最高裁判所第二小法廷 昭和44年(行ツ)68号 判決 1974年7月19日
上告人 輿水斌
右訴訟代理人弁護士 畑山穣
被上告人 藤沢税務署長 高橋宗
右指定代理人 貞家克己<ほか七名>
右当事者間の東京高等裁判所昭和四一年(行コ)第三二号異議申立棄却決定取消請求事件について、同裁判所が昭和四四年五月二七日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があり、被上告人は上告棄却の判決を求めた。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
原判決中、被上告人が上告人に対してした昭和三七年分所得税の更正及び過少申告加算税賦課決定処分のうち昭和四〇年一〇月一四日付裁決によって取り消された部分以外の部分についての異議申立棄却決定の取消しを求める請求に関する部分を破棄し、第一審判決中右部分を取り消す。
右部分につき本件を横浜地方裁判所に差し戻す。
その余の部分に関する上告人の上告を棄却する。
前項の部分に関する上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告人の上告理由について。
所論は、要するに、本件異議申立棄却決定に対する取消しの訴えを不適法とした原判決は、法令の解釈を誤ったものであるというのである。
案ずるに、昭和四五年法律第八号による改正前の国税通則法(以下、単に「旧法」という。なお、同改正後の国税通則法を、以下、単に「新法」という。)七六条一項、七九条三項、八七条一項(新法七五条一、三項、七七条一、二項、一一五条一項)は国税に関する法律に基づく税務署長の処分に対する不服申立方法として異議申立て及び審査請求の手続を設け、原則としてこの二段階の不服手続を経たのちでなければ右処分の取消訴訟を提起することができない旨を定めているのであるが、旧法八六条(新法一一四条)、行政事件訴訟法三条三項、一〇条二項の各規定の文言からすれば、右の場合、異議申立て及び審査請求に対する決定については、これに固有の瑕疵が存するときには、その違法を理由として各別に取消訴訟を提起することができることとなっているのである。しかして、新法、旧法が前記のような二段階の行政上の不服手続を設け、かつ、これを経たのちでなければ出訴を許さないとした趣旨は、国税の賦課に関する処分が大量かつ回帰的なものであり、当初の処分が必ずしも十分な資料と調査に基づいてされえない場合があることにかんがみ、まず処分庁自体に対する不服手続によって処分庁に再審理、再考慮の機会を与え、その結果になお不服がある場合に審査裁決庁の判断を受けさせることとし、ある程度審査裁決庁の負担の軽減をはかろうとする目的に出たものであるが、他面において、課税処分を受ける者についても、事案を熟知し、事実関係の究明に便利な地位にある処分庁に対してまず不服を申し立て、簡便かつ迅速な救済を受ける道を開き、これによっても目的を達することができない場合には審査庁による比較的公平、慎重な審査に基づく救済を求めることを認める等、その権利救済につき特段の考慮を払う趣旨を含むものであることも見逃すことができない。また、国税通則法は、旧法、新法とも、不服申立人を行政救済手続の遅延による不利益からまもるとともに、他面において行政手続経済の合理化をはかることを主たる目的として、場合により異議段階を省略させることとしている(旧法八〇条一項一号、新法八九条)けれども、この場合に異議手続による救済を全く無意味かつ不要のものとする趣旨ではなく、不服申立人がこの手続による救済を求める利益をも重視し、これを権利として尊重する趣旨であることは、前記規定が異議段階を省略して審査手続に移行する効果の発生を異議申立人の意思にかからしめ、異議決定が遅延したときは、その選択により、異議決定を省略して審査裁決を受けることもでき、また、あくまでまず異議手続による救済を求めることもできることとしていることからも明らかである。そして、この場合、国税通則法は、旧法、新法いずれも審査請求によっては異議決定固有の瑕疵を争うことを認めていない(旧法七九条三、五項、七六条五項一号、新法七五条三項、七六条一号)のであるから、適法な異議決定を受ける権利を害された者は右決定自体の取消訴訟を提起して救済を求めるほかないのであって、このような訴えの利益を否定することはできないのである。原判決は、このような訴訟を認めるときは、同一処分に関連する訴えの重複から種々の不合理が生ずるというけれども、かりにそのようなことがありうるとしても、それは、右訴訟を提起しえないと解することによって解決すべき問題ではないのであって、異議決定取消訴訟を提起しえないものとした原判決は、結局、法律の解釈を誤ったものであるといわなければならない。
ところで、右の異議申立ては、一たんこれについて決定がされその取消訴訟が提起された場合には、その取消判決が確定した時当初の異議申立てからすでに三月を経過していても、旧法八〇条一項一号の規定により直ちに当然に審査請求に移行するものではないと解すべきこと、異議決定を経たのちの原処分に対して審査請求がされ、これに対して原処分を維持する裁決があり、これに適法な理由附記があっても、それによって理由附記の不備を理由とする異議申立棄却決定の取消しを求める訴えの利益が失われるものではないと解すべきこと、及び、異議決定を経たのちの原処分に対してされた審査請求につき、原処分の全部又は一部を取り消す旨の裁決がされたときは、異議申立棄却決定の取消しを求める訴えは、その限度においてその利益が失われるものと解すべきことは、当裁判所判例(昭和四二年(行ツ)第七号同四九年七月一九日第二小法廷判決)の示すところである。
これを本件についてみるに、本件は、上告人が、昭和三七年分所得税の更正及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下、単に本件原処分という。)に対して昭和三九年四月九日異議申立てをし、これについて被上告人が同年七月八日付でした異議申立棄却決定につき、その理由附記に不備があると主張してその取消しを求めている事案である。そして、上告人が右異議決定を経たのちの本件原処分につきさらに東京国税局長に対して審査請求をしたところ、昭和四〇年一〇月一四日付をもって本件原処分の一部を取り消す旨の裁決(その内容は、第一審判決別紙記載のとおりである。)がされたことは、記録上明らかである。そうすると、上告人は、本件異議申立棄却決定取消しの訴えを提起しうるところ、右訴えは、本件異議申立棄却決定中、(イ)前記裁決によって取り消された部分の本件原処分に関する部分については、既にその利益は失われており、(ロ)その余の部分については、なおその利益が存することとなるので、本件訴えを不適法とした原判決は、右(イ)の部分については、その結論において正当であるが、右(ロ)の部分については、法律の解釈を誤ったものであり、その違法は判決の結論に影響を及ぼすものといわなければならない。したがって、原判決中、右(ロ)の部分については原判決を破棄すべく、当該部分につき訴えの利益なしとしてこれを却下した第一審判決もまた違法であるので、右部分に関する第一審判決を取り消して当該部分につき本件を横浜地方裁判所に差し戻し、右(イ)の部分に関する上告人の上告を棄却すべきものである。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、三八八条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 村上朝一 裁判官 岡原昌男 裁判官 小川信雄 裁判官 大塚喜一郎 裁判官 吉田豊)
上告人の上告理由<省略>