最高裁判所第二小法廷 昭和54年(オ)525号 判決 1981年1月30日
上告人
萩谷桃一
右訴訟代理人
倉重達郎
被上告人
松谷総一郎発起頼母子講
外五名発起頼母子講
右六名代表者
佐野納
右六名訴訟代理人
西田信義
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人倉重達郎の上告理由について
民法上の組合類似の性質を有する頼母子講には法人格がなく、組合ないし法人格のない社団又は財団がその名において公正証書の作成嘱託をすることを認める法令を定めはないから、講がその名において公証人に公正証書の作成を嘱託することは許されないものと解すべきであるが、講に講金の取立、支払等について一切の権限を有する講総代が選任されている場合には、総代は、右の権限に基づいて、落札者及びその連帯保証人に対する講掛戻金に関する債権につき、自己を債権者と表示し、その名において公証人に公正証書の作成を嘱託することができるところ、このような嘱託によつて作成された公正証書において、その嘱託人の表示欄に債権者として総代個人の住所氏名等が記載され、その本文中に債権者として総代の肩書を付してその氏名が記載されていても、本文中の右のような肩書の記載は、公正証書記載の債権が講関係の債権であつて嘱託人の個人的債権ではないことを明らかにしておく趣旨のものにすぎないとすべきものであつて、右記載があるというだけでは、本文中の債権者の表示と嘱託人の表示欄中のそれとの間に齟齬があるとすることはできない。原判決は、措辞適切を欠くが、要するに、本件各公正証書は、各被上告人頼母子講の総代である佐野納が、それぞれの講の総代の権限に基づき、自己を債権者と表示しその名において作成を嘱託したものであつて、公正証書上の債権者は佐野納であつても、公正証書に記載されている債権は同人の個人的債権ではなく、その本文中に債権者として講総代佐野納と記載されていることと嘱託人の表示欄中に債権者として佐野納とのみ記載されていることとの間には齟齬がなく、また、上告人主張の錯誤も存在しない旨を判示しているものと解せられる。そうすると、原審の認定判断は、前記説示及び原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(鹽野宜慶 栗本一夫 木下忠良 塚本重頼 宮﨑梧一)
上告代理人倉重達郎の上告理由
一、原判決は採証の法則及び経験則に違反して事実を認定した違背があり判決に影響すること明らかである
(1) 上告人の主張に対し原判決はその理由の(三)において「前掲乙、丙、丁、戊、巳、庚各第一及び第三号証の本件、各委任状及び公正証書によれば、右主張のように記載されていることが認められるが委任状及び公正証書全体を通読すれば委任状の委任者欄及び公正証書当事者欄の佐野納の表示は被控訴人らの講総代としてのものであることが明らかであるから公正証書の内容にそごがあるとはいえないし控訴人の錯誤も存在しないから控訴人の右主張は採用できない」旨説示した。
(2) しかし乙ないし庚各第一号証の公正証書作成の委任状には明らかに佐野納個人が債権者と明記されているし乙ないし庚各第三号証の公正証書にはこれまた明らかに当事者のうち債権者は佐野納個人である旨が明記されている、尤も右各公正証書第一条には講総代である佐野納が債権者である旨記載されているがそれは内容で当事者はあくまで佐野納個人であることはきわめて明白でありかくみるのが経験則である、しかるにこれと異る前記認定は冒頭の違背がある。
(3) この点は単に形式論のみではなく、上告人が第一審及び原審でしばしば主張している本件各講の総代たる佐野納が講員のための代表者たる職務を逸脱して個人として講員たる近藤徹治らに高利で金を貸しその回収方法として自ら同人の落札する権利を行使してその落札金を取得してその債権の回収をしたものでありこれがこのような文言になつたのである。
二、原判決は理由不備理由そごの違法があり御庁の判例にも反し判決に影響すること明らかな法令の違背がある。
(1) 上告人の主張に対し原判決は前記各公正証書にはその内容にそごがあるとはいえないと説示したが、右は冒頭の違背がある。
(2) 前述のとおり各公正証書の当事者とその内容とに相違のあることは何人がみても明らかであるが公正証書は執行基本でありその作成は判決と同様最も厳格になさるべき訴訟行為である、したがつてその内容が明確でありかつ相互に矛盾があつてはならない、これに反すれば執行力は排除さるべきは当然である。
(3) もしこれを反対に解し本件の如く当事者と内容が異つても適法な公正証書で債務名義たりうるとすれば本件の如くある時は債権者は個人佐野納、ある時は同人が総代である頼母子講なる組合となり執行機関においてその去就に迷う結果となる。本件では現にそうなつていることは甲各号証によつて明らかである。
(4) しかるにこれを有効と解しその執行力を認容した原判決は冒頭の違背がある。
(5) 賃借人がその占有する建物についてこれを占有する正当な権限のないことを認め昭和39年6月末日迄に明渡す旨を記載した和解調書は明渡猶予期間を定めたものではなく賃料改訂期間と解すべきものであるとの第二審判決を破棄し昭和44年7月10日御庁第一小法廷は(民集23巻8号一四五〇頁)「原判決の判示するように和解調書の文言の解釈にあたつてはその和解の成立に至つた経緯のみならず和解成立以後の諸般の状況をも考慮にいれることは違法とはいえないが本件和解は訴訟の係属中に訴訟代理人たる弁護土が関与して成立した訴訟上の和解であり和解調書は確定判決と同一の効力を有するものとされており(民訴法二〇三条)その効力はきわめて大きくこのような紛争のなかで成立した本件和解をその表示された文言と異る意味に解すべきであるとするのはその文言自体相互にむじゆんしまた文言自体によつてその意味を了解しがたいなど和解条項それ自体に内包するかしを含むような特別の事情のない限り容易に考えられないのである……原判決の確定した事実関係のもとではいまだもつて原判示のように本件和解条項の文言と異る解釈をすべきものとは認められないのである」と判示した、これによると本件公正証書の当事者欄の佐野納の表示は被上告人らの講総代としてのものであるとの原判決の判示は冒頭の違背がある。