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最高裁判所第二小法廷 昭和44年(あ)1360号 判決 1970年5月22日

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人伊藤宏行の上告趣意は、量刑不当の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない(量刑不当の所論について考えるに、本件事故当時における被告人の飲酒酩酊の程度、被告人には酩酊運転一件を含む道路交通法違反五件の罰金の前科があること等の情状にかんがみれば、必ずしも原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものとは認められない。)。

よって、刑訴法四一四条、三九六条により主文のとおり判決する。

この判決は、裁判官色川幸太郎の反対意見であるほか、全員一致の意見によるものである。

裁判官色川幸太郎の反対意見は次のとおりである。

わたくしは、弁護人の上告趣意が刑訴法四〇五条の上告理由にあたらないことについては、多数意見と見解を同じくするものであるが、本件は、刑の量定が甚だしく不当であって、同法四一一条二号を適用して原判決を破棄すべきものと考える。

すなわち、記録を調査すると、本件は、被告人が酒に酔って普通乗用自動車を運転し、木下米雄運転の軽四輪乗用自動車に追突し、よって、同人に加療約八〇日を要する頚部挫傷等の傷害を負わせたというものであるところ、被告人は、当時、そのアルコールの身体保有度(呼気一リットルにつき二、〇〇ミリグラム)の示すように、高度に酩酊し、自動車を運転するには極めて危険な状態にあり、厳にこれを避けるべきであったこと、また、被告人は、これまでに酩酊運転一件を含む道路交通法違反の罰金五件(前示酩酊運転のほかに速度違反一件、駐車関係の違反三件)があること等は、多数意見の指摘するとおり、量刑上軽視しえない情状であるといわなければならない。

しかしながら、被告人は、本件犯行後、被害者木下に対して謝罪と慰藉に努めるとともに、損害賠償に誠意を示し、本件第一審判決前において木下と示談をし、被告人において同人の治療費を負担することにしたほか、勤務先から借財をして、同人の休業補償費その他としてすでに八七万余円の支払いをなし、同人もまた被告人の誠意を認めて、もはや被告人に対しては処罰を望まない旨の心境を表明しているものであること、被告人は、本件犯行当時、静岡新聞社名古屋支局長の地位にあったものであるから、その社会的な立場からも本件のような飲酒運転については、一般人にもまして非難可能性が存在するものというべきではあるが、他面において、本件犯行の結果、一朝にして支局長の職を解かれ、かつ、本件につき実刑判決が確定すれば、当然退社を余儀なくされるものであることその他、深刻な社会的な制裁を加えられているその情状は、これまた無視すべきではない。

もとより、今日の社会において、一般に、本件のような危険な酩酊運転およびその際の業務上過失致死傷事件については、行為者の責任は厳しく追究されるべきであって、行為者の個人的な情状を重視するのあまり、その処遇が軽きに失することがないよう配慮すべきではあるが、しかし、量刑は、同種事犯に対する一般の量刑状況に照らし、特段の理由もないのに著しく均衡を失するものであってはならないことも、科刑上当然の要請である。本件において、前記のような諸点その他の記録上認められる諸般の情状を総合して考察したうえ、酩酊運転に伴うこの種業務上過失傷害事件に関する一般の量刑状況(これは、量刑事例の調査として各種刊行物において公けにされているところや、当裁判所における多数の同種上告事件の審査等を通じて、うかがい知ることができるところである。)をも考慮すれば、被告人に対し懲役刑を選択し、かつこれに実刑を科することはまことにやむをえないところであるが、第一審判決が言い渡した懲役一年の刑は、上述の諸点に照らし、甚だ重いものがあり、その全説示に徴しても、これを肯認すべき特段の理由があるとは到底認められず、さらに、第一審判決を維持する原判決がこの点について判示しているところも、首肯するに足りないのである。以上の次第であるから、原判決はこれを破棄しなければ著しく正義に反すると認めざるをえない。

(裁判長裁判官 草鹿浅之介 裁判官 城戸芳彦 裁判官 色川幸太郎 裁判官 村上朝一)

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