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最高裁判所第二小法廷 昭和47年(あ)1344号 判決 1974年9月20日

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

検察官の上告趣意のうち、例判違反をいう点について。

所論は、原判決は、法人税法一五九条の逋脱犯の逋脱税額算定に関する限り、法人が確定申告をするにあたつて青色申告の承認に基づいてした価格変動準備金などの損金算入は、事後の青色申告の承認の取消によつて左右されるものではないと判示しているが、この判断は高等裁判所判例(東京高裁昭和三八年(う)第二九五八号同三九年三月二六日判決、東京高裁昭和四一年(う)第一〇五四号同四四年一月二一日判決、東京高裁昭和四一年(う)第一〇九号同四五年二月二五日判決・高刑集二三巻一号一八二頁、東京高裁昭和四五年(う)第一一三三号同四六年一二月二二日判決)に違反するというのである。

原判決がしている所論の趣旨の判断は所論引用の各高等裁判所判例と相反しており、かつ、最高裁判所の判例がない場合であるから、所論は、刑訴法四〇五条三号にあたる。

おもうに青色申告承認の制度は、納税者が自ら所得金額及び税額を計算し自主的に申告して納税する申告納税制度のもとにおいて、適正課税を実現するために不可欠な帳簿の正確な記帳を推進する目的で設けられたものであつて、適式に帳簿書類を備え付けてこれに取引を忠実に記載し、かつ、これを保存する納税者に対して特別の青色申告書による申告を承認し、青色申告書を提出した納税者に対しては、推計課税を認めないなどの納税手続上の特典及び各種準備金、繰越欠損金の損金算入などの所得計算上の特典を与えるものである。ところで、被告人村松愛作が被告会社マルアイの業務に関してなしたように、法人の代表者が、その法人の法人税を免れる目的で、現金売上の一部除外、簿外預金の蓄積、簿外利息の取得及び棚卸除外などによりその帳簿書類に取引の一部を隠ぺいし又は仮装して記載するなどして、所得を過少に申告する脱税行為は、青色申告承認の制度とは根本的に相容れないものであるから、ある事業年度の法人税額について逋脱行為をする以上、当該事業年度の確定申告にあたり右承認を受けたものとしての税法上の特典を享受する余地はないのであり、しかも逋脱行為の結果として後に青色申告の承認を取り消されるであろうことは行為時において当然認識できることなのである。したがつて、青色申告の承認を受けた法人の代表者がある事業年度において法人税を免れるため逋税行為をし、その後その事業年度にさかのぼつてその承認を取り消された場合におけるその事業年度の逋脱税額は、青色申告の承認がないものとして計算した法人税法七四条一項二号に規定する法人税額から申告にかかる法人税額を差し引いた額であると解すべきである。

そうすると、所論引用の各判例のこの点に関する結論は正当であり、論旨は理由があり、これと相反する判断をした原判決は、その余の論旨に対する判断をするまでもなく、破棄を免れないというべきである。

よつて、刑訴法四〇五条三号、四一〇条一項本文、四一三条本文により、裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

(吉田豊 岡原昌男 小川信雄 大塚喜一郎)

検察官の上告趣意

原判決は、頭書被告事件につき、一審判決を破棄し、本件を甲府地方裁判所に差戻す旨の判決を言い渡したが、右原判決は、青色申告の承認を受けた本件法人が、法人税の過少申告後に、所轄税務署長から、帳簿書類に取引の一部を隠ぺいまたは仮装して記載したことを理由に青色申告の承認を取り消されたため、さきに確定申告に当たり青色申告の特典として損金算入の処理をしていた価格変動準備金等合計二、八〇〇万五、九八五円が否認されて同額分の所得増加を生じた場合、これを逋脱所得の算定に加えるべきものではないと解した点において、従来の東京高等裁判所の判例と相反する判断をしたものであり、その判断が判決に影響を及ぼすことが明らかであるばかなく、右の点について法人税法一五九条一項の解釈釈を誤つたものであつてその法令違反は判決に影響を及ぼすべく、これを破棄しなければ著しく正義に反すると認められるので、いずれの点よりするも原判決は破棄を免れないものと思料する。

第一 一審判決の要旨

原判決により破棄された一審判決は

「被告会社は、産業包装用品、紙製品の製造販売等を目的とする資本金一、六〇〇万円の株式会社で、被告人村松は、被告会社の代表取締役としてその業務全般を統括していたものであるところ、被告人村松は、被告会社の業務に関し、法人税を免れる目的をもつて、現金売上の一部を除外し、これを簿外預金として蓄積し、或いは棚卸を除外する等の不正な方法により、その所得を秘匿したうえ、昭和四一年四月一日から昭和四二年三月三一日までの事業年度において、被告会社の実際所得金額が、修正損益計算書記載のとおり、八、四八九万二、七七〇円であつたのにかかわらず、昭和四二年五月三一日、山梨県南巨摩郡鰍沢町一五〇二番地所在鰍沢税務署において、同税務署長に対し、所得金額は、二、九〇四万六、四七九円であり、これに対する法人税額が九五六万八、八二〇円である旨の虚偽不正の確定申告書を提出し、もつて、税額計算書記載のとおり、被告会社の右事業年度の正規法人税額三、〇六〇万四、七〇〇円と右申告額との差額二、一〇三万五、八八〇円を逋脱したものである」

との事実を認定し、被告会社を罰金六〇〇万円に、被告人村松を懲役六月執行猶予二年間に各処したものである。

しかして、被告会社は、本件当時、青色申告法人であつて、本件確定申告をするにあたり、青色申告の特典として租税特別措置法五三条一項、法人税法五二条、五五条(但し、昭和四三年法律二二号附則三条による一部改正前のもの)により価格変動準備金等合計二、八〇〇万五、九八五円を損金に算入したが、判示の如く現金売上の一部除外、簿外預金の蓄積、棚卸除外等の不正操作を行なつたため、昭和四四年二月一五日所轄鰍沢税務署長により青色申告承認の取消をうけ、これが同月二八日被告会社に送達された結果、遡つて青色申告の特典を失い、右価格変動準備金等合計二、八〇〇万五、九八五円の損金算入が否認されて同額の所得増加を生じたものであつて、この事実は、一審判決および原審判決を通じて確定された事実であるところ、一審判決摘示の実際所得額八、四八九万二、七七〇円中には、右の青色申告の取消による所得二、八〇〇万五、九八五円が算入され、これが判示逋脱税額算定の基礎とされている。

一審判決は、右青色申告の取消による所得を加算して逋脱税額を算定した点について、青色申告の承認制度の趣旨と税務署長による取消処分が納税手続を明確ならしむる確認的方法にすぎないことから、取消を予想する者が敢えて青色申告の特典を利用して損金算入をした確定申告を行ない、その結果、右取消がなされた場合には、確定申告当時に法人税法一五九条一項の不正行為があつたものであるとして、次のように述べている。

1 「まず青色申告承認制度について考察するに、戦後の税制改革により所謂申告納税方式が大巾に採用されたが、この方式が円滑公正に実施されるためには、各納税義務者が、その取引関係を正確に記録した帳簿を備え、これによつて所得が過不足なく把握される計理体制が整備される必要があるところ、青色申告承認制度とは、かかる正確な記帳の慣行を普及せしめて自主的納税の実をあげるべく、誠実な、かつ、信頼性のある記帳をすることを約束する納税義務者に対し、右記帳とこれに基づきその所得額を正しく計算して申告納税をすることを条件に、所謂青色申告書の提出を許す一方、諸準備金の設定等所得の算出につき、有利な各種の特典を付与するものと解される。右趣旨に照らせば、正確な記帳、申告こそ、右特典付与の理由に他ならず、かかる記帳、申告が実行されない場合には、右特典はそもそも付与されるべきではなく、納税義務者は、右特典によらない通常の所得算出方法による税額を納付すべきことは当然といわなければならない。」

2 「ところで、一旦、青色申告の承認を受けた法人(以下青色申告法人という)について、不正確、不確実な記帳、申告がある場合には、法人税法は、納税手続を明確ならしめるため、所轄税務署長の承認取消処分により、遡つて前記の特典を付与すべきでないことを納税義務者に明示せしめている。事柄の性質上、右の取消処分は、不正な記帳、申告等の事後になされることが通例となるところ、弁護人は、この点をとらえて、青色申告の承認取消に基づく特典の否認については、その否認額が逋脱額に該らないものと主張するのであるが、前記の青色申告承認制度の趣旨と、右取消処分があくまでも納税手続を明確ならしむる確認的方法にすぎないこととに思いをいたせば、青色申告承認に基づく準備金等の損金算入も、法人法税一五九条一項の『不正行為』を構成する場合があるといわなければならない。即ち、前記取消処分は、申告時より後になされた場合においても、その効果は、承認が取り消された当該事業年度開始の日に遡ることが法で定められている(同法一二七条一項本文)のであるから、承認の取消がなされるべき事由(同条項各号)が存することを知り、従つてまた右取消を予想する者が、敢えて前記の損金算入をした確定申告を行ない、その結果、右取消がなされた場合には、棚つて右確定申告は虚偽不正の過少申告となるに他ならず、まさしく、申告当時に租税債権を侵害すべき『不正行為』となるのである。」

3 「そこで、本件について判断するに、前掲証拠を総合すると、被告会社は本件事業年度において青色申告法人であり、右事業年度において価格変動準備金等合計二、八〇〇万五、九八五円を損金として算入した確定申告書を提出したが、判示の現金売上の一部除外、簿外預金の蓄積及び簿外利息の取得、棚卸除外等によりその帳簿書類に取引の一部を隠ぺい又は仮装したため、昭和四四年二月一五日、所轄鰍沢税務署長により青色申告承認の取消を受け、これが同月二八日被告会社に送達されたこと、被告会社が青色申告承認の申請をするに際しては、被告人村松は青色申告による特典に着目して右申請をしたこと、税務当局が右承認をするにあたりその取消のあり得べきこと及び取消の場合の法律的効果等を説明し、被告人村松がこれを聞知したであろうこと、被告会社における現金売上の一部除外等の不正確、不誠実な記帳態度は本件事業年度より相当以前からなされており、被告会社は青色申告承認制度の趣旨を長らく無視しつづけてきたこと、そして右記帳態度にかかわらず、本件事業年度に至るまで、幾年にもわたり青色申告書による申告を繰りかえしてきたこと、現金売上の一部除外等の他の本件態様をも併せて、被告人村松においては、私利私欲に出たものではないが、明らかに法人税を免れる意図を有しつづけてきたことを認めることができる。

右認定の事実を総合すれば、被告人村松は、青色申告承認が取消されるべき行為を自ら行ない、従つて右取消が早晩なされることがあるかもしれないこと、及びそのときには遡つて前記特典が付与されないことになることを予測しながら、敢えて、前記の価格変動準備金等合計二、八〇〇万五、九八五円に相当する所得を損金として算入した確定申告を行つたものであつて、前記日時に取消処分がなされた以上、右行為は『不正行為』を構成するものといわなければならない。」

第二 原判決の要旨

右の一審判決に対して、被告人両名から控訴の申立があり、原判決は、弁護人の控訴趣意中いわゆる青色申告の取消による所得は、逋脱所得の算定には考慮すべきものではないとの主張をいれ、右取消による所得二、八〇〇万五、九八五円に対する税額を逋脱税額算定の際加算した一審判決には、法人税法一五九条一項の解釈を誤つた違法があり、判決に影響を及ぼすことが明らかであるとして、これを破棄し、本件を甲府地方裁判所に差戻す旨の言渡しをしたものであるが、その理由とするところは、要するに、確定申告にかかる法人税逋脱の罪は、偽りその他不正の手段により納付すべき税額を申告納付しないで納付期限を経過することによりその時点で成立するものであつて後になつて青色申告の承認が取り消された結果、損金算入が否認されて取消による所得を生じたとしても、徴税上の問題にすぎず、既に成立した犯罪の量が増減することはあり得ないというのであるが、その述べるところは次のとおりである。

「確定申告にかかる法人税逋脱の罪は、偽りその他不正の行為により納付すべき税額を申告納付しないで納付の期限を経過したときに成立するものであることは明らかである。したがつて、その犯罪の成否および犯罪の量(逋脱税額)は、その時点における納付すべき正当な税額と確定申告にかかる税額との差額によつてきまるものといわなければならない。その差額が零であれば、逋脱犯は成立しない。前者(正当税額)が後者(申告税額)よりも多額であるときは、逋脱犯が成立する。その犯罪の量は、その差額である。犯罪の不成立または成立およびその犯罪の量はこの時点で確定する。したがつて、後になつて犯罪でなかつた行為が犯罪となつたり、あるいはすでに成立した犯罪の量が増減したりするというようなことはありえないのである。それ故青色申告の承認を取り消すという行政処分の遡及的効力も過去に遡つて逋脱犯を成立せしめ、または、既に成立した過去の逋脱犯の犯罪の分量を増大せしめることはできないのである。

ところで青色申告の承認を受けた法人が確定申告をする際価格変動準備金などを損金に算入することは法令上認められた行為である。したがつて、確定申告後右承認が取消された結果価格変動準備金などの損金計上が否認され、これに応じて所得額が増加し、したがつて税額もまた増加したとしても、そのことは前段説示のように法人税の逋脱という犯罪の成否またはその分量を過去に遡つて左右すべきものではなく、単なる徴税上の問題にすぎないのである。それのみでなく、その増加した部分は、(青色申告者が偽りその他不正の行為によつて税を免れようとした場合には、その承認の取消を待つまでもなく、当然青色申告承認の効力は消滅し、税務署長の取消は単なる確認行為に過ぎないとでも解するのは別として、当裁判所は、これを否定する。)確定申告当時においては存在しなかつたのであるから逋脱のしようがないのである。したがつて、犯意の成否を論じる余地は全くない。そういうわけで、価格変動準備金などに関しては、逋脱犯は成立しないというべきである。」

第三 判例違反

いわゆる青色申告の取消による所得を、逋脱所得算定の際加算すべきか否かについては、いまだ最高裁判所の判例はないが、これを積極に解したものとして次の四つの東京高等裁判所判決があり、原判決はこれを消極に解した点において高等裁判所の判例と相反する判断をしたもので、これが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから破棄せられるべきものと思料する。

一昭和三八年(う)第二九五八号昭和三九年三月二六日東京高等裁判所第一〇刑事部判決は、いわゆる青色申告の取消による所得は、「専ら税務計算上発生するものであつて、これにまで逋脱の犯意を認め刑責を科したのは法令の適用を誤つたものである」という弁護人の主張に対し、「原判決が(弁護人の主張に対する判断)欄において説明しているように、栗田修治の検察官に対する昭和三八年一月一七日付供述調書によれば、同人は、本件申告当時被告会社が青色申告書提出承認を受けていた事実並びに不正申告をすれば右承認を取り消され、これに基く恩典を失うことを認識していたことが認められるから、申告当時において右特典の取消にともなう右貸倒準備金および価格変動準備金の各損金算入の否認による所得増額分に対する課税をも未必的に予見していたものと認定することができる。しからば、右と同一に出で、右特典の取消による所得増額分を含んだ所得についての逋脱税額について刑責を科した原判決は正当であつて、論旨は理由がない。」と判示し

二 昭和四一年(う)一〇五四号昭和四四年一月二一日東京高等裁判所第一二刑事部判決は、一審判決(昭和三九年特(ゆ)第一〇〇号昭和四一年二月一一日東京地方裁判所刑事第二五部判決)の判断を支持しているが、この一審判決の要旨は次のとおりである。

弁護人が青色申告の取消による所得につき「被告人らに逋脱犯としての責任はない。なぜなら逋脱罪の既遂時期は確定申告の時とみるべきであるから、逋脱の結果発生後に青色申告承認の取消という行政処分によつて生じた所得分についてまで、被告人において逋脱の責任を負うことはないはずであり、またその分についてまで逋脱の犯意はなかつたのである。したがつて、税務行政上の措置として右青色申告承認の取消によつて生じた所得分を課税の対象とすることは格別、右所得分についてまで刑事責任を追及することは失当である」と主張したのに対し、「過少申告による法人税逋脱罪の既遂時期については、虚偽過少の確定申告をし、正当な税額を納付しないで所定の納付期限を経過したとき既遂に達すると解するのが相当であり、またその犯意については、詐欺または不正の行為により所得を過少に申告して国の法人税の収納を減少させるに至るべきこと――逋脱の結果――を概括的に認識することをもつて足りる……中略……と解すべきであり、前掲証拠によれば、被告人に右犯意があつたことは明らかである。そして逋脱の結果は、国が収納すべき正当な税額によつて決定されるべきものであり、この逋脱の結果に対し逋脱犯は刑事責任を負わねばならない。したがつて、青色申告の承認が取消された場合には、国が収納すべき正当な税額は、価格変動準備金、貸倒引当金等の繰り入れを否認して算定される税額であるから、その税額と申告税額との差額が逋脱税額となる。けだし、青色申告の承認制度は、納税義務者が所定の帳簿に真正な記帳をすることを前提として税法上各種の準備金繰入額の損金計上等の特典が認められるものであるところ、本件被告会社の青色申告の承認は、本件逋脱の不正行為を原因として……中略……取り消されたものであり、かつ本件のような場合青色申告の承認が取り消され各種準備金繰入額の損金計上などの特典が受けられなくなるであろうことは一般に予見しうべきことでもあるから、本件逋脱の不正行為と青色申告承認の取消との間には相当因果関係があると考えるのが相当であり、したがつて被告人らが青色申告の承認を取り消された結果所得となつた分についても逋脱犯の刑事責任を負うべきは当然である。なお、このことは、逋脱罪が納期を経過した時点で既遂に達するという見解と相容れないものではない。」と判示し

三 昭和四一年(う)第一〇九号昭和四五年二月二五日東京高等裁判所第七刑事部(高等裁判所判例集二三巻一号一八二頁)は、弁護人の「法人税逋脱犯における犯意は、既括的犯意では足りず、所得の源泉である個々の取引についての具体的犯意が必要である。又税務上の是否認も所得構成上の増減をきたす重大な要素であるから、該是否認によつて逋脱所得の増加をきたすような場合、ことに青色申告承認の取消による貸倒引当金の否認等の場合においては、右是否認及びこれによる逋脱所得の増加についての具体的認識が必要であり、該認識があつてはじめて逋脱の犯意があるといい得るのである。」との主張、および、青色申告の取消による所得については「各損金繰入れが税務上否認されたにすぎないから行為者が不正行為をしたものではない」との主張に対し「法人税逋脱犯においては、各事業年度における所得は客観的には唯一つであるところ、その計算過程においては個々の勘定科目に一応分かれているものの、これは決算の過程において、客観的に唯一つの所得を算出するためのものであるから、申告所得と実際所得との差額の全部について、その差額がいかなる勘定科目のいかなる脱漏額によつて構成されているかということまで認識する必要はなく、不正計理によつて実際所得よりも過少な申告所得を算出して法人税を逋脱しているとの概括的な認識があれば逋脱犯の犯意としては十分であり、又税務上の是否認及びこれに伴う逋脱所得の増加は、あくまでも逋脱所得を算出するための手続上の作業に過ぎないのであるから、右のような概括的な認識があれば、その犯意としては十分であると解すべきである。」「本件行為者は本件起訴年度以前から不正な方法を講じていたことに徴すれば、同人のような企業経営者として、右不正行為が税務当局の調査又は査察により発見された場合は青色申告承認の取消処分がなされ、貸倒引当金等の損金繰入が否認されるであろうことは少くとも概括的にせよ当然予測できたところといわねばならない。」と判示し

四 昭和四五年(う)第一一三三号昭和四六年一二月二二日東京高等裁判所第七刑事部判決は、一審判決が、税務署長の青色申告承認の取消の結果による増減額は「逋脱犯成立後の税務署長の取消処分という後発的事情によるものであるから、もつぱら租税行政面における問題であつて、逋脱犯の成否、逋脱結果の範囲には影響をおよばさないと解すべきである。」として、青色申告の取消による所得を逋脱所得算定の際加算しなかつたことに対する検察官の控訴趣意をいれたものであるが、判示中に東京地方裁判所昭和四四年五月二九日の判決(東地昭和四一年特(わ)第三〇三号)中の「青色申告書の提出承認の取消処分は、第三者たる税務署長のなす行政処分であつて、納税者に法令の義務違反があつた場合、自然発生的にその効果を生ずるものではなく、また本件の如き逋脱犯は、法定の納期を経過することによつて既遂に達すると解されるところ、このような処分は通常その納期を経過した後に行われ、これが当該事業年度まで遡つてその効果を生ずるものであるが、税務署長の右取消処分は、納税者の法令義務違反という厳格な要件に該当することによつてはじめて許される処分であるから、納税者の義務違反行為とその取消処分に基づく効果との間には、刑法上の因果関係を認めるのが相当であり、さらに犯罪の結果の大小は、既遂に達した時点において確定するものではなく、裁判時を基準としてその行為と因果関係が認められる範囲において認定すべきものであるから、裁判時までに取消処分がなされておれば、この処分に基づく効果をもその結果として認定するを妨げないのである。」との判旨を引用して

「当裁判所としても、右判旨に賛成するものであり、又犯意の点について考察しても、過少申告による法人税逋脱罪の犯意は、不正の行為により所得を過少に申告し、その結果国の法人税の収納を減少せしめるに至るべきことを概括的に認識するをもつて足りるものと解すべきものであるところ、被告人において右概括的認識をもつていたことは関係証拠に徴し明らかなところであるのみならず、同被告人は、被告会社が青色申告の承認を得ていたこと、不正を行なえばこれが取消されること及び本件申告の際にも、もし将来不正が発覚すれば、これを取り消されることを認識していたことが認められるから、被告人の本件犯意は優にこれを肯認し得るのである。」として一審判決を破棄し、青色申告の取消による所得を逋脱所得算定の際加算することを認めている。

以上掲記の各東京高等裁判所判決は、青色申告の取消による所得を逋脱所得算定の際加算すべきであるとの判断をしているが、その論拠として、前掲一の昭和三九年三月二六日東京高等裁判所第一〇刑事部判決が、不正な申告をすれば青色申告承認が取消され、これにより特典を失うことを認識していたもので、取消による所得に対する未必的犯意のあつた点に重きをおいているほかは、いずれも、過少申告による逋脱罪の犯意は偽りその他不正の行為により所得を過少に申告して国の法人税の収納を減少せしめるに至るべきことを概括的に認識することをもつて足りるとし、ことに青色申告の承認が取り消され、特典の否認による所得増加についての個別的認識を必要としないことを挙げ、前掲二の昭和四四年一月二一日東京高等裁判所第一二刑事部判決および前掲四の昭和四六年一二月二二日東京高等裁判所第七刑事部判決は、これに加えて逋脱の不正行為と青色申告承認の取消との間には刑法上の因果関係が認められることを掲げている。

してみると、本件においては青色申告法人である被告会社は、本件事業年度において、価格変動準備金等合計二、八〇〇万五、九八五円を損金に算入処理した確定申告書を提出したが、被告人村松が、右事業年度において、被告会社の代表者として、法人税を免れるため、現金売上の一部除外および棚卸除外などを行ないその帳簿書類に取引の一部を隠ぺい又は仮装するなどして所得を過少に申告したため、所轄税務署長によつて青色申告承認が取り消され、昭和四四年二月二八日その旨の通知が被告会社に送達された結果、さきに提出した青色申告書は青色申告書以外の申告書(白色申告)とみなされ、その効果として損金算入の特典が否認されることになり、前記二、八〇〇万五、九八五円相当の所得増加を生ずるに至つたものであつて、被告人村松の不正行為と青色申告承認の取消との間に前掲二および四の判決にいう相当因果関係があり、しかも、被告人村松においては、本件逋脱にあたり概括的犯意(同被告人の四三・六・二四付質問てん末書、記録第二冊、七五七丁―七五八丁、四五・三・一六付および四五・三・一九付検察官調書、同冊、七七六丁、七八四丁裏―七八五丁)にとどまらず、個別的犯意として帳簿類に取引を隠ぺい又は仮装して記載するなど逋脱のための不正な行為を行なえば青色申告の承認が取り消されることがあること、これが取り消されたときには特典が否認されその分の税金も納めなければならなくなることも十分認識していた(原審公判廷における被告人の供述、原審記録、四九丁―五一丁)ことが明らかであるから、本件は、前掲一ないし四の各東京高等裁判所の判例に従い、青色申告承認の取消に基づく前記二、八〇〇万五、九八五円相当の所得増加分を逋脱所得に含めて逋脱税額を算定すべきであつて、これを認めなかつた原判決は、右東京高等裁判所の判例と相反する判断をしたこととなり破棄を免れないものと信ずる。

なお、昭和三四年(う)第九四二号昭和三六年六月一三日東京高等裁判所第三刑事部判決は、青色申告取消による所得を逋脱所得算定の際加算すべきではないとの消極見解に立ち、これを積極に解した一審判決(昭和三四年二月一〇日東京地方裁判所刑事第一八部の四判決)を破棄して事件を東京地方裁判所に差戻す旨の判決を言い渡しているが、この事案は、一審判決言い渡し当時においては、所轄税務署長から本人に対して青色申告承認の取消通知がなされていなかつたのにかかわらず、青色申告の取消による所得を逋脱所得算定の際加算すべきものとした一審判決を前提として示された判断であるばかりでなく、逋脱犯の犯意についても個々の勘定科目につき逋脱の認識を必要とするとの見解を示しているものであつて、本件のごとくすでに青色申告承認の取消通知もなされ、しかも前記のごとく個々の勘定科目についての逋脱の認識を必要とせず、概括的犯意で足りることに判例の傾向のほぼ確定した現在到底本件に適切な判決例とは言いがたい。

第四 法令違反

原判決は、前記第二に掲げた同判決の判示理由のとおり、青色申告の承認が取り消された結果さきに青色申告の特典として確定申告の際損金に算入の処理をしていた価格変動準備金等合計二、八〇〇万五、九八五円が否認されることとなり、その分だけ所得が増加し、この増加した所得に応じて税額も増加するに至つたことを一応肯認しながらも、右増加分は、既に納付期限の経過により既遂に達した逋脱犯の成否および逋脱結果の分量に影響をおよぼすものではないと解したのであるが、これは、明らかに法人税法一五九条一項の解釈を誤つたもので、その理由は以下詳述するとおりである。

一 原判決が、過少申告による逋脱犯の成立(既遂)の時期を納付期限経過の時とし、逋脱犯の量(逋脱税額)は、その時点における納付すべき正当な税額と確定申告にかかる税額との差額によつてきまり、この時点で確定する。その後になつて、すでに成立した犯罪の量が増減したりするというようなことはあり得ないとしている点および右の青色申告の取消によつて生じた増加所得(これに応じ増加した税額)は、単なる徴税上の問題にすぎないとしている点は、逋脱犯の本質の解釈を誤つた独自の見解であつて、到底容認することはできない。

逋脱犯は、法人税法一五九条一項に「偽りその他不正の行為により税を免れた」とあることに徴し明らかなとおり、「租税を免れる」ことにより成立する結果犯である。逋脱犯の実行行為である不正行為と逋脱の結果(犯罪の量)との間に因果関係が認められる限り不正行為者はその結果の全部については刑責を負うべきものである。また、逋脱の結果について、原判決が、犯罪が既遂に達した時点において確定するものとしているのは誤りで、裁判時を基準として認定すべきものである。

そして、逋脱犯の実行行為としての不正の行為とは、逋脱の意図をもつて、逋脱の手段として税の賦課徴収を不能もしくは著しく困難ならしめるようななんらかの偽計その他の工作を行なうことをいい(昭和四二年一一月八日最高裁判所大法廷判決、刑集二一巻九号一、一九七頁参照)、申告納税制度のもとにおいては過少申告が逋脱の典型的かつ直接的な実行行為であることは、もちろんであるが、税を免れる意図のもとに、帳簿に虚偽記入することなども事前の所得秘匿行為として不正の行為にあたるものといわなければならない。

次に、過少申告による逋脱犯の客観的要件としての逋脱結果(逋脱税額)については、裁判時における正当所得額に対応する正当税額と申告所得額に対応する申告税額との差額である。したがつて、逋脱結果は、あくまでも、裁判時における国家の課額対象となるべき正当な所得額を基準として算定さるべきものであつて、この正当所得は、企業利益を基礎としてこれに税法の規定による所要の調整を加えて算出されるものであり、売上の除外・架空仕入の計上等の不正行為に直接起因する所得は勿論、右の不正行為に直接起因しない税法上の是否認による増減額をもすべて包含したものである。

法人税法二二条一項に「法人の各事業年度の所得の金額は、当該事業年度の益金の額から当該事業年度の損金の額を控除した金額とする」と規定されているとおり、法人税の課税所得金額は、各事業年度(半年または一年)ごとに益金の額から損金の額を控除して計算するいわゆる期間計算をとつており、その益金の額、損金の額とは、各総額をいうものである。この総額の中には、期間中における個々の益金・損金で逋脱の犯意のあるものはもちろんその他のものすべて含まれる。

かように、課税対象となるべき正当所得額は、本来、最終的に算定される総体的概念であつて、所得の形成原因である科目は一応区々に分かれているが、これらはあくまでも正当所得額を算出する過程における一つの算出手段にすぎない。その計算過程においては、逋脱の犯意のある所得はもちろんのこと、税務当局が行なう税務上の是否認による所得も当然包含され、青色申告の取消によつて生じた益金もその例外ではない。

さらに、過少申告による逋脱犯の犯意の面から考察するに、当該事業年度の正当所得額(正当税額)に比し、過少な所得(税額)を確定申告書に記載して申告し、その増差額について税を免れるとの概括認識をもつ限り、逋脱犯の犯意としては十分であり、終局的計算において確定された正当額と過少申告額との増差額全額について犯意があるものというべきであつて、その増差額の形成原因である個々の科目に属するすべての取引につき個々的に逋脱の認識をもつことまでは必要ではなく、その個別的科目が税務上の是否認による場合も同様である。

以上考察したところに照らし明らかなとおり、青色申告承認の取消によつて生じた右所得増加分が、裁判時までに確定され、かつ、逋脱の実行行為との間に因果関係が認められる以上、右所得増加分を逋脱税額算定に加えるのが相当であり、原判決が、青色申告の承認が取り消され、その結果価格変動準備金などの損金算入の特典が否認され、その分だけ所得が増加し、またこれに応じて税額の増加をきたすに至つたことをとらえ、これは単なる徴税上の問題にすぎないものであるとし、右増加した所得および税額は、逋脱所得および逋脱税額とはおよそ別異のものと解したことは、税法上課税の対象となる正当所得額は唯一つのものであることを忘れた誤れる見解というほかはない。

二 原判決は、青色申告承認の取消に基づく特典の否認によつて生じた所得(ひいては税額)の増加分は、これを逋脱額に含めるべきではないとする論拠の一つとして「青色申告の承認を受けた法人が、確定申告をする際、価格変動準備金などを損金に算入することは法令上認められた行為である」旨判示し、青色申告法人に許された無条件の当然な権利行使の如く解しているものと受けとれるのであるが、これは、特典の享受が、青色申告法人に課せられた義務の履行を条件とし、正しい申告を前提としていることを没却した不当な解釈というべきである。

申告納税制度は、税務当局の賦課処分によつて租税債務が確定する賦課課税制度と異り納税者が自主的に申告して納税する制度であり、正しい申告がなされることが前提条件である。申告が正しければ、これによつて租税債権債務は確定するが、税務当局は申告が正しくないと判断すれば更正処分をし、また、租税債権債務確定のために必要な調査もする。申告納税制度のもとでは、申告をまつて初めて税務調査が行なわれるのが原則であり、この調査によつて逋脱の不正手段である帳簿の不実記載等も探知されるに至るのである。

申告納税の適正を期するために設けた青色申告制度にあつては、法は納税義務者に対して正しい申告をすることを一段と強く要求し、所定帳簿への真実記載等を義務づけるかわりに、義務の尊守者には減税措置等の特典を与えるという仕組みをとつている。しかし右義務に違反して取引を隠ぺい・仮装する不実記載等の行為をしたときは、その行為をした当該事業年度分まで遡つて青色申告の承認を取り消しうることとし、右取消があつたときは、当該申告者の提出にかかる青色申告書は青色申告書以外の申告書とみなすこととして、予め取消による所得の増加分は国家の課税すべき正当所得額の算定に含めることのあることを規定(法人税法一二七条、所得税法一五〇条)しているのである。

法は、法典の行使(享受)を無条件に認めているのではなく、義務の履行にかからしめており、また、その義務違反を理由に行なう取消処分の効果も過去に遡及してすでに享受した特典を失効させるという特別の効果を認めているのであつて、課税の公平を基本とする税法においてはけだし当然の措置である。我が国では、いわゆる白色申告が原則であり、青色申告はその例外であることからしても、青色申告の承認が取り消されて、白色申告の原則にたちかえつた以上は、白色申告の場合と同一の税額すなわち、右取消によつて増加した税額を加えたものが本件被告会社の納付すべき正当税額でなければならないのである。

青色申告法人に認められている特典には、価格変動準備金(租税特別措置法五三条)、貸倒引当金(昭和四三年法律二二号附則三条による改正前の法人税法五二条一項)、退職者給与引当金(同改正前の法人税法五五条一項)のほか、前五年以内の繰越欠損金を損金の額に算入すること(法人税法五七条)、減価償却の特例(法人税法施行令五七条・五八条等)繰延資産の償却の特例(同令附則三条三項)その他各種のものがあり、これらの特典は、自動的に認められるものと、所定の申請または申告をまつて認められるものとがある。本件の価格変動準備金、貸倒引当金および退職者給与引当金の各損金算入の特典は、いずれも自動的に当然認められるものではなくて、確定申告の際に併せて申告することによつて、はじめて付与されることになつているものであり、法が青色申告法人に対して前記のとおり正しい申告を期待し、不正の申告を許さない立場をとつていることにかんがみるときは、帳簿書類に取引を隠ぺい・仮装する不実の記載等をして虚偽の過少申告に及んだ被告会社は、もともと青色申告をなすことにより、その減税の特典を悪用して特典の不正な享受をはかつたものにほかならないというべきである。

原判決によつて破棄された一審判決は、「青色申告承認制度の趣旨と、右取消処分があくまで納税手続を明確ならしむる確認的方法に過ぎないこととに思いをいたせば、青色申告認承に基づく準備金等の損金算入も、法人税法一五九条一項の不正行為を構成する場合があるといわなければならない。即ち、前記取消処分は申告時より後になされた場合においても、その効果は承認が取消された当該事業年度開始の日に遡ることが法で定められているのであるから、承認の取消がなされるべき事由が存することを知り、従つてまた右取消を予想する者が、敢えて前記の損金算入をした確定申告を行ない、その結果、右取消がなされた場合には、遡つて右確定申告は虚偽不正の過少申告となるにほかならず、まさしく、申告当時に租税債権を侵害すべき『不正行為』となるのである。」旨説示し、右の損金算入自体が不正行為を構成する場合があるとの見解を示しているが、徴税の公平を期するため設けられた逋脱罪の当然の解釈と考えられる。

原判決が、青色申告法人の義務違反の有無および申告の正・不正を区別することなく、軽々に「価格変動準備金などの損金算入は法令上認められた行為である」ことをもつて、損金算入を否認されて生じた所得(税額)を逋脱額に加えるべきでないことの論拠にしたことは、明らかに誤つており、青色申告制度を悪用した不正な納税者を不当に優遇するものであつて、この制度を設けた法の趣旨に反する。

以上詳述したとおり、法人税逋脱犯の逋脱税額は、裁判時における正当所得額に対応する正当税額と申告所得額に対応する申告税額との差額であると解すべきであり、青色申告の承認の取消によつて生じた所得増加額は、これを逋脱所得算定の際加算すべきであるのに、原判決が、右の点を消極に解したことは、法人税法一五九条一項の解釈を誤つたものであり、その法令違反は判決に影響を及ぼすことが明らかであつて、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと思料する。

よつて、刑事訴訟法四〇五条三号または四一一条一号により原判決は破棄を免れないものと思料する。

弁護人堀内茂夫の答弁

第一、検察官は原判決の破棄を求めるがその主張は法律の規定を逸脱するもので本件上告は棄却されるべきである。

第二、問題の所在

要するに法人税法一二七条一項(三号)により青色申告の承認の取消がなされた結果、青色申告の特典による準備金等の損金算入行為が否認され、その否認額が控除されないことになり課税額を計算し直すことになるが、この控除した損金算入行為が同法一五九条一項の不正行為を構成し、税金を逋脱したことになるか否かの問題である。

第三、別個の規定

(一) 法人税法一五九条一項は偽りその他不正行為により法人税を免れた場合は刑罰を科する旨の規定である。

(二) 同法一二七条一項は三号の隠ぺい仮装行為ある場合には、当該事業年度に遡り青色申告の承認を取消すことができる旨の規定である。

(三) 検察官は(一)(二)の法条を併合的、合成的に考え処罰を実現せんとする。

然乍らこれは余りにも処罰に急であつて法律の趣旨目的を理解していない。

両者は規定する平面が異る

(1) 即ち一五九条一項は不正行為(偽りその他不正行為という社会悪に対しその要件が具備された場合は刑罰という峻烈な制裁を加えるものである。

(2) 一二七条一項(三号)は不正行為(隠ぺい、仮装)という前記刑罰を加えられるべき行為ある場合、青色申告の特典を剥奪するものであり、これにより青色申告制度の正確性を維持することを目的とするものである。

(3) 従てそれぞれの要件が具備された場合は、それぞれの規定の趣旨、目的に従つて各々法律の内容が過不足なく実現され、各法条の存在理由が全うされればそれで充分である。

第四、自然的考察

(一) 納税申告の際、帳簿、書類、伝票の改ざん、簿外預金、売上除外、棚卸資産の圧縮等の不正行為は税金を誤魔化すため所得金額を隠ぺいする行為で悪質な反社会的行為であり、刑罰の制裁を加えるべき行為である。

(二) これに反し準備金等の損金算入行為は当局に対し申告公表した所得金額より一定の率に従い、これも公表して計算上控除するものであり、この額自体は操作したり隠ぺいしたりすることはできず、これは書類の改ざん、詐欺、不正行為、隠ぺい、仮装という、いわゆる脱税の観念とは本質的に異る行為である。この明々白々たる計算上の控除行為を、所得、税金を誤魔化すための詐欺、隠ぺい、仮装行為と同一視すべきではない。

第五、法人税法一二七条一項(三号)について

(一) 一二七条一項(三号)は隠ぺい、仮装の申告あつた場合青色申告の承認の取消という恩典の剥奪は規定しているが、取消の結果、否認される損金算入行為(算入額)について逋脱として刑罰を科することは規定していない。

(二) これを実質的に検討するに

(1) 一二七条一項の場合、三号に規定する事実が具備されたときは税務署長は青色申告の承認を取消すことができると規定している。

これは税務署長の行政処分であり、しかも自由裁量行為であるとする表現である。

そうだとすると税務署長は三号該当事実が具備された場合でも取消さないことも出来ることになる。

(2) 取消の結果の損金算入行為(金額)の否認が若し犯罪を構成するとしたなら、このように個々の税務署長の個々の行政処分により犯罪を構成したり、犯罪とならなかつたりするような法律を制定する訳はないのである。

これは取消により特典は剥奪されるが、特典による損金算入行為は、税金を誤魔化すための不正行為をなしたとは評価していない有力な証左であると考える。

(三) なお検察官は、隠ぺい仮装行為によつて青色申告をしたときは、承認の取消をまつまでもなく、承認の効力は自動的に消滅するかのような見解をとている如くであるが、法条の文理から遠く外れる。

若しその趣旨であるなら直接「隠ぺい仮装……の場合は青色申告の承認は当該事業年度に遡り取消される」という万人に理解できる言語が存在する。

或は少くとも「税務署長は承認を取消す」又は「取消さなければならない」と規定すべきであろう。

(四) 事実、我が国においては隠ぺい仮装行為があつても青色申告の承認を取消さない事例の方が多いのである。

第六、総額の問題

(一) 不正行為によつて所得金額を過少に申告した部分は青色申告の際もたしかに総所得金額より除外され過少申告となる。

(二) しかし青色申告の際特典により損金算入した額というものは申告の総所得金額を計上した上で特典により計算上控除した額に過ぎない。

ただこれが取消により損金算入が否認される結果、課税対象額となるが、申告の際公表した所得金額には何等影響しないのである。

そうすると特典否認による損金算入額は不正行為により所得を過少に申告した額とは自ら異るのである。

(三) また何よりも総所得額がどうなるかという金額の問題より、特典による損金算入行為自体が犯罪となるかならないかが題問なのである。

第七、その他の問題

(一) 遡及処罰の禁止

(1) 一二七条一項(三号)は隠ぺい仮装の行為のあつたときは当該事業年度に遡て承認取消処分をすることができるとしている、これは恩典剥奪という不利益処分であるから問題はない、また中間年度において隠ぺい仮装行為がなくても取消の効果が及ぶことも巳を得ないことである。

(2) しかし遡及処罰となると別問題である遡及処罰は禁止されている。

一二七条一項(三号)で遡及効を規定したとき、もし承認取消の結果の損金算入行為が、不正行為として処罰されることも含むと考えたなら当然この点の解釈がなされたであろうが、その形跡はない。

また中間年度において隠ぺい仮装行為がない場合もあるがこれも当然取消の結果の損金算入行為が遡及処罰の対象になるとすると刑事処罰の根本原則にもとることになる。この点の解決もされていない。

(3) 要するに取消の結果の損金算入行為について刑事処罰は考えていなかつたのである。

(二) 条件付処罰

前記の如く税務署長の取消処分の有無により犯罪の成否が決定されるならこれは条件付犯罪である。

それならば取消処分のあつた場合は、特典の損金算入行為は刑罰を科されることが法律に明記されるべきであろう。

(三) 罪刑法定主義、類推解釈の禁止

一二七条一項(三号)は隠ぺい仮装という不正行為を念頭に置き、その行為を条件とする取消処分を規定する。従つて取消処分の結果たる損金算入行為が否認される効果と併行、同時的に思考をめぐらしている訳である。

しかるに損金算入行為の否認の結果については処罰ということに言及していない。

これを直ちに一五九条一項の処罰される不正行為とすることは法律に明確な定めのない行為で処罰されることになり、罪刑法定主義類推解釈の禁止に触れるものである。

以上の理由により本件上告は棄却されるべきものと考えます。

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