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最高裁判所第二小法廷 昭和53年(オ)321号 判決 1980年7月11日

上告人

甲野花子

上告人

甲野ミツ

右両名訴訟代理人

林貞夫

被上告人

乙山太郎

右訴訟代理人

古屋福丘

主文

一  被上告人の上告人甲野ミツに対する請求中所有権移転登記の抹消登記手続請求を認容した部分(原判決主文一(一)2)につき原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。

二  被上告人の右所有権移転登記の抹消登記手続請求の訴を却下する。

三  上告人甲野花子の上告及び上告人甲野ミツのその余の上告を棄却する。

四  訴訟の総費用はこれを三分し、その一を被上告人の負担とし、その余を上告人らの負担とする。

理由

上告代理人林貞夫の上告理由第一点及び第三点と同第二点のうち債権者代位権に関する部分とについて

離婚によつて生ずることあるべき財産分与請求権は、一個の私権たる性格を有するものではあるが、協議あるいは審判等によつて具体的内容が形成されるまでは、その範囲及び内容が不確定・不明確であるから、かかる財産分与請求権を保全するために債権者代位権を行使することはできないものと解するのが相当である。

したがつて、被上告人による上告人甲野ミツに対する所有権移転登記の抹消登記手続請求権の代位行使は、その代位原因を欠くものであり、これに関する訴を不適法として却下すべきであるにもかかわらず、右請求を認容した原判決には、法令の解釈を誤つた違法があるといわなければならず、右の違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。それゆえ、被上告人の上告人甲野ミツに対する請求中所有権移転登記の抹消登記手続請求を認容した部分につき、原判決を破棄し、右請求を棄却した第一審判決を取り消したうえ、右請求部分について訴を却下すべきである。

同第二点のうち、所有権確認請求に関する部分について

被上告人の財産分与請求権が先に判示したとおりその範囲及び内容が不明確なものであつても、なお、原判示の事実関係のもとにおいては、被上告人は第一審判決目録(一)ないし(五)記載の各物件が上告人甲野花子の所有に属することの確認を求める法的利益を有するものというべきであるから、原判決に所論の違法はない。論旨は、原判決を正解しないでその違法をいうものにすぎず、採用することができない。

同第四点について

所論の各点に関する原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、原判決を正解しないでその違法をいうものにすぎず、採用することができない。

よつて、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、三八四条、九六条、八九条、九二条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(木下忠良 栗本一夫 塚本重頼 鹽野宜慶 宮崎梧一)

上告代理人林貞夫の上告理由

原審判決は次の諸点につき法律の適用またはその解釈を誤りたる不法の判決である。

第一点 財産分与請求権について。

財産分与請求権は云ふまでもなく、離婚または離縁に因つて、その当事者間に生ずる権利であるが民法第七六八条の規定によつて、当事者間に協議が調わないか、または協議することができないときは、家庭裁判所に対して協議に代わる処分を請求することができる旨を定め、この場合家庭裁判所は分与をさせるべきか並に分与の額並に方法を定むべきことを定めた。

従つてこの規定によれば、離婚によつて当然財産分与請求権即ち具体的物権または債権が生ずるものには非づして、当事者間の協議または家庭裁判所の審判によつて生ずべきものであることは云ふまでもない。

本件の場合、当事者間に調停による財産分与の協議が調わず、また家庭裁判所の審判も確定していないことは、一件記録に徴して明らかであるが、かかる場合、被上告人は前示民法第七六八条によつて上告人に対し財産分与を請求し得べき一身専属的なる法律上の能力を有するものの、更に進んで果して分与の具体的請求権の有無、並にその数額または方法について確定した権利即ち物権または債権を有するや否やは未だ確定せざるものと謂はねばならぬ。

然らばこの状態における被上告人は、単に財産分与を請求し得べしとする一種の期待権を有するに過ぎざるものと謂ふべきである。

この点について原判決が被上告人につき「財産につき分与を請求し得る権利を有するもの」と断定し、その権利について「もとよりその具体的内容は家事審判により定められるが、この時点での財産分与請求権を抽象的と表現するかどうかはともかく、一種の財産的請求権(単なる協議請求権ではない)(また婚姻費用や扶養料のように将来の支分的債権を含むものと異なる)として、すでに一審原告(被上告人)について発生したものと解せざるを得ない」と判断したことは、前述法律上の能力または期待権を具体的な債権または物権的請求権と混淆した謬見と云ふべきである。

これら両者の区別は、仮に財産分与請求権者が協議または審判前に死亡した場合に、その相続人がそのものの権利を承継し得るや否やの命題に関連して考えれば直ちに理解し得るであろう。

第二点 確認の利益について

本件における被上告人の請求の趣旨は、上告人において既に被上告人等に対して離婚に因る財産分与請求権の存在を前提とし、上告人花子が同ミツとの間に為した財産移動が該権利について詐害行為に当るとし、且つ債務者たる花子に代位して、債権者たる被上告人がその確認を求めるとするにあることは、一件記録に徴して明らかである。

然して原審判決はこの点について「一審原告は右各土地につき一審被告花子の登記抹消請求権を代位行使して真実の登記名義を確保する必要性があるものと判断する」として被上告人の主張を容認している。

然れども債権者の代位権並に詐害行為取消請求権は、いづれも現実なる債権の存在を俟つて発生する従属的な請求権であつて、従つて具体的債権の存在を大前提とすることは云ふまでもないところである。

況んや本件において被上告人に右法律的事実の確認を求め得べき訴権があるや否やは、いづれもこれを否定すべきである。

さらに原判決がすすんで「ただし前記の意味でまだ具体的な内容の定まらない請求権であるから、もとより民法第四二三条第二項の制限を受けるわけであるが、前記のごとき代位行為は同項但し書に定める保存行為に準ずるものとして、これを許すことができると解すべきが相当である」と判示して、被上告人が口頭弁論において毫も主張立証しない法律関係にまで論及し、以て被上告人の主張を掩護したのはまさに原審判決の逸脱した判断といふべきである。

第三点 家庭裁判所の審判権について。

本件の如き離婚の場合、その当事者に財産分与の請求権があるや否や、その請求権の対照となるべき財産の有無、財産分与の数額並に分与の方法に関する判断は、一に家庭裁判所の専権に属し、普通裁判所の裁判権に属せざることは、前示民法第七六八条第三項が「前項の場合には家庭裁判所が当事者双方の協力によつて得た財産の額その他一切の事情を考慮して分与をさせるべきかどうか並びに分与の額及び方法を定める」と明記したことによつても明らかである。

従つて財産分与について、当事者間の協議が調わぬ限り、家庭裁判所の審判による財産分与の決定がない限り、いづれの当事者についても財産分与請求権の有無、その対照財産、数額並に方法は全く不確定であり、従つて財産分与請求権(債権または物権)もまた存在しないものと云ふべきである。

またその当然の結果として、かかる時点において、普通裁判所が財産分与請求権の存在はいふまでもなく、これに附随した債権者代位権または詐害行為取消請求権の有無について判断することは、その権限を踰越した違法な判断といふべきである。

第四点 慰藉料並に損害賠償請求について。

原審判決は第三点において述べたごとく、財産分与請求権について、権限を踰越した判断を敢てなした反面、上告人等の慰藉料並に損害賠償請求について、いづれも家庭裁判所において財産分与の審判にあたつて、判断審理すべきであつて、普通裁判所の権限には属せないとして、損害賠償請求はこれを却下し、慰藉料請求はこれを棄却した。

然るに損害賠償亦は慰藉料の請求は、いづれも不法行為を原因とするものなるを以て、その審理判断が普通裁判所の権限に属することは論をもちいざるところにして、たとえそれが離婚または財産分与について関連ありとするも、これらが家庭裁判所の専権にぞくするものとして、普通裁判所が、それらの審理判断を回避するが如きは、まさに彼此混同の妄断といふべきである。

従つて原判決はこの点について、審理不尽の違法ありといふべきである。

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