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最高裁判所第二小法廷 昭和49年(あ)587号 決定 1974年9月13日

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人野田純生の上告趣意第一は、憲法三八条違反をいうが、記録に徴すれば、所論被告人の供述は任意になされたことが明らかであり、同第二は、判例違反をいうが、原判文に徴すれば、原判決は所論利益が不法の利益であると認定していることが明らかであり、従つて右各所論はいずれも前提を欠き、その余は、単なる法令違反、事実誤認の主張であつて、すべて刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

なお、本件は権利能力なき社団である津軽土地改良建設協会の会員である被告人が会長小野盛徳等から総会決議にもとづいて同協会に属する財産の分配支給を受けたものであるが、右決議にあたり参議院議員選挙において山内一郎及び梶木又三を同協会として応援することとした右小野等が出席会員に対し選挙運動への協力を求めたうえ選挙運動の報酬とする趣旨で調査研修費の名目のもとに支給する旨を説明提案し被告人を含む各出席会員はこれを了承していたものであること原判決の確定するところであるから、本件金銭の受領は公職選挙法二二一条一項四号、一号の受供与にあたるというべきである。

よつて、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(岡原昌男 小川信雄 大塚喜一郎 吉田豊)

弁護人野田純生の上告趣意

原判決は左記諸事由により破棄を免れず、無罪の判決を賜るべきものである。

以下その理由を述べる。

第一、第二、<略>

第三 刑訴四一一条に該当し、原判決を破棄しなければ著しく正義に反すること

一、判決に影響を及ぼすべき法令違反(その一)

(一) 原判決が述べているように、第一審において、相被告人平田隆造の司法警察員調書、検察官調書、謄本、被告人の司法警察員調書、検察庁調書謄本につき、検察官からの取調請求に対する、刑訴三二六条による弁護人の同意不同意の意見陳述を得ないままその取調がなされたことが調書の記載から読みとれる。すなわち公判調書にその記載がなにもないのである。

(二) 原審は、この点を同一弁護人から、第二審(原審)において「右取調には同意している」旨述べさせて、そのかしを治癒させているが、これは全く違法である。

(三) 刑訴手続における書証の証拠能力はきわめて厳格に解さるべきであり、民訴における責問権の放棄、喪失の如き考え方はありえず、且つ公判期日の訴訟手続で公判調書に記載された事項(記載さるべき事項につき記載がないことは、それが行われていないこと)はその公判調書のみによつて証明され(刑訴五二条)、刑訴三二六条の同意不同意は、調書記載事項である(刑訴四八条二項、刑訴規則四四条一項二二号)であるから、その同意不同意の有無は調書によつてのみ証明さるべきであつて、第二審でたまたま同一弁護人が就任したからと言つてもあとから「同意したことを認める」ことは法律上不可能なのである。

(四) 結局、右調書の取調は違法で、且つその結果は判決に重大な影響があることは明らかである。

二、判決に影響を取ぼすべき法令違反(その二)

(一) 被告人の検察庁調書が強制された任意性のないものであることはすでに述べた。かかる調書は、刑訴三一九条一項、三二二条一項によりこれを証拠とすることができないものである。したがつて、それを有力な証拠として採用した一審判決を是認した原判決は重大な法令違反を犯し、それが判決に影響あることも明らかである。

(二) 右の具体的な事実は、上記第一に記したことと同一であるので、すべてこれを引用する(なお判例として、大判昭和三三年六月一三日、同四五年七月三一日、同二七年三月七日御参照)。

三、判決に影響を及ぼすべき法令違反(その三)

(一) 右のとおり被告人の検察庁調書では、被告人が本件一五、〇〇〇円は選挙のための金であることの事情を知つてこれを受領した如き記載があるが、その外には、被告人が総会出席、その他の時期方法において右の事実を知つていたことをうかがわせるに足る証拠はなにもない。調書の記載自体(仮に任意になされたとしても)その内容の具体性、真実味はきわめて稀薄である。

(二) したがつて、右のみによつてたやすく事実を認定すべきでなく、更に充分の証拠調をなした上で事実を判断すべきであつた。原判決はこの点採証法則を誤り、審理不尽、理由不備の違法があり、これも判決に影響を及ぼすことが明らかである。

四、判決に影響を及ぼすべき重大な事実誤認

(一) 本件一五、〇〇〇円の金員が、参院選挙の買収金ではなくて土改良の正式手続によつて会員に交付される金員であることは、諸々の証拠により明らかである。仮に一歩譲つて、右金員交付を発議した土改良の幹部において右金員交付を選挙運動に利用しようとの意向があつたとしても、それが土改良の正式手続により進められ、土改良に帰属する資金から会員に支払われる段階においてはなんらの違法性は存しないものである。

右を認めうる根拠と証拠の一端を示すと次のとおりである。

1 金員は「研修費」として総会の決議により支出、交付されている(証拠に採用された殆んど全部の供述調書、公判調書の記載)。

2 金員は「還付金」という用語も使用され、剰余金が会員に返されることをより端的に示す(吉田秀太郎、中村哲郎、平田隆造、南久之進の各公判、供述調書)。

同趣旨で、「賦戻し金」とも言われている(斉藤篤意の検察官調書)。

3 会員に対し支払通知の葉書が出され、領収印を得て支払われていること(浜田悦郎、南久之進、竹内学、吉田秀太郎の各公判、供述調書)。

4 土改良の正式機関、正式手続により決議されている(役員、事務員全員の公判、供述調書)。

5 余剰金を会員に還付することは同種の他の協会でも行われており、利益を生む必要のない場合としては当然のことである(中村哲郎―南黒建設協会、平田隆造―田舎館村建設協会、南久之進―中弘南建設協会、被告人―弘前市建設協会、何れも同人らの公判、供述調書)。

6 賦金納付の有無、金額に関係なく一率に配分していることは反対の理由にはならない。各会員とも入会金、会費を支払つており、会員の権利すなわち協会財産の持分は同一である(南久之進、小野盛徳らの公判、供述調書)。

7 会員中には、山内、梶木候補を推す者ばかりではなく、また両候補ともそれほど土改良と密接な縁故はない(小野盛徳の公判調書)。

8 資金の出所は、土改良自体の資金からであり、他からの援助は受けていない(南久之進、竹内学の公判、供述調書)。

(二) 更に一歩譲つて、仮に本件一五、〇〇〇円の金員の趣旨が選挙に関係あるものであつたとしても、被告人は、その旨を全く知らなかつたこと。これは最低限間違いのない事実であつて、この点における原審の判断は全くの重大な事実誤認というほかはない。

これを裏付ける具体的事実と証拠は左のとおりである。

1 被告人は、土改良の役員でもなく、総会にも議事の主要部分には出席していない。役員から山内、梶木の応援のことはなにも聞いていない。

2 特に両候補を応援するつもりもなく、看板もあとから弘前市建設協会を通して山内のものを数枚受取つている。土改良からは受取つていない。

3 土改良は設立後一年であつて、研修費、還付金の交付は先例に徴しおかしいと思う事由はない。

4 一五、〇〇〇円の交付については、電話の呼出と事務員の「ハンコを貸して下さい」「ハイ研修費です」という事務的態度により支払われており、選挙に関連するなんの話もなかつた。

5 被告人は村議の経験もあり、一五、〇〇〇円では選挙運動費としてなんの役にも立たぬことを知つており且つ選挙法違反の処罰を充分知悉していて、選挙法違反を犯すことを知りつつ僅かな金を受取る筈がない。

6 被告人は充分の財産、収入があり、且つ社会的地位をも有し、僅か一五、〇〇〇円の金を特に必要とするなんの事由もない。

(以上、被告人の公判調書、司法警察員調書による)

7 特に中村哲郎は、黒石の協会について、役員でもなく総会にも出ない会員は、一五、〇〇〇円を本来の研修費と信じて受取つたであろう、と述べて、数名がこれにあたるとしている(同人の検察官調書)が、被告人にとつても全く同様である。

第四 結語

以上で明らかなとおり、被告人を漫然と処罰することは、いかにも無理があり正義に反する。事実関係も明らかであるので、破棄自判して無罪の御判決を賜るのが、裁判の威信を得る上からも必要である。特に御庁における審理には、公判期日を御指定の上、充分の議を尽くされるよう、切に望むものである。

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