最高裁判所第二小法廷 昭和53年(行ツ)90号 判決 1981年4月24日
上告人 甲野太郎
被上告人 麹町税務署長 山下文義
右指定代理人 古川悌二
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告人の上告理由第一点について
原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて、本件各更正処分の通知書の理由附記に欠けるところはないとした原審の判断は正当として是認することができる。論旨は、採用することができない。
同第二点について
所論は、要するに、上告人の顧問料収入を事業所得と認定し、上告人の請求を排斥した原判決は、法令の解釈適用を誤ったものである、というのである。
およそ業務の遂行ないし労務の提供から生ずる所得が所得税法上の事業所得(同法二七条一項、同法施行令六三条一二号)と給与所得(同法二八条一項)のいずれに該当するかを判断するにあたっては、租税負担の公平を図るため、所得を事業所得、給与所得等に分類し、その種類に応じた課税を定めている所得税法の趣旨、目的に照らし、当該業務ないし労務及び所得の態様等を考察しなければならない。したがって、弁護士の顧問料についても、これを一般的抽象的に事業所得又は給与所得のいずれかに分類すべきものではなく、その顧問業務の具体的態様に応じて、その法的性格を判断しなければならないが、その場合、判断の一応の基準として、両者を次のように区別するのが相当である。すなわち、事業所得とは、自己の計算と危険において独立して営まれ、営利性、有償性を有し、かつ反覆継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められる業務から生ずる所得をいい、これに対し、給与所得とは雇傭契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として使用者から受ける給付をいう。なお、給与所得については、とりわけ、給与支給者との関係において何らかの空間的、時間的な拘束を受け、継続的ないし断続的に労務又は役務の提供があり、その対価として支給されるものであるかどうかが重視されなければならない。
これを本件についてみると、原審の適法に確定した事実関係によれば、上告人が顧問会社から受領していた顧問料の内訳は、原判決の引用する本件第一審判決添付別表(一)記載のとおりであり、上告人は、本件係争年度当時、事務所を設けて弁護士業務を営み、依頼事件を処理するほか、一般の依頼者と同様の立場にある顧問会社数社と顧問契約を結び、特定の会社のために常時専従する等格別の支配、拘束を受けることなく、会社から相談を受ける都度、自己の事務所において多くは電話で法律上の助言という労務の提供をしており、その回数も、会社が特別の問題をかかえている場合は別であるが、普通は月に一回ぐらいで、会社によっては二年に一回というところもあるというのであるから、本件顧問契約に基づき上告人が行う業務の態様は、上告人が自己の計算と危険において独立して継続的に営む弁護士業務の一態様にすぎないものというべきであり、前記の判断基準に照らせば右業務に基づいて生じた本件顧問料収入は所得税法上、給与所得ではなく、事業所得にあたると認めるのが相当である。これと同旨の原審の判断は正当であって、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
同第三点について
原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて被上告人が本件各日当を事業所得の総収入金額に加算し、しかも必要経費として控除しなかったことに違法はないとした原審の判断は正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は採用することができない。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条の規定に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 塚本重頼 裁判官 栗本一夫 裁判官 木下忠良 裁判官 鹽野宜慶 裁判官 宮崎梧一)
上告人の上告理由
上告理由第一点<省略>
上告理由第二点(顧問料の問題)
一、原判決はその理由中に「事業所得にいう事業とは自己の計算と危険とにおいて(いいかえれば独立性をもって)継続的に行われる営利活動のことであり、弁護士業務がここにいう事業に該当することは明らかである(所得税法第二七条一項及び同法施行令六三条一二号参照)(判決八丁裏末行から九丁表)」とし、「当該所得が事業所得に該当するか給与所得に該当するかは(中略)窮極的には法が所得を事業所得、給与所得に分類しているのは、所得がその源泉ないし性質によって担税力を異にするため、所得の種類に応じた課税を行うことにより租税負担の公平を期せんとすることにあるのであるから法のかゝる趣旨、目的に照らして決定するよりほかないものというべきである。(判決九丁表)」と判示した。
(一) 弁護士業務の総てが事業に該当するというのは原審の理由なき独断である。弁護士法第三条所定の弁護士の職務が悉く事業に該当しその所得が事業所得であるとはいえない。費用を投じて得た所得のみが事業所得である。
(二) 弁護士の所得が事業所得に該当するか給与所得に該当するかの判定は原審判決のいうように「法が所得を事業所得、給与所得に分類しているのは、所得がその源泉ないし性質によって担税力を異にするため、所得の種類に応じた課税を行うことにより租税負担の公平を期せんとすることにあるのであるから、法のかゝる趣旨、目的に照らして決定」すべきものではない。所得税は綜合課税であって、所得の種類に応じて課税するのではない。又所得税法で所得の種類を定めたのは、租税負担の公平を期するため所得の種類に応じた課税を行うためのものではなく各種所得の金額の計算方法を定めたにすぎない。
所得が事業所得か給与所得かは所得税法第二七条、第二八条に従って判定しなければならない。原審は所得税法規定を無視し、法の趣旨、目的を独断で定め、これにより事業所得か給与所得かを区別しようとするもので、その誤りも甚だしい。
以下原審が上告人の顧問料を事業所得と判定した理由につき検討する。
(三) 原審は判決一〇丁裏において上告人が「本件係争年度当時、事務所を設けて、弁護士業務を営んでいた」事実を認め、これを以て顧問料を事業所得と断定している。然し上告人が事務所を設けたのは弁護士法第二〇条所定の弁護士の義務であって、事務所を持たない弁護士は日本には存在し得ない。事務所の存在を以て顧問料を事業所得と断定する資料とすることはできない。上告人が弁護士業務を営んでいたことは、その顧問料を事業所得と認定する資料とはならない。
所得税法は所得者の職業如何によりその所得の種類を定めるのではなく、所得者の職業如何にかゝわらずその所得の態様によって所得の種類を定めるのである。事業者にも給与所得あり、年金所得あり、退職所得あり、山林所得あり、一時所得あり、雑所得がある。
(四) 原審は上告人は「一般の依頼者と同様の立場にある顧問会社数社と顧問契約を結び、特定の会社のために常時専従する等格別の支配、拘束を受けることがない」ことを以て顧問料を事業所得と認定する資料とした。
原審の顧問会社が一般の依頼者と同様の立場にあるということはその意味不明で判決の理由不備である。
原審は上告人が「顧問会社数社と顧問契約を結び」云々というが、所得税法第百九十四条第一項第六号に規定するように「二以上の給与等の支払者から給与等の支払を受ける場合」は枚挙に暇がない程であるから、数社と顧問契約があることを以てそれから受ける顧問料を事業所得と認定することはできない。
原審は上告人が特定の会社のため常時専従していない事由を以て顧問料を事業収入と認定しているが、特定の会社のために常時専従していないことはかゝる認定をなしうる根拠となるものではない。会社の顧問は非常勤職で常勤の必要はないのである。法令の定めでも非常勤職員が存在している。例えば法務省組織規程第八条の二、大蔵省組織規程第八条、外務省組織規程第六条九号、中小企業協同組合法第四三条の如くである。右法律顧問の置かれている例としては通商産業省組織規程第四七条、会社更生法第一八六条がある。その給与については一般職の職員の給与に関する法律第二二条に定められている。民間会社においても非常勤職員が存在することは裁判所にも顕著である。
原審は特定の会社のために常時専従する等格別の支配、拘束を受けることがないことを以て顧問料を事業所得と認定した。常時専従のことについては既に述べたので支配、拘束につき説明すれば、上告人は顧問会社のために何時でも法律相談に応じ回答を与えるべき支配と拘束を受けるのである。
(五) 原審は上告人の「顧問活動が専業として又は主たる業務として営まれていたわけではなく、前示のごとき規模、態様であったことからみて、本来の弁護士業務の一環として行われていたものといわざるを得ず」として上告人の受けた顧問料を事業所得とした。
然し顧問活動が専業でなく又主たる業務として営まれていたわけではないことは、顧問料を事業所得と認定する理由とならない。原審判決は理由不備である。
原審判決のいう前示の如き規模、態様とは弁護士事務所で電話相談することを指すかも知れないが、これを以て、顧問契約に基く顧問料が本来の弁護士業務の一環ということはできない。弁護士業務は鎖状のものではないが、仮りにそうであったとしてもその業務のうちには事業であるものあり然らざるものがある。
(六) 原審は「法が所得を分類し、その種類に応じた課税を行わんとする趣旨、目的に照らせば、所得税法上は、なお、給与所得ではなくして事業所得であると認めるのが相当である」というが、原審が法の趣旨、目的を誤解していることについては既に述べたが、顧問料を事業所得と認定したのは所得税法第二七条の解釈適用の誤り審理不尽理由不備である。
(七) 所得税法第二七条第一項は事業所得とは法律又は政令で定める事業から生ずるもの(所得)とし、先づ事業を特定していて、その特定事業に該当しない者の所得はこれを事業所得と認めない。
同条第二項は事業所得の金額はその年中の事業所得に係る総収入金額から必要経費を控除した金額とすると定め、同法第三七条第一項は、その年分の事業所得の金額の計算上必要経費に算入すべき金額は別段の定めがある場合を除き当該収入金額を得るため直接に費した費用の額としている。更らに同法第六九条は事業所得の金額の計算上生じた損失の金額があるときは政令で定める順序によりこれを他の各種所得の金額から控除すると定めている。
右の規定に明かなように事業所得とは事業による収入を得るために直接に必要な資本を出し、費用を費し、損失の危険を負担して継続的に経営する事業からその取引の都度生じた対価であることを必須の要件とし、所得税法に所謂収入を得るに必要な経費を伴はない業務から生ずる所得は事業所得を構成しないのである。顧問料を得るためには必要経費を要しない。
給与所得とは所得税法第二八条の定めるように俸給、給料、賃金、歳費、年金、恩給、賞与並びにこれらの性質即ち一定の法律関係がその給与以前に存在する契約に基いて定時に定額に支払はれる固定給与に係る所得をいうのである。
給与所得と事業所得との区別は提供する労務の内容にかゝわりなく労務を提供する法律関係が、その提供者の生業(営業)として行はれるか、それとも定額的な報酬(賃金、給与)の対価として行はれるかにある。
事業所得の発生原因は、その取引(経済行為、労務供給行為)の都度発生するが、給与所得の発生原因は然らず、当事者間に雇傭、請負、委任等の労務供給に関する法律関係がその取引以前に存在し、給付はその法律関係に基づいて行はれる。事業所得による報酬額は所謂客(予め特定していない注文者、委任者、依頼者)から受註、受任、受託の都度報酬が決定するのであるが、給与所得にあっては、予め、継続的な給与額、その支払期が決定していて、これに基づいて報酬が支払はれるのである。
事業の経営、事業上の仕事として客との取引(労務知識の供給)によって客から受ける報酬は事業所得であり、事業経営と関係なく、別個の継続的な労務供給契約(顧問契約)に基づいて提供した労務に対し契約の相手方から受ける定期、定額の報酬は給与所得である。
上告理由第三点(日当の問題)
一、原判決は上告人が「弁護士として依頼者から受領した日当は、(中略)事件受任の時に取り決めた報酬とは別に、事件出張の際、予め、依頼者から旅費、宿泊費とともに支払われる金銭であり、その中から旅費、宿泊費に含まれていない出張中の少額の諸雑費の支出されることが予定されているので、その限りにおいて、日当が、一面、必要経費としての性質を有していることを否定し得ないが、他面、相当長期にわたり事務所を離れて当該事件のために拘束されることに対する報酬としての性質を有することも明らかである」と判示したが、これは日当の性質を弁識しないものである。
日当は実質弁償の性質を有する旅費の一種で、費した日数に応じて定額で支払われるもので労務の量に関せず、その支払額は報酬の性質を有しない。
国家公務員等の旅費に関する法律第六条第六号には「日当は、旅行中の日数に応じ、一日当りの定額により支給する」と定め、民事訴訟費用等に関する法律第二二条第一項には「日当は、出頭又は取調べ及びそれらのための旅行に必要な日数に応じて支給する」と定めてあって、日当なるものは日数に応じ一日当りの定額で支払われるもので役務の対価である報酬を含まないし、清算を要しない性質のものである。
刑事訴訟法第三八条第二項は前項の規定により選任せられた(国選)弁護人は、旅費、日当、宿泊料及び報酬を請求することができると定め、日当に報酬を含まないことを明規してある。
原判決は日当は相当長期にわたり事務所を離れて当該事件のため拘束されることに対する報酬としての性質を有することも明かであるというが、日当は長期にわたらなくても、事務所所在地を離れなくても、当該事件で拘束されなくても支払われるものである。民事訴訟費用等に関する法律第二条四号、五号を見ればこのことが明かである。原審判決は日当の法令上の性質を全然弁識せずこの謬論に基き判決したもので、法令を誤解し、その適用を誤ったものである。
二、原判決は「給与所得者の出張費(但し書中略)のごとく非課税所得とする旨の特別の規定(所得税法九条一項四号)の存しない現行法の下においては、所論のように、それが所得税法二七条二項の総収入金額」に該当しないといえないばかりでなく、使途の明確な旅費、宿泊費のごとく、その全額を当然に必要経費と認定することも、また許されないといわなければならない」と判示したが、給与所得者でなくても出張旅費はその性質上当然に非課税である。所得税法第九条一項四号の規定が設けられたのは、旅費中には、移転料、着後手当、扶養親族移転料、支度料、旅行雑費、死亡手当等実額の不明なものがあるので、これら実額不明のものを非課税とする趣旨に出た規定と思われる。(国家公務員の旅費に関する法律第六条参照)
よもや裁判所においても民事訴訟費用法に関する法律や、刑事訴訟法、調停法、少年法等に基づいて証人や鑑定人や通事に支払われる日当が課税の対象になっているとは思っていないことゝ信ずる。
次に原判決は出張費が所得税法第二七条二項の「総収入金額」に該当しないと言えないと判示したが、出張費は受入後直ちに支出するものである。出張費を収入とするなら必ずこれを必要経費として控除しなければならないのでそれは加除により零となり所得を構成しない。
(一) 日当は所得税法第二七条第一項の「事業から生ずる所得」でない。
(二) 日当は同法同条第二項の「事業所得に係る総収入金額」に該当しない。
(三) 日当は同法第三六条第一項の「所得金額の計算上収入金額とすべき金額又は総収入金額に算入すべき金額」に該当しない。
(四) 日当は同法第三七条の「事業所得の計算上必要経費に算入すべき金額」にも「所得の総収入金額に係る売上原価その他当該収入金額を得るため直接に要した費用の額」にも「販売費、一般管理費その他これらの所得を生ずる業務につき生じた費用」にも該当しない。
(五) 日当は同法第一四八条の「事業所得の金額に係る取引」に該当しない。
(六) 日当は同法施行規則第六三条の「取引」に関しない。
(七) 日当は国税庁基本通達一一六の「年額又は月額により支給せられる旅費」にも該当しない。
(八) 取扱方(乙第二号証)の三の「役務の報酬」同上の二九の「当該役務の提供に対する対価たる性質を有するもの」にも該当しない。
又原審判決は日当は使途の明確な旅費、宿泊費のごとくその全額を当然に必要経費と認定することもまた許されないというが、宿泊費にしても依頼者からの受取額と支払先への支払額とが常に一致するものではなく多少の過不足は免れない。一日当りで支払われる日当に清算義務を伴わないこと前述のとおりである。
三、次に原審判決は、「出張費が所得税法第二七条二項の「総収入金額」に該当しないと言えないばかりでなく、使途の明確な旅費、宿泊費のごとく、その全額を当然に必要経費と認定することも、また許されないといわなければならない」と判示したが、出張旅費は受入後直ちに出張のために費消する金員で、事業所得を得るための総収入金にも必要経費にも該当しない。即ち受入金は直ちに同額の支出金として費消されるもので、これからは事業所得は発生しない。従って出張費を以て或は事業所得を得るため収入とし或は事業所得を得るために直接に費す必要経費とすることはできないのである。別言すれば旅費、日当は事業所得の得喪と無関係の収支である。又日当は一日当りの定額で清算を必要とする性質のものでないことは前述したとおりであるから、日当を収益を得るための収入とみるならば、その支出を必要経費とみなければならない。
四、原判決は、弁護士の日当の前記性質からみて、そこから支出された必要経費の部分は、税額の計算上控除されるべきこというまでもないが、或る支出が必要経費として控除されうるためには、客観的にみて、それが業務と直接関係をもち、且つ、業務の遂行上必要な支出でなければならない。しかるに、この点について控訴人の主張するところは、単に、本件各日当が出張先の最寄駅から裁判所までの自動車賃等出張中の諸雑費に悉く費消されたというにとどまり、各費目毎の具体的な支出年月日、支出先、支出金額等が明確にされておらず、また、それをうかがうに足りる帳簿上の記載もない-控訴人は、かかる具体的事項を明確にすることは事の性質上不可能であると強弁するが、かかる主張は、採用の限りでない。-ので、仮りに本件各日当の全額が出張中の諸雑費に費消されたとしても、客観的にみて、それが控訴人の弁護士業務と直接関係をもち、且つ、業務の遂行上必要な支出であったかどうかを認定するに由ないので、控訴人の右の主張は、排斥するほかはない。それ故、被控訴人が本件各日当を事業所得の総収入金額に加算し、しかも、必要経費として控除しなかったことは、相当であって、そこに所論の違法はないものといわざるを得ない」と判示した。
(一) 弁護士の日当の前記の性質(相当長期にわたり事務所を離れて当該事件のために拘束されることに対する報酬としての性質)についてはその理由の非なることを前述した。
(二) 日当から支出された必要経費の部分は、税額の計算上控除されるべきことはいうまでもないというが、かゝることはない。日当を必要経費と見た場合は総収入金額から控除するので、税額の計算上控除されるのではない。
(三) 日当が必要経費として控除されうるためには客観的にみて、それが業務と直接の関係をもち、且つ、業務の遂行上必要な支出でなければならないというが、被上告人は上告人が出張した場合の旅費のうち、旅費(汽車賃)宿泊料を認め、日当のみを否認しているのであるから、日当を必要としなかったことについては被上告人にその立証責任がある。
(四) 日当につき各費目毎の具体的な支出年月日、支出先、支出金額等が明確にされておらず、また、それをうかがうに足りる帳簿上の記載もないというが、上告人が原審に提出した昭和五二年九月三〇日附準備書面第三の九の(二)記載の発駅までのタクシー代、車中の新聞代、車中のコーヒー代、車中の食事代、着駅からホテルまでのタクシー代、ホテルボーイえの心付、電話料、夕刊代、ホテル夕食代、バーの料金、ホテル朝食代、朝刊代、裁判所までのタクシー代、弁護士会館の茶代、昼食代、発駅までのタクシー代、車中の夕食代、車中の夕刊代、着駅から事務所までのタクシー代等の支出を法律事務所の収支帳に記載し、この帳簿と証憑書類の整理をし五年間保存し、被上告人及び訴訟繋属の裁判所に提出しなければならないというようなことは現代の物件費、人件費等の経済事情からみて非常識の極みである。上告人は帳簿に日当金額の受入と同額の払出を記載しているのであるから、これを以て必要かつ十分としなければならない。
(五) 仮りに本件各日当の全額が出張中の諸雑費に費消されたとしても客観的にみて、それが控訴人の弁護士業務と直接関係をもち、且つ、業務の遂行上必要な支出であったかどうかを認定するに由ないというが、大阪出張を例にとってみても出発駅は上告人の徒歩圏内にはなく着駅も都心を離れた場所にあり、ホテルは市内にあり、裁判所は本件当時一ヶ所になく二ヶ所に亘りこの間を往復するにはタクシーの利用を必要としたことは裁判所にも顕著なところであり、出張の事実は被上告人がその汽車賃、宿泊料を認めていることから明らかであるから、上告人の受取った日当が、出張中の諸費用に必要であり、任務遂行と直接関係あることを認定するに由なしとすることはできない。
(六) 被上告人が上告人の日当の支出を争うには日当の支出なかりしことを立証すべきである必要経費の点を含めて課税所得の存在については課税庁側に立証責任があり、通信費、厚生費など通常経費についてはその不存在につき課税庁に立証責任があり、寡額の必要経費を主張するには課税庁に立証責任があることについては上告人が昭和五一年九月二四日附準備書面五において主張したところである。同趣旨の判例は左のとおりである。
判決日 判決庁 事件番号 出典
昭和二五・一二・二〇 鳥取地 昭和二三(行)二八 行裁例集一の一〇の一三〇六
昭和二六・一二・一〇 福岡地 昭和二五(行)一六一 行裁例集二の一二の二一八〇
昭和二七・ 四・一〇 秋田地 昭和二六(行)九 行裁例集三の三の五一二
昭和三一・ 七・ 四 東京地 昭和二九(行)六〇 行裁例集七の七の一七七二
昭和三五・ 三・二七 徳島地 昭和二九(行)六 行裁例集九の四三三
昭和四八・ 九・ 六 大阪地 昭和四三(行ウ)五九三 税務資料七一の九八
昭和四八・一二・一一 大阪地 昭和四一(行ウ)八四の二 税務資料七一の一一四〇
然るに原審が被上告人に右の事実の主張立証責任を課することなく、これを上告人に課したのは立証責任に関する法令の規定の解釈適用を誤ったものである。
結語
以上の如く原審判決には法令の誤解、審理不尽、理由不備、立証責任顛倒の違法があり、その違法は何れも判決の主文に影響があるから原判決は破毀すべきものである。