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最高裁判所第二小法廷 昭和46年(オ)471号 判決 1973年4月06日

上告人

広末亀太郎

外四名

訴訟代理人

梶原守光

外二名

被上告人

竹崎権之進

有限会社丸仁商店

奈半利町本村郷分

訴訟代理人

松岡一陽

主文

原判決中上告人広末亀太郎および上告人柿内作馬に対し金銭支払を命じた部分を破棄し、右部分にき本件を高松高等裁判所に差し戻す。

上告人広末亀太郎のその余の上告ならびに上告人広末信喜、上告柿内生子および上告人柿内之義の各上告を棄却する。前項の部分に関する上告費用は上告人広末亀太郎、上告人広末信喜、上告人柿内生子および上告人柿内之義の負担とする。

理由

上告代理人梶原守光の上告理由第一について。

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らして肯認することができ、その認定判断の過程に所論の違法は認められない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものであつて、採用することができない。

同第二について。

原審は、その挙示の証拠によつて、本件山林は被上告人奈半利町本村郷分(以下、被上告人郷分という。)所有の入会地であり、昭和三六年三月一日右郷分の総会において本件山林の立木(以下、本件立木という。)を売却する旨の決議が適法に成立し、同月二〇日本件立木の競争入札が行なわれるに至ったところ、右競争入札の当日上告人柿内作馬が、入札現場に来集した一〇名前後の入札希望者に対し、予め上告人広末亀太郎において作成した右上告人両名を含む八名分の共有持分権の立木売買を禁ずる旨を記載した「告示」と題する縦五五センチメートル、横四〇センチメートルの紙片を提示して、本件山林は右上告人両名らの共有に属し被上告人郷分の所有でなく、共有者は競売には反対であつて売るわけにはいかないと大声でどなり立てたので、前記入札希望の木材業者中相当数の者が現場から立ち去り、実際に入札した者は結局僅か三名にすぎず、これらの者による入札の結果、被上告人有限会社丸仁商店が最高額の八〇〇万円の入札をし、これは被上告人郷分の見込価格一一〇〇万円を大きく下廻つたが、被上告人郷分においては諸般の事情を斟酌した結果八五五万円の価格で被上告人有限会社丸仁商店に売却のやむなきに至つたこと、上告人柿内作馬および同広末亀太郎の本件立木の売却に対する反対運動は、上告人柿内作馬の前記入札現場における妨害運動のほか、当時上告人広末亀太郎も前記「告示」と題する紙片二〇枚位を居住地の奈半利町内はもとより隣接町村内の人目につく場所に貼りつける行動に出ていたこと、上告人柿内作馬および同広末亀太郎は、当時相互に意思を通じ、協力して本件立木の売却に対する反対運動を行なつていたものであること等の事実を確定したうえ、右妨害行動は、本件山林が被上告人郷分の所有に属し、上告人柿内作馬および同広末亀太郎らの共有に属しない以上、権利者である被上告人郷分の正当な処分行為を少くとも過失により妨害するものであつて不法行為を構成し、被上告人郷分に対し上告人柿内作馬および同広末亀太郎は、本件立木の当時の客観的な時価と前記被上告人有限会社丸仁商店の買受価格との差額である一四五万円の損害を賠償すべき義務があると判断している。

しかしながら、物の所有者がその物を他に売却しようとしている時に、第三者が、買受希望者に対し、所有者に処分権がないなど虚偽の表示をしたため、所有者が処分行為を中止しもしくは客観的取引価格より低い価額で処分せざるをえなくなつて財産上の損害を被つても、第三者が、自己の権利を保全する等の目的から出た場合であつて、その表示にかかる事実を真実と信じ、このように信ずるについて合理的事由が存在し、かつ、その表示が社会的に相当な方法でなされたときは、右行為には故意もしくは過失がなく、不法行為は成立しないものと解すべきである。

ところで、原判決の引用する第一審判決の事実摘示によれば、上告人柿内作馬および同広末亀太郎は、原審において、右上告人両名が競売に反対したのは、本件山林が被上告人郷分の所有でなく、上告人柿内作馬の長男である上告人柿内之義および同広末亀太郎ら一九六名の共有にかかるものであつて、被上告人郷分に本件立木の売却処分権がないものと信じ、上告人広末亀太郎は共有持分権者本人として、また、上告人柿内作馬は共有持分権者である上告人柿内之義を代理して、右売却処分に反対したものであつて、その方法も暴言暴挙に出たことはなく、適法な権利保全の手段にほかならない旨主張していたことが明らかである。

しかるに原判決は、右主張につき前叙のような観点から何ら審理判断を加えることなく、前記認定の事実から、直ちに、上告人柿内作馬および同広末亀太郎に不法行為責任を認め、第一審判決を取り消し、右上告人両名に対する被上告人郷分の各請求のうち一部を認容し、右上告人両名に対し金銭の支払を命じているが、この部分(第一昭和四〇年(ワ)第一七六号事件中右上告人両名の敗訴部分)は、判断遺脱、理由不備の違法があるといわざるをえない。それゆえ、この点に関する論旨は理由があり、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決中右金銭支払を命じた部分は破棄を免れない。そして、右部分については、さらに審理を尽す必要があるから、本件を原審に差し戻すのが相当である。

しかしながら、原判決中、上告人広末亀太郎のその余の部分に関する上告ならびに上告人広末信喜、同柿内生子および同柿内之義の各上告は、上告理由第一につき判示したとおり理由がないから、これを棄却すべきものとする。

よつて、民訴法四〇七条一項、三九六条、三八四条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(小川信雄 村上朝一 岡原昌男)

上告代理人梶原守光の上告理由

第一、一審昭和四〇年(ワ)第一七四号事件について<略>

第二、一審昭和四〇年(ワ)第一七六号事件について

一、上告人柿内作馬が本件競売当日行つた競売に反対する行為につき上告人広末亀太郎が、関与した(通謀していた)ことを認め得る積極的証拠は一審判決も云つているように何もない。

たとえ競売に反対する一連の行動の中に、右上告人両名が相協力していたことがあつたとしても、そのことは、本件競売当日、競売の現場において、上告人柿内作馬が行つた、競売に反対する行為もまた、右上告人両名の共謀によることを即根拠づけるものではない。

けだし、全体としては協力し合つていても、部分的な具体的行為には単独で独自の判断でやる行為もあり得るからである。

原審はこの点の論理法則を誤つている。

従つて、上告人広末にも共同不法行為者としての責任を負わすためには、右広末自身が具体的な競売当日の現場での柿内の反対行為に、関与していることを認定し得る証拠が必要であるが、その点の証拠は何んら審理に現われていない。従つて原審には民法七一九条の適用の誤り、及び証拠裁判主義に関する民事訴訟法二五七条違反がある。

二、仮りに上告人広末にも共同(通謀)の事実があるとしても、上告人両名が、競売に反対した行為には不法行為成立に必要な故意、過失がない。

右上告人両名は本件山林の処分が問題になつた当初から本件山林は登記簿上の所有名義人の共有であつて、共有山林の分割をしない限り、本件山林の処分は出来ないと信じていた(少なくとも、処分に反対する共有者の持分の処分までは絶対にできないと確信していた)ことは同人の各本人尋問の結果からみて明らかであるそして、右の確信は次の点からして、まことに無理からぬものである。

(1) 右上告人両名は本件山林を買い受ける交渉の過程に参与し、そのとき、高知県当局は、本村郷分に払い下げることは出来ないが、安岡朝治等一九六名の住民になら、売渡しできるとの解答を得て買い受け、右一九六名の所有権取得登記を完了した。

高知県当局の本村郷分への払い下げはできないとの趣旨が仮りに入会地については登記手続が出来ないから住民の共有形式で売却するということであつたとしても、当時、財産区の解散等が進行中であつたことを考えれば右上告人等が今後郷分所有ということは認められず、当時の住民の共有になると信じたことは当然である。

ことに古来より日本人は、公簿(本件では本件山林の所有登記名義)を重視し、権利者であるか否かは、公簿に権利者として記載されているか否かで判断する傾向が極めて強い。

法律専門家でなく、明治生れの上告人等が、本件山林の所有者は、登記簿上の所有名義人である、安岡朝治等一九六名であると信じたことは無理からぬことである。

総有という形で郷分に帰属し、登記なくしてその権利者となり得ること、その帰属財産の処分には共有者全員の同意は不用であること等を知るべきことを、素人である上告人等に要求することは無理である。

(2) だからこそ右上告人等は、当初から、本件山林の処分には登記簿上の共有者の総会の同意が必要である旨主張し、本件山林の売却を決めた住民の集会は、登記名義人でない者(権利者でないと信じている者)が多数参加し、しかも登記名義人で参加していないもの、処分に反対する者があるままで売却を強行しようとすることに抗議し、自らの権利を保全ずるためにやむなくとつた窮余の策であり、しかも、暴力的に売却を妨害したのではなく、本件山林の売却は適法な手続をふんでいないことを言葉と書面で公示したにすぎない。

(3) 要するに上告人両名が自らの権利が不当に侵害されていると信じたことには合理的理由があり、且つ、反対の手段も適法な権利保全行為の範囲内の行為にとどまつているのであるから右上告人等には民法七〇九条の故意、過失がない。

原審判決には、民法七〇九条の適用を誤つた違法がある。

三、上告人両名の行為と損害の発生との間には相当因果関係はない。

原審も述べているとおり、入札の性質は売主の申込の誘引に対する買受けの申込であつて、売主は、同申込に対して承諾するや否やの自由を有するのである。

しかも被上告人らが主張する売却をせざるを得なかつた事情は控訴審になつて初めて主張し始めたものが殆んどで、いずれもその真偽に争いがあるのであるが、仮に原審認定の如き事情があつたとしても、それらはいずれも当競売期日にどうしても競売しなければならない緊急事情ではない。

更に、競売当日、最後まで残つて競売に参加した小笠原義光、有限会社丸仁商店代表者、西内重信は他の入札参加者が帰つた後に竹崎権之進等売主側が売却について、問題が起つても全責任をもつと保障したから入札したと証言しているのであるから、改めて競売期日を決め、それまでに内部的な意見の対立の調整につとめると共に、万一、意見の調整がつかなかつた場合には竹崎権之進等が、右同様、全責任をもつとの保障をすれば、多数の入札参加者を得て売却予定価格で売却できる可能性が十分あつたのである。従つて、上告人柿内作馬の行為と損害との間には相当因果関係はなく原審判決は民法七〇九条の適用を誤つたものである。

四、以上民法七〇九条の適用の誤りはいずれも判決の結果に影響することは明らかであるから、原審判決は、破棄されるべきである。 以上

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