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最高裁判所第二小法廷 昭和55年(オ)412号 1985年7月19日

上告人

松本洋

右訴訟代理人弁護士

小西武夫

被上告人

西日本アルミニウム工業株式会社

右代表者代表取締役

梅津久

右訴訟代理人弁護士

木村憲正

右当事者間の福岡高等裁判所昭和五三年(ネ)第四一七号労働契約存在確認等請求事件について、同裁判所が昭和五五年一月一七日言い渡した判決に対し、上告人から一部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人小西武夫の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係及びその説示に照らし、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。右違法があることを前提とする所論違憲の主張は、失当である。論旨は、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧圭次 裁判官 大橋進 裁判官 島谷六郎 裁判官 藤島昭)

上告代理人小西武夫の上告理由

第一点

原判決には上告人所属の被上告会社労働組合と被上告会社との労働協約第三四条九号、一〇号の解釈を誤り、之を不当に適用した違法がある。

原判決は、被告人が昭和五三年一〇月一九日の原審、第一回口頭弁論期日において上告人に対し、上告人が昭和五二年一月二一日、福岡地方裁判所において、兇器準備集合、公務執行妨害、傷害被告事件について、懲役一年二月、三年間執行猶予の刑に処する旨の判決言渡を受け、右判決が同年二月五日確定したことは前叙労働組合と被上告会社との労働協約第三四条九号、一〇号に該当するとしての予備的解雇の意思表示を有効としたのであるが、右は同労働協約の解釈を誤り、之を不当に適用したものである。

即ち、同協約第三四条

一、正当な理由なしに無届欠勤連続一四日以上に及んだとき、

二、他人に対し、暴行脅迫をなし、業務を妨害したとき、

三、職務上の指示命令に従わず職場の秩序を紊し、又は紊そうとしたとき、

五、会社の承認を得ないで、在籍の儘、他に雇入れられたとき、

六、重大な秘密を社外に洩し、又は洩そうとしたとき、

七、業務に関し、不当に金品その他を受取り、又は与えたとき、

八、数回懲戒を受けたにも拘らず、尚改悛の見込がないとき、

等の明文の示すとおり、同協約三四条で懲戒解雇の原因とする行為の時点は全部労働者が会社入社後、会社の従業員としての身分取得後の行為を対象としているものであるので、従って、同協約

九、罰金以上の罪を犯し、有罪判決の確定ありたるとき、

なる文言も前同様、労働者の懲戒解雇の原因たる行為の時点は労働者が会社入社後、会社の従業員として身分取得後の犯罪行為なることは前記のとおり同条の他の各号の文言に照し極めて明らかであり、且つ又同労働組合は右の趣旨で、被上告会社と労働協約を締結したものである。

従って、犯罪行為自体が入社前である以上はその犯罪行為による有罪判決の確定が仮令入社後確定したりとするも、懲戒解雇の原因となり得ないし、亦それを原因として懲戒解雇することは許されないのである。

本件上告人の犯罪行為は、昭和四四年一〇月一四日であるので上告人が被上告会社に昭和四九年三月一六日雇用される約五年前の犯罪行為であるので、仮令右犯罪行為の判決確定日が昭和五二年二月五日で被上告会社入社後であるとしても、前記労働協約第三四条の趣旨よりして、同条第九号を適用することは出来ないのである。

しかるに、原判決は上告人が被上告会社に入社後、会社従業員としての身分取得後の犯罪でないのに、同条第九号を適用し、懲戒解雇を有効としたのは正しく、同条同号の解釈を誤り、適用すべからざる同条同号を不当に適用した誤りがあることは明らかである。

第二点

原判決には民法第一条を適用せず、延いて憲法第二七条第一項(労働基本権)の解釈を誤った違法がある。

労働組合は労働協約第三四条第九号を前記の趣旨で被上告会社と労働協約を締結したものであるので、被上告会社として会社入社前の犯罪行為を原因として、従業員を懲戒解雇した前例は皆無であり、且又、他の会社でも斯かる前例は全く無いと断言しても過言でないのであり、仮りに、犯罪行為自体は入社前と難も入社後該犯罪行為についての有罪判決の確定ありたるときは同条同号に該当するとしても、被上告会社入社の約五年前の犯罪行為で被上告会社と全く無関係な行為であり、且つ上告人が被上告会社入社後は、会社の勤務は平均以上の良好な勤務状態で何等会社に損害を加えたり、職場秩序を乱したりしたことは全くなく、上司や同僚との関係に円満を欠くということもなく、被上告会社の業務に支障を生じさせることは全くなかったのであるから、同協約第三四条(懲戒解雇)本文但書、「但し、情状に依り、諭旨退職、出勤停止又は減給に処することがある」との但書を当然適用すべきにも拘らず、右情状を無視した本件懲戒解雇処分は、仮りに被上告会社に懲戒権ありとしても、被上告会社の権利行使は前記労働協約の趣旨よりして、正しく民法第一条第二号信義誠実の原則及同条第三号権利の濫用に則り、許されないのである。

しかるに、原判決は右犯罪行為が入社前の行為であっても、被上告会社の対外的信用を害し、一般従業員にも悪影響を与えるおそれなしとは言い難いとして解雇権の濫用の主張を排斥しているのは理由不備の違法がある。

上告人が入社前の犯罪行為で入社後の昭和五二年二月五日確定したことの事実は被上告会社の訴訟代理人のみが検察庁に照合して、初めて知ったことであり、原審に於ける被上告会社代表取締役、梅津久の供述でも明らかなとおり、同会社代表取締役自体何日の如何なる具体的犯罪行為で有罪判決の確定があっても、知らないくらいであるので、他の一般従業員は有罪の確定判決など全然知らないのであるから、有罪の確定判決で被上告会社の対外的信用を害し、一般従業員にも悪影響を与える等のことは全くないのである。

若し、原判決の如く入社前の犯罪行為で入社後、有罪判決の確定があれば、一律に労働協約により懲戒解雇が許されるとすれば本件上告人の如く、在学中、学生運動したが憲法第二七条「すべて、国民は勤労の権利を有し、義務を負う」との労働基本権に則り、会社に入社し労働者として、真面目にしかも平穏無事に勤労の権利と義務を誠実に履行しているにも拘らず、只、入社前のしかも会社とは何等関係のない行為で、入社後にすべての労働者が懲戒解雇処分に付せられ、全企業から排除される結果となり、すべて国民は勤労の権利を有し、義務を負うとの労働基本権を蹂躙し、之を侵害することとなり、この点において憲法の解釈を誤った違法がある。

敢迄(ママ)も右労働基本権は国民の基本的人権として之を尊重し擁護せらるべきである。

以上、いずれの点からしても原判決は違法であるので、破棄せらるべきものである。 以上

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