最高裁判所第二小法廷 昭和47年(オ)496号 判決 1974年12月20日
主文
原判決を破棄する。
本件を名古屋高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人高橋淳の上告理由について。
論旨は、春田道男が本件訴訟の追行につき被上告人春田合名会社(以下、被上告会社という。)を代表する権限を有しないこと、すなわち訴訟要件の欠缺を主張するものと解せられる。ところで、本件記録によれば、(一) 道男は昭和三五年二月二三日被上告会社の代表社員に就任しているが、右就任については被上告会社の社員であつた訴外春田正策の同意がないこと、(二) これよりさき道男は、正策の被上告会社の代表社員資格を争う訴訟を提起し、かつ、その申請により昭和三三年八月二二日名古屋地方裁判所から正策の職務の執行を停止して代行者を選任する旨の仮処分決定を得たが、さらに名古屋家庭裁判所昭和三三年(家)第一〇七号扶養請求事件の審判正本に基づき、昭和三三年一一月一九日及び昭和三四年三月二〇日の二回にわたり、正策に対する各八万五〇〇〇円の扶養料請求債権をもつて正策の被上告会社の持分を差し押え、商法九一条一項所定の退社予告をしたこと、(三) 道男は、正策が右退社予告により当該営業年度の終りである昭和三四年一二月三一日被上告会社を退社せしめられ社員の資格を喪失したとして、その旨の登記申請をし、代行者選任決定は取り消されたこと、(四) 被上告会社の商業登記簿には、正策が昭和三四年一二月三一日社員の資格を喪失し、昭和三五年二月二三日道男が代表社員に就任した旨の記載があること、以上の事実が認められる。
所論は、要するに、正策は、昭和三三年一二月一二日及び昭和三四年八月一〇日右各差押えについて強制執行停止決定を得、また昭和三四年一二月二八日商法九一条二項所定の担保として一七万一〇〇〇円を名古屋法務局に供託したから、道男のした退社予告はその効力を失い、したがつて正策は依然として被上告会社の社員であるのに、その同意なくしてされた道男の代表社員就任は無効であるというのである。
おもうに、商法九一条一項により社員の持分を差し押えた債権者のなす強制退社予告の効力は、右差押えに対する強制執行停止決定によつて左右されるものとはいえず、また、同条二項所定の強制退社予告の効力を失わせる相当の担保を供したときとは、差押債権者との間で、担保物権を設定し、又は保証契約を締結した場合をいい、差押債権者の承諾を伴わない担保物権設定又は保証契約締結の単なる申込みは、右担保の供与にはあたらないと解するのが相当である。しかしながら、持分を差し押えられた社員が債務を弁済すれば退社予告の効力を失うことは、同条項の明らかに定めるところであり、したがつて正策が昭和三四年一二月二八日本件差押えにかかる債務についてした所論の供託が弁済供託としての効力を有するときは、退社予告はその効力を失い、ひいては道男の被上告会社代表社員としての資格が否定される結果ともなるのであるから、原審としては、右の点につき当事者に対して主張立証をうながすなど審理を尽くすべきであつたにもかかわらず、原判決が、単に被上告会社の商業登記簿謄本のみによつて、当事者間に争いのある道男の代表権限をたやすく認めたことには、審理不尽の違法があるといわなければならず、それが判決の結果に影響を及ぼすことは明らかである。
なお、所有権ないし賃貸権限を有しない者から不動産を賃借した者が同一物について真の権利者とさらに賃貸借契約を締結するに至つたときは、はじめの賃貸借は賃貸人の使用収益させる義務の履行不能によつて終了に帰し、その時から賃料債務は発生を止めるものと解せられるところ、上告人は、原審において、上告人が被上告会社に対して本件賃料債務を負わない理由として、本件家屋の所有者である正策との間で本件家屋に関する賃貸借契約を締結し、その使用収益をしている旨の主張をしていることが記録上明らかであり、前記説示に照らすと、上告人の主張するとおり正策が本件家屋を所有し、また、被上告会社がその賃貸をする権限を有しない場合には、上告人は、正策からあらためて本件家屋を賃借することによつて、爾後被上告会社に対し賃料支払の義務を負わないことになるといわなければならない。したがつて原判決が、これらの点に関する事実を確定することなく、原判示のような理由のもとに上告人の右主張を排斥したことには、賃貸借についての法令の解釈を誤り、ひいては審理不尽に陥つた違法があり、それが判決の結果に影響を及ぼすことは明らかである。
よつて原判決を破棄し、以上の点についてさらに審理を尽くさせるために事件を原審に差し戻すこととし、民訴法四〇七条一項を適用して、裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小川信雄 裁判官 岡原昌男 裁判官 大塚喜一郎 裁判官 吉田 豊)