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最高裁判所第二小法廷 昭和45年(オ)580号 判決 1970年11月20日

上告人(被告・被控訴人) 株式会社木内武治商店

右訴訟代理人弁護士 田中義明

同 田中達也

被上告人(原告・控訴人) 株式会社成瀬勝彦商店

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人田中義明、同田中達也の上告理由第一点について。

被上告人が訴外吉野川製材有限会社(以下訴外会社という。)の債務につき連帯保証を約諾した事実は認められない旨の原審の判断は、証拠関係および説示に徴し、首肯しえないことはなく、さらに、昭和三九年一月一六日上告人、被上告人間に、(イ)被上告人は上告人に対し、訴外会社が上告人に対して負担する三七九万四二五四円の債務のうち二八〇万円を引き受け、これを現金一〇〇万円および被上告人振出の原判決添付別紙第二目録記載の額面各九〇万円の約束手形二通をもって支払う、(ロ)上告人は、右現金および約束手形を受け取ると同時に、訴外会社振出の同別紙第一目録記載の約束手形二通を被上告人に引き渡し、訴外会社が上告人に負担する残債務九九万四二五四円を訴外会社のため免除する、との契約(以下本件契約という。)が成立した旨の原審の判断は、その挙示する証拠関係および説示に徴し、首肯することができ、原判決に所論の違法はない。所論は、ひっきょう、原審の認定にそわない事実をも合わせ主張して原審の専権に属する証拠の取捨、事実の認定を非難するにすぎず、論旨は採用することができない。

同第二点について。

原審確定の事実関係のもとにおいては、本件契約の目的は、訴外会社が上告人に対して負担している三七九万四二五四円の債務のうち二八〇万円を被上告人が引き受けて、これを現金と前記第二目録記載の二通の約束手形をもって支払い、他方訴外会社が右債務の支払のため上告人に対し振り出した前記第一目録記載の二通の約束手形を上告人は被上告人に引き渡し、訴外会社が上告人に対し負担する残債務九九万四二五四円を訴外会社のため免除し、もって訴外会社と上告人間の債権債務一切を清算することにあったとみることができる。それゆえ、上告人のした免除の意思表示には、訴外会社が上告人に対して負担していた原因関係上の債務の免除にとどまらず、右手形金債務の免除をも含む趣旨で成立していることは明らかであるところ、手形金債務の免除を実効あらしめるためには当該手形を破毀するかないしは返還することを要すると解すべきであるから、本件契約における上告人の右手形引渡義務は、本件契約の要素たる義務といわなければならない。したがって、右引渡義務の不履行を理由とする本件契約解除の意思表示は有効であり、これと結論を同じくする原判決の判断は正当である。原判決には所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 城戸芳彦 裁判官 色川幸太郎 裁判官 村上朝一)

上告代理人田中義明、同田中達也の上告理由

第一点<省略>

第二点仮りに百歩譲って原判決の如く上告人と被上告人との間に上告人の訴外会社に対する残債権の免除と同社振出の手形の返還の約定が認定されたとしても原判決は判決に影響を及ぼす法令解釈の誤りがある。

原判決(十枚目裏十行目より)によると契約解除の効力について一般に債務不履行を理由として民法五四一条により契約を解除できるのはその不履行にかかる債務が契約締結の目的を達成するために必要不可欠のものか、そうでなくともその不履行が契約締結の目的達成に重大な影響を与える場合でなければならないと解されている(最高裁昭和四三年二月二三日判例参照)、そして契約をした主な目的の達成に必要不可欠でない債務は付随的債務と呼ばれる。しかも付随的債務であるかどうかは具体的事情を斟酌して判断されなければならずその判断にあたっては明示的に表示されているところだけによらず社会通念に照らし契約締結の際の全ての事情を考慮し、当事者の合理的意思を客観的に決定してなされなければならない。この様にして決定された当事者の意思を基準にして契約の目的がどこにあるかを明らかにし、その目的達成に必要不可欠なものでなければ付随的債務であり、目的達成に不可欠であってそれが不履行となったならば契約の目的が達成されず当事者は契約をしなかったであろうと判断される場合は契約の要素となす債務である(以上最高裁判例解説昭和四三年度(上)五頁以下参照)。

しからば本件の場合において考察してみるに原判決は右手形返還債務につき一見付随的債務の如くみられないではないがと一言して、被上告人の債務の引受と上告人の訴外会社に対する債務免除とは不可分の牽連関係に立ち、ともに本件契約の要素たる債務として上告人が訴外会社振出の手形を返還しない限り常に訴外会社は振出人として手形債務支払の危険にさらされるので、上告人の手形返還債務は本件契約の要素たる債務の免除の効果を完全ならしめるために重要な意義を有するので本件契約解除は理由となりうるとしている。

然し原判決は判決に影響を及ぼす法解釈を誤っている。上告人の手形返還債務は一見付随的債務であり、且つ付随的債務そのものに他ならない。何故ならば仮りに上告人が右手形をもって訴外会社に対し残債権の請求をしたとしても同社により人的抗弁によって対抗せられ同社は右債務の支払いを免れ得る。また抗弁の切断により訴外会社が責を負わねばならぬのではないかとの疑問が生じるが訴外会社が既に解散している会社であることから客観的に考えると社会常識的乃至は経験則上輾々流通する虞は皆無である。

殊に、被上告人主張の契約解除効果発生日は昭和三九年二月二一日(原判決一〇枚目裏四行目以降)であり、そのときには訴外会社振出手形は既に支払期日到来後(同手形の期日は一月二五日及び二月一六日)であるから人的抗弁の切断はあり得ない。またこの様な無価値の手形であるからこそ当事者の意思も被上告人の債務引受と手形返還債務とは対価関係にあるとは考えていなかったものと判断される。その証拠に被上告人は現金並びに同人振出の手形を上告人に手交するに際し同時履行の主張をしていない。もっと価値ある手形であるならば強硬に同時履行を主張するのが社会一般の通念である。してみると右手形返還債務と被上告人の債務引受とは対価関係になく原判決が手形返還債務をして債務の重要な要素となると解しているのは社会常識乃至経験則に反する法解釈といわねばならない。

また「付随的債務であっても本来契約締結の目的に必要不可欠のものではないが……その不履行が契約締結の目的達成に重大な影響を与えるものであるときは、……右付随的約款を理由として契約を解除できるとするのが相当である」(前記最高裁判例)との判例が存するが本件にあっても前記の如く右手形返還債務を履行しなくとも上告人の債務免除という重要な目的達成に支障を来たすことはないので右債務は正に単純なる付随的債務にすぎない。

すると「当事者の一方が契約をなした主たる目的達成に必須的でない付随的義務の履行を怠ったにすぎない様な場合には特段の事情がない限り相手方はその義務の不履行を理由として当該契約を解除することはできない」(最高裁昭和三六年一一月二一日判例)との判例に本件の場合該当するので被上告人の契約の解除は無効で被上告人の原状回復請求は理由のないものである。

また上告人が前記の如く全く無価値な手形を返還しないことをもって直ちに被上告人が契約を解除し自己が引受けて既に支払った二八〇万円を取戻すが如きは信義則に反すること甚しいものである。

よって原判決はいづれにしても破棄を免れぬものと確信する次第である。

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