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最高裁判所第二小法廷 昭和46年(オ)88号 判決 1973年12月24日

主文

理由

上告代理人埴淵可雄の上告理由第一点および第二点について。

原判決は、上告人所有の本件農地について、被上告人のために、抵当権設定契約を登記原因とする抵当権設定登記および条件付売買契約を登記原因とする条件付所有権移転仮登記がされているが、右各契約は、上告人が、訴外山口善生に対し、山口の国民金融公庫からの借入金について、借替の手続をするについて、あらためて連帯保証をすることを承諾し、その権限を与えたところ、山口が右代理権限を踰越して、上告人の代理人として山口の被上告人に対する借受金債務を担保するため締結したものであり、右各契約締結に際し、被上告人は、(1)山口が所持し被上告人に提示した金銭消費貸借並びに抵当権設定証書、本件農地についての農地法三条一項による許可申請書および前記各登記手続のための委任状には、いずれも上告人の実印が押捺されており、しかも右委任状には上告人みずからが役場から交付を受けてきて山口に手交した印鑑証明書が添付されていたこと、(2)本件登記手続の申請は、いわゆる保証書によるもので、所轄登記所の登記官から登記義務者である上告人に対し、右登記申請があつた旨の通知が郵便によつてなされたところ、その翌日、右登記申請が間違いない旨の記載と上告人の印章による印影のある右通知書を山口が持参し、これによつて登記がなされたこと、(3)上告人は、山口の母親と従姉妹の関係にあり、親しい間柄であつて、他からの借入金についてもしばしば保証をしてもらつており、本件借入金についても、本件農地を担保に提供することを承諾してくれていると山口が申向けたこと等の事情から、山口が代理権を有するものと信じて前記各契約を締結し、金員を貸与した事実を認定し、これらの事実関係からすれば、被上告人が山口に右契約締結の代理権限ありと信じたことにつき正当の理由があると認定するのが相当であり、被上告人が金融業を営むものであること、本件登記手続をするに際して山口が登記済証を所持していなかつたこと、さらに、被上告人が上告人に対して照会しその真意を確かめようとしなかつたことなどは、いずれも右認定を妨げるにたりない旨判断している。

しかし、原判決が確定したところによると、被上告人は金融業者であり、本件契約(抵当権設定契約および条件付売買契約)は、被上告人に対する本件農地の所有者である上告人自身の借受金債務を担保するためでなく、山口の借受金債務を担保するためになされたものであり、かつ、山口は本件契約については本件農地の登記済権利証を示したことはなかつたというのであり、さらに、原判決が証拠として挙示する被上告人の第一審における本人尋問の結果中には、被上告人は上告人の遠縁にあたり、道で会えば挨拶をする旨の供述があり、右供述によつて、そのような縁故関係が認められるとすれば、これらの事実から、被上告人としては、直接担保提供者である上告人に対し山口の代理権限の有無を確めるべきであり、また確め得たものと推測されるのであるから、被上告人がこれを怠り、山口に上告人を代理して本件契約を締結する権限があると信じたとしても、そのように信じたことに過失がなかつたとはいえない。

しかるに、原審は、被上告人が山口の代理権限の有無を確めることができなかつた事情が存したか否かについて審理判断することなく、原審が認定するような事実関係が存する以上、被上告人が直接上告人に対し山口の代理権限の有無を確めるまでもなく、その権限ありと信ずべき正当の理由があると認定するのが相当であるとして被上告人の表見代理の主張を採用しているのであつて、原審の右判断は、民法第一一〇条の表見代理に関する正当の理由の解釈を誤つたものというべきである。

よつて、この点に関する論旨は理由があるので、原判決を破棄し、右正当の理由の存否についてさらに審理させるため本件を原審に差し戻す。

(裁判長裁判官 小川信雄 裁判官 岡原昌男 裁判官 大塚喜一郎 裁判官 吉田 豊)

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