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最高裁判所第二小法廷 昭和49年(オ)1010号 判決 1975年2月28日

上告人

尼崎日産自動車株式会社

右代表者

石榑謙三

右訴訟代理人

田中治

被上告人

景山賢政

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人田中治の上告理由について。

原審の適法に確定した事実は次のとおりである。

上告人は自動車のデイーラーであり、訴外株式会社国際自動車整備工場(以下国際自動車と略称する。)は上告人のサブデイーラーであつて、両社は協力してユーザーに自動車の販売をしていたところ、ユーザーである被上告人は、昭和四三年八月三〇日国際自動車から上告人所有の本件自動車を買い受け、代金八二万円を完済してその引渡しを受けた。上告人は、国際自動車と被上告人との間の右売買契約の履行に協力し、みずから被上告人のために車検手続、自動車税、自動車取得税等の納付手続及び車庫証明手続等を代行し、そのために自社のセールスマンを二、三度被上告人のもとに赴かせたりした。右売買の八日後である同年九月七日上告人は、国際自動車に本件自動車を、代金七一万一四二三円、その支払方法は同年同月一三日二〇万円、同月三〇日五万一五二三円、同年一〇月以降同四四年六月まで毎月各五万一一〇〇円を支払うこととする、右代金完済まで自動車の所有権は上告人に留保する、という約定で売却した。ところが、国際自動車が昭和四三年一一月より同四四年一月までの三か月分の右割賦金の支払を怠つたので、昭和四四年二月二四日頃上告人は、その支払を催告したうえ、国際自動車との間の右売買契約を解除し、留保していた所有権に基づき、被上告人に対して本件自動車の引渡しを求めるにいたつたのである。

右事実によると、上告人は、デイーラーとして、サブデイーラーである国際自動車が本件自動車をユーザーである被上告人に販売するについては、前述のとおりその売買契約の履行に協力しておきながら、その後国際自動車との間で締結した本件自動車の所有権留保特約付売買について代金の完済を受けないからといつて、すでに代金を完済して自動車の引渡しを受けた被上告人に対し、留保された所有権に基づいてその引渡しを求めるものであり、右引渡請求は、本来上告人においてサブデイラーである国際自動車に対してみずから負担すべき代金回収不能の危険をユーザーである被上告人に転嫁しようとするものであり、自己の利益のために代金を完済した被上告人に不測の損害を蒙らせるものであつて、権利の濫用として許されないものと解するを相当とする。

以上のとおりであるから、右と同旨の原審の判断は正当として是認すべきであり、論旨は採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(大塚喜一郎 小川信雄 吉田豊)

上告代理人田中治の上告理由

一、第一、二審判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令の違背がある。

(イ) 即ち、第一審判決の理由五、末尾で「右認定事実によれば、原告は国際自動車に自動車を販売させる目的で国際自動車と取引しているものであるところ、国際自動車が被告に本件自動車を販売するに当つてはこれに協力しておきながら、原告が国際自動車から代金の完済を受けないからといつて被告に対する販売の後に国際自動車との間に締結された所有権留保の特約にもとづいて、すでに代金を完済して自動車の引渡をうけた被告に対し、本件自動車の引渡しを求めるものであつて、これは原告の販売の目的を逸脱するものと云うべく……中略……本訴請求は権利の濫用にあたるといわねばならない」と判断し、

第二審判決でもこれを認容されているが、

上告人が販売に当つて協力した事情は、デイーラーがサブデイーラーを介して、ユーザーに売却する場合に、いづれの自動車販売会社も一般的に行つているもので特別のものでなく、又契約書作成日時が数日後になつたからとて、上告人と国際自動車間の売買契約が、国際自動車と、被上告人との売買より先に成立していたことは、事実経過から当然のことであつて、「被上告人に対する販売の後に、国際自動車との間に締結した所有権留保の特約にもとづいて」と云う事実認定が当らないことは、第二審における上告人の昭和四七年一月一八日附、準備書面記載の通りである。

そうすると、デイーラーがサブデイラーを介してユーザーに自動車を売却する場合、ユーザーがサブデイーラーに代金を完済している場合は、デイーラーは、サブデイーラーとの間の所有権留保にもとづく権利行使(ユーザーに対し)は一般的にすべて出来ないと云うならともかく、本件の場合のみを権利濫用とする特段の事情は存しない。

(ロ) ユーザーがサブデイーラーに代金を完済している場合、一面、ユーザーは気の毒ではあるが、その事実関係のみで、安易に権利濫用の抗弁を認容することは、所有権登録制度を基盤とする現行の自動車取引の安全を害する。

自動車取引については、不動産取引に準じて、その所有権の得喪、変更の対抗要件を登録とし、そのことを基盤として現行の取引は行われて居り、そしてその知識は、現在では、自動車販売にたづさわる者だけでなく、自動車を買受けるユーザー即ち一般国民の間でも一般化し知悉している。被上告人は有限会社神戸商会(主として不動産業)を二〇年余りも経営し、常時、自動車を数台所有し、右知識を充分有するもので、代金を完済するに当つて、所有権登録を自己に移転することを請求しない筈は無いのであつて、若し、これをしないで、真実、代金を完済したのであれば、被上告人の過失こそ大である。

被上告人に対し、所有権留保にもとづき自動車引渡請求をするのは、社会的に見て余りにも不均衡なりとする格別の事情ある場合はともかく、本件の場合に、易々と、権利濫用の抗弁を認容されることは法解釈の誤りであり現行の自動車取引制度の安全を害するものである。

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