最高裁判所第二小法廷 昭和53年(行ツ)170号 判決 1980年1月25日
上告人
城和建設株式会社
右代表者
原田耕延
右訴訟代理人
中吉章一郎
被上告人
千葉県知事
川上記一
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人中吉章一郎の上告理由一について
所論の「法律生活上の利益」が行政事件訴訟法九条括弧書にいう「処分の取消しによつて回復すべき法律上の利益」にあたらないとした原審の判断は、原判決の説示に照らし、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
同二について
所論の点に関する原審の判断は、上告人の主張する「法律生活上の利益」は国家賠償法上の損害賠償請求訴訟によつて直截的かつ有効にその実現を図るべきものである旨を説示するにとどまるものであり、右説示の限りにおいて、原審の判断は、是認し得ないものではない。論旨は、原判決を正解しないでこれを非難するものにすぎず、採用することができない。
同三について
上告人が本件訴の利益を有することを前提とする所論違憲の主張は、その前提を欠き、失当である。論旨は、採用することができない。
よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(木下忠良 大塚喜一郎 栗本一夫 塚本重頼 鹽野宜慶)
上告代理人中吉章一郎の上告理由
一、本件は、第一、二審とも行政処分に指定した期間が本訴提起後に形式的に経過しただけを以て当然に行政訴訟法第九条括弧書の法律上の利益がないとして上告人の原告適格を否定し請求を却下した。
しかし、本法条括弧書は、原告適格を積極的に認める規定であり、訴提起資格としての原告適格に関するものであり、訴提起後の右期間の到来はそれを以て直ちに原告適格が失われるものではない。
そして、同括弧内の「処分の取消しによつて回復すべき法律上の利益」とは、第一審、第二審判決が判示する加き厳格な概念法学的な法律上の利益ばかりに限定されるものではなく、広く法律生活上の利益を含み、違法な行政処分によつてあらゆる法律上の制約不利益を受けている上告人をその処分を取消すことによつて直ちに救済するべき意味において可能な限りその行政処分の取消を求め得る法律上の利益と解すべきである。そして、それは行政処分の内容である期間が形式的に経過しただけで当然にすべてが消滅するものではない。上告人には原告適格があり訴の利益がある。
原判決が判示する上告人が現に受けている不利益からの回復を求める権利はまさに本法条の法律上の利益が存在する場合に該当するものである。その他あらゆる場合に原告は本件取消原因の存在について証明させられる。
また、本件原告適格の問題は行政処分の取消原因と関連があり、本件行政処分は違法な直ちに取消すべきものであり、従つて、上告人には訴の利益がある。
原判決の如きでは、行政処分の定める期間が経過したと同時にすべて当然にその取消を求める訴が不適法となり、これでは違法な行政処分がはびこり国民は抵抗できず泣き寝りさせられることになる。
二、本件違法処分による損害の回復の方法として国家賠償によるべきことを判示するが、行政訴訟法に基づき取消原因のある行政処分の取消を求めることと、国家賠償請求とはその法的趣旨、本質が異り、両立するものであり、一方の請求権によつて他方が影響を受けることはない。原判決は法理上違法である。
三、本件行政処分は、記録上明らかなとおり本質的に取消すべき原因があり、憲法第三一条の法定手続に反し、同第二二条第一項の職業選択の自由を侵奪したものであり、これによる上告人の教済を単に行政処分の内容に過ぎない処分期間が形式的に経過したというだけで放棄し、本訴を許さないことはまさしく憲法に違反する。
<参考・第一審判決抄>
(千葉地裁昭五一(行ウ)第一七号等、昭52.12.23判決)
およそ行政処分の取消しの訴えは、当該処分の効果が期間の経過其他の理由により消滅した後においても、なお法律上の利益を有する者にかぎり、これを提起することができるとされているが(行政事件訴訟法九条括弧書参照)、右法律上の利益を有する者とは、一般に、期間の経過等によつて処分自体の効力は失われても、その処分の取消し判決を得なければ回復できないような法律上の不利益が残存する者、換言すれば、処分の効果としての直接かつ確定的な不利益が、その処分の効力消滅後も何らかの具体的な法律関係について、現に残存しているために、同処分の取消しによらなければその回復を図ることができない状態にある者をいうと解される。
ところで、原告は、(一)本件処分は、将来、原告が受ける可能性のある同種の制裁的処分の加重原因となり、また(二)本件処分により原告の名誉、信用等の人格的利益の侵害が残存しているので右各不利益の回復を図るため本件処分の取消しを求める必要がある旨主張しているが、(一)宅地建物取引業法中には、本件処分をその法定の加重要件とする法条はないのであるから、本件処分は原告が将来受ける可能性のある処分において、情状として事実上考慮される虞れがあるというに止まりなんら具体的現実的な不利益ということはできない。(将来、受けた処分を争う訴訟において情状事実の存否は争いうると解すべきである。また原告の営業免許は、前記業務停止期間中に既に更新されたことは弁論の全趣旨より明らかである。)また、(二)原告が主張する人格的利益の侵害も処分の効力の消滅した現在においては、これに対応して当然に存在しなくなつていることが明らかであると共に、過去において既に発生した侵害についても、まず処分の取消し判決を得てその処分の公定力を失わしめなければ、回復できない関係に立つものではない。むしろ、このような侵害の回復は、国家賠償法上の損害賠償請求訴訟により直截的にその救済を求めることができ、かつこれを以つて足りると解するのが相当である。のみならず、かかる人格的利益の侵害は多かれ少なかれすべての不利益処分に必然的に伴うものであるから、行政事件訴訟法九条括弧内において法が特に指摘した「法律上の利益」を根拠づけるに足りる不利益とまではいえないのである。
<参考・第二審判決抄>
(東京高裁昭五三(行コ)第三号、昭53.8.30判決)
一 当裁判所は、控訴人の本件取消訴訟は、訴えの利益を欠いて不適法であり、却下すべきものであると判断するのであるが、その理由は、次に訂正・付加するほか、原判決の理由と同じであるから、その説示を引用する。
1 原判決七枚目裏六行目から七行目(編注―二八巻一二号一三四七頁三行目)にかけての「存在し」を「生じ」と改め、同七行目(同上、同所)の「なくなつている」の次に「(控訴人のいう、本件処分の効力消滅後においても右人格的利益の侵害状態が残存するとは、本件処分の効力消滅までの間に既に生じた侵害の結果が残存するということにほかならない。)、」と加える。
2 (控訴人の当審での主張について)
本件処分は、土地建物の売買、建築・設計・監理等の業務を営む控訴人に対し、昭和五一年一一月五日から昭和五二年二月四日までその業務の全部停止を命ずるものであるから、右期間の経過により本件処分自体の効力がなくなつたのは当然である。したがつて、控訴人が本件取消訴訟を提起し本案判決を求めるには、右期間の経過によつて本件処分自体の効力が失われても、その処分の取消しを求めなければ回復できないような法律上の不利益が残存していることが必要であるところ、控訴人は当審において本件処分を取り消すことによつて受けるべき具体的利益の一つとして宅地建物取引業法その他関連法規上の許認可問題に関する正当権利に対する制約からの全面的無条件の復権を主張するけれども、控訴人が現に本件処分により法律上当然にその正当権利につき制約を受けているとは解せられない(かかる不利益を受ける旨の実体法上の規定も見い出しえない。)ので、それは要するに本件処分を受けたことが情状として事実上考慮されて、控訴人が宅地建物取引業法等の許認可問題に関し将来不利益を受け又は受ける虞があることをいうにすぎず、かかる不利益は、本件処分によつて当然かつ直接的に招来されるものではないのであるから、未だ右にいう「処分の取消しを求めなければ回復できないような法律上の不利益が残存している」というに足りないし、控訴人が当審で主張するその余の具体的利益は、控訴人の営業の侵害に関するものないし控訴人の従前からの主張である名誉・信用等の人格的利益の侵害を敷衍したものであつて、かかる具体的利益は、国家賠償法上の損害賠償請求訴訟によつて直截的かつ有効にその実現を図るべきものである(業務停止期間中の逸失利益の回復は国家賠償法の損害賠償請求によるほかはないことはいうまでもなく、また業務上の契約義務の遅延不履行等による対外的責任から免責を得るについても、必ずしもその前提として本件処分の取消しを必要とするものではないし、業務上の契約義務の遅延不履行等による損害は国家賠償法上の損害賠償請求によつてその填補を図るべきである。)。