最高裁判所第二小法廷 昭和48年(オ)682号 判決 1976年7月09日
上告人
松岡高義
被上告人
株式会社新井工務店
右代表者
新井正保
右訴訟代理人
安藤信一郎
主文
一 原判決を次のとおり変更する。
被上告人は上告人に対し金五万三九五一円及び内金六四一四円に対する昭和四〇年八月一日から、内金七二四四円に対する同年九月一日から、内金四九九六円に対する同年一〇月一日から、内金七二四四円に対する同年一一月一日から、内金二二八九円に対する同年一二月一日から、内金三七四三円に対する昭和四一年一月一日から各完済にいたるまで年六分、内金二万二〇二一円に対する本判決確定の日の翌日から完済にいたるまで年五分の各割合による金員を支払え。
上告人のその余の請求を棄却する。
二 訴訟の総費用はこれを五分し、その四を上告人の負担とし、その余を被上告人の負担とする。
理由
上告人の上告理由第一点ないし第五点について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。右の違法があることを前提とする違憲の主張は、その前提を欠く。論旨は、採用することができない。
同第六点について
労働基準法一一四条の附加金の支払義務は、使用者が予告手当等を支払わない場合に当然発生するものではなく、労働者の請求により裁判所がその支払を命じることによってはじめて発生するものと解すべきであるから、使用者に労働基準法二〇条の違反があつても、裁判所の命令があるまでに未払金の支払を完了しその義務違反の状況が消滅したときには、もはや、裁判所は附加金の支払を命じることができなくなると解すべきであり(最高裁昭和三〇年(オ)第九三号同三五年三月一一日第二小法廷判決・民集一四巻三号四〇三頁参照)、原審はこれと同旨の見解のもとに所論の附加金の請求を認めなかつたものと解される。また、時間外勤務手当に関する原審の判断は正当であり、したがつて、原審が認容した以上の附加金の請求を認めるべきでないことは明らかである。原判決に所論の違法はなく、右の違法があることを前提とする違憲の主張は、その前提を欠く。論旨は、採用することができない。
同第七点について
所論の点に関する原審の判断は正当である。原判決に所論の違法はなく、右の違法があることを前提とする違憲の主張は、その前提を欠く。論旨は、採用することができない。
同第八点について
商人が労働者と締結する労働契約は、反証のない限りその営業のためにするものと推定され、したがつて、右契約に基づき商人である使用者が労働者に対して負う賃金債務の遅延損害金の利率は、商行為によつて生じた債務に関するものとして商事法定利率によるべきである(最高裁昭和三〇年(オ)第四〇号同年九月二九日第一小法廷判決・民集九巻一〇号一四八四頁、昭和二七年(オ)第三二九号同二九年九月一〇日第二小法廷判決・民集八巻九号一五八一頁各参照)。本件についてみるに、原審が確定した事実関係によれば、被上告人は商人にあたるというべきであり、反証のない本件においては、被上告人と上告人間の本件労働契約は商人たる被上告人が営業のためにするものと推定され、したがつて、右契約に基づく被上告人の上告人に対する賃金債務の遅延損害金の利率については商事法定利率によるべきところ、これを民事法定利率によつた原判決は商法五〇三条、五一四条の解釈適用を誤つたものというべきである。なお労働基準法一一四条の附加金の支払義務は、労働契約に基づき発生するものではなく、同法により使用者に課せられた義務の違背に対する制裁として裁判所により命じられることによつて発生する義務であるから、その義務の履行を遅滞したことにより発生する損害金の利率は民事法定利率によるべきものであり、本件の附加金支払義務につき民事法定利率を適用した原審の判断は、正当であつて、この点に関し原判決に所論の違法はなく、右の違法があることを前提とする違憲の主張はその前提を欠く。よつて、論旨は前記賃金債務の遅延損害金の利率の点に関する限度で理由があり、原判決はその限度で破棄を免れない。
同第九点について
原審が確定した事実関係のもとにおいては、所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、右の違法を前提とする違憲の主張は、その前提を欠く。論旨は、原審が確定しない事実に基づいて原判決を非難するものであつて、採用することができない。
よつて、上告理由第八点について前記のとおり原判決を破棄すべきところ、右部分については、原審が確定した事実関係のもとで当裁判所において裁判をするに熟すると認められるから、民訴法四〇八条、九六条、九二条に従い、裁判官全員一致の意見で、注文とおり判決する。
(大塚喜一郎 岡原昌男 吉田豊 本林譲)
上告人の上告理由<抄>
第八点 商事法定利率年六分について。
(1) 全請求額に対する附加金の部分の占める割合は、四三、二六%に当り、その部分に対しては判決確定後でないと遅延損害金の請求権は発生しない。
(2) 年五分は、全請求額に対しては、僅かに二分八三七にしか当らない。
(3) 事件の発生、解決の遷延は、一に被上告人の責任である。
(4) 商事法定利率六分を採用するのが原則であり、商法第四五条は、「民法を適用することを妨げず」とあり、「民法を適用する」とは書かれていない。
(5) 商事法定利率年六分を採用しても、全請求元本に対しては、僅かに、三分四〇四にしか当らない。
(6) 本件のように附加金の部分が、全請求額の四三、二六%のような大きな部分を占めている場合に於いて、民事法定利率年五分を適用することは著しく不合理である。
(7) 裁判官も少しは勉強をし、常識を養つてもらいたい。憲法が改正されて既に二六年になる。明治、大正時代の古い判例を調べるのは可笑しくはありませんか?「万物は流転する。」
(8) 結論
前述のとおり、原判決は、憲法第一一条、同第一三条、同第一四条第一項、同第一五条第二項、同第二五条第一項、同第三二条、同第七六条第三項等に違背していることは、繰り返して詳述するまでもない。
又、原判決は、商法第四五条の解釈を誤まつている。
従つて、原判決は、民訴法第三九四条にいう「憲法に違背あること」及び「判決に影響を及ぼすこと明なる法令の違背あること」に該り、上告人には上告理由あるものである。