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最高裁判所第二小法廷 昭和44年(オ)260号 判決 1970年5月22日

主文

理由

上告代理人南政雄の上告理由1ないし4について。

民法七一五条にいわゆる「事業ノ執行ニ付キ」とは被用者の職務執行行為そのものには属しないが、その行為の外形から観察して、あたかも被用者の職務の範囲内に属すると認められるものをも包含するものと解すべく、取引的行為たると事実的行為たるとによつて、右解釈を異にすべき理由は存しないとするのが、当裁判所の判例とするところであり(当庁昭和三〇年(オ)第二九号同三二年七月一六日第三小法廷判決、民集一一巻七号一二五四頁、同年(オ)第二八一号同三六年六月九日第二小法廷判決、民集一五巻六号一五四六頁、同三九年(オ)第一一一三号同四〇年一一月三〇日第三小法廷判決、民集一九巻八号二〇四九頁)、原審が、右見解に従つて、その適法に確定した事実関係に基づき、上告会社の北九州営業所長であつた訴外高尾清がその権限を有しないのに上告会社を振出人とする本件手形を作成交付した行為は、外形上、その職務の範囲内に属するものと認められるとして、右行為によつて被上告人の被つた損害につき、上告会社の使用者責任を認めた判断は、正当であつて、原判決に所論の違法は存しない。

論旨は、右と異なる見解に立つて原判決を非難するものであり、採用することができない。

同5について。

前記のように、被用者のした取引行為が、その行為の外形から見て、被用者の職務の範囲内に属するものと認められる場合においても、その行為が職務権限内において適法に行なわれたものでなく、かつ、その行為の相手方が、右の事情を知り、または重大な過失によりこれを知らないで、当該取引をしたと認められるときは、その行為に基づく損害について、その取引の相手方である被害者は、使用者に対しその賠償を請求することができないけれども、右事情を知らなかつたことにつき被害者に単なる過失があるにとどまるときは、損害賠償の請求を妨げられるものでないことも、当裁判所の判例により、明らかにされているところである(当庁昭和三九年(オ)第一一〇三号同四二年一一月二日第一小法廷判決、民集二一巻九号二二七八頁、同四三年(オ)第一三三二号同四四年一一月二一日第二小法廷判決、民集二三巻一一号二〇九七頁)。ところで、本件においては、被上告人が裏書譲渡を受けた各手形が適法に振り出されたものでないことを、被上告人において知り、または重大な過失により知らなかつたものと認められるような事情は、原審の認定しないところであり、振出名義人として手形上に所論のような記載がなされていても、被上告人が手形の真偽につき上告会社の本店に照会しなかつたことをもつては、ここにいう重大な過失があつたものとするに足りないから、この点においても、上告会社の責任を認めた原審の判断に違法は存しない。

また、対価を支払つて偽造手形を取得した手形所持人は、その出捐と手形偽造行為との間に相当因果関係が認められるかぎり、その出捐額につき、ただちに損害賠償請求権を行使することができ、手形の所持人としてその前者に対し手形法上遡求権を有すること自体によつては、損害賠償の請求を妨げられるものではない(当庁昭和四四年(オ)第四〇五号同四五年二月二六日第一小法廷判決、裁判所時報五四一号一頁参照)。したがつて、原審が所論のように訴外小田半や高尾清の支払能力に言及している点は、原判決の結論に影響のない事情に関する判示にすぎないものというべきであるから、右判示に関する違法をいう論旨も、採用のかぎりでない。

なお、原判決の主文第二項中「内金二五万円」とあるのは、「内金二二万七四〇〇円」の誤記であることが明白であるから、民訴法一九四条により、職権で、そのとおり更正する。

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