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最高裁判所第二小法廷 昭和46年(あ)2370号 判決 1972年6月02日

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人金原藤一、同亀井忠夫の上告趣意第一点について。

所論は、原判決が本件「酒酔い鑑識カード」(別紙参照。以下、「鑑識カード」という。)の証拠能力を認めた点は、憲法三七条二項に違反するというのである。

本件「鑑識カード」を見るに、まず、被疑者の氏名、年令欄に本件被告人の氏名、年令の記載があり、その下の「化学判定」欄は、赤羽警察署巡査神戸賢三が被疑者の呼気を通した飲酒検知管の着色度を観察して比色表と対照した検査結果を検知管の示度として記入したものであり、また、被疑者の外部的状態に関する記載のある欄は、同巡査が被疑者の言語、動作、酒臭、外貌、態度等の外部的状態に関する所定の項目につき観察した結果を所定の評語に印をつける方法によつて記入したものであつて、本件「鑑識カード」のうち以上の部分は、同巡査が、被疑者の酒酔いの程度を判断するための資料として、被疑者の状態につき右のような検査、観察により認識した結果を記載したものであるから、紙面下段の調査の日時の記載、同巡査の記名押印と相まつて、刑訴法三二一条三項にいう「検証の結果を記載した書面」にあたるものと解するのが相当である。つぎに、本件「鑑識カード」のうち「外観による判定」欄の記載も、同巡査が被疑者の外部的状態を観察した結果を記載したものであるから、右と同様に、検証の結果を記載したものと認められる(もつとも、同欄には、本来は「酒酔い」、「酒気帯び」その他の判定自体が記載されるべきものであろう。もしその趣旨における記載がなされた場合には、その証拠能力は、別に論ぜられなければならない。)。しかし、本件「鑑識カード」のうち被疑者との問答の記載のある欄は、同巡査が所定の項目につき質問をしてこれに対する被疑者の応答を簡単に記載したものであり、必ずしも検証の結果を記載したものということはできず、また、紙面最下段の「事故事件の場合」の題下の「飲酒日時」および「飲酒動機」の両欄の記載は、以上の調査の際に同巡査が聴取した事項の報告であつて、検証の結果の記載ではなく、以上の部分は、いずれも同巡査作成の捜査報告書たる性質のものとして、刑訴法三二一条一項三号の書面にあたるものと解するのが相当である。

以上のごとく、本件「鑑識カード」は、被疑者との問答の記載のある欄ならびに「飲酒日時」および「飲酒動機」の両欄の記載部分を除いて、刑訴法三二一条三項にいう「検証の結果を記載した書面」にあたるものと解するのが相当であり、また、このように解しても憲法三七条二項に違反するものではないことは、当裁判所昭和二三年(れ)第八三三号同二四年五月一八日大法廷判決(刑集三巻六号七八九頁)の趣旨に徴して明らかである(なお、当裁判所昭和三五年(あ)第八八七号同年九月八日第一小法廷判決・刑集一四巻一一号一四三七頁参照)。それゆえ、第一審裁判所が、本件「鑑識カード」を証拠とするにつき弁護人の同意がなかつたので、検察官の請求に基づき、公判期日において作成者神戸巡査を証人として尋問し、それが真正に成立したことについての供述を得たうえ、本件「鑑識カード」を取り調べ、かつ、判決において犯罪事実認定の証拠に供し、原判決がこれを是認したことは、そのうち被疑者との問答の記載のある欄ならびに「飲酒日時」および「飲酒動機」の両欄の記載部分を除いて、その結論においては、正当といわなければならない。

つぎに、本件「鑑識カード」のうち被疑者との問答の記載のある欄ならびに「飲酒日時」および「飲酒動機」の両欄の記載部分は、前示のとおり、刑訴法三二一条一項三号の書面にあたるものと解するのが相当であるから、第一審裁判所が同号所定の事由がないのに右部分を取り調べて証拠に掲げたのは、右部分に関するかぎり刑訴法三二〇条一項に違反したものであり、原判決も、これを是正しなかつたものである。しかし、右部分自体は、本件の争点に直接関係のある証拠ではなく、かつ、第一審において作成者神戸巡査が証人として尋問され、もし被告人または弁護人において右記載部分について不服があれば反対尋問を行なう機会が与えられたことにかんがみれば、第一審および原審の右措置は、いまだ憲法三七条二項に違反するものとは認められないこと、前示当裁判所昭和二四年五月一八日大法廷判決の趣旨に徴して明らかである(なお、第一審および原審の右法令違反は、いまだ各判決に影響を及ぼすものとは認められない。)。

以上の次第であるから、憲法違反の所論は、理由がない。

同第二点および第三点について。

所論のうち判例違反をいう点は、所論引用の当裁判所昭和三三年四月一〇日第一小法廷決定(刑集一二巻五号八七七頁)は、本件と事案を異にして適切ではなく、その余は、単なる法令違反、量刑不当の主張であつて、すべて刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。また、記録を調べても、同法四一一条を適用すべきものとは認められない。

よつて、同法四〇八条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(村上朝一 色川幸太郎 岡原昌男 小川信雄)

別紙

<参考>警視庁管内で使用されてている現在の様式

弁護人金原藤一、同亀井忠夫の上告趣意

第一点 刑訴第四〇五条第一号後段

原判決は、鑑識カードの証拠能力を盲目的、無批判的に認めているが、これは憲法第三十七条第二項が厳格に規定する伝聞証拠に関する憲法の解釈を誤るもので破棄を免れない。

憲法第三十七条第二項は、刑事被告人はすべての証人に対して審問する機会を充分に与えられと規定し、被告人の反対尋問権を保障し、伝聞証拠を排斥している。

不利益な供述に対しては、供述と同時にその直後に反対尋問が十分に保証されなければならない。

北川式検知管は、警察官が色調を判断し、これを濃度表にあてはめ、アルコール濃度を判断し、これを鑑識カードに警察官が記載する。アルコール身体保有量が自動的、機械的直接的に明らかになるというのではなく、捜査機関の色調判断と濃度表あてはめ判断と鑑識カードへの記載という三段階の知覚の過程をたどる。鑑識カードはその意味で三重の伝聞証拠であり、各知覚の各過程において、その直後に被告人の反対尋問が保障されなければならない。

鑑識カードにおいては、一般にかかる反対尋問は全く保障されていない。捜査機関が一方的に判断し、一方的に記載する。被告人の弁解、被告人の反対尋問など全くなされない。被告人の確認すら保障されず、署名捺印もなされない。全く捜査機関が独断で判断し一方的に記載する。

従つて、鑑識カードは一般に伝聞証拠であり、証拠能力を否定すべきである。

原判決は、鑑識カードは警察官が判断し記載するものであるから、証拠能力を認めてよいと判断しているが、捜査機関の判断であり記載であるだけになお一層被告人の反対尋問権が十分に保障されなければならず、原判決は憲法上の伝聞法則の理解を欠いた判断であり、憲法の解釈を誤るもので破棄を免れない。

反対尋問に代替しうる信用性の情況的保障は全くない。捜査機関の独断であり、記載であるだけに、ますます被告人の反対尋問権は保障されなければならない。

原判決は、憲法のとりでとしての真の裁判所らしい憲法擁護に徹した解釈の姿勢を持ち合わせず、現在の一部裁判所の反憲法的動向とともに極めて遺憾であり、速やかに破棄し、裁判所の信頼を僅かなりとも回復する努力がなされるべきである。

第二点および第三点<省略>

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