最高裁判所第二小法廷 昭和53年(オ)316号 判決 1978年4月07日
上告人 吉村トシ子(仮名)
被上告人 山口秋男(仮名)
被拘束者 山口悦子(仮名)
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人古川靖の上告理由について
原審の適法に確定した事実関係によれば、(1)被拘束者は、内縁関係にあつた上告人と被上告人との間に生れ、父である被上告人によつて認知された子であつて、意思能力のない幼児である、(2)上告人と被上告人は、すでに内縁関係が破綻し、別居している、(3)昭和五一年七月二〇日神戸家庭裁判所尼崎支部において、被拘束者の親権者を被上告人と定める旨の審判があつたが、上告人はこれに対し即時抗告をした、(4)上告人は、同年九月一八日、被上告人の監護のもとにあつた被拘束者を連れ去り、以後被拘束者を監護している、(5)同年一〇月一八日大阪高等裁判所において、上告人の即時抗告を棄却する旨の決定があり、前記審判が確定して、被上告人が被拘束者の親権者となり、上告人は被拘束者を監護する権利を失つた、(6)上告人の被拘束者に対する監護に別段の支障はなく、将来も愛情ある養育を十分に期待しうるが、被拘束者を被上告人の監護のもとにおくことが、被拘束者の幸福に反するとはいえない、というのである。
ところで、幼児を認知し、かつ、審判によりその親権者と定められた父が、右幼児を拘束する母に対し、人身保護法に基づいて幼児の引渡を求める場合には、請求者に幼児を引き渡すことが明らかにその幸福に反するものでない限り、たとえ、拘束開始当時、右審判が拘束者のした即時抗告の申立により未確定の状態にあり、拘束者がなお親権者の地位にあつて、所論のように請求者に監護権の行使を委ねていた事実がなく、また、現在の拘束者の監護が一応妥当なときであつても、その拘束は違法性が顕著であると解するのが相当である。したがつて、前記事実関係のもとにおいて、本件拘束は違法性が顕著であるとした原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大塚喜一郎 裁判官 吉田豊 本林讓 栗本一夫)
参考 原審(神戸地尼崎支 昭五一(人)一号 昭五三・一・二六判決)
主文
一 被拘束者を拘束者から釈放し、請求者に引き渡す。
二 手続費用は拘束者の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求者
主文同旨
二 拘束者
1 請求者の請求を棄却する。
2 手続費用は請求者の負担とする。
第二請求の理由
一 請求者と拘束者はもと内縁関係にあり、被拘束者は昭和四九年五月二五日右両者間に生まれた女児で、同年六月七日請求者によつて認知されたものである。
二 請求者と拘束者は共同して被拘束者の監護にあたつていたところ、拘束者が再度にわたつて刑事事件を犯し、相互の信頼関係が崩れて、前記内縁関係は破綻したため、拘束者は昭和五〇年七月頃、請求者に無断で被拘束者を○○○市の実家(拘束者の肩書住所地)に連れ帰つた。しかし、同年九月二日に拘束者が警察に逮捕され、引き続き勾留されるに至つたため、同月一四日、請求者は拘束者の前記実家に赴いて拘束者の母吉村ヤスエと平穏なる話し合いのうえ、同女より被拘束者の引渡を受けて、これを請求者の肩書住所地に連れ帰り、その後約一年余の間、昼間の勤務中は近所に住む請求人の母の従弟であり雇主でもある安田常男の妻安田克子に被拘束者を預けてその養育を依頼し、夜間および休日は自ら被拘束者の監護にあたつてきた。
そして、その間、請求者は、拘束者の人格、環境からみて、拘束者が被拘束者を監護することはふさわしくなく、被拘束者の将来の幸福のためには自己の手元でこれを監護するのが相当であると考え、神戸家庭裁判所尼崎支部に親権者変更の申立をなし、昭和五一年七月二〇日、被拘束者の親権者を請求者と定める旨の審判がなされ、これに対する拘束者からの即時抗告に対しても、同年一〇月一八日、抗告を棄却する旨の決定がなされた。
三 ところが、拘束者は、同年九月一八日午前七時五五分頃、請求者や安田常男の出勤後に、氏名不詳の男を連れて、右安田方を訪れ、安田克子の制止も聞かずにその居宅に上がり込んで、被拘束者を連れ去ろうとし、これを阻止すべく被拘束者を抱いた安田克子としばしもみ合つて、被拘束者を引つ張り合い、被拘束者の身体に怪我でもさせてはと安田克子が一瞬ひるんだ隙に、同女の手より被拘束者を無理やり奪い取つて、逃げ去つたものであり、その際、男は後を追おうとした克子の前に立ち塞つて、その追跡を妨害したのであり、爾来、被拘束者は拘束者によりその肩書住所地で監護されている。
四 以上の事実によれば、拘束者は、親権者であり監護権者である請求者の意思に反して、被拘束者を違法に拘束しているものというべきであり、しかも、請求者、拘束者双方の監護状態の実質的な当否を比較考察し、いずれが被拘束者の幸福に適するか否かの観点からみても、請求者はその経済力、住居の状況、日常の養護能力、親としての自覚とその適格性等いずれの点においても拘束者に勝つており、被拘束者を請求者の監護のもとにおくことが被拘束者の幸福に適し、より妥当であるというべきであるから、拘束者の被拘束者に対する拘束の違法性は顕著であるというべきである。
五 よつて、請求者は、人身保護法二条および同規則四条に基づき、拘束者の違法な拘束の排除と、被拘束者の請求者への引渡を求める。
第三請求の理由に対する認否ならびに主張
一 請求の理由一の事実は認める。
二 同二の事実のうち、請求者と拘束者が共同して被拘束者の監護にあたつていたところ、拘束者が昭和五〇年七月頃に被拘束者を○○○市の実家に連れ帰つたこと、拘束者が同年九月二日に警察に逮捕され、引き続き勾留されたこと、請求者が同月一四日に被拘束者をその住所地に連れ帰り、昼間の勤務中は安田克子に被拘束者を預けてその養育を依頼し、夜間および休日は自ら被拘束者の監護にあたつてきたこと、請求者が神戸家庭裁判所尼崎支部に親権者変更の申立をなし、昭和五一年七月二〇日、被拘束者の親権者を請求者と定める旨の審判がなされ、拘束者がこれに対して即時抗告をなしたが、同年一〇月一八日、抗告棄却の決定がなされたことは認めるが、拘束者が請求者に無断で被拘束者を連れ帰つたことは否認し、その余の事実は知らない。
三 同三の事実のうち、拘束者が同年九月一八日午前七時五五分頃、坂本進と一緒に安田方に赴き、請求者の承諾を得ずに被拘束者を連れ去つたこと、爾来被拘束者は拘束者によりその肩書住所地において監護されていることは認めるが、その余の事実は否認する。安田克子は「勝手に連れて帰つてはいけない。山口の了解を得てくれ。」と言つて制止した程度である。
四 同四の事実は否認する。
拘束者が九月一八日に被拘束者を実家に連れ帰つた時点では、被拘束者の親権者は拘束者であつたのであり、拘束者は、被拘束者の母親として、生後二年四か月足らずの被拘束者が昼間は他人の手で育てられ、夜間は請求者の勤務先の寮で男手で育てられている状況を心痛して、これを自らの手で監護養育するのが被拘束者の幸福に適すると考え、これを連れ帰つたものであるが、その際、策を弄するとか暴力的手段で奪取したものでもなく、従つて、被拘束者を連れ帰つたことは何ら違法なものではなく、仮りに違法性があるとしても極く軽微なものというべきである。
また、請求者と拘束者双方の監護状態の実質的な当否を比較考察しても、被拘束者にとつては請求者よりも拘束者の母親としての強い愛情によつて育てられることがより幸福であるというべきであり、被拘束者に対する監護の意欲、能力の点においても、住居の状況等の監護態勢の点においても、拘束者のそれは請求者のそれよりもはるかに優れており、請求者の監護状態は著しく劣つているというべきである。
第四疎明関係
一 請求者
1 疎甲一ないし一〇号証
2 証人安田克子、同東尚次、請求者本人
3 疎乙一、二、五号証の成立(五号証については原本の存在も)は認める。その余の疎乙号各証の成立は知らない。疎丙号各証の成立は認める。
二 拘束者
1 疎乙一ないし五号証
2 証人吉村美代、同坂本進、拘束者本人
3 疎甲一ないし四号証、六、八号証の成立は認める。その余の疎甲号各証の成立は知らない。疎丙号各証の成立は認める。
三 被拘束者
1 疎丙一ないし一六号証
2 疎甲九号証の成立は知らない。その余の疎甲号各証の成立は認める。疎乙一、二、五号証の成立(五号証については原本の存在も)は認める。その余の疎乙号各証の成立は知らない。
理由
一 拘束の有無について
1 請求者と拘束者はもと内縁関係にあり、その間に昭和四九年五月二五日被拘束者が出生し、被拘束者は同年六月七日請求者によつて認知されたこと、請求者と拘束者は共同して被拘束者の監護にあたつていたところ、拘束者は昭和五〇年七月頃被拘束者を○○○市の実家(拘束者の肩書住所地)に連れ帰つたこと、しかし、拘束者が同年九月二日詐欺事件により警察に逮捕され、引き続き勾留されるに至つたため、請求者は同月一五日被拘束者を○○○市からその肩書住所地に連れ帰り、昼間の勤務中は近くに住む親類で、雇主でもある安田常男の妻安田克子に被拘束者を預けてその養育を依頼し、夜間および休日は自ら被拘束者の監護にあたつていたこと、ところが、拘束者は、昭和五一年九月一八日午前七時五五分頃、右安田常男方に赴き、請求者の承諾を得ず、同人方から被拘束者を連れ去つたこと、現在被拘束者は拘束者の肩書住所地において同人によつて監護されていることは、請求者と拘束者との間に争いがない。
2 右の事実によると、被拘束者は現在約三年八か月の意思能力のない幼児であるところ、意思能力のない幼児を監護する行為は、当然にその者の身体の自由を制限する行為を伴うものであるから、その監護自体が人身保護法および同規則にいう拘束にあたると解するのが相当である。従つて、拘束者は被拘束者を拘束しているものというべきである。
二 親権、監護権の在否ないしその行使の許否について
請求者が神戸家庭裁判所尼崎支部に審判を申立て、昭和五一年七月二〇日、被拘束者の親権者を請求者と定める旨の審判がなされ、これに対してなした拘束者の即時抗告に対しても同年一〇月一八日抗告を棄却する旨の決定がなされたことについては、請求者と拘束者との間に争いがなく、右事実によると、拘束者が同年九月一八日に安田方から被拘束者を連れ去つて拘束を始めた時点においては、前記審判はまだ確定しておらず、拘束者は被拘束者の親権者であつたものである。
しかし、請求者、拘束者各本人尋問の結果(争いのない事実を含む)によると、これより先、請求者、拘束者間の内縁関係が破綻したため、拘束者は、昭和五〇年七月頃、請求者に無断で被拘束者を実家に連れ帰つたが、同年九月二日に詐欺罪で逮捕され、引き続き勾留されるに至つたため、請求者は同月一五日に拘束者の実家に赴いて拘束者の母吉村ヤスエと平穏なる話し合いのうえ、同女より被拘束者の引渡を受けて、これをその住所地に連れ帰り、前記のとおりこれを監護養育していたものであるが、拘束者としても、同月一二日に右詐欺罪で起訴され、しかもこれが前の犯罪による刑の執行猶予中の犯行であるため、これについては厳しい実刑判決がなされる可能性が多分にあり、もし実刑に処せられれば被拘束者を自分の手で育てることも不可能となり、その場合は請求者のもとで育てられるのもやむなしと思い、被拘束者が請求者のもとで右のとおり監護されることを了承していたことが一応認められるから、当時、拘束者は被拘束者に対する監護権の行使を請求者に委ねていたものとみられ、しかも、証人安田克子の証言および拘束者本人尋問の結果によると、拘束者は、昭和五一年九月一八日午前七時五五分頃安田方に入るやいきなり被拘束者を抱き上げて連れて行こうとし、安田克子が請求者の了解を得ないといけない旨言つて被拘束者を取り返すと、さらにこれを奪い返して連れ去つたことが一応認められ(右認定に反する証人坂本進の供述部分は措信することができない。)、右事実からすると、拘束者の右行為は親権の正当な方法による行使とみることはできない。
そして、請求者が認知した被拘束者に対する親権については、請求者、拘束者間で何ら協議がなされていなかつたため、前述のように、民法八一九条四項、五項に基づく親権者指定の協議に代わる審判により請求者が被拘束者の親権者と定められたのであり、右審判は拘束開始時それが確定していなくても、その後事情の変更がない限り、人身保護手続においてもその判断に従うべきであるが、前述のようにその後右審判は確定したのであり、現在は請求者が被拘束者の親権者であるので、拘束者は請求者の意思に反して被拘束者を監護する権利はないにもかかわらず、これに反して被拘束者を拘束しているものといわざるを得ない。
三 拘束の違法性ないしその顕著性について
1 父母のうち、法律上子の監護権を有しない一方が、親権者、監護権者たる他方の意思に反して幼児をその監護のもとにおいてこれを拘束している場合には、たとえ拘束者の監護方法が妥当なものであつても、両者の監護状態の実質的な当否を比較考察し、幼児の幸福に適するか否かの観点から、親権者、監護権者のもとに幼児を引渡すことが著しく不当であるとの事情が認められないかぎり、幼児に対する当該拘束は違法になされていることが顕著であるというべきである。
2 そこで、本件において右の事情が存するか否かについて検討する。
いずれも成立に争いのない疎甲四号証、疎乙一、二号証、疎丙一ないし一六号証、請求者と被拘束者との間においては成立に争いがなく、請求者と拘束者との間においては請求者本人尋問の結果により真正に成立したと認める疎甲五号証、証人坂本進の証言により真正に成立したと認める疎乙三号証(後記信用しない部分を除く)、証人安田克子、同東尚次(後記信用しない部分を除く)、同吉村美代、同坂本進の各証言および請求者、拘束者各本人尋問の結果によると、
(一) (1) 請求者は、昭和八年三月一一日生まれの心身ともに比較的健全なる男性であつて、その性格はまじめで、思いやりのある優しい人柄で、仕事にも熱心であり、被拘束者の将来の幸福を願い、父親としての愛情をもつて、自らの手でこれを監護養育しようとの強い意欲をもつていること。
(2) 現在、安田常男の経営する○○工業所(○○業)に勤務し、月平均約一八万円強の収入を得ており、これといつた格別の資産はないけれども、借金もないこと。
(3) その居住家屋は、右安田常男所有の木造瓦葺二階建の家屋で、交通騒音等も少ない第二種住宅地域にあり、請求者が使用している二階の六畳二間は日照、通風ともに問題はなく、安田宅も文教地区で第二種住宅地域にあつて、二階建でかなりの間取りがあり、風通しも採光も充分で、生活環境は良好であること。
(4) 請求者は、勤務に出るため、昼間は被拘束者を監護養育することは困難であるけれども、被拘束者が拘束者に連れ去られるまでは、右安田常男の妻安田克子にこれを預けてその養育を依頼していたのであり、被拘束者を引きとつた場合も、しばらくの間は右克子に被拘束者の養育を依頼することとなるが、右克子は民生委員とか婦人会役員等をつとめ、心身ともに問題のない人格円満なる人柄であり、育児経験も豊かで、養育能力は充分であり、そして、夜間および休日は請求者自身が被拘束者の監護養育にあたり、前記拘束開始時までは格別の問題もなく被拘束者は成長してきたこと。
(5) 今後、請求者が再婚することも考えられ、その場合には請求者とその妻が被拘束者の監護養育にあたることが推測されるが、請求者は被拘束者の幸福を中心に再婚問題を考えているため、それに適する女性とのみ再婚し、被拘束者のために平和な家庭をつくるであろうと予想されること。
(二) (1) 一方、拘束者は、昭和八年九月二五日生まれの健康な女性で、柔順であるとともに生活力旺盛であり、請求者と同棲後は同人のためにいろいろ尽すところがあつたが、金銭的にはだらしなく、安易にいわゆる高利貸しから借金し、その返済に窮した結果、母親吉村ヤスエ所有の不動産を無断で他に担保に供したために、昭和四八年一〇月九日、福岡地方裁判所小倉支部で、有印私文書偽造、同行使等の罪により懲役一年六月、執行猶予三年の刑に処せられ、その執行猶予期間中の同五〇年六月頃にも再度同じような借金の返済に窮したすえ、前記安田夫妻等の名前をかたつて家電業者等を相手に多額の月賦詐欺を働いたために、同五一年九月一七日、神戸地方裁判所尼崎支部で、懲役一年、執行猶予三年、保護観察付の刑に処せられ、また母親からの申立により推定相続人廃除の審判もなされたものであり、その一般的行動傾向や性格に問題がなくはないが、現在は今までの生活態度を改め、母親としての強い愛情でもつて被拘束者を立派に養育しようと決心していること。
(2) 現在、拘束者は、居住家屋の部屋を他に間貸して、月一六万五、〇〇〇円程度の収入を得ているものの、前記家屋の譲受人林田ミチコから右家屋の明渡を求められて、第一審では敗訴し、現在控訴中であるが、控訴審でも敗訴すれば、拘束者らは異議なく同家屋を明渡す旨右相手方と約束しており、他に資産としては何もないうえ、借金がまだ残つており、現在収入源としている右賃料も、前記訴訟で敗訴が確定した場合には、これを失うにいたること。
(3) その居住家屋は、木造二階建で、以前は遊郭ないしはいわゆるつれ込み旅館として利用されていたもので、かなり古く老朽化しており、付近には銀行、ビル等建つているが、いわゆる飲み屋街もあり、居住環境は必ずしも良好とはいいがたいこと。
(4) 拘束者は、○○○興信所の勤務を辞めて後その職がなく、近く娘美代名義で前記家屋において○○○○屋を始める予定であるが、常に家庭にいるので、昼夜被拘束者の監護養育が可能であり、拘束開始以来現在まで強い愛情をもつて被拘束者を格別の問題もなく監護養育し、被拘束者も拘束者らによくなついていること。
以上の事実が一応認められ、疎乙三号証および証人東尚次の証言中、右認定に反する部分は信用できず、他に右認定を覆すに足りる資料はない。
3 右認定の事実に基づいて双方の監護の適当性を比較衡量すると、拘束者については、拘束開始以来現在までの母親としての監護養育に別段の支障は生じておらず、また将来も愛情ある養育を充分に期待しうるところと認められるけれども、他方、請求者についても、本件拘束開始までの監護には格別妥当を欠くところはなく、また被拘束者の引渡しを受けた場合にも、愛情と配慮をもつてする監護養育が可能な事情にあると認められる。そうだとすると、本件においては、被拘束者を請求者の監護のもとにおくことが、拘束者の監護にまかせるよりもよりよい方法であるかどうかは別としても、被拘束者の幸福に反し、著しく不当であるとはいいがたい。従つて、拘束者の被拘束者に対する本件拘束は違法になされていることが顕著であるといわぎるを得ない。
四 結論
よつて、請求者の拘束者に対する本件人身保護請求は理由があるからこれを認容して、被拘束者を釈放することにし、被拘束者が幼児であることにかんがみ、人身保護規則三七条を適用してこれを請求者に引渡すこととし、手続費用の負担につき、人身保護法一七条、同規則四六条、民事訴訟法八九条を各適用して、主文のとおり判決する。