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最高裁判所第二小法廷 昭和52年(行ツ)28号 判決 1980年1月18日

上告人

田島清明

右訴訟代理人

長畑裕三

吉原省三

被上告人

特許庁長官

川原能雄

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人長畑裕三、同吉原省三の上告理由について

実用新案登録を受ける権利の共有者がその共有に係る権利を目的とする実用新案登録出願について共同して拒絶査定不服の審判を請求しこれにつき請求が成り立たない旨の審決を受けたときに訴を提起して右審決の取消を求めることは、右共有に係る権利についての民法二五二条但書にいう保存行為にあたるものであると解することができないところ、右のような審決取消の訴において審決を取り消すか否かは右権利を共有する者全員につき合一にのみ確定すべきものであつて、その訴は、共有者が全員で提起することを要する必要的共同訴訟であるから、これと同趣旨の見解のもとに、実用新案登録を受ける権利の共有者の一員にすぎない上告人が単独で提起した本件審決取消の訴を却下すべきものとした原判決は、正当であつて、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(栗本一夫 大塚喜一郎 木下忠良 塚本重頼 鹽野宜慶)

上告代理人長畑裕三、同吉原省三の上告理由

原判決は次の理由により破棄されるべきものである。

一、本件における手続の経過

本件において、出願から原審判決にいたるまでの手続の経過は次の通りである。

昭和四〇年二月一七日 出願 実願昭四〇―一二三三四号(出願人原告)

昭和四二年七月一四日 拒絶査定

昭和四二年九月七日 拒絶査定に対する不服審判請求

昭和四二年審判第六四四六号

昭和四三年一月一〇日 登録を受ける権利の一部譲渡がなされた訴外極東鋼弦コンクリート振興株式会社が共同出願人となる。

昭和四三年一月一二日 右届出

昭和四三年九月二四日 出願公告

実公昭四三―二二六〇四号

昭和四三年一一月二二日 異議申立

昭和四四年八月一三日 審決

昭和四四年九月三日 審決送達(原判決に送達日が一二月一六日とあるのは誤りである)

昭和四四年一〇月一日 原告が訴外極東鋼弦コンクリートから登録を受ける権利を譲受け、再び原告が単独出願人となる。

昭和四四年一〇月二日 審決取消訴訟出訴 東京高裁昭和四四年行ケ第一〇二号

昭和四五年三月一二日 原告が登録を受ける権利を譲受けた旨を特許庁長官に届出

すなわち審決時においては原告と訴外極東鋼弦コンクリートの共同出願であつたが、出訴期間中に原告が同社の共有持分を譲受けて単独出願人となる旨の契約が成立し、原告が単独で審決取消訴訟を提起し、出訴期間経過後に右持分譲受の届出がなされてその効力が生じたという事案である。

二、原判決の判断

これに対し原判決は、本件審決取消訴訟は固有必要的共同訴訟であり、その権利の共有者全員について合一にのみ確定する必要があるから、共有者全員が共同してこれを提起することを要するとして原告の訴を却下した。そして上告人の保存行為にあたるとする主張や、出訴期間経過後の持分譲受の届出により本訴が遡つて適法となるという主張を排斥している。

三、保存行為としての本訴の適法性

(一) しかし、拒絶査定に対する共同審判請求人の一人が提起した審決取消訴訟は、保存行為として適法と解すべきである。

たしかに実用新案法四一条で準用する特許法一三二条三項は特許を受ける権利の共有者が、その共有に係る権利について審判を請求するときは、共有者の全員が共同して請求しなければならないと定めているが、これは審判請求に関する規定であつて、審決取消請求の訴えについても当然に同様に解すべきであるということにはならない。

また最高裁昭和三六年八月三一日判決(民集一五巻七号二〇四〇頁)は、審決取消を求める訴が権利者全員に対し合一に確定すべき性質のものであるが故に、全員が共同して訴を提起する必要があるとして、本件とほぼ同様の事案について訴を却下した原判決を維持している。審決取消訴訟において、判決が合一に確定する必要があることはその通りであるとしても、それ故に絶対に共同して訴を提起しなければいけないというものではない。すなわち共同して訴を提起しなければならないか、それとも単独で訴の提起ができるかどうかは、特許を受ける権利の共有の性格と、当事者の利益擁護の両面から考慮して判断すべき問題である。

(二) 特許を受ける権利を共有している場合、共有者全員が共同してでなければ出願をすることはできず、持分の譲渡にあたつては他の共有者の同意を必要とするなど、性質上他の財産権の共有関係とは異なつた制約があることはたしかである。しかしこれは、権利の性質上、出願をすればその発明が公開されるが、自己の持分についてのみの公開ということはできないことや、不動産などとちがつて、各共有者は自己が実施するかぎり全面的に実施ができるなどの点から生じる制約であつて、共有者相互間に組合財産の場合についてみられるような共同の目的というものはなく、特許を受ける権利という一種の財産権を各共有者が共有しているという関係においては通常の共有とかわりはない。このことは、東京高裁昭和五〇年四月二四日判決(無体財産権関係民事・行政裁判例集七巻一号九七頁)が判決理由中で指摘している通りであり、右の共有関係についても、民法二六四条により、同法二四九条以下の規定が準用されるものである。

(三) そして、特許を受ける権利にもとづいて出願がなされ出願中の権利となつたときは、該出願にもとづいて特許権乃至は実用新案権が付与されることが共有者全員にとつて利益である。もつとも出願中において権利の成立を希望しない者を生じたときは、その者にとつては必ずしも利益とはいえないかもしれないが、その者は権利を放棄すればよいのであり、そもそもこの場合利益かどうかは客観的合理的に判断すべきものである。そして、権利成立を希望する共有持分権者にとつては、権利付与を求める手続の必要性がある。したがつて特許法一三二条三項についても、出願の取下げをするのであれば全員の同意は必要であるかもしれないが、審判請求については一人でもできるとするのが筋ではないかという見解もあるのである(「特許法セミナー(2)」六五二頁兼子発言)。したがつて同条の規定は、審判手続における便宜のための特則であり、審判手続においても必ずしも本質的に共同で請求をしなければならないというものではない。そして旧特許法のもとにおいて、このような見解がとられた先例もあるのである(東京高裁昭和三七年二月二〇日高裁民集一五巻二号一一四頁)。

(四) そこで拒絶査定を維持する審決がなされた場合であるが、特許を受ける権利の共有者としては、自己の持分権を維持保存するためには、その取消を求める以外に途はない。しかし、なされているのは一個の行政処分としての審決であり、自己の持分に対する関係についてのみ取消を求めるというわけにはいかないから、審決全体の取消を求める必要がある。その結果その取消の判決の効果は他の共有者にも及ぶことになるが(行政事件訴訟法三二条一項)これは民法二五二条の保存行為に相当する。また敗訴の場合には原審決が維持されるのみで、争わなかつた他の共有者の利益が害されることはない。

したがつて、共有者の一人による訴の提起を認めても何らの不合理はなく、民事訴訟法六二条一項によつて出訴期間内における訴の提起の効果は、他の共有者に対する関係でも効力を生じ、審決の確定を妨げると解するべきである。(なお村松「共有権者一人の請求と他の者への影響」特許判例百選五三事件も、共有者の一人による出訴を保存行為にあたるとし、小室「審判手続と審決取消訴訟手続の関係」工業所有権法の諸問題二九三頁以下も、共有者の一人による出訴は他の共有者全員のために効果を生じるとしている)。

(五) したがつて本件の如き審決取消訴訟が必要的共同訴訟であることはその通りであるとしても、それが全員の利益を目的としている以上必しも固有必要的共同訴訟と解さなければならないという必然性はなく、いわゆる類似必要的共同訴訟と解すべきものである。

四、当事者の補正について

(一) 本件は審決時及びその謄本送達時においては、共有者がいたが、出訴前において原告が共有者の共有持分を取得し、出訴期間経過後にその届出をなしたというものである。

したがつて前記最高裁昭和三六年八月三一日判決と同種の事案であるが、右判決は、訴の要件欠缺の補正がいつまでにできるかということと、欠缺の補正による出訴期間遵守の能否とは別問題であるという見解のもとに従来の大審院昭和九年七月三一日判決(民集一三巻一七号一四三八頁)の見解に反し、補正を認めていない。

(二) しかし前記の通り原告の訴の提起については、民事訴訟法六二条一項の適用があるのであり、出訴期間内における原告の訴提起により、出訴期間遵守の効果は当時の共有名義人である訴外極東鋼弦コンクリートにも及んでいたと解される。

そして本件審決取消訴訟が、仮に共有者全員を原告として行なわれなければならないとしても、右の通り極東鋼弦コンクリートとの関係においても出訴期間の遵守の効果が生じており、その後昭和四五年三月一二日原告が特許庁長官に対し持分権譲受けの届出をしたことによつて原告が単独の権利者となつたのであるから、その瑕疵は治癒されたことになる。よつて本件訴は適法となつたものである。

五、結論

共同審判請求人の一人がその審決の取消を求めて訴を提起することができるかという問題については、前記最高裁判決の後においても説の分れているところであり、東京高裁においても、本件のようにこれを否定する判決と、前記昭和五〇年四月二四日判決のように肯定する判決とが対立している。

しかし問題を実質的に考えるとき審判段階においては特許法一三二条三項の規定がある以上、共有者全員によつて審判請求がなされなければならないことは止むを得ないとしても、共有者全員の同意が得られないかぎり、他の共有者は自己の権利を保全することができないというのは不合理である。この場合権利の存続・成立を希望する者に争うことを認めても、もともと不利益な審決がなされている以上、他の共有者にとつてこれ以上不利益を生じることはなく、何らその権利を害することはない。そしてこのことは理論的にも十分理由のあることである。

したがつて権利救済の途を広く認めるという見地から妥当性を考えるとき、前記最高裁判決の前提とする見解はあらためられるべきである。

よつて原判決は破棄さるべきであり、上告に及んだ次第である。

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