最高裁判所第二小法廷 昭和54年(行ツ)66号 判決 1979年11月30日
京都市下京区大宮通松原下る西門前町四〇七番地
上告人
久保田繁太郎
右訴訟代理人弁護士
森智弘
京都市下京区間之町通五条下る大津町八番地
被上告人
下京税務署長
桑田陽司
右指定代理人
小林孝雄
当事者間の大阪高等裁判所昭和五三年(行コ)第二七号課税処分取消請求事件について、同裁判所が昭和五四年二月二七日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人森智弘の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 栗本一夫 裁判官 大塚喜一郎 裁判官 木下忠良 裁判官 塚本重頼 裁判官 監野宜慶)
(昭和五四年(行ツ)第六六号 上告人 久保田繁太郎)
上告代理人森智弘の上告理由
上告理由第一点
原判決は、審理不尽、理由不備の違法(民事訴訟法第三九五条一項六号該当の違法)があり、之が判決に影響を及ぼすこと明らかである。
原判決は、本件墓地使用保証預り金について、「吉相碑の移転性がその本質であるにせよ、先祖の霊を祀るため相当の出費をして墓碑墓地をかまえた先祖の祭祀者が容易に、しかも短期間にその使用の中止解約を申し出ることは、遠隔地に移転永住し墓参も不可能になるなど余程の事情のある特別の場合を除き、一般には希有のことに属するものと言わなければならない。従って、本件墓地使用保証金につき前記返還条項の定めがあるとはいえ、之をもっぱら金融目的のために近い将来の定時における返還を予定した預り金と見ることはできないのである。」(判決理由一6)と判示し更に「墓地使用者が原告に対して負担する債務としては、主として吉相墓地の使用を中止するということは、前段で説示したように、一般的に希有なことゝいえる(実際にも極めてわずかであることは前記認定のとおりである。)ばかりでなく、吉相碑の前記構造上の特色及び吉相碑を建立しようとする人の社会的地位(当審証人久保田秀二郎の証言によると、いわゆる中流以上の人が多い。)からすれば、その撤去費用も負担しきれない程それ程高額であるとは思われず、現に前認定の本件墓地使用保証金返還例においても一例を除き使用者が自発的に自己の費用で撤去を済ませておりさらに、原告が吉相碑を無縁ということで撤去したことはこれまでに一例もないというのが実態であって、このような諸点に原告の本件墓地使用保証金額決定方法をも合わせ考えると、本件墓地使用保証金授受の当事者が吉相碑撤去費用の担保の趣旨でこれを授受したものとは認められないのであり、本件墓地使用保証金預り証に記載されている返還条項にかゝわらず本件墓地使用保証金は実際にはほとんど返還されることがないことを原告も予想して収受したものといわざるをえないのであって、本件墓地使用保証金の主たる経済的機能及び性質は、原告が吉相墓地の使用を供与したことの対価であるといわなければならない。」(判決理由一6)と判示したが、右理由中の判断に重大な経験則違反、理由不備、審理不尽の違法がある。
一、本件墓地使用保証金(墓地という表現を使っていても、その実態は墓地ではない。以下本件保証金という)は碑建立者の建立使用に際し、上告人において右建立者から建立地の使用を必要としなくなった場合には直ちに返還する旨の予めの約定のもとに預った保証金であり将来返還を予定した預り金である。
原判決は本件保証金が預り金であるか否かの判断の前提として吉相碑の移転性について「吉相碑の移転性がその本質であるにせよ、墓地の使用を中止するということは一般的に希有のことに属する」と判示するけれども、先ず右理由中の判断に重大な経験則違反、審理不尽、理由不備の違法がある。
1 本件土地上に建立された碑は、徳風会竹谷聡進先生の指導のもとに建立されたもので、徳風会式吉相碑(以下吉相碑という)と呼ばれるが、吉相碑と従来の伝統的納骨墓=永代墓とは外観的には類似するところもあるが、全くその性格、実態は異り、特に祭祀対象、祭祀感覚を全く異にするものである。
吉相碑には死体の埋葬或いは納骨がなされず、しかも祭祀の対象は精霊碑のみで、建立者の移転に伴って吉相碑も移転される、即ち、非納骨碑、移転性が吉相碑の特色であり、吉相碑の移転性は本質的なものである。
伝統的な墓に対する一般的宗教感情は、納骨墓に埋葬される焼骨又は死体(以下焼骨という)について霊が宿るという焼骨在霊崇拝思想を前提にし、霊の宿る焼骨を埋葬する墓地、納骨埋葬する墓石が一体となって先祖祭祀の対象とされ、故に墓の移転性は否定され、それが故に墓地の使用は、永代使用であるとされてきた。
ちなみに、辞書によると「墓は死体や遺骨を葬った所」、「墓石は死者の戒名、俗名、死亡年月日を刻んで墓所に立てた石」等と記述されているのが一般で、伝統的国民感情も、墓は遺骨を葬った所と認識してきたもので、墓地埋葬等に関する法律等も「墳墓は死体を埋葬し、又は焼骨を埋葬する施設をいう」と定義しているのである。
2 ところで、吉相碑は、家系と納骨墓の実地調査と之が統計的実証を積み重ね、先祖葬碑の建立法を考証し、集大成した故竹谷聡進師の教義、指導に基いて建立される先祖供養の精霊碑である。
さて、故竹谷師は、精霊と現世、子孫の接点である先祖祭祀供養塔の相と、現世に生きる子孫の幸、不幸の関係を統計的に調査し、子孫に幸をもたらす吉相を実証するため、長年に亘り、全国津々浦々を歩いて現実の個々の家系、家庭と納骨墓の相との関係を実地調査し、資料を集積し、統計的に吉兇の墓相を分類し、之をもとに精霊碑のあるべき吉相を研究し、その結果、焼骨に霊が宿る、従って在霊の焼骨を埋葬する墓を祭祀するという在来の焼骨在霊崇拝思相を否定し、焼骨には霊はなく、又祭祀の対象でもなく、吉相の条件に適合した精霊碑に霊は宿り、子孫に幸運をもたらす、との墓相観に立脚し、統計的に実証された資料をもとに、子孫に幸をもたらす個々の家系、家庭に適合する精霊碑の建立法を考証したのが吉相碑である。
而して、吉相碑建立者の多くは、先祖より承継した納骨墓を有しながら、新たに吉相碑を建立しており、この場合吉相碑を精霊碑、納骨墓を身墓と呼び、二墓制と称するが、先祖祭祀の対象は吉相碑なのである。
3 加えて、故竹谷師が最も強調されたのは、吉相碑は、祭祀者が時間的に容易に参拝祭祀できる居住地の近くに建立し、最低月一回は祖先の祭祀を供養しなければならないということであり、従って祭祀者が転居等により吉相碑建立地より遠隔地へ移転する場合は、吉相碑も近くに移転するというのが、その教えなのであり、吉相建立者は全て之を信奉して吉相碑を建立した人達である。
吉相碑建立地の地相に関する師の指導は、東南向、広さ二坪以上、朝日が二時間以上当る場所、平地又は雨水が東南へ流れる場所、樹木のない場所等の条件に適合する地であること等とされているが、吉相碑建立者は、転居等による建立地移転の外、現在の建立地以上に地相の適条件の建立地がある場合之に吉相碑を移転することは当然考えられることで、又望ましいことなのである。
かように、吉相碑の移転性は本質的なものであり、祭祀者の転居等に伴って移転されるのである。
4 本件吉相碑建立地に吉相碑が建立開始された時期より、昭和四九年迄に限定しても、吉相碑建立者が他の建立場所へ吉相碑を移転した例は一四例にものぼっており、上告人は、右建立地使用解消に伴い、本件保証預り金を預託者に返還してきた。
かように、吉相碑の移転性が本質的なものであるが故に、上告人は祭祀建立者との間において、使用に際し、使用者が使用中止を申し出た場合、右保証金全額を返還することを約定した上、本件保証金を預ったもので、本件保証金は将来返還を予定した預り金である。
原判決は、吉相碑の移転性がその本質であるにせよ、墓地の使用を中止するということは一般的に希有のことに属すると判示し、これを前提理由として本件保証金が預り金であるか否かの判断をなしているけれども、移転性が本質的であるということは、将来移転されるということであり、今後時間の経過に従って増々移転される吉相碑は増加することが一般的であるのに、単に昭和四九年頃迄の移転例の数だけから移転が希有のことに属するとするのは著しく採証法則を誤り、理由に不備がある。
二、原判決は、上告人の本件保証金は、吉相碑撤去費用等の担保ための預り金であるとの主張について、「墓地の使用を中止するということは、一般的に希有なこと、本件墓地使用保証金返還例においても一例を除き使用者が自発的に自己の費用で撤去を済ませており、さらに上告人が吉相碑を無縁ということで撤去したことはこれまでに一例もない」等の理由で担保のための預り金とは認められないと判示しているけれども、右理由中の判断にこそ、審理不尽、理由不備の違法がある。
1 建立地使用者が上告人に対して負担する債務は、吉相碑建立地の使用を中止した場合における使用者の吉相碑撤去義務と管理費支払債務である。
先ず、管理費は、一区画につき、年額昭和四一年より六〇〇円、昭和四二年より一、〇〇〇円、昭和四九年より二、〇〇〇円で、上告人は右管理料の徴収を便宜上自治会に代理委託しているが、使用者は上告人に管理料支払義務を負担している。
建立地使用者は、建立地の使用を中止した場合、上告人に対し当該碑の撤去義務を負担するが、建立地を移転する場合、移転先に当該吉相碑を運びそれを建立する人と、従来の碑はそのまゝにして移転先に新たな碑を建立する人とがあり、後者の場合、上告人は祭祀者に代って碑を収去し、慰霊搭に合祀しなければならず、更に祭祀承継者が絶え絶家となり、或いは祭祀者が永年に亘り行途不明となった場合等にも上告人は代って右碑を撤去し無縁搭に合祀しなければならず、その費用は、昭和四一年当時で、最も小区画である一坪半の土地に二基建立した場合、撤去等工事の人夫賃二万円、運送費一万五、〇〇〇円、お精根抜きの供養料約一万円、慰霊搭又は無縁搭合祀永代供養料一基二万乃至三万円、跡地整理費二万五、〇〇〇円、計約九万円で、吉相碑は標準二坪乃至二坪半、石碑は二基乃至三基であり、それ以上広い建立地があり、撤去費用は、昭和四一年当時で最低に見積っても約九万円を要し、上告人は右費用と前記管理費を担保するため本件保証金を預ったもので、使用者も又右費用の担保の趣旨で上告人に預けているのである。
尚、右費用は年々高くなったゝめ之に対応して保証金の額も高くなったものである。
2 原判決は「一例を除き、使用者が自発的に自己の費用で撤去を済ませている。吉相碑を無縁ということで撤去したことはこれまで一例もない」と判示し、従って本件保証金は吉相碑撤去費用の担保として授受されたものとは認められないと判示しているけれども、前一項で詳論した如く、吉相碑の本質からして今後時間の経過に従って増々移転される事例は増加し、之に伴って上告人が撤去しなければならない等本項1掲記の事態は増加するのであり、単に昭和四九年頃迄の経過と移転例の実態のみをとらえて担保のための預り金とは認められないとするのは、著しくその理由に不備があり、又審理を十分に尽していない。
上告理由第二点
原判決は、所得税法二六条の解釈適用の誤り(民事訴訟法第三九四条後段該当の違法)があり、之が判決に影響を及ぼすこと明らかであるから破棄を免れない。
一、原判決は、「本件墓地使用保証金の主たる経済的機能及び性質は、原告が吉相墓地の使用を供与したことの対価であるといわなければならない。そうすると、原告は、本件墓地使用保証金の収受により、その年度において同保証金と同額の収入を得たものというべきであり、右収入は所得税法二六条に定める不動産貸付による所得に該当する」(判決理由一6)と判示しているが、之は所得税法二六条の解釈適用を誤ったものである。
即ち、本件保証金は、上告人が使用者より建立地使用に際し、建立地使用保証金として預り、使用を中止した場合においては保証金全額を直ちに返還する約定のもとに預ったもので、その際上告人は使用者に対し「墓地使用保証金預り証」を交付し、使用者と上告人間において、右預り証により金銭貸借の成立を約しており、而も、吉相碑の移転性、保証金の経済的機能及びその性質は上告理由第一点に詳述した通りであり、本件保証金は将来返還を予定した、吉相碑撤去費用等の担保のための預り金であり、土地使用の対価でも不動産貸付による収入でもなく、同法二六条の不動産所得には該当しない。
この点、原判決は同法二六条の解釈適用を著しく誤っている。
二、原判決は「本件対象土地に訴外会社所有地が含まれているとしても、原告は、同土地も含めていわゆる吉相墓地分譲をし、これによる本件墓地使用保証金を全て原告が収受して自己のために使用しているものと認めるべきであるから、本件係争年度中の本件墓地使用保証金による経済的利益は、全て原告が享受したものといわざるをえないのであり、従って、これによる所得は原告に帰属する」(判決理由一6)と判示している。
然乍ら、上告人が本件土地中に、訴外株式会社久保田家石材商店所有地が含まれていることを知ったのは、上告人が本訴提起後測量した結果始めて判明したことであり、仮に原判決認定の如く、本件保証金が不動産所得であるとしても、その所得の発生した土地の所有者である訴外会社に実質上その所得は帰属し、上告人は誤って訴外会社の所得を預ったことになり、上告人は訴外会社に之を返還しなければならず、上告人も本訴の最終的結論が不動産所得と確定すれば返還する意図であり、右土地分の保証金による経済的利益は上告人に帰属することにはならず、訴外会社に実質的に帰属するのであり、原判決は右所得の帰属に関し、本法七条、同二六条の解釈適用を誤った違法がある。
以上要するに原判決には以上指適の違法があり到底破棄を免れない。 以上