最高裁判所第二小法廷 昭和53年(行ツ)29号 判決 1983年6月13日
上告人
日本原子力研究所
右代表者理事長
藤波恒雄
右訴訟代理人
秋山昭八
石原輝
被上告人
沢井文雄
外七六名
右七七名訴訟代理人
浜口武人
塙悟
我妻真典
被上告人
江連秀夫
外七名
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人秋山昭八、同石原輝の上告理由第一点について
所論の点に関する原審の判断は、原審の確定した事実関係のもとにおいては、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
同第三点について
所論の点に関する原審の認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができる。原審の確定した事実関係のもとにおいて、上告人の東海研究所における動力試験炉の直勤務につき五班三交替制によることを定めた上告人と日本原子力研究所労働組合との間の昭和三八年七月二一日付及び同年八月一五日付の各協定は、昭和四二年一二月二七日当時なお効力を有していたものであり、右同日上告人が発した本件業務命令及びこれによつて昭和四三年一月七日以降現実に実施された直勤務の態様は、いずれも右の各協定に反するとともに右直勤務者の従前の労働条件を不利益に変更したものであるとした原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
同第二点及び第四点について
論旨は、要するに、本件ロックアウトの正当性に関する原審の認定判断には法令違背、理由不備・理由齟齬の違法があり、ひいて憲法一四条の違背があるというのである。
一本件ロックアウトに関して原審の認定するところは、おおむね、次のとおりである。
1上告人は、日本原子力研究所法に基づき、原子力基本法の趣旨に従い原子力の開発に関する研究等を行うことを目的として設立された法人であり、本件当時、主たる事務所を東京都に、従たる事務所(研究所)を茨城県那珂郡東海村、群馬県高崎市、茨城県東茨城郡大洗町及び大阪府等に置いていた。
2被上告人らは、いずれも東海研究所内の動力試験炉管理部及び保健物理安全管理部に所属し、昭和四三年三月一日から同月二一日までの間、動力試験炉施設に勤務していた職員であり、上告人の職員で組織されている日本原子力研究所労働組合(以下「原研労組」という。)の東海支部の組合員であつた。
3右動力試験炉管理部においては、一日二四時間を第一直から第三直までの三つの勤務時間帯に分け、これを職員が交替で勤務することによつて動力試験炉の連続運転を行い、このような勤務体制を直勤務と称していた。
右直勤務については、上告人と原研労組との間に、昭和三八年七月二一日、動力試験炉の運転員につき、同年九月二五日までは四班三交替制により、同月二六日以降は五班三交替制による旨の協約が締結され、同時に右九月二五日までの期間についての具体的な労働条件等を定めた了解事項が締結され、また同年八月一五日、放射線管理班員につき、右とほぼ同旨の協定及び了解事項が締結された。なお、その後締結された了解事項により、同年九月一八日から同月二五日までの間も五班三交替制によつて直勤務を行うこととされた。
右の五班三交替制は、五つの班がそれぞれ第一直ないし第三直を順次二日ずつ連続して勤務し、深夜勤務である第三直の終業後、明け休み、休日を各一日ずつとつたうえ、日勤を二日連続して勤務し、以上一〇日の周期でこれを繰り返すというものである。
そして、その後も数次にわたり存続期間を限つて、同様に、右両協定に定められた大綱に従つてその実施に必要な細目を定める了解事項が締結されたが、上告人は、昭和三九年四月一日、右と同一の勤務編成を定める「東海研究所において特殊な業務に服する職員の勤務に関する規則」を制定し、同月一六日限り従前の了解事項の存続期間が満了したのちは、右規則がこれに代つて前記両協定の実施に必要な細目を定めるものとして、これを動力試験炉の直勤務者に適用することとし、従前同様五班三交替制を実施していた。
4上告人は、昭和四二年一一月一八日、原研労組に対し動力試験炉における直勤務の基準の改正について協議を申し入れ、従前の五班三交替制を四班三交替制に改め、かつ直交替の際の引継時間(三〇分)の制度を廃止し、休日は年間六七日とすること等を内容とする改正案を提示し、同年一二月末までには協定を締結し、実施の運びに至りたい旨を申し入れた。そして、上告人と原研労組との間で、同年一一月二一日から同年一二月二七日までの間七回にわたり折衝が重ねられた。
第一回の折衝において、上告人側は、直勤務者と通常勤務者との間の労働条件の均衡をはかり、人員の効率的配置、業務の効果的組織的運営を行うために四班三交替制が必要である旨を説明し、これに対し、原研労組側は、動力試験炉の直勤務に関しいかなる勤務体制を採用すべきかについては、原子力の研究開発という動力試験炉設置の目的、運転の安全性、運転員の健康の維持及び教育訓練による技術の向上の見地から作業の実態に即して検討すべきであり、かような見地から判断するときは五班三交替制を維持すべきであり、四班三交替制の採用には反対する、との態度をとつた。そして、同年一二月一九日の第五回折衝に至り、原研労組は、上告人の右提案に対し、(1) 三〇分の引継時間は安全確保の見地から制度として必要である、(2) 第三直の終了した日は明け休みであり、これを一般の休日とみなして通常勤務者の休日数との均衡をはかることには反対する、との意見を表明した。しかし、両者の主張は平行線をたどり、妥結の見通しは立たなかつた。
5上告人は、同年一二月二七日、前記「東海研究所において特殊な業務に服する職員の勤務に関する規則」の一部を改正する規則を定め、「動力試験炉運転員等の勤務割の報告等について」と題する通達を発し、翌年一月六日からこれを実施する旨の本件業務命令を発した。
右通達には、動力試験炉運転員及び動力試験炉放射線管理室員の直勤務につき、一二日周期又は八日周期の四班三交替制を実施する旨が定められていた。右一二日周期のものは、四つの班が交替で、第一直及び第三直を順次三日ずつ連続して勤務し、休日を一日とつたのち第二直を三日連続して勤務し、更に休日を一日とつたのち日勤を一日勤務し、以上一二日の周期でこれを繰り返すというものであり、また、八日周期のものは、四つの班が交替で、第一直ないし第三直を順次二日ずつ連続して勤務し、休日を一日とつたのち日勤を一日勤務し、以上八日の周期でこれを繰り返すというものであつた。そして、昭和四三年一月五日付で各人宛に発せられた実施通知には、同月六日以降の直勤務は四班三交替制による旨が明記され、一二日周期の四班三交替制による勤務割基準表が添付され、従前から五つの係(班)のうち第五係は当分の間平常勤務(日勤業務)に就くべきことが定められていた。
6その後も、昭和四三年一月五日から同年二月六日までの間、七回にわたつて折衝が行われ、原研労組は、本件業務命令の強行に抗議し、その撤回を強く求めるとともに、三〇分の引継時間を制度として存置すべき旨の主張を繰り返したが、二月六日の時点においては、従前の一〇日周期の勤務編成には必ずしも固執せず、一月七日から現に実施されていた方式を制度化すること、すなわち五班のうち一班を日勤班として常置しこれが三六日毎に直勤務班と入れ替わることを協定書に明文化すること(すなわち上告人のいう変則五班三交替制の採用)を求め、若干の譲歩を示したのに対し、上告人は、引継時間については従前と同じ見解を繰り返し、また五班のうち一班を日勤班として置くのは暫定的、経過的措置にすぎないからこれを協定化することはできないとの立場をとり、譲らなかつた。この間、原研労組は、本件業務命令による直勤務態様の変更に抗議するため、同年一月五日、翌六日から動力試験炉管理部所属組合員、保健物理安全管理部所属動力試験炉勤務組合員につき無期限ストライキを実施する旨通告したが、当日二四時間ストライキに変更してこれを実施した。
ところで、右折衝には上告人側は労務課長と同課員が出席するだけで、前年中と異なり人事部長の出席もなく、また原研労組の要求にもかかわらず理事の出席する団体交渉は一度も開かれることなく推移し、同年二月六日以降は右のような折衝ももたれない状況となつた。
7同年二月一九日、原研労組は、上告人に対し書面をもつて次のような五項目の要求を申し入れた。すなわち、(1) 直ちに業務命令を撤回し話し合いに応ずること、(2) 引継時間を制度として全員に三〇分認めること、(3) 直勤務者の勤務時間数が通常勤務者より多くならないこと、(4) 交替手当を増額し第一直にもつけること、(5) 運転を担当する係を定常的に日勤業務に就かせること、というものである(右のうち、(5)は、上告人のいう変則五班三交替制の制度化を意味する。)。
そして、原研労組は、同月二〇日この要求のもと無期限部分ストライキを宣言し、同月二一日午前八時から動力試験炉の第一直の業務に就く組合員一〇名につき本件ストライキを実施した。
8動力試験炉は、昭和四二年一〇月から始まつた定期検査を終了し、昭和四三年二月二一日運転を再開することとなつており、本件ストライキは右の運転再開の日を狙つて行われたものであり、その参加者の範囲が第一直勤務者一〇名に限定される部分ストライキであるとともに、動力試験炉における直勤務の性質上必然的に波状ストライキの形態をとることとなるものである。そして、動力試験炉は原子炉を起動してから所定の出力に達するまでに約一六時間を要するため、第一直勤務者のストライキが継続されればその運転を行うことができないこととなり、本件ストライキ中も六名の運転員は保安要員として勤務していたので、結局、第一直勤務者一〇名から六名を減じた四名が毎日ストライキを行うことによつて、動力試験炉の運転は完全に停止されることとなる。そのため、上告人は、昭和四三年二月二六日以降動力試験炉管理部第四課の日勤班八名に対し第一直の勤務に就くよう業務命令を発し、運転を再開しようとしたが、原研労組は直ちにこれらの者の指名ストライキを実施してこれを阻止した。上告人は、更に同月二七日、動力試験炉管理部の直勤務を経験したことのある従業員に対し第一直に就業させるべく第四課員の業務発令をしたが、実施上の難点があつて実現できず、結局本件ストライキにより動力試験炉の運転再開は完全に阻止されるに至つた。
一方、原研労組は、ストライキに際し、上告人と争議協定を結び、動力試験炉の安全保持のため右のように六名の保安要員を提供し、また本件ストライキそのものは平穏に行われ、実力行使による混乱は一切なかつた。
9同年二月二七日及び二八日の折衝においても、双方の主張に譲歩は見られず、事態解決の見通しが得られなかつたので、上告人は、このような事態に対処するため、原研労組の五項目要求貫徹の事態に対しロックアウトをもつて対抗することを決意し、同月二九日原研労組に対しこれを通告し、同年三月一日午前八時以降、動力試験炉に勤務する動力試験炉管理部及び保健物理安全管理部各所属組合員(合計一〇〇余名)に対し本件ロックアウトを実施した。
これに対し、原研労組は同日午後一時本件ストライキを解除し、同月四日書面をもつて就労を要求したが、上告人はこれを拒否した。
その後も上告人と原研労組との間に交渉が行われ、同月一九日の交渉において、動力試験炉の直勤務は四班三交替制により行うこと、ただし、試験用原子炉二号の改造工事着手まで暫定的に通常勤務に服する日勤班(一班)を置き三六日を基準周期として直勤務に組み入れること、一五分の引継時間を制度として直勤務者全員に認めることなどの点につき合意に達し、上告人は三月二二日本件ロックアウトを解除する旨の意思を表明し、同日午前八時をもつて本件ロックアウトは終息を告げるに至つた。
10本件ストライキにより動力試験炉の運転が停止された結果、上告人の行う各種の試験研究及び外部から委託を受けた研究等の業務の一部が実施できなくなつた。
しかし、その多くは、従来から動力試験炉の稼働率が低い等のため進行が遅れていたうえ、それ自体、三、四年間にわたつて継続されて初めて成果のあがるもの、若しくは長期にわたる試験研究の一環を占めるものであつて、本件ストライキ当時ごく近い一定の時期までに是が非でも完了しなければならないものではなかつた。そして、右試験研究等の多くは、本件争議終了後遂行され一応の目的を達している。
また、本件ストライキにより、原研労組は一日につき組合員四名分の賃金約七〇〇〇円を喪失するのに対し、上告人が動力試験炉管理部各課及び保健物理安全管理部放射線管理課動力試験炉管理係の組合員に支払うべき賃金は一日あたり約一九万七〇〇〇円となる。
しかし、動力試験炉管理部各課のうち、庶務を分掌する第一課においては、本件ストライキによる影響を具体的にほとんど受けず、第三課においては、動力試験炉の運転停止中でも機器の大半は活動しているためその日常定検業務があつたほか、故障修理、老朽機器の更新等に関する業務も行われており、第二課においては、学会における研究発表の準備が行われ、また右の係においては、運転停止中も行うべきことが義務づけられている業務がありストライキに入らない通常勤務者がこれを行つていたのであつて、上告人の右の出損のすべてが無用の出費となるものではない。
更に、上告人は、本件ストライキによる動力試験炉の運転停止の結果、東海研究所内の消費電力を外部から購入することを余儀なくされ、また余剰電力の売却による収入も失うことになる。
しかし、動力試験炉の運転は、原子力の研究、開発等を目的とするものであつて、企業として行われるものではなく、また、動力試験炉はさきにも運転及び発電を停止していたことがあるうえ、昭和四二年一〇月に定期検査のため停止し昭和四三年一月に運転再開の予定が同年二月二一日に延びていたものであり、本件ストライキによりそれが旬日遷延したにすぎず、上告人が右事実により本件ロックアウトを正当ならしめるような損失、打撃を被つたとはいえない。
以上の認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし、すべて首肯することができ、その過程に所論の違法はない。
二原審は、前記のように、上告人が昭和四二年一二月二七日に発した本件業務命令及びこれに基づき現実に実施した直勤務態様は、いずれも、上告人と原研労組との間の昭和三八年七月二一日付及び同年八月一五日付各協定に反するものであり、また右直勤務者の労働条件を不利益に変更したものであるとしたうえ、右の事実関係に基づき、本件ロックアウトに至る間の労使間の交渉経過において、原研労組側の態度のみを一方的に非難することはできず、また、本件ストライキは、本件業務命令の撤回を目的として行われたものであつてその目的において不当なものがあつたといえないのみならず、その態様の面においても不公正なものであつたということはできず、これによつて上告人が受ける損失、打撃の程度もさほど大きなものがあるとは認め難く、上告人が本件ストライキにより著しく不利な圧力を受けるような状況に置かれていたとは認められないから、結局、上告人は、本件ロックアウトを行うについて、本件ストライキによつて上告人が受けるべき損失、打撃を避けるという目的を有していたものであるが、それとともに、本件ストライキを排除し、ロックアウトの圧力により原研労組をして本件業務命令の定める四班三交替制を内容とする労働協約を締結させるという積極的な意図をも有していたとみられるのであつて、本件ロックアウト開始の時点においては、本件ストライキにより上告人が著しく不利益な圧力を受けることになるような場合であつたとはいえず、したがつて、本件ロックアウトが、衡平の見地から見て労使間の勢力の均衡を回復するための対抗防衛手段として相当なものであつたと認めることはできず、また、その後においても、これを正当ならしめるような特段の事情の変化があつたとは認められないから、本件ロックアウトは、その実施期間中のいずれの時点をとつても正当性を認め難いものであると判断した。
三思うに、個々の具体的な労働争議の場において、労働者の争議行為により使用者側が著しく不利な圧力を受けることになるような場合には、衡平の原則に照らし、労使間の勢力の均衡を回復するための対抗防衛手段として相当性を認められる限りにおいては、使用者の争議行為も正当なものとして是認されると解すべきであり、使用者のロックアウトが正当な争議行為として是認されるかどうかも、右に述べたところに従い、個々の具体的な労働争議における労使間の交渉態度、経過、組合側の争議行為の態様、それによつて使用者側の受ける打撃の程度等に関する具体的諸事情に照らし、衡平の見地から見て労働者側の争議行為に対する対抗防衛手段として相当と認められるかどうかによつてこれを決すべく、このような相当性を認めうる場合には、使用者は、正当な争議行為をしたものとして、右ロックアウト期間中における対象労働者に対する個別的労働契約上の賃金支払義務を免れるものというべきである(最高裁昭和四四年(オ)第一二五六号同五〇年四月二五日第三小法廷判決・民集二九巻四号四八一頁、同昭和四八年(オ)第二六七号同五〇年七月一七日第一小法廷判決・裁判集民事一一五号四六五頁、同昭和四七年(オ)第四四〇号同五二年二月二八日第二小法廷判決・裁判集民事一二〇号一八五頁、同昭和五一年(オ)第五四一号同五五年四月一一日第二小法廷判決・民集三四巻三号三三〇頁参照)。
原審は、前示のように、本件争議における原研労組と上告人との間の交渉態度、経過、原研労組が行つた本件ストライキの態様、それによつて上告人側の受ける打撃の程度等に関する具体的諸事情に照らし、衡平の見地から見て、本件ロックアウトは、本件ストライキに対する対抗防衛手段として相当と認めることはできないとして、その正当性を否定したのであつて、原審の右判断は、前段の説示に照らし、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、右違法のあることを前提とする所論違憲の主張は、前提を欠く。論旨は、いずれも採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(鹽野宜慶 木下忠良 宮﨑梧一 大橋進 牧圭次)
上告代理人秋山昭八、同石原輝の上告理由
上告理由第一点 <省略>
上告理由第二点 原判決は、本件ロックアウトの正当性に関する法律上の解釈を誤り、ひいては憲法第一四条に違反するものである。
一、最高裁判所は、本件第一審判決とは異り使用者に対し一切争議権を否定し、使用者は労働争議に際し一般市民法による制約の下においてすることのできる対抗措置をとり得るにすぎないとすることは相当でなく、使用者側が著しく不利益な圧力を受けることになるような場合には、衡平の原則に照らし、使用者側においてこのような圧力を阻止し、労使間の勢力の均衡を回復するための対抗防衛手段として相当性を認められる限りにおいては使用者の争議行為も正当なものとして是認されると解すべきであるとして、使用者の争議権を集団的労働関係の場において労働法上法認しており、さらにロックアウトの正当性の判断基準として、個々の具体的な労働争議における労使間の交渉態度、経過、組合側の争議行為の態様、それによつて使用者側の受ける打撃の程度等に関する具体的諸事情に照らし、衡平の見地から見て労働者側の争議行為に対する対抗防衛手段として相当と認められるかどうかによつてこれを決すべく、このような相当性を認められる場合には、使用者は正当な争議行為をしたものとして、右ロックアウト期間中における対象労働者に対する個別的労働契約上の賃金支払義務を免がれるべきものであると判示しており、これは確定的判例となつている(最高裁昭和四四年(オ)第一二五六号同五〇年四月二五日第三小法廷判決、同昭和四八年(オ)第二六七号同五〇年七月一七日第一小法廷判決、同昭和四七年(オ)第四四〇号同五二年二月二八日第二小法廷判決。)。
ところで、争議行為は、労使当事者が主として団体交渉における自己の主張の貫徹のために、個別労働契約関係その他の一般市民法による法的拘束を離れた立場において、就労の拒否等の手段によつて相手方に圧力を加える行為であり、法による争議権の承認は、集団的な労使関係の場におけるこのような行動の法的正当性を是認したもの、換言すれば労働争議の場合においては一定の範囲において一般市民法上は義務違反とされるような行為をも、そのような効果を伴うことなくすることができることを認めたものにほかならず(労働組合法第八条参照)憲法第二八条や労働法令がこのような争議権の承認を専ら労働者のそれの保障の形で明文化したのは、労働者のとり得る圧力行使手段が一般市民法によつて大きく制約され、使用者に対して著しく不利な立場にあることから解放する必要が特に大きいためであると考えられるからであつて、争議権を認めた法の趣旨が争議行為の一般市民法による制約からの解放にあり、労働者の争議権について、特に明文化した理由が専らこれによる労使対等の促進と確保の必要に出たもので、究極的には、衡平の原則に立脚するものであるとすれば、社会的経済的な力関係において労働者より優位に立つ使用者に対して、一般的に労働者に対すると同様な意味において争議権を認めるべき合理的理由はないとしてロックアウトの正当性の要件を労働者の争議行為のそれよりも厳格に解することが憲法第一四条に違反するものでないことも前記最高裁判所判決(昭和四八年(オ)第二六七号事件判決)の判示するとおりであろう。
二、前掲最高裁判所判決は、ロックアウトの正当性の判断は、「個々の具体的な労働争議における労使間の交渉態度、経過、組合側の争議行為の態様、それによつて使用者側が受ける打撃の程度等に関する具体的諸事情に照らし、衡平の見地から見て労働者側の争議行為に対する対抗防衛手段として相当と認められるかどうか」によつてなされるべきであるとしている。使用者のロックアウトが労働者に対する争議権の保障の反面として認められるものである以上、その行使は労働者側の争議行為が行われた後に、即ち、これに対する対抗防衛手段としてなされなければならないとすることは蓋し当然であろう。而して、対抗防衛手段としてなされたロックアウトが相当であるかどうかは、前記の具体的諸事情に照らして衡平の見地からこれを決すべきであるとするのである。ここでさらに「衡平」の見地の内容が問題とされるべきであつて、これが恣意的に解釈されるならば、たとえ具体的諸事情に関する事実の認定が正しくなされたとしても相当性の判断を誤ることとならざるを得ない。
右判断にいう「衡平」の概念は、集団労働関係においてロックアウトが認められる法理の中にこれを見出すことができる。憲法第二八条が労働者に対して団結権、団体交渉権、団体行動権(争議権)を保障しているのは、労働関係が労使の力の対抗関係において決定され、形成されることを期待し、一般に使用者に対して社会的経済的に劣位にあると認められる労働者に対してこれを付与することによつて労使の力の対等化を図つたものであることは前記判決の説くとおりである。このことは、集団労働関係の場においては、労働者側のみならず、使用者側も力を行使することを当然の前提としているのであつて、労働者が争議権を行使した場合におけるいかなる局面においても使用者がこれに手を拱いていることを予定し、これを使用者に強いるものではない。前記判決によれば、「個々の具体的な労働争議の場において、労働者側の争議行為によりかえつて労使間の勢力の均衡が破れ、使用者側が著しく不利な圧力を受けるような場合には、衡平の原則に照らし、」ロックアウトが認められるものとされるのである。されば、前に述べた「衡平」の概念は、基本的に力の衡平(勢力の均衡)を意味することは明らかであるといわなければならない。ここで、力の衡平、勢力の均衡とは、労使の力の相対的な比較における概念であることはいうまでもない。労働者側が争議行為を行つたことによつて受ける使用者側の打撃と労働者側がこれを行うことによつて賃金を喪失する損失とは一般的に均衡するものと考えられるが、これが特定の争議行為の場において労使の勢力がどのように消長したかがここでの問題であり、その最も主要なものは両者の打撃、損失の程度の比較であるといえよう。これによつてみれば、衡平の概念は、先ず使用者側の打撃の程度と労働者側の損失との比較による力の均衡において把握されるべきであり、これを比較することなく使用者側についてのみこれを論ずることは、右の法理を全く誤つて解釈するものである。
ロックアウトも、それが使用者の争議「行為」である限り、法的価値判断の対象として法的適合性を有することが必要とされることはいうまでもない。相当性の判断の際に要求される衡平の原則は、この見地からも捉えられなければならないであろう。この場合において作用すべき衡平の原則の内容を明らかにするためにも、右最高裁判所の法理に立ち返ることが必要とされよう。労働者に団結権、団体交渉権を保障した所以が一般的に使用者に対して劣位にあるとされる労働者にこれらの権利を付与し、これを保障することによつて両者の実質的な対等化を図るためであつた。裏返してこれを表現すれば、これらの権利を保障することによつて労働者が使用者と対等の立場に立ち、力の対抗関係によつて労働関係が形成されることが期待されるのである。してみれば、使用者の争議行為、その典型とされるロックアウトは、これらの労働者の権利を侵害し、乃至はその権利の侵害に向けられたものであつてはならないことが要求されよう。これらの権利が労働者に保障されることによつて始めて労使の対等が図られるものである以上、使用者がこれらの権利自体を否定し、これを侵害しようとすることは許されないからである。もつとも、ロックアウトは、労働者側の争議行為に対抗して行われ、またその終息を意図して行われるものであるから、これを行うこと自体争議権の侵害に向けられたものではないかとの疑問が生ずるが、前述の要件の下にこれが行われる場合は、労働者側の労働争議の終息を意図してこれが行われることは許容されるべきであり、この場合はむしろ争議権の侵害に該らないと解すべきであろう。もしそうでないと解する場合は、ロックアウトをほとんど否認することとならざるを得ないからである。
ロックアウト(の終息)に至る過程においては、労使両当事者によつて幾多の行為が連鎖的になされるのであるが、その中の使用者の行為が違法性を有し、または社会的妥当性を欠く場合は、そのロックアウトの正当性が否定されることとなろう。しかしながら、この判断もまた労働者側の行為の適法性乃至社会的妥当性との相関においてなされるべきである。ロックアウトの正当性は、先ずこれを受けるべき労働者に対する関係における正当性であるからである。かく論ずることは、労使の行為の違法性、不当性の程度を比較し、使用者側にこれがより少い場合に限つてロックアウトの正当性を認めるべきであると主張するものではない。労使双方に全く違法、不当な行為がなかつたとしても、労働者側の争議行為により、使用者側が著しく不利な圧力を受け、両者の力の均衡が破れた場合は、ロックアウトの正当性が認められなければならないのである。要するに、使用者側に違法、不当な行為がなければ、相当性が認められるべきであり、仮に使用者の行為に不当なものがあるとしても相当性の判断をする場合は、労働者側の行為との関連においてなされなければならず、ここに衡平の原則が作用しなければならないのである。
以上により、ロックアウトが対抗防衛手段として相当性を有するか否かの判断に際しては、労使の力の均衡と前記の具体的事情の下での使用者の行為(労働者側の行為との関連における)の適法性、妥当性という二元的な要素についてこれを行うこととなるが、衡平の原則はその何れの要素についても決定的な判断基準として作用するものである。しかも、これらを総合して相当性の判断をする場合は、さらにこれら相互の関係が問題とされなければならない。例えば、使用者側に些少の非難すべき違法な行為、正当でない行為があつたとしても、労働者側の争議行為によつて決定的な力の懸隔が生じたような場合に行われたロックアウトが対抗防衛手段としての相当性が認められるか否かというような問題が存する。この問題は一概にこれを論ずることは極めて困難であり、所詮具体的事情に即し、全法律秩序の理念(即ち衡平の原則)に照らして判断すべきであろう。しかし、この判断は、右に述べた二要素についての判断をした後において、これらが相反する結論に達したときになされるべきであり、直ちにこの判断を下すことは許されないというべきである。
以上に述べたところにより、ロックアウトの法理は優れて立体的段階的な構造を有するものであることは明らかである。なるほど、原判決は、最高裁判所の前掲判決に従い、「労使間の交渉態度、経過、組合側の争議行為の態様、それによつて使用者側の受ける打撃の程度等に関する具体的諸事情に照らし」(原判決六〇丁裏)と述べ、一応これらの事情について判断しているのであるが、その判断に際しては、右に述べた法理を全く誤つて解釈しているのである。即ち、原判決は、労使間の交渉経過につき「原研労組側の態度のみを一方的に非難することのできない」(一〇八丁表・裏)とし、本件無期限部分ストライキの態様についても「不公正なものであつたということはできない」(一〇八丁裏)とし、上告人研究所が受ける損失、打撃の程度については「さほど大きなものがあるとは認め難く」(一〇八丁裏)としているが、これらの判断は後に述べる如く理由不備、理由齟齬によるものであるのみならず、より基本的には右に述べたロックアウトの法理について法令の解釈を誤つたことに由来するものであるといわざるを得ない。
三、もとより、使用者の争議権を労働者のそれとの比較において文字どおり形式的な平等を要求するものではないが、使用者の争議権は一般市民法による制約の下においてすることのできる対抗措置をとり得るにすぎないものではなく、個々の具体的労働争議の場において、労働者側の争議行為によりかえつて労使間の勢力の均衡が破れ、使用者が著しく不利な圧力を受けることになるような場合には、衡平の原則に照らし、使用者側においてこのような圧力を阻止し、労使間の勢力の均衡を回復するための対抗防衛手段として相当性を認められる限りにおいては、使用者の争議行為も正当なものとして是認されることもまた前示判決の判示するとおりである。
かくして使用者の争議権を労働者のそれよりも厳格に解することが憲法第一四条の非合理的差別の禁止に違背しないとしても、使用者の争議権が労働法上法認された以上使用者の争議権が実質上保障されない結果となることが許容されないことはいうまでもない。
四、しかるに、衡平の原則に照らし労使間の勢力の均衡を回復するための対抗防衛手段として相当性を認められる場合とはいかなる場合であろうか。
最高裁判所は、この判断基準として個々の具体的な労働争議における労使間の交渉態度、経過、組合側の争議行為の態様、それによつて使用者側の受ける打撃の程度等に関する具体的諸事情を列挙しているが、これらの諸事情はこれをただ単に平板的に比較考量するのではなく、自から優先順位があるべきものであつて、かくて段階的立体的に比較考量したうえ判断することこそ正当にその相当性を判断し得ることになるというべきである。
五、ところで、これを右列挙された諸事情について検討するならば、その第一順位は組合側の争議行為の態様であり、第二にそれによつて使用者側の受ける打撃の程度であるというべきである。何んとなれば、ロックアウトはまさに使用者の集団的労働関係における争議行為であつてその対抗的防衛手段としての相当性は何んといつてもまずもつて労働者側の争議行為の態様こそが斟酌されるべきであつて、これが憲法第二八条が当然一般的に予想するところの単なる労務不提供たる同盟罷業であるならば、使用者側がこれより後に対抗防衛的にロックアウトを実施したとしてもそれのみでは相当性を是認できないことが多いであろう。しかしながら、生産管理の如く憲法第二八条が争議権保障として認めないところの労働者側が一方的全面的に生産手段を確保し使用者側の操業権を排除するが如き場合においては、それのみで直ちに使用者側はこれを自らの手に取り戻すため正当にロックアウトを実施することができるというべきである。
六、しかるに、部分ストライキの如く組合側が最小限度の犠牲において使用者側に対し最大の打撃を与える如き場合は、一見大多数の労働者は労務を提供している如く見えてその実使用者側がこれを完全に受領して操業することは不可能であり、結局は操業の自由は全く労働者側に掌握されているのであつて、実質は生産管理に非常に近似しているのである。
即ち、部分ストライキは、その実施により、第一に他の労働者の労務の給付に障害をもたらすものであり、他の労働者の義務の履行が不完全なものとなる(不完全履行)ことを物語つている。つまり、労働者は、就労義務の内容を定めた労働契約や労働協約就業規則の定めるところに従い、また、その義務内容を具体化する業務命令や指示に従つて労働する場合に、はじめて自己本来の業務を遂行することができ、債務の本旨に従つて就労義務を履行したことになる(労働者は単に出勤しただけでは、労務を提供したことにはならない)。
しかるに、本件無期限部分ストライキによつて、JPDR部第四課に勤務する一直勤務者以外の労働者は、自己本来の業務を遂行し得なくなり、JPDR部第一乃至第三課に勤務する労働者も完全にはその業務を遂行し得なくなつたのであつて、これらの労働者については、債務の本旨に従つた履行の提供がないことになる。
而して、労働者の提供した労務が不完全である場合には、少なくとも、その労務を受領して労働させることが使用者の業務の運営にとつて無価値であるか、ほとんど価値をもたない場合には、これを受領する義務はなく、その受領を拒否したとしても、債権者遅滞の責を負わされることはない。
この法理は、個別的な労働契約の面で構想されるものであるけれども、集団的な労務拒否である部分ストライキに対抗するロックアウトを考える場合には、右の如き法理を集団現象的に構想することも許されるというべきである。
前記最高裁判所判例のうち昭和五〇年四月二五日言渡しの丸島水門製作所事件の控訴審判決は、出張拒否や正副班長のいつせい休暇という部分ストライキに対抗して行われたロックアウトにつき、「組合員の不完全な労務の提供を拒否する」ことをもつて、その正当性を根拠づける一つの理由としている。のみならず、全面ストライキと異り、部分ストライキの場合には、使用者が労働させることのできる労働者は、労働組合がどの範囲の者に就労を拒否させるかによつて定まり、これに応じて、使用者が行い得る業務も限定されざるを得ない。この意味において、使用者の行う義務管理の一部は、労働組合の管理下に置かれるということができる。したがつて、部分ストライキは、消極的な労務の提供の拒否という以上に労働組合による積極的な業務管理の要素をもつと解することができる。してみれば、かような体制のもとにおける労務の給付は、使用者の業務命令のみにその内容が決定されるものではないから、債務の本旨に従つたものとはいえず(不完全履行)、使用者がかような体制のもとにおける操業には耐えられないというのであれば、これを排除することを許容しなければならないであろう。
これらのことは、また、労使間の力の均衡の問題、即ち、自由な裁量と判断にもとづく意思決定の能否の問題としてとらえることも可能である。つまり労使の力のバランスは、事実上の力のつりあいと解するよりも、労使それぞれの力が正常な状態で相拮抗していることを意味する。してみれば、労使の力のバランスがくずれるということは、右の如き正常な状態に対して不当な影響が加わり、労使のいずれかが、真に自由にして平等な立場で交渉し、意思決定をなし得なくなることをいうと考えてよいであろう。
これを使用者の立場からみれば、たとえば、生産管理及び積極的な有形力の行使を伴うピケッティングなど、経営活動に対する積極的侵害を加える争議行為、あるいは、ある種の時限ストライキ及び部分ストライキ(とくに波状的にそれが行われる場合)の如く、労働者の被る事実上の損失に比較して著しく大きい損失を使用者に加える争議行為によつて、使用者の行う交渉及び意思決定に対し、団結力の示威を超えた威圧を加えることは不当な影響にあたるといえよう。かような場合には、使用者は、その不当な影響を排除するため、ロックアウトを行うことができると解すべきである。
もつとも、争議行為が行われる場合には、多かれ少なかれ、当事者の意思決定の自由が制約を受けることはもとよりであるが、労使の自律的調整作用が正常に機能し得なくなつた場合には、意思決定の自由が不当に制約されたことになる。即ち、使用者についていえば、ストライキ等労働者の争議行為によつて、操業を全く、もしくはその企画あるいは計画したとおり完全に継続することができないことによつて、所期の利益を挙げることができず、また販路を失うなどの経済的損失(その極度には、経営の中絶、企業の倒産及び縮少が考えられる。)や労使関係が不安定となるなどという経営管理面の損失と労働者の要求を容れ、もしくは自己の主張を譲ることによつて受ける経済的損失や経営管理面の損失を比較考量することによつて、労働者の要求を容れ、もしくは自己の主張を譲るか否かをその判断によつて決定し得ることの自由が留保されていなければならないのである。このような自律的調整作用は力の均衡を前提条件とする。
ところで、部分ストライキ(怠業もそうであるが)は、個別的にみても、また労働組合による業務管理の要素が加わつているという意味においても不完全な労務の提供となるのであるから、すべての場合に使用者がこれを受領し、対価を支払わなければならないとすることは、使用者の意思決定の自由に対し、不当な威圧、強制を加えることになる。
かくして、組合側の争議行為の態様が部分ストライキ並びに波状ストライキの如き場合は、使用者側が対抗防衛手段として実施したロックアウトは、それが不当労働行為と目され、あるいは他の具体的諸事情において特段の不法不当性が認められない限り、これを正当と認めるべきである。
七、ところで、原判決は、本件ロックアウトは本件業務命令の定める四班三交替制を内容とする労働協約を締結させるという積極的な意思の下に行われたものであるとし、恰も先制的攻撃的ロックアウトであるかの如く判示しているのであるが、確かに労働者の争議行為によつて示された力が使用者の社会的、経済的勢力を圧倒するなどして、力のバランスがくずれない限り、使用者に右の勢力に加えてロックアウトを行うことによつて得られる力を認める必要も理由もないであろう。しかしながら、労使の交渉において使用者の社会的、経済的優越性は団体交渉において使用者の提案や要求を労働組合に認めさせ、もしくは労働組合の要求を拒否し得る実力、あるいは就業規則を作成、変更しもしくは業務命令を発するなどして、これを強行し得る実力に表現されるということができるであろう。してみれば、使用者がかような実力を持ち得ないときには、労働者の力に比べ使用者の力が劣つているということができるであろう。使用者が団体交渉を尽しても、また就業規則を作成、変更しもしくは業務命令を発してもその目的を実現し得ない場合には、ロックアウトによる威圧を加えることによつて、その目的を実現することを承認しなければならないと云うべきである。
しかるに、原判決は、この原理を充分理解することなくただ単に最高裁判所が列挙した前記諸事情を同価値基準として平板的に順次比較考量し、おしなべて上告人研究所側に非ありとしたのは、結局、憲法第一四条が保障する合理的差別を超えたものであつて同条に違背するものと云うべきである。
上告理由第三点 <省略>
上告理由第四点 原判決が、本件ロックアウトの正当性を判断するについて最高裁判所が指摘した諸般の具体的事情について判示するところは、法令の解釈、適用の誤り、理由不備、理由齟齬の違法があり、破棄を免がれない。
一、原判決は、ロックアウトが対抗防衛手段として相当性を有するか否かを判断するに際して考慮すべき事情である労使間の交渉態度、並びに経過、特に本件ロックアウトの直接原因となつた昭和四三年二月一九日付原研労組による五項目要求(乙第三七号証)以後、同月二一日からの本件無期限部分ストライキを経てロックアウトに至る間の上告人研究所と原研労組との労使交渉における双方の態度並びに交渉経過に関する判示に著しい理由不備がある。
1 即ち、原判決は具体的事情について交渉の経過を、上告人研究所がJPDRの勤務態様の改正案を提示してから本件業務命令を発するに至る間及び同業務命令を発してから本件無期限部分ストライキを経て本件ロックアウトに至る間とに区分し、そのいずれにおいても、結論において、上告人研究所の態度を非難しているものであるが、これは著しく事実認定を誤つたものであると云うべきである。特に、本項において最も重視されなければならない点は、右前記期間はともかく後記期間における本件無期限部分ストライキ実施の最も直接的な理由乃至は右ストライキ実施直前の経過こそ重要であり、この観点を離れては真にその実態にせまることはできないはずである。それ故に、上告人研究所は原審において、本件無期限部分ストライキの実態は、恰も合理的理由であるかの如き五項目要求に藉口した「反研究所闘争」であると主張してきたところである。
2 昭和四三年二月一七日土曜日に上告人研究所がかねて計画中であつたJPDRの運転再開を同月二一日と決定(乙第六三号証の二)するや、翌週の月曜日である同月一九日に、原研労組は、突然、JPDRの直勤務に関する五項目からなる要求(乙三七号証)を提出し、交渉はおろか検討のいとまも与えないまま、翌二〇日早朝、闘争ニュース(乙第三六号証の九)を配布して「JPDR、二十一日から無期限ストに突入」を報ずると共に、引続き上告人研究所に対しては、かねて原研労組が闘争の時期として明言していたJPDRの運転再開予定日である翌二一日を期して無期限部分ストライキに入る旨を通告し(乙第八号証の一二)、二一日午前八時を期して通告どおり無期限部分ストライキを実施し、同日から本件ロックアウトが実施されるまでの間、上告人研究所が予定したJPDRの運転再開を阻止しつづけたのであり、上告人研究所は同月二七日に開催された労使交渉において初めて右五項目要求についての交渉の機会を得たのであるが、翌二八日の交渉では、原研労組は焦眉の問題であるJPDRの勤務基準についてではなく、原子炉圧力容器に発生していたヘアクラックに係る安全問題に主張の論点を移していたのである。
原判決は右事情を肯認しながら、「原研労組は昭和四三年二月六日の時点では既に従前の五班三交替制による勤務態様に必ずしもこだわらない態度を示し、本件ストライキに先立つて提示した五項目の要求においてもこれを明示しており、また、右要求において主張するところは、当時現実に行われていた勤務態様を前提とする限り、②の三〇分の引継時間制度の存置の点を除き、控訴人側の主張とその実質において大きくかけ離れていたものとは思われず、……適当な妥協点を見出すことも必ずしも困難でなかつたとみることができるのである。」(八九丁表・裏)として、「本件ロックアウトに至る間の労使間の交渉経過において、原研労組側の態度のみ一方的に非難することのできないことも明らかである。」(八八丁裏乃至八九丁表)と判示している。
3 そもそも労働争議の契機、発端は労働組合が労働者の労働条件の維持改善その他経済的地位の向上を図るための要求を掲げて団体交渉を申し入れるところにあり、また、団体交渉は、結果的に妥結に至るか否かは別として、相互の説得という平和的手段によつて労使関係を平和裡に処理、解決し、労使間に一定の安定した秩序をもたらすための制度であつて、労働争議の発生を可能な限り防止するところにその機能があると思考されるものであり、従つて、労使の交渉を十分尽した後に争議行為に訴えることになるのが主旨であると解される。
而して、前記五項目要求以後本件ロックアウトに至る間の経過をみるに、原研労組に交渉によつて解決をはかる態度があれば右の経過とはならなかつたことは明らかであり、五項目からなる要求を提示してから一度の交渉もなされないまま、翌々日には、争議行為として相当性を逸脱するものというべき波状的無期限部分ストライキの実施に及んだことは、労働条件に関する要求を交渉により解決する意志が全くなく、ただひたすら、上告人研究所がかねて企画していたJPDRの運転再開を実力で阻止することのみを狙つて争議行為に及んだといわざるをえない。さらに、本件ロックアウトが右争議行為に対する対抗防衛手段としてとられたものであつてみれば、五項目要求の提示の時は、争議行為突入直前の、いわば労使交渉の「幕切れ」というべき時点であつたのである。
しかるに、原判決は、右の如き重要な事実を顧ることなく、一方的に非難するに当らないと判示するのであり、判示するところは、交渉の経過並びに態度を看過した理由不備の違法があるというべきである。
4 また、原判決は右の前記期間の交渉経過並びに態度に関する判示についても著しい事実誤認をしている。
上告人研究所は、昭和四二年一二月一八日JPDRの勤務態様を改正すべく提案を行つて以降、その改正の理由について誠意をもつて原研労組に説明し、了解を得るべく努力をしたのである。しかるに、原研労組は、JPDRの竣工後五年近くを経過し、運転もかなり定常化している実態を無視し、ただ観念的に原子力の研究開発上の安全性を強調して勤務態様の改正に反対し、あるいは上告人研究所側の単なる交渉過程上における担当者の発言をとらえて執拗に理由のない追求をするなどして、いたずらに交渉を長引かせようと図つたものであつて、原判決においてもこの点について「原研労組側が控訴人担当者側の説明、発言に対する揚げ足とりに類することを主張して交渉の引き延ばしを図つた点もみられないではない」(八八丁表)と判示している。
また、引継時間制度の廃止についても上告人研究所は、前記運転の実態に照らし、全員一律三〇分の引継時間は必要でないことを説明し、これを超過勤務によつて処理すべく提案したことの合理性について、原判決は、正当にこれを評価することなく、労働時間数の増加を招くことを恐れたり、休日の増加を配慮することを恐れたところにその理由があるなど、実相と異なる判断をしており、この点においても理由不備の違法があるといわざるを得ない。
さらに、上告人研究所の責任ある立場にある者の出席する団体交渉がないことをあげ、恰も上告人研究所に誠意が欠けるかの如き判示をしているが、この時点における当面の交渉責任者である人事部労務課長により交渉は行われていたのであつて、従前の労使交渉の経過からみても、このことをもつて上告人研究所を非難することはあたらない。
上告人研究所は、原判決も「業務の実態に照らし、客観的にも相当の理由があつたもの」(六九丁裏)と肯認する勤務態様の変更を要望し、かつ、JPDRを使用して行う原子力の研究、開発の重要性及び必要性の観点から、これ以上ただ漫然と労使交渉を継続することは極めて不相当であると判断し、やむなく、前述の如く、有効にして適法な本件業務命令を発したものである。原研労組がこれら上告人研究所の説明に耳を貸さず観念的に制度の改正に反対したのは極めて不当であり、本件無期限部分ストライキをもつて「無理からぬものである。」と判示する原判決は到底肯認できない。
さらにまた、原判決は、いわゆる五項目要求のうち、引継時間制度の存置の点は労使間の主張が大きくかけ離れていることを認めた上で、一方的に上告人研究所にのみその譲歩を求め、これが妥協が成立しなかつたことをもつてあたかも上告人研究所に非があるかの如く判示しているが、引継時間廃止の合理的理由については前述したとおりであつて、これを違法、不当と断定し得ない以上、一方的に上告人研究所に対してのみその譲歩を迫つた原判決は理由不備といわざるを得ない。
二、原判決は、本件無期限部分ストライキがその目的態様において適法である旨判示するが、その認定経過に理由不備の違法がある。
1 原研労組の主張によれば本件業務命令と別個の四班三交替制による業務命令なるものを想定し、業務命令としては現実に存在しないものを恰も存在するかのように主張してその撤回を求めて、昭和四三年二月二一日本件無期限部分ストライキに突入したものである。
原判決は、現実に行われていた勤務態様は制度的に保障されていない点はともかくとして五班をおき、日勤班が三六日毎に直勤務班の一つとして交替する変則五班三交替制であることを認定しながら、右改正案の内容どおりの本件業務命令が実施されたことに対して原研労組が強く反撥し、その撤回を求めたことは労働組合の態度として無理からぬところであり、右業務命令が日々職場に定着化していく一方、上告人研究所側の責任ある立場にある者の出席する団体交渉も開かれないまま推移する中で、原研労組が争議行為の意思を固め、本件無期限部分ストライキに至つたものとする。
しかし、昭和四三年一月六日より同年二月一九日まで職場に定着した勤務体制は被上告人菅井正晴も証言するように、変則五班三交替制であつて四班三交替制ではないし、このことは原判決自ら現実に行われた勤務態様は変則五班三交替制であることを認定する以上、それをもつて四班三交替制の業務命令が強行され、かつ定着したと認定するのは理由齟齬も甚しいといわねばならない。(名古屋高裁昭和五二年一月三一日判決一草会事件参照、追而補充)
また、原判決は、原研労組が昭和四三年二月一九日突如提出した五項目要求について、変則五班三交替制を前提とする限り三〇分の引継時間の存置を除き、上告人研究所の主張とその実態において大きくかけ離れていたものとは思われないと認定している。
しかし、五項目要求が現実に行われていた変則五班三交替制勤務態様に反対せず、引継時間とその制度化(変則五班三交替制の業務命令を内容とする協定の締結を意味するものと思われる。)を要求するだけならば、右要求書を提出したのみで団体交渉に訴えることもなく、直ちに波状的無期限部分ストライキに突入することは甚だしい暴挙であつて争議行為の相当性を逸脱し、争議権の濫用である。それは有形力を行使する暴力行為を伴わないとしても争議行為そのものが暴力というべきものである。
原研労組は、当時展開していた自由と研究を守ろうという題目の全所的闘争の火つけ役としてJPDRの闘争を利用し(乙第三六号証の三)現実には存在しない業務命令の撤回をかかげて波状的無期限部分ストライキに突入したものである。しかも、原研労組は、本件闘争当時単に「業務命令」の撤回を求めるだけで業務命令の内容として「四班三交替」と特定していなかつたことは、いわゆる五項目要求によつても明らかである。また、昭和四三年一月五日付あゆみ速報四三六号(乙第三六号証の二)をみてもJP問題として①五班三交→四班三交、②引継時間を認めない安全性無視、③交渉中に業務命令、を挙げているだけで、業務命令を四班三交替制としているわけではない。むしろ、昭和四三年一月一六日付あゆみ速報四三七号(乙第三六号証の三)においては、「変則四―三勤務とJP―Ⅱプロジェクト」というテーマで問題をとりあげており、この時点でも業務命令は変則五班三交替制であることを認識していたのである。従つて、五項目要求でその撤回を求めたのは変則五班三交替制の業務命令そのものであつた。四班三交替制の業務命令の撤回を求めたとするのは本件訴訟における主張が始めてであるが、それは原研労組も、変則五班三交替制業務命令の撤回を求めて破壊的な波状的無期限部分ストライキをしたとあつては、争議権濫用の疑いがあるため、訴訟遂行上の技術として、四班三交替制の業務命令の撤回を求めるため本件争議行為を行つたものと主張したに過ぎない。
原判決は、事実上存在もしない四班三交替制の業務命令を存在すると誤認したのであるから、審理不尽、理由不備も甚しいものといわねばならない。なお、原判決は、乙第二七号証の一及び二によれば、原研労組が行つた過去の争議行為の例にも、さして長期にわたるものは見当らない、と認定する。しかし、右乙第二七号証の一及び二によつて明らかなように過去において行われたストライキは時限ストライキ、指名ストライキのみで無期限部分ストライキを称したのはわずかに昭和四〇年三月二四日に実施されたもののみである。これはその後撤回し、翌二五日終了しているが、かかる一回の無期限部分ストライキの事実をもつて、今回一〇日間に及んだ本件無期限部分ストライキがさらに長期化することはないと断定することはできないし、また、過去における時限ストライキ、指名ストライキの指令によつて行われた短時間ストライキの例を挙げて、長期に亘つて本件無期限部分ストライキを継続するおそれがあつたといえるような客観的な状況が存在したものとは断言できないとする原判決は理由不備である。
即ち、争議行為の期間が労使の主体的諸事情、客観的諸事情によつて相対的に短期間にあるいは長期間に亘るであろうと推定することは可能であるとしても、自然現象にあらざる右原研労組の争議行為の期間は過去の経験から演繹できるものでないことは自明の理であるにもかかわらず、これを過去に長期に亘るものが見当らないことを理由に短期に終焉するものと推断したものである。また、原判決が右判断の根拠とした乙第二七号証の一及び二によれば、原研労組によるストライキは、なるほどこれまで二四時間を越えて実施されたものは見当らないにもかかわらず、本件無期限部分ストライキは、上告人研究所がロックアウトを実施するまでの間、実に一〇日間にも及んだ事実をもつてしてもこれは明らかであつて、判示するところは、自由心証の範囲を逸脱した条理に反するものというべきである。むしろこれまで時限ストライキ、指名ストライキという短期間ストライキばかり指名したのにかかわらず、今回は無期限部分ストライキを指令し、しかもJPDR勤務者中たつた一日四名のみのストライキを行うだけでそれに対する組合の賃金補償も微々たるものに過ぎない性格のものであるばかりでなく、既に従来行われたこともない一〇日に及びストライキを継続し、しかもなお、原研労組は、あゆみ速報四三七号(乙第三六号証の三)によつて組合員の志気を昂揚していた事実からみれば、長期に亘つて本件無期限部分ストライキを継続するおそれがあつたといえるような客観的な状況が存在したと判断するのが当然である。
2 原判決は、本件無期限部分ストライキの目的について、本件無期限部分ストライキがJPDR直勤務者の労働条件の切下げを内容とする本件業務命令の撤回、具体的には五項目要求の貫徹を目的として行われたものであり、その目的において不当のものがあつたということはできない旨判示している。しかしながら、右判示は極めて皮相的な見方に止まるものであつて原研労組の本件闘争の実態をみないものであり著しい理由不備があつて到底納得しがたいものである。即ち、本件無期限部分ストライキは上告人研究所の管理運営に関する権限を掌握するところにその真の狙いがあり、本件無期限部分ストライキは右の狙いを実現するための全所的闘争の拠点に利用すべく行われたものであることは五項要求の提出時期が本件無期限部分ストライキの前日であつたことからみても明らかであるばかりか、原研労組自らその発行する機関誌にその旨記述しているのである。しかるに、原判決は右機関誌の記述をただ単に組合員の士気高揚、団結の維持を目指して多かれ少なかれ誇張した表現をとりがちであることはみやすい道理であり、客観的根拠に基づくものとは認め難いとして上告人研究所の主張を一蹴しているのである。しかしながら、上告人研究所の原審における主張を仔細に検討するならば到底右の如き判示は不当も甚しく著しい理由不備があるものといわざるを得ない。
3 即ち、原研労組は、以前から労働条件以外の問題、特に上告人研究所の管理運営に関する事項について強い関心を示し、これについて発言権を拡大することを常に意図していた。かかる意図の実現は、必らずしもそれ自体を直接的に要求の主題とするとか、ストライキの目的として掲げるとかすることによるものではなかつたが、管理運営問題が労働条件の問題を解決するための手段として、また逆に、労働条件の問題が管理運営に関する意図を実現するための口実又は手段として相互に関連づけられていたのである。而して、原研労組が管理運営問題についての発言力を拡大しようとする意図を実現するためには、上告人研究所との全面的な対立をもたらすこととなるものであるから、これに決定的打撃を与える必要があると考えていたことは当然である。賃金要求等の労働条件に関する紛争が労使交渉による妥協が比較的容易であるのに対し、管理運営に関する事項をめぐる紛争は勢い深刻な闘争とならざるを得なかつたのである。
このような闘争、いわゆる「反研究所闘争」は、右に述べた性格上全研究所を挙げての闘争、原研労組のいう「全所闘争」が必要であり、その契機となるものとして、中核となる強力な拠点職場、原研労組のいう「火つけ役」を必要としたのである。反研究所闘争は、この拠点職場で火の手をあげ、これを全研究所に拡大する形態をとることが例とされていた。そして、この拠点職場とされたのは、常に、原子炉職場であつたのである。これは、原子炉が上告人研究所における最も重要な研究施設であり、かつ、その施設がその起動、停止のために長時間を要し、これがため原研労組側の僅少な犠牲によつて、容易に原子炉の全面停止をもたらし、上告人研究所に極めて重大な打撃を与え得るものであつたからである。
昭和三七年にJRR―2の出力上昇試験の開始をめぐつて争われたJRR―2の大闘争、いわゆるCP闘争は、反研究所闘争の典型的な事例であつた。わが国における初めての本格的な研究用原子炉であるJRR―2は、昭和三七年秋以降直勤務による高出力連続運転を行うことが予定されていた。原研労組は、この機会を捉え、ストライキを背景に上告人研究所に対し膨大な要求を申し入れてきた(昭和三七年七月一二日付申入書甲第八二号証)が、その中には、労働条件に関する事項とは別に、明らかに管理運営に関する事項が含まれていたのである。同申入書第五項によれば、上告人研究所が人事交流について如何なる方針を有するか及び研究テーマに如何なるものを設定するかについての回答を求めている。上告人研究所は、JRR―2を早期に運転する必要があり、一方、原研労組は九月一七日付をもつてJRR―2管理課に所属する同労組員及びJRR―2に駐在する放射線管理課同労組員に対し、翌一八日にストライキに入る旨の通告をしてきた(乙第二五号証の一)事情もあり、事態の円満解決をはかるため、同月一八日をもつて右要求に対して回答をした(甲第八三号証)。しかるに、原研労組はこの回答を不満であるとして、同月一八日、右通告のとおりJRR―2管理課に所属する同労組員による部分ストライキを実施したのである。よつて、上告人研究所が同炉の運転を見合せ、同月二四日からこれを行おうとしていたところ、同月二二日付をもつて、同月二四日、またもJRR―2管理課に所属する同労組員の部分ストライキの通告を発し(乙第二五号証の二)、この運転を阻止しようとした。このため上告人研究所が再び運転開始を延期したところ、同月二四日付をもつて、同月二二日付のストライキ通告はJRR―2の出力上昇試験を行わないときはこれを解除する旨の通告を発し(乙第二五号証の三)、同月二四日のストライキは行われなかつた。上告人研究所は、さらに翌二五日原子炉の起動を予定したところ、原研労組は同月二四日付をもつて再びストライキを通告し(乙第二五号証の四)、上告人研究所が同月二五日の原子炉の起動を断念するや同月二四日付をもつて再び解除通告がなされ(乙第二五号証の五)、同様にして同月二六日に予定していた運転開始も阻止された(乙第二五号証の六及び同証の七。なお、以上の経緯全部については、村上証人第一八回参照)。かくして、JRR―2は、ストライキ通告とその解除の通告によつて短かからぬ期間出力上昇試験という極めて重要な運転を阻止される結果となつたのである。この争議により、上告人研究所は、やむなく原研労組に大巾な譲歩をして、協定を締結せざるを得なかつたのである(乙第四九号証の七)。この協定には直接管理運営事項がとり決められている訳ではないが、上告人研究所による右文書回答さらにはこれに関する労使交渉の場における発言の内容が言質とされ、以後、原研労組との関係において各種の制約を受けることになつたのである。原研労組が、昭和四二年一〇月七日付あゆみ速報(甲第四六号証の二)において「実質的に斗い取つたものは、直勤務に関するものを始め、非常に広範囲に及ぶ。」と記載しているのはこのような事情を示すものにほかならない。
本件無期限部分ストライキを中心とするJPDRの紛争は、右にみた反研究所闘争の再現であつたのである。本件無期限部分ストライキの真の狙いとするものが何であつたかにつき、昭和四三年一月一六日付をもつて原研労組が発行したあゆみ速報(乙第三六号証の三)によつてみてみよう。この中で、闘争の展望と題して、この闘争の性格を「研究と安全を守るたたかい」であると規定づけることにより、これが管理運営事項の実現を意図するものであることを表わしている。而して、上告人研究所がかねてから研究開発の計画、予算、施設の運用、その他研究所の運営は、研究所の経営管理の問題であつて、労使交渉の対象事項ではないとの見解を表明していることに反撥し、「これについての反論は、原研労組一一年余のたたかいが解答を与えている」として、その意図を一層明瞭に表現している。また、JPDRの闘争を「全所的なたたかいの火つけ役」と規定し、「JPの現場の要求をなおざりにしたまま、研究を守る斗争が発展することはあり得ません」と述べ、JPDRの闘争が「研究を守る」闘争の手段であることもほのめかせている。そして、「JPの要求をかちとるためには、全所のたたかいが必要であり、……全所的行動と現場でのストライキを繰返し」と述べ、前述の全所闘争の必要性を強調し、このような闘いを続けてきた原研労組は、「全国の民主勢力の中に深い信頼をかち得て」きたものであると自賛している。さらに長期闘争の展望として、「たたかいを持続的に強めつつ二月の運転開始、三月の国会論争、三月から四月にかけてくりかえされる」とし、その上、「六月の参院選と理事改選期にむけて、追撃戦を展開」するとして、三月の国会における論議を意識し、この闘争において管理運営事項のみならず、政治的意図をも有することも隠そうとしていない。
以上によつてみれば、本件無期限部分ストライキを中心とする本件労働争議の目的も単にJPDRの直勤務基準という労働条件の維持改善のみにあつたのではなく、上告人研究所の管理運営に関する権限を掌握するところにその真の狙いがあり、JPDRの直勤務問題はその意図を実現するための全所的闘争の拠点づくりに利用され、本件無期限部分ストライキはその「火つけ役」であつたことが理解される。過大な要求を盛り込み、労使交渉の経緯を無視して突如提出された例の五項目要求も、右のような意図をもつていた原研労組としては、既定の方針に沿つて紛争を拡大するための予定の行動に過ぎなかつたというべきである。而して、労働組合が右のような意図をもつていたとしても、使用者としてはこれに従う義務はないのであり、特に主務大臣の監督を通じて公共の支配に服する(日本原子力研究所法第二四条、二六条、三六条等参照)上告人研究所がこれを容れることができないことはいうまでもない。右のような内容を直接争議行為の目的とし、具体的な要求として掲げることがなかつたとしても、そのような意図が明らかであり、むしろ真の狙いがこれにあつたことが表示されている以上、原研労組が行つた本件無期限部分ストライキを中心とする争議行為は、その目的において著しく不当であるといわなければならない。
4 原判決は、本件無期限部分ストライキの態様についても特にこれを不公正と目すべき点は見当らない旨判示しているが、なるほど部分ストライキであるからといつて、直ちにそのことから本件無期限部分ストライキが態様の面において公正を欠くとされるものではないであろうが、上告理由第二点において論述したとおり、原判決は波状的部分ストライキを単にその態様において不公正ではない旨過少評価した結果、本件ロックアウトの正当性を否定する重大な誤まりを犯したものであつて、本件無期限部分ストライキの態様について充分なる配慮を欠き、結局、理由不備の違法を犯したものというほかはない。
さらに、原判決は、本件無期限部分ストライキが原研労組において長期間執拗に行うことを意図していたものであり、しかもこれによる組合の損失が僅か四名の賃金喪失にすぎないことなどの事情から主観的、客観的に長期化する条件を備えていたものである旨の上告人研究所の主張に対し、原研労組が表面上一見従前の五班三交替制にこだわらない態度を示したことを恰も真実本件業務命令に応じて就労する態度を示したものと早合点し、さらに、いわゆる前記五項目要求の実態を看過ごし、これを上告人研究所側の主張とそれ程かけ離れたものとはいえなかつた旨重大な誤認を犯した上、原研労組が行つた過去の争議行為の例にもさして長期に亘るものは見当らないことなどあまりにも軽薄な論理を駆使して本件無期限部分ストライキが長期に亘つて継続するおそれがあつたといえるような客観的な状況が存在したものとは断言できない旨判示しているが、原判決が挙示する諸点はいづれも納得することができず、とりわけ過去の争議行為の例にもさして長期に亘るものは見当らなかつたとの指摘においては理由不備も甚しいと云わねばならない。
5 本件無期限部分ストライキは、ストライキ参加者の範囲としては、第一直勤務者に限定される部分ストライキである(乙第八号証の一二)。また、JPDRの運転が長期間連続して行われ、その中では当然毎日第一直勤務が予定されているのであるから、毎日の第一直勤務者がストライキに入るときは、必然的に波状ストライキの形態をとることとなる。JPDRは、原子炉を起動してから所定の出力に達するまで約一六時間を要し(第一審村上証人第一二回)、また、所定の出力で運転している場合にこれを停止させるためには六時間乃至一〇時間を要する。従つて、第一直勤務者についてストライキが実施されると、第二直の始業時刻(午後四時)から第三直の終業時刻(午前八時)までは一六時間しかないので、その間に原子炉を所定の出力に上げて、その後これを再び停止状態に戻すことは不可能とならざるを得ず、結局、第一直勤務者のストライキが継続される場合は、JPDRは運転を行うことができないこととなるのである。即ち、JPDRの直勤務者(運転員及び放射線管理要員)の全部がストライキに参加する場合も、その五分の一に当たる第一直勤務者のみがストライキを行う場合も、JPDRの運転を阻止するという結果においては、何ら変るところがないのである。しかも、原子炉が停止されている場合においても、六名の運転員が保安要員として勤務することとされている(甲第八〇号証)ので、結局第一直勤務者一〇名から六名を減じた四名が毎日ストライキを行うことによつて、JPDRの運転が完全に停止されることとなるのである。
JPDR部は、JPDRを運転することにより、その経験を得ること及び各種の試験研究を行うことを本来の目的任務とするものであるが、その運転が停止されれば、その期間中、その所掌する業務が実施不可能となり、あるいは著しくその価値を減ずることとなる。右に述べた第一直勤務者の部分ストライキ、波状ストライキという態様は、原子炉の特性を巧みに利用して原研労組の犠牲はこれを最少にし、上告人研究所が受ける打撃はこれを甚大にするように意識的に仕組まれた戦術であることは、前述のJRR―2闘争の際においてストライキの通告と解除によつて同原子炉を相当の期間に亘つて運転不能とした事実に徴しても、容易にこれを推認し得るところであろう。ストライキは、労働者の賃金の喪失と業務の停廃による使用者の損失とが対応し、そこに力の均衡が保たれ、また、その変動の余地もあると考えられるのであるが、労働組合側の僅少な犠牲によつて使用者が莫大な損失を蒙るような場合は、力関係の帰趨は明らかである。(なお、部分ストライキに対してとつたロックアウトの正当性が容認された事例として、八戸鋼業事件、昭和三七年二月二八日、仙台高等裁判所判決を参照されたい。)
本件無期限部分ストライキは、いうまでもなく、無期限ストライキであつた。しかるに、本件無期限部分ストライキが極めて長期化することが必至であつたことは、先に引用した原研労組の発行にかかるあゆみ速報において、二月の運転開始後、三月、四月にかけてストライキを繰り返す旨を表明していることからも明らかなところであつた。しかも、右に述べたように組合の犠牲が極めて些少であることはストライキが長期化する客観的条件をなすものであつた。さらに、第一直勤務者が三日ごとに交替するという当時の勤務基準の下においては、ストライキ参加者が三日ごとに交替することとなり、同一人が長期に亘つて部分ストライキを行う場合よりもその心理的負担を著しく軽減するとともに、ストライキ参加者の団結の保持の観点からも極めて望ましい形態であつて、主観的な面においてもこのストライキが長期化することを保障するものであつたのである。
原研労組が、本件無期限部分ストライキを長期化しようとする強固な意思をもつていたことは、次の事実によつても裏づけられるであろう。上告人研究所は、ストライキが第一直勤務者に限られていたところから、他の要員によつて原子炉を運転することを企画し、二月二七日、同月二十八日、同月二九日、臨時に勤務割を変更して日勤に従事している運転班の班員を第一直勤務につかせる旨の命令を発した(古畑証人及び村上証人第一六回)。しかるに、原研労組は、これに対してその都度日勤班についてストライキをかけ(乙第八号証の一三、一五及び一六。これらの通告においては、ストライキ対象者は八名となつているが、この班には他に二名の班員がおり、この二名はいづれも非組合員であつた。)、あくまでも原子炉の運転の阻止を図つたのである。右に述べたところによつてみれば、本件無期限部分ストライキは、その終了の時期が予定されていないストライキであつたというだけにとどまらず、上告人研究所が何らかの措置を講じない限り、極めて長期に継続され、JPDRの運転も長期間阻止されるものであつたことは明らかである。原研労組がこのような争議態様をとつたことは、本件無期限部分ストライキの前述の目的、意図を実現するためには上告人研究所を全面的に屈服させることが必要であつたからにほかならない。さらに付言するならば、原研労組がこのような熾烈な争議手段に訴え、これを長期に亘つて継続しようとしたことは、前掲名古屋中央郵便局事件において最高裁判所が説示する如く、その存立を法律によつて保障されている上告人研究所の労使関係においては、「市場の抑制力」が働かないことに由来するものと考えられよう。そして、その争議行為による圧力が「一方的な圧力」として上告人研究所に加えられたものが、本件無期限部分ストライキであつたということができよう。
以上の次第であつて、原判決が判示した本件無期限部分ストライキの目的並びに態様について示した理由は到底納得することができず、結局、理由不備の違法があるものというべきである。
三、原判決は、本件無期限部分ストライキによる打撃の内容及び程度の判断について、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の解釈、適用の誤り、理由齟齬、理由不備の違法があり、破棄を免れない。
1 原判決は、上告人研究所が本件無期限部分ストライキによりその期間中実施不能となつた旨主張した試験研究項目のうち、①熱水力特性測定に必要な計測機器の開発の一環として、国産計装燃料IFA#3を製作し、炉心内に挿入して各種の炉内熱水力パラメータを測定すること、②助川電気工業株式会社との共同研究によつて製作したベータ・カレント・セルフパワード・ニュートロン・デテクターを炉心内に挿入して、これらの機器の種々の特性試験を行うこと、③温度係数、スタックロッドマージン等を測定すること、④人工破損燃料を炉内に装荷して、核分裂生成物の放出率測定を行うこと、⑤発電プラントを効率的に管理する方策(プラント最適化対策)を得るため熱バランスの較正、熱効率の測定等を行つてデータを蓄積することについて、「これらの実施が本件ストライキによつて現実に影響を受けたことについては、当審証人村上進の証言はこれを認めるに必ずしも十分でなく、他に適確な立証がない」(九五丁表)と判示して、これを排斥した。しかしながら、①については、被上告人が自らも「IFAの研究項目のうち、ストによつて出来なかつた業務は、IFA#3の炉内試験であり……」(原審被上告人準備書面(三)一二丁裏)と本件無期限部分ストライキによつて実施できなくなつた旨を述べているのであり、③については、本件無期限部分ストライキによつて実施不可能となつたことを当然の前提として、JPDR―Ⅱの改造工事が昭和四三年秋であつたというのであれば、冷却材自然循環下の炉物理特性の測定が実施不可能となつたという上告人研究所の主張は説得力をもつている旨を被上告人は述べているのであつて(同準備書面一四丁表)、これらの試験研究が本件無期限部分ストライキによつて影響を受けたことについては、両当事者間において全く争いのない事実なのである。また、④については、「人工破損燃料により核分裂生成物放出率測定を行う計画は、昭和四三年一月に試験燃料を(JPDR原子炉内に――上告人注)装荷したが、工程の遅れにより一月一日から二月二〇日までの五〇日間は稼動できず、三月一日より同月二一日までの二一日間はロックアウトにより……」(同準備書面一五丁表)と、⑤については、これが「運転をする際にはじめて必要となるものであり、JPDRが停止している場合には全く問題にならない」(同準備書面一七丁表)と、被上告人は、いずれの試験研究項目についても昭和四三年二月二一日から同月二九日までの間は本件無期限部分ストライキによつてこれらの試験研究が実施できなくなつたことを暗黙の前提として、これらの試験研究の受けた影響の多寡をこれまでの運転停止等による影響との比較において論じているものであつて、このことからは、これらの試験研究が本件無期限部分ストライキによつて影響を受けたこと自体については両当事者間の争いのない事実であると当然認められるべきものである。従つて、そもそも立証を要しない事項について「適確な立証がない」ことを理由にしてこれらの試験研究項目について本件無期限部分ストライキの影響を排斥する前記判示は、判決に影響のあることが明らかな法令違背の違法があるというべきである。
また、原判決は一方では前掲各試験研究項目が本件無期限部分ストライキ当時の昭和四二事業年度の研究計画に定められていたことを肯認しており(九五丁表)、また、一方村上証人の証言からは、これら試験研究項目も原子炉構成機器の国産化、改良の一環として本件無期限部分ストライキ当時JPDRにおいてこれを運転して遂行すべきこととされていたことは明らかに認められるのであるから、このことからも本件無期限部分ストライキによつてこれらの試験研究項目も現実に重大な影響を受けたことは容易に肯認できるものというべきであり、原判決が前記判示に及んだことは、理由不備の違法があるというべきである。
2 原判決は、上告人研究所が本件無期限部分ストライキによりその期間中実施不可能となり大きな打撃を受けたと主張した試験研究につき「(軽水型動力炉の導入、国産化という国の)政策の一環としての原子炉構成機器、燃料等の国産化、改良の動きに即応してその成果を早期に得ることが望まれており、それ自体重要な意義をもつものであつた」(九四丁裏)旨肯認しており、また、「一〇日間の遅れの重要性をいう控訴人の議論は、それ自体としてはもつともな点が認められないでもない」(一〇〇丁表)としながらも、これらの試験研究が「基礎的な研究であつて」本件無期限部分ストライキ「当時極く近い一定の時期までに是が非でも完了しなければならない性質のものではなかつた」(九六丁裏)ことを理由に本件無期限部分ストライキによる「一〇日間の遅延が右試験研究にとつて決定的な意味をもつとまで到底認め難い」(九七丁表)と判示している。ここで、「決定的な意味をもつ」との判旨は甚だ意味不明確であり、それ自体理由不備というべきであるが、前段においてこれら試験研究の重要性及びこれらの試験研究の一〇日の遅れのもつ重要性を肯認しながらも、結局のところこれらの試験研究の性格あるいはこれら試験研究の完了の時期を把え、これを判断のよりどころとして一〇日間の遅れが試験研究にとつて「決定的な意味をもつ」か否かを判断することは前後の論理に脈絡を欠き、理由齟齬の違法があるというべきである。
また、ここにいう「試験研究にとつて決定的な意味をもつ」か否かの判旨を文脈から「試験研究の遅れによつて上告人研究所が決定的な打撃、損失を受けた」か否かについて判断しているものと解すれば、次の如く判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反がある。
そもそも、ロックアウトの正当性について判断するに際して労働者側の争議行為によつて使用者側の受けた損失、打撃の程度等について検討すべきこととされる所以は、両者の勢力の関係を衡らんがためである。従つて、使用者側の受けた損失、打撃の程度については、あくまでも労働者側の損失、打撃の程度等との比較考量において論ぜられるべきであつて、それとは無関係に使用者側の損失、打撃の程度自体が決定的であつたか否かを判断すべきものではないことは、上告理由第二点において述べたとおりである。原判決は、さきに、ロックアウトが正当なものとして是認されるかどうかについては最高裁判所の判決の趣旨に従う旨述べ(六〇丁裏)、「労働者側の争議行為により使用者側において著しく不利な圧力を受けることになるような場合」とは「企業の目的の達成が阻止された場合」あるいは「企業の存在が脅かされるような危険が現実に存在する場合」等の諸場合に限定されるものと解すべきものではない旨を肯認している(六一丁表)。にもかかわらず、前記説示においては原研労組の損失、打撃等とは無関係に(労使双方の勢力の消長とは無関係に)上告人研究所における試験研究の遅れ自体を把えて考察し、しかもこの遅れによる損失、打撃が上告人研究所にとつて決定的であつたか否かを判断しているのであつて、論旨に一貫性がない。前掲ロックアウトの法理に係る判旨にかかわらず、ここにおいてはこの理を看過し、あたかも、「労働者側の争議行為によつて企業の目的の達成が阻止されたか否か」「企業の存立が脅かされるような危険が現実に存在したか否か」を判断しているが如くであるからである。原判決は、このように、ロックアウトの正当性の法理について法的確信を欠き、その具体的な解釈、適用に該つてはロックアウトの正当性に関する市民法的理論にひきづられてかかる判断をなすに至つたものと断ぜざるを得ない。
なお、原判決は「ストライキによる試験研究の遅延もその結果自体をとらえれば従来の運転停止による遅延と何らえらぶところがない」(九六丁裏)旨判示しているが、一方、JPDRにおいて過去何度かあつた運転停止(上告人研究所が掲げたようなJPDRを使用して行う試験研究は、JPDRが運転を停止すれば実施不可能となり、従つて、JPDRの運転停止は当然試験研究の遅延を招来する。このことから「運転停止」は、「試験研究の遅延」と換言することが可能である。)については「これらの運転停止は定期検査等のため計画的に、あるいは故障又はその修理等のため必要に応じて行われるものであつて、ストライキによる運転停止はこれと同列に論じえないというべき」であるとも説示しているのであつて、この間には理由齟齬がある。そして、このことは、畢竟、原判決が本件はロックアウトの正当性をめぐる争いであつて常に労使の対抗関係における事象として判断しなければならないという前述の法理を看過したことに由来するものであつて、原研労組の争議行為による試験研究の遅延であることを捨象して「その結果自体をとらえ」、試験研究の遅れの意義を評価したことは、前述同様、法令の解釈、適用における重大な誤りがあるというべきである。
3 上告人研究所は、原子力の研究、開発及び利用を推進することにより、公共の福祉、国民生活の利益に奉仕すべきものとして、日本原子力研究所法によつて設立された特殊法人である。従つて、そこにおいて行われる争議行為による損失、打撃は、五現業及び三公社等の公共的な事業主体におけるそれと同様に、業務の遂行を阻止されたこと自体が主たるものとなるものであり、これによる国民生活全体の利益の侵害こそが決定的に重要なものとなるのである。また、上告人研究所の如き研究の事業にあつては、争議行為による損失、打撃の程度を経済的、数量的に量ることは不可能であり、その研究その他の業務の意義、これに投下された費用の大きさ等からこれを判断するほかはない。而して、上告人研究所が本件無期限部分ストライキは当時具体的に遂行すべきものとされていた旨主張した試験研究の業務は、いずれもJPDRが運転されることによつて初めて実施できるものであり、従つて、本件無期限部分ストライキによるJPDRの運転停止によりその期間中全く実施不可能となつた。そして、これらの試験研究は、いずれも当時急速に増大しつゝあつた原子炉構成機器、燃料等の国産化、改良の動きに即応して早急にその成果を得ることが要請されていたものである。このことから、昭和四三年二月二一日からのJPDRの運転再開は、これまでのJPDRの運転開始の遅れからそれぞれの試験研究に定められた計画に齟齬をきたさぬよう早急に実施すべき必要性があつたこと等の理由により、上告人研究所の試験研究の遂行上重要な機会であつた。従つて、これらの試験研究の業務が本件無期限部分ストライキによつて阻害されたことは、それ自体をとつてみても、上告人研究所にとつて大きな痛手であるばかりでなく、国家的にみても大きな損失となるものであつた。
ところで、原判決は、右に述べた上告人研究所の事業の特殊な地位及びそこにおいて行われる争議行為による損失、打撃の特殊性について「控訴人が原子力の研究、開発、利用を推進することにより間接的に公共の福祉、国民生活の利益に奉仕すべきであるから、そこにおいて行われる争議行為による損失、打撃については私企業におけるとは異なる考察が必要であり、しかもその事業が研究であることに伴う特殊性を考えなければならないという控訴人の主張を十分考慮に入れて」判断すべきことを肯認している。また一方、原判決は、上告人研究所が原子力の研究、開発、利用の促進に寄与することを目的として設立されたわが国唯一の原子力に関する総合的研究、開発機関であること、JPDRがこの目的遂行実現の一環として導入されたわが国唯一の動力試験炉であること、JPDRの設置目的が動力炉プラントの運転及び保守に関しての経験を得ること、動力炉系の特性を理解するための実験及び試験を行うこと及び燃料要素の性能試験、舶用炉への応用等を含め各種の研究開発を行うことにあること、JPDRを使用して行う試験研究を通じて得た成果はさまざまの形で学界、産業界に普及されること、これらの試験業務のために莫大な国費が投ぜられること、本件無期限部分ストライキの行われた昭和四三年二月当時、軽水型動力炉の導入、国産化という政策にそうものとして上告人研究所の研究計画において定められた研究テーマのもとに多くの試験研究の業務が遂行すべきものとされていたこと、これらの試験研究の業務が本件無期限部分ストライキによつてJPDRの運転が停止したことにより、その期間中実施できなくなつたこと、これらの試験研究はいずれも軽水型動力炉の導入、国産化の政策の一環としての原子炉構成機器、燃料等の国産化、改良の動きに即応してその成果を早期に得ることが望まれており、それ自体重要な意義をもつものであつたこと等をそれぞれ証拠により認定している(九三丁表乃至九五丁裏)。このような事実認定のもとにおいて前掲判旨のような観点にたつてこれら試験研究の業務の阻害について考察するのであれば、当然自明の理として、それが大きな損失、打撃であつたと認定すべきところ、本判決は「本件ストライキによる前記試験研究……の阻害をもつて……大きな打撃であつたと認めることはできない」(一〇一丁表)と判示しているのであつて、これは著しく論理性を欠き、理由齟齬の違法がある。
4 原判決は、本件無期限部分ストライキによる上告人研究所の受けた損失、打撃の程度について「本件ストライキによる一〇日間の遅延が右試験研究にとつて決定的な意味をもつとまでは到底認め難い。」として、本件無期限部分ストライキによる業務阻害の実態を一〇日間の争議行為期間中に限定して判示している(九七丁表)。ロックアウトの正当性の判断に該つて最高裁判所判例のいう「著しく不利な圧力を受けることとなるような場合」とは、労働者の争議行為により労使間の勢力の均衡が現実に破れて使用者が著しく不利な圧力を受けることとなつた結果の発生を必要とするものではなく、そのような結果を招来する危険性が存在すれば足りるものと解すべきである。ところで、前述のごとく原研労組は本件無期限部分ストライキを長期間執拗に行うことを意図していたことは明らかであり、かつ、長期化する客観的状況も存在していたのである。そして、このように長期にわたり本件無期限部分ストライキが継続する場合には、上告人研究所におけるJPDRに係る試験研究の業務は回復不可能な損失、打撃を受けることは必至であつた。本件ロックアウトは、かかる状況のもとにおいて実施されたものであつて、その結果として本件無期限部分ストライキが一〇日間で中止されたものである。従つて、原判決が前記法理に従つて本件無期限部分ストライキにより上告人研究所が著しく不利な圧力を受けることとなるか否かを正しく判断するのであれば、結果論で一〇日間の試験研究の遅れについて云々するべきではなく、本件ロックアウトが実施されなかつた場合においては本件無期限部分ストライキはどの程度継続すると考えられるのか、またそれによつて上告人研究所における試験研究の業務の受ける損失、打撃がいかなる程度のものになるのかについても判断し、それらが「労働者の争議行為により使用者が著しく不利な圧力を受けることとなるような場合」に該るか否かを判断すべきものである。してみれば、前示判旨の如く、現実にストライキの行われた一〇日間における試験研究の遅れのみにより、上告人研究所の受けた損失、打撃の程度を較量して、労使の勢力の関係を判断したことは、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背乃至理由不備の違法があるといわなければならない。
5 原判決は、本件無期限部分ストライキの期間中上告人研究所が支払いを余儀なくされる一日あたり一九万七〇〇〇円の出捐について「特殊法人としての控訴人の経済的負担能力とをあわせ考えれば、右の程度の出捐が控訴人に著しい損害を与えるものであつたとはにわかに認め難い」(一〇五丁裏)とし、「賃金全額の支払いを余儀なくされることをもつて、本件ストライキが控訴人に著しい損失、打撃を与えるものであつたとは到底認めることができない」(一〇六丁表)旨判示した。
さきに述べたとおり、ロックアウトの正当性の判断に際して労働者側の争議行為によつて使用者側の受けた損失、打撃の程度等について検討すべきこととされる所以は、両者の勢力の関係を衡らんがためである。従つて、使用者側の受けた損失、打撃の程度については、労働者側の受けた損失、打撃の程度等との比較考量において論ぜられるべきであつて、それと無関係に独立して使用者側の損失、打撃が著しいものであつたか否か自体を判断すべきものではない。仮に、本件無期限部分ストライキについて経済的負担能力を云々するのであれば、原判決も認定しているとおり、原研労組の賃金喪失(四名分)は一日当りたかだか七〇〇〇円に過ぎないのであつて、これは原研労組員全員が負担したとすれば、各自の賃金の0.27パーセントを上まわらないものにしか過ぎなくなるのであるから、これらの事情等をも考慮のうえ、労使の損失、打撃の程度が双方の勢力の均衡を失するものであつたか否かを判断すべきものであつた。してみれば、単に上告人研究所の経済的負担能力のみを云々して著しい損失、打撃でなかつたとする前掲判示は、所詮、労働者側の争議行為によつて使用者側が「重大な経済的打撃を被つたこと」等の事実が発生し、これを免がれるため緊急やむを得ないものと認められる場合に限りロックアウトは正当であるとするロックアウトの正当性に関する市民法的解釈にひきずられた判断というべきであつて、判決に影響を及ぼす法令違背乃至理由不備のあることは、明白である。
6 原判決は、「JPDR部各課(第一課を除く。)及び前記係(保健物理安全管理部放射線管理課動力試験炉管理係――上告人注)の業務が本件ストライキによる運転停止によつて大幅に滅殺されるか、あるいは本来意図するものでなくなつたことは明らかである。」(一〇三丁表)として、本件無期限部分ストライキにより上告人研究所が無価値あるいは価値の低い労務の提供の受領を余儀なくされたことを肯認し、かつ、各課等の業務阻害のうち試験研究の面における業務阻害がとりわけ重要な意味をもつものであることを肯認しながら、結局のところ、上告人研究所に著しい損害を与えるものであつたとは認定し難いと判示したのは、著しい理由齟齬である。
上告人研究所は、単に出捐を余儀なくされた一九万七〇〇〇円の経済的価値にのみ着目して本件無期限部分ストライキによる上告人研究所の損害が著しいものであつた旨主張したものではなく、本件ストライキが全面かつ完全ストライキではなく部分かつ波状ストライキという特殊な態様のストライキであるが故に、上告人研究所は自らの意図するものでない無価値あるいは極めて価値の低い労務提供の受領を余儀なくされ、そのうえ上告人研究所に与えられた国家的な使命である試験研究の実施が不可能となつたことが、原研労組の本件無期限部分ストライキの遂行にあたつての損失に比して著しい損失であり、打撃であつた旨主張したものである。所詮、原判決が前述のような誤りをおかすにいたつた所以は、損失、打撃の程度を衡平の見地から労使双方の勢力の関係として把えるべき前述の法理を看過し、上告人研究所の受けた損失、打撃を単に金銭的な損失の多寡に還元したところにあるというべきである。