最高裁判所第二小法廷 昭和54年(あ)998号 判決 1980年11月28日
主文
本件各上告を棄却する。
理由
弁護人中村厳の上告趣意第一点について
所論は、憲法二一条違反をいうが、原判決は、所論のように本件「四畳半襖の下張」を春本と断じたものでないことがその判文上明白であるから、所論は、原判決の結論に影響を及ぼさないことの明らかな点に関する違憲の主張であり、適法な上告理由にあたらない。
同三宅陽の上告趣意第一について
所論は、原判決の解釈が憲法二一条に違反するというが、結局のところ、原判決が刑法一七五条の合憲性を肯定したことを論難するに帰するものであって、その理由のないことは、わいせつ文書の出版を同法条で処罰しても憲法二一条に違反しないとする当裁判所大法廷判例(昭和二八年(あ)第一七一三号同三二年三月一三日判決・刑集一一巻三号九九七頁、同三九年(あ)第三〇五号同四四年一〇月一五日判決・刑集二三巻一〇号一二三九頁)の趣旨に徴し明らかである。
弁護人中村厳の上告趣意第二点、同三宅陽の上告趣意第二について
所論は、憲法三一条違反をいうが、刑法一七五条の構成要件は、所論のように不明確であるということはできないから、所論は前提を欠き、適法な上告理由にあたらない。
なお、文書のわいせつ性の判断にあたっては、当該文書の性に関する露骨で詳細な描写叙述の程度とその手法、右描写叙述の文書全体に占める比重、文書に表現された思想等と右描写叙述との関連性、文書の構成や展開、さらには芸術性・思想性等による性的刺激の緩和の程度、これらの観点から該文書を全体としてみたときに、主として、読者の好色的興味にうったえるものと認められるか否かなどの諸点を検討することが必要であり、これらの事情を総合し、その時代の健全な社会通念に照らして、それが「徒らに性欲を興奮又は刺激せしめ、かつ、普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するもの」(前掲最高裁昭和三二年三月一三日大法廷判決参照)といえるか否かを決すべきである。本件についてこれをみると、本件「四畳半襖の下張」は、男女の性的交渉の情景を扇情的な筆致で露骨、詳細かつ具体的に描写した部分が量的質的に文書の中枢を占めており、その構成や展開、さらには文芸的、思想的価値などを考慮に容れても、主として読者の好色的興味にうったえるものと認められるから、以上の諸点を総合検討したうえ、本件文書が刑法一七五条にいう「わいせつの文書」にあたると認めた原判断は、正当である。
弁護人佐藤博史の上告趣意について
所論のうち、刑法一七五条の規定がその構成要件の不明確性の故に憲法三一条、二一条に違反するという点は、刑法一七五条の構成要件が所論のように不明確であるということのできないことは、すでに説示したとおりであるから、所論は前提を欠き、原判決には手続的にも憲法三一条違反があるという点は、実質は単なる法令違反の主張であり、その余の違憲(憲法三一条、三二条違反)をいう点は、原判決の結論に影響を及ぼさないことの明らかな点に関する違憲の主張であり、いずれも適法な上告理由にあたらない。
よって、刑訴法四〇八条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 栗本一夫 裁判官 木下忠良 裁判官 塚本重頼 裁判官 鹽野宜慶 裁判官 宮崎梧一)