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最高裁判所第二小法廷 昭和48年(行ツ)105号 判決 1974年6月14日

名古屋市中区錦三丁目一四番一一号

上告人

神田一三

右訴訟代理人弁護士

高橋正蔵

西尾幸彦

奥村軌

被上告人

右代表者法務代人

中村梅吉

右当事者間の名古屋高等裁判所昭和四七年(行コ)第一七号租税債務不存在確認等請求事件について、同裁判所が昭和四八年八月二九日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人高橋正蔵、同西尾幸彦、同奥村軌の上告理由第一点について。

原審の確定する事実関係のもとにおいては、上告人が真意に基づき贈与税を負担する意思で本件贈与税の申告をしたものであることは明らかであつて、右申告が心裡留保によるものである旨の上告人の主張を排斥した原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は、ひつきよう、原審の確定する事実認定に沿わない事実を合わせ主張して右判断を争い、又は、原判決に影響を及ぼさない傍論を非難するにすぎず、採用することができない。

同第二点について

原審の確定する事実関係のもとにおいては、所論被上告人の主張が信義則ないし禁反言の原則に反するものということはできず、そのことは、仮に所論指摘の如き事情があつたとしても、変わりはない。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉田豊 裁判官 岡原昌男 裁判官 小川信雄 裁判官 大塚喜一郎)

(昭和四八年(行ツ)第一〇五号 上告人 神田一三)

上告代理人高橋正蔵、同西尾幸彦、同奥村軌の上告理由

第一点 原判決は判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があり破棄されるべきである。

1 原判決はその理由第三項において上告人の本件贈与税の申告は心裡留保により無効であるとの主張を排斥するにあたり、「本件贈与税の申告それ自体は控訴人(上告人)の真意にそつてなされたものであり、ただ控訴人(上告人)は後に更正の請求をする意思であつたことを窺うに足りる」旨判示している。

右判示は若干趣旨明瞭を欠くが、上告人の本件贈与税の申告は申告とおりに贈与税を確定する意思にもとづいてなされたものであるという趣旨だとすれば、それは明らかに事実を誤認しているものである。

2 そもそも上告人は名古屋中税務署長からの贈与税申告の「勧告」(甲第一号証)にもとづいて、本件贈与税の申告をなすに至つたものであつて、右申告に際してはわざわざ原判決判示のとおりの「申述書」をあわせて提出しているのである。

もし、右判示どおり上告人が本件贈与税の申告により贈与税を確定する意思であつたとすれば、何故わざわざ「申述書」を同時に提出する必要があろうか。上告人としては原判決判示どおりに行動したとしても、まず本件贈与税の申告書のみを提出しておき、後に更正請求期間内に適切な資料を添付して更正の請求をすれば足りる筈である。上告人は本来自已の所有に属するものに対して贈与税の申告をする意思など毛頭なかつたのであるが、前記「勧告」によりやむをえず形式のみを整えたにすぎないのであつて、申告書と同時に「申述書」を提出した意味はそこにこそあるのである。

原判決は「申述書」の字句のみにとらわれて上告人の、本件贈与税を申告するに至つた真意を十分に把握していない。

従つて、右「申述書」及び原審において取調べられた証拠にもとづき、本件贈与税申告に至る経過を些細に検討すれば、上告人は名古屋中税務署長からの「勧告」にもとづき、やむをえず本件贈与税の申告書を提出したものであつて、申告にあたり「申告どおりに贈与税を確定させる意思」は毛頭有していなかつたことが明白である。

3 この点において上告人の本件贈与税申告には内心の意思即ち真意としての「申告どおりに贈与税を確定させる意思」が欠如していたものであるから、正しく心裡留保に該当するものであり、名古屋中税務署長は前記「申述書」の提出により、上告人の右真意を知つていたか、あるいはこれを知ることができた筈であるから上告人の本件贈与税申告は無効というべきである。

4 なお、原判決は理由第三項中前記判示の前段部分において「私人の公法行為については民法の意思表示に関する規定がそのまま適用されるものとは解されない」旨判示しているが、右判示は傍論に属するものとはいえ判決に影響を及ぼすべき法律の解釈・適用の誤りを犯している。すなわち、私人の公法行為についても民法の意思表示に関する規定は一般的に適用されるものと解すべきである。

第二点 原判決は判決に影響を及ぼすことが明らかな法令解釈・適用の誤りがあり破棄されるべきである。

1 原判決はその理由第四項において上告人が「名古屋中税務署長はさきに法定の更正の請求期間経過後においても、控訴人(上告人)の請求を容れ本件不動産について申告した相続税の金額を取消し、また贈与税の一部減額の更正決定をした事実があるのであるから、今さら被控訴人(上告人)が更正の請求期間経過後は該請求は許されないとの形式的理由を主張することは信義則ないし禁反言の原則に反し許されない」旨主張したのに対し、これを排斥するにあたり「本来、法定の請求期間経過後になされた更正の請求はもはや税法上許容する余地のないものであることは前段説示のとおりであるから、たとえ、たまたま前叙のごとく名古屋中税務署長においてこれに反する取扱いをした事実があつたとしても、その故に税務官庁が法律の規定に従つてなすべき本来の税務処理の方法を変更しなければならない理由は全くない」旨判示している。

2 信義則ないし禁反言の原則は法の根底をなす正義の理念より当然生ずる法原則であつて公法の分野においてもこの原則の適用を否定すべき理由はない筈である。

そして、租税法規が著しく複雑かつ専門化している現代において国民が善良な市民として混乱なく社会経済生活を営むためには租税法規の解釈・適用等に関し税務官庁の事実上の行政作用ないし行政指導を信頼して行動することは必要かつやむをえないところであり、右の信頼して行動したことにつき、なんら責められるべき点のない誠実・善良な市民が税務官庁の信頼を裏切る行為によつて、まつたく犠牲に供されてよいとする理由はないものといわなければならない。

3 ところで、原判決の右判示は形式的な租税法律主義の原則をあくまで貫くべき立場を採つているものと解されるが、そもそも税務官庁は税務行政上の措置として永年に亘り更正の請求期間経過後においても更正を認めて来ているのである。

これは具体的事情のもとにおいて租税法律主義を貫くことによる課税の不公平を是正することがすなわち正義の理念に合致するということにもとづくものにほかならず、右の行政指導ないし租税法規の運用は高く評価されてしかるべきである。

4 そして、本件の場合においても上告人は名古屋中税務署職員により、更正請求期間経過後においても種々行政指導を受けて本件贈与税申告のほか、誤まつてさきになした相続税申告を取消すための資料の収集提出に努力して来ているのであり、そのうち相続税申告及び贈与税申告中の一部計算違いについては、現に更正決定を受けているのである(甲第三号の一ないし五)。

5 もし、上告人が前記「勧告」にかゝわらず本件贈与税の申告をなさず、課税処分がなされたのち課税処分取消訴訟において自已の所有権を立証した場合には終局において上告人に対し贈与税は課せられない筈である。

税務官庁の行政作用である「勧告」にもとづいて誠実且つ善良な上告人が本件贈与税の申告をなしたことは、なんら責められるべき点がなく、申告後の行政指導を信頼して更正請求期間経過後においても資料の収集提出に努力した点についても、上告人には何ら責められるべき点はない。

もし、仮に名古屋中税務署職員により更正請求期間内しか更正の途はない旨明確な行政指導がなされていたならば、上告人としても、また何らか他のとるべき手段があつたと考えられるものである

6 従つて、本件の場合信義則ないし禁反言の原則が適用されるべき事案であるのに、租税法律主義を貫いて、これを適用しなかつた原判決は法令解釈・適用を誤まつたものであり、右誤まりは判決に影響を及ぼすことが明らかである。

以上

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