効とすべき明白な瑕疵があるかどうかを判定するについて、処分庁が怠慢により調査すべき資料を見落したかどうかということが直接関係を有するものでないことは、当裁判所の判例とするところであり(昭和三五年(オ)第七五九号同三六年三月七日第三小法廷判決・民集一五巻三号三八一頁)、したがつて、所論指摘のような事情はなんら本件課税処分の効力に影響を及ぼすものではない。

原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小川信雄 裁判官 岡原昌男 裁判官 大塚喜一郎 裁判官 吉田豊)

(昭和四三年(行ツ)第二一号 上告人 株式会社太平洋テレビ)

上告代理人水谷昭、同楢原英太郎の上告理由

第一点 原判決は、憲法第八四条の租税法律主義の規定に違背した違法ないしは判決に影響を及ぼすこと明かなる法令違背がある。

一、憲法第八四条は、法なければ課税なしの原則を定めたものであるが、旧所得税法第四二条第二項はこの法律の施行地において、映画及び演劇の俳優に対し、報酬若しくは料金の支払をなす者は、その支払をなす際、その支払うべき報酬又は料金に対して、百分の十の税率を適用して計算した税額の所得税を徴収してこれを政府に納付しなければならない旨の、いわゆる源泉徴収義務を課している。

右法文によれば、「報酬又は料金」であるから、その意味は、映画及び演劇の俳優(以下芸能人という)が、映画又はテレビに出演し、あるいは舞台に出演した役務提供の対価として支払われるものを前提とするものである。従つて「報酬又は料金の支払をなす者」とは、当該芸能人の役務提供を受け、これを媒体として事業活動をし、収益を挙げた結果その収益に対応する原価ないしは必要経費に当る出演料ともいうべき役務提供の反対給付としての「報酬又は料金」を支払うものをいうのである。

故に、当該芸能人の代理として現実に「報酬又は料金」(出演料)を受取り、これを芸能人に手渡す者は該当しないものというべきである。

二、そこで、これを本件について検討する。

原判決の出演料支払についての認定によれば、本件課税処分の対象となつた出演料は

(イ) 各芸能人が昭和三四年一月から一二月までの間日本放送協会や日本テレビ放送網株式会社等(以下「出演等の役務の提供を受けた者」という)のテレビ放送等に出演した際、その出演(役務提供)の反対給付たる対価として支払われた報酬又は料金であること。

(ロ) 「出演等の役務の提供を受けた者」は出演した芸能人個人別に出演料たる報酬又は料金の額を計算し、これを合算し且つ一定期間ごとにまとめて有料職業紹介事業者たる上告会社の当座預金口座に振り込んでいたこと。

(ハ) 右報酬又は料金の振込みを受けた上告会社は出演者たる芸能人個人別の報酬又は料金額から同会社の手数料として一〇%相当額を控除し、その残額を各芸能人の預金口座に振り込む事務手続をとつていた事実をそれぞれ認定している。

三、右原判決の認定の事実に徴すれば、一見して法の定める「報酬又は料金の支払者」は各芸能人の出演という役務提供の反対給付の対価としての報酬又は料金たる出演料を支払つた「出演等の役務の提供を受けた者」であることが明らかであり、上告会社は、有料職業紹介事業者として「出演等の役務の提供を受けた者」と出演をした芸能人との間に立つて、その「報酬又は料金」の受領、送金について、単に事務手続を代行した者に過ぎない。従つて上告会社には旧法第四十二条第二項にいう源泉徴収義務は課せられていない筈である。しかるに、原判決は、税法の納税義務を課せられていない者である上告会社に課税をした被上告人の行政処分を看過したことは前述の憲法に違背するものといわなければならないと同時に判決に影響を及ぼすべき法令違背がある。

第二点 原判決は、憲法第八四条の租税法律主義の解釈を誤つた違法ないしは判決に影響を及ぼすべき法令違反がある。

原判決は、被上告人京橋税務署長が上告会社を出演料の支払者と認定したことに重大かつ明白な過誤があるということができない理由として、

(1) 上告人主張のように、出演契約が上告会社の斡旋により放送局等を出演者との間で締結されたものであり、上告会社が出演者を代理して放送局等から出演料の支払いを受けたものであるとしても、外部からその点を確知することは―上告会社の方でこれを明らかにしない限り―困難であつて、本件出演料が放送局等において出演者個人別に出演料を計算のうえこれを合算し、一定期間まとめて所得税の源泉徴収をなすことなく、三菱銀行築地支店の上告会社口座に振込まれ、これを受けた上告会社が、出演者個人別の出演料の額から、同会社の手数料として十%相当額を控除し、さらに十%を源泉徴収所得税として控除した上、その残額を各出演者個人の預金口座に振込むような経路によつて支払われた事実。

(2) 放送局等と上告会社との間に本件出演料に係る所得税の源泉徴収は上告会社において行う旨の了解が存した事実。

(3) 上告会社が実際にも出演者に出演料を支払う際に右の源泉徴収を行つた事実。

等を挙げている。

しかしながら、(1)点については、上告会社が出演者を代理して放送局等から出演料の支払いを受けたことを外部から確知することが困難としても、それが実体である場合、代理受領者がその受領金員を本来の受取人たる出演者に交付する際に源泉徴収義務を課する旨の法律の根拠のないのにその課税処分を認めることは、租税法律主義に反すると思われるのであつて、既に第一点において述べたとおりである。

次に、(2)の点については、恰も、原判決が源泉徴収義務を報酬又は料金の支払者と代理受領者間において任意に定め得るとの解釈を下していると受けとれるのであるが、憲法の租税法律主義というのは、法律によつて、納税義務者課税標準税率を何人のし意をはさまず厳然と規定している趣旨であつて、課税処分庁又は納税者あるいはその他の第三者によつて協議の上任意に定めることはできないのであるから、これに反する右原判決の「源泉徴収義務者の了解」は憲法の解釈を誤つたものといわなければならない。

また(3)については、仮に上告会社で一部の者に対する源泉徴収手続が誤つてなされていたとしても、本来源泉徴収義務のないもの、すなわち、法律の根拠のないものであるから誤りであつて、本来課税庁は正当な源泉徴収手続を指導すべきである。しかしながら、原判決がかゝる事実をも判断の対象としたことは、法律の根拠のない課税手続であつても、そのような外形のあるときは課税手続の正当性又は有効性の判断の資料に供せるものと解釈したものというべく、前述したと同様法律なければ課税なしとする租税法律主義の精神の解釈を誤つた違法があることに帰する。

したがつて、右憲法の精神及び租税法に反した事実を基として、行政処分の重大かつ、明白な過誤についての判断を下した原判決は明らかに判決に影響を及ぱすべきものである。

第三点 原判決は理由不備ないし、判決に影響を及ぼすべき法令違背がある。

原判決は、「出演契約が上告会社の斡旋により放送局等と出演者との間で締結されたものであり、上告会社が出演者を代理して放送局等から出演料の支払を受けたものであるとしても、外部からその点を確知することは―上告会社の方でこれを明らかにしない限り―困難である」と認定し、さらに「上告会社が被上告人に対し、右の契約関係を明らかにしようと思えば、その機会はあつたと思われるのに、その挙に出た形跡は証拠上窺われない」と説示している。

しかしながら、右の認定は、次にのべるような、外形上客観的な事実及び職業安定法ないし、職業紹介に関する社会常識を無視したものである。

すなわち、芸能人が、いわゆる出演料としての報酬又は料金を取得できる理由を考えてみると、それは、その芸能人が、ラジオ、テレビ又は舞台に出演したからである。換言すれば、出演の反対給付なのである。一方放送局等は、出演という役務の提供を受け、電波、ブラウン管をとおし、聴取者に、あるいは舞台等から観客に演劇を披露して収益を挙げ、それに対応する経費として出演者に対して、報酬又は料金を支払うのである。これは、当該芸能人が放送局等と直接に契約する場合はもちろん、かりにその中間に斡旋者がいても同様である。換言すれは、出演者と放送局等の間にその出演の斡旋をしたものがあり、その者が放送局から金員を受領し、さらに出演者に交付したとしても、放送局が斡旋者に出演料を支払うことではなく、また出演者が斡旋者から出演料の支払いを受けることでもないことは一見明白な事実である。

この点原判決は、右の関係は外部から確知出来ないとか、上告会社から契約関係を明らかにすべきであつたというがそれは、ラジオ、テレビ放送等の具体的な事実関係、その事業の収益費用の事実関係、あつせん事業者の関与する価値と実態関係等の外形上の客観的事実関係を看過し、専ら放送局、出演者、あつせん事業者間の内部的契約関係に焦点を合せた主観的なものゝ見方であるといわなければならない。

次に、原判決は、職業安定法及びその規則など客観的な法律の存在を看過している。

職業安定法は、民間の職業紹介及び類似行為を一般的に禁止ないし、制限しているが、演芸関係については許可を条件にその職業紹介事業を許している。そして、許可を得た事業者に対して一定の行為の制限や義務を課している。

それは労働基準法と同様中間の搾取を排し、働くものを保護しようとする趣旨のものである。これら職業安定法の精神からすれば、その職業紹介者の地位は、紹介先から紹介者のために金銭を受領した場合においては、それはあくまでも代理人たる地位にとゞまり、受領した金銭は速かに紹介者に返却すべき立場にあることが導き出される。すなわち、職安法の存在によつて、右のような職業紹介事業者に対する価値判断が処分庁において他の具体的事実とゝもに客観的判断の対象とすべきものであつたといわなければならない。換言すれば、本件行政処分が重大かつ明白な瑕疵を有するかどうかの判断について右職業安定法の存在とその法律の精神から導き出される上告会社の地位をも判断の対象とすべきである。

しかるに、原判決が右のような重大明白な事実関係法律関係を誤認看過したことは理由不備ないしは行政処分の当然無効に関する法令の解釈に違反するものである。

第四点 原判決は、行政処分の無効原因たる瑕疵の重大性明白性に関する法令の解釈を誤つた違法がある。

行政処分の無効原因としての瑕疵の重大性又は明白性の判断基準は、当該行政処分が権限ある国家機関のものとして尊重するに値いしないような場合、あるいは、当該行政処分によつて国民の権利を不当に侵害する致命的な欠陥があるため、国民をその不当な侵害から保護すべき場合に求めなければならない。

したがつて、行政庁がその職務の誠実な遂行として当然に要求せられる程度の調査によつて判明すべき事実関係に照らせば、明らかに誤認と認められるような場合、換言すれば、行政庁がかゝる調査を行えば、とうていそのような判断の誤りをおかさなかつたであろうと考えられるような場合もまた、明白な違法の場合に当るものといわなければならない。(判例評論三九号神谷昭「行政行為の無効原因としての明白性」田中真次「行政判例百選」「瑕疵の明白性の意義」)。

しかして、本件課税処分に当り、上告会社の調査を担当した京橋税務署の小沢直(当時法人税課源泉第二係長)の証言によれば、各芸能人の出演先である「放送局等」の調査もせずたゞ電話で太平洋テレビ所属のタレントの源泉徴収はどうしているかとの事実程度を聞いたゞけで、その電話回答が基本通達第五八七号の適用があるものと誤解したものであるにもかゝわらず課税処分庁としての充分の注意義務を欠き右民間会社の電話回答をうのみにして単に上告会社が「放送局等」より支払を受けたことをもつて支払を受ける者が法人であると即断し、(小沢直の証人尋問調書)その結果上告会社の経理部長有坂一雄の提出した各芸能人に対する出演料支払いの月別集計表の資料のみにもとづいて課税処分が行われたことが明きらかであるから、税務署が源泉徴収税の課税決定処分をするに当つて当然行うべき当該出演契約の内容、上告会社の実態及び当該契約についての関与の態様の調査を怠つたものといわなければならない。

上告会社は、演芸家の営利職業紹介事業許可申請書(甲二四号証の三)、有料の職業紹介事業許可書(同号証の二)領収書(同号証の一)上告会社登記簿謄本(第二五号証)臨時株主総会議事録(二六号証)によつて認められるように、芸能人の出演の斡旋を営む会社であつて、当時有料職業紹介事業の許可を受けていたことは明らかであるから、もし、被上告人京橋税務署がこの事実確認の調査を行つておれば、本件のような誤つた課税処分は当然行わなかつたことは明らかである。

したがつて、この点からみても、被上告人京橋税務署の本件課税処分は、その瑕疵が重大であり、且明白であるから当然無効といわなければならない。

以上

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