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最高裁判所第二小法廷 昭和46年(オ)528号 判決 1973年9月07日

上告人

村上晴義

右訴訟代理人

小柳正之

被上告人

浅利茂

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人小柳正之の上告理由一について。

第三者が地上建物とともにその敷地の賃借権の譲渡をうけた場合において、賃借権の譲渡につき賃貸人の承諾のない間に、賃貸人と従前の賃借人である譲渡人との間で賃貸借契約を合意解除しても、特段の事情がないかぎり、借地法一〇条にもとづく建物買取請求権はこれによつて消滅しないものと解するのが相当である。なぜなら、建物所有を目的とする土地賃貸借において、賃借人がその借地上に所有する建物とともにその賃借権を第三者に譲渡した場合に、賃貸人は、譲渡を承諾しないかぎりは、その第三者から買取請求権を行使されるべき地位にあり、第三者は、買取請求権を行使しうるわけであるが、そもそも、借地法一〇条は、賃借権譲渡につき賃貸人の承諾さえあれば、適法に従来の賃借権を取得しうる地位にある第三者が、賃貸人の不承諾のため賃借権者となることができない場合に、建物保護のため設けられた規定であるから、買取請求権を行使するためには、賃借権が存続していることが必要であるところ、賃借人たる譲渡人が、その有する賃借権を、賃貸人との間の賃貸借契約の合意解除によりほしいままに抛棄することによつて、譲受人たる第三者に一たん生じた買取請求権を消滅させることは、民法三九八条、五三八条の法理から推論しても、また信義誠実の原則に照らしても、とうてい許されないものと解すべきであるからである(大審院昭和九年三月七日判決・民集一三巻二七八頁、最高裁昭和三七年二月一日第一小法廷判決・民事裁判集五八巻四四一頁、同昭和三八年二月二一日第一小法廷判決・民集一七巻一号二一九頁各参照)。すなわち、右合意解除は、これをもつて譲受人に対抗しえないものと解するのが相当である。

そうすると、原審判断は、結局において正当であり、所論引用の昭和一一年二月一四日大審院判決および昭和三三年四月八日当裁判所判決は、いずれも、賃貸人が賃借権の譲渡を承諾しない間に賃貸借が賃借人の賃料不払を理由に解除されたときには、第三者の買取請求権が消滅する旨を判示するものであり、いずれも事案を異にし本件に適切でない。また、所論中、本件合意解除は、訴外清水実の債務不履行を理由とする解除である旨の主張は、原審で主張判断を経ていない事実であるうえ、本件記録に徴し、原審に所論のような釈明権不行使の違法があるとは認められないから、これをもつてする論旨は、採用することができない。

同二について。

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠に照らして肯認するに足り、右認定判断が所論引用の判例に牴触するものとは認められない。所論は、原審が適法にした証拠の取捨判断、事実の認定を非難し、判示に反する事実を前提として原判決に所論違法あるごとく主張するに帰するから、採用することができない。

同三について。

本件記録に徴し、原判決に所論のような違法は認められないから、所論は、採用することができない。

同四について。

本件記録によれば、所論中、被上告人が本件建物を妻である訴外浅利キクエに贈与し、その旨の所有権移転登記を経ている旨の主張は、原審昭和四五年七月二〇日の第一七回口頭弁論期日において、撤回されているのであるから、原審で主張判断を経ていない事実をもつてする所論は、採用することができない。また、原判示および本件記録に徴し、被上告人の本件買取請求権の行使が権利の濫用であるとは認められない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(岡原昌男 小川信雄 大塚喜一郎 吉田豊)

上告代理人小柳正之の上告理由

原判決は、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令違背がある。

一、原判決は、被上告人が訴外清水から土地賃借権を譲受けた後より本件建物買取請求権行使までの間に、上告人主張のような敷地の賃貸借契約が合意解除されたとしても、右合意解除によつて第三者たる被上告人の権利を害することができない旨判示して、被上告人の建物買取請求権の行使を肯定している。

しかしながら、右にいう合意解除は、訴外清水の債務不履行を理由とする解除であることは、上告人本人の一審における尋問調書一三項に「昭和三六年六月清水に対し、契約違反であるから賃貸借を解除しますと申渡したところ、清水の方もそれだつたら仕方がありません」とあることによつて明らかである。

敷地の賃借権が譲渡されて後、譲受人が地上建物の買取請求権を行使するまでの間に、敷地の賃貸借契約が債務不履行により解除されたときは、建物買取請求権の行使が否定されることは大審院判決昭和一一年二月一四日民集一九三頁、および最高裁判所判決昭和三三年四月八日民集一二巻六八九頁等判例であり、原判決はこれと相反する判断をなしたものである。又、右債務不履行の具体的内容について適切な釈明権の行使をなさなかつたのは審理不尽の違法がある。<以下略>

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