大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第二小法廷 昭和55年(オ)579号 判決 1983年5月27日

上告人

髙野サク

上告人

亡髙野正信訴訟承継人

髙野よし子

上告人

髙野雅弘

上告人

髙野眞由美

上告人

髙野敦史

上告人

髙野恵美

右四名法定代理人親権者

髙野よし子

右六名訴訟代理人

口野昌三

被上告人

右代表者法務大臣

秦野章

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人口野昌三の上告理由第一点について

国は、公務員に対し、国が公務遂行のために設置すべき場所、施設若しくは器具等の設置管理又は公務員が国若しくは上司の指示のもとに遂行する公務の管理に当たつて、公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務を負つている(最高裁昭和四八年(オ)第三八三号同五〇年二月二五日第三小法廷判決・民集二九巻二号一四三頁)。右義務は、国が公務遂行に当たつて支配管理する人的及び物的環境から生じうべき危険の防止について信義則上負担するものであるから、国は、自衛隊員を自衛隊車両に公務の遂行として乗車させる場合には、右自衛隊員に対する安全配慮義務として、車両の整備を十全ならしめて車両自体から生ずべき危険を防止し、車両の運転者としてその任に適する技能を有する者を選任し、かつ、当該車両を運転する上で特に必要な安全上の注意を与えて車両の運行から生ずる危険を防止すべき義務を負うが、運転者において道路交通法その他の法令に基づいて当然に負うべきものとされる通常の注意義務は、右安全配慮義務の内容に含まれるものではなく、また、右安全配慮義務の履行補助者が右車両にみずから運転者として乗車する場合であつても、右履行補助者に運転者としての右のような運転上の注意義務違反があつたからといつて、国の安全配慮義務違反があつたものとすることはできないものというべきである。

これを本件についてみるに、原審が適法に確定したところによれば、(1) 陸上自衛隊第三三一会計隊長である訴外市川和夫一等陸尉(以下「市川一尉」という。)は、昭和四二年六月二九日、北海道岩見沢の第三二七会計隊から臨時勤務者(車両操縦手)として派遣されてきていた田中一等陸士の勤務時間が終了したので同人を原隊に送り届けることになつたが、当時第三三一会計隊には自衛隊の車両操縦手の資格を有している者がなく、幹部で公安委員会の運転免許を有している高沢二尉も当日不在であつたためと業務連絡の都合上、公安委員会の運転免許を有している市川一尉が自ら運転することとした、(2) その際市川一尉は、会計隊長として、約一か月前に公安委員会の運転免許を取得し、将来操縦手の資格を取得させようと考えていた亡正男に対し、その教育準備として道路状況の把握、車両操縦の実地の見学、第三二七会計隊の見学等のほか運転助手を勤めさせる目的で、第三三一隊装備の四分の一トントラック(車番〇一―五二九四号、以下「本件事故車」という。)に同乗を命じた、(3) 市川一尉は、本件事故車を運転して田中一等陸士を第三二七会計隊に送り届けたのち帰途につき、同日午後一時四〇分ころ、北海道岩見沢市幌向町中幌向先国道一二号線上を岩見沢市方面から幌別市方面へ向け進行中、国道補修工事のため補装部分の幅が狭くなつた道路部分にさしかかり、同所を時速約三五ないし四〇キロメートルの速度で通過したが、その直後、道路の舗装部分の幅が広くなつたところに出て時速約四五ないし五〇キロメートルに急加速したため、本件事故車の後輪を左に滑走させ、狼狽の余りハンドルを切り返して進路を正常に復させる余裕もないまま、本件事故車を道路上で回転させて反対車線に進入させ、折から対面進行してきた訴外鈴木啓司運転の大型貨物自動車の右前部に、自車右側面部を衝突せしめ、その衝撃によつて、本件事故車に同乗していた亡正男に頭蓋血腫、脳挫傷の傷害を負わせ、同人を同月三〇日午前五時五五分に死亡させた、(4) 市川一尉は、事故当時降雨のため路面が濡れていたばかりでなく、右補修工事に際し補修部分に塗布したアスファルトが本件事故車の進路の舗装路面上に約四七メートルの長さに亘つて付着し、そのため路面が極めて滑走し易い状況にあつたにもかかわらず、路面に右アスファルトが付着していたのを看過して滑走等の危険はないものと軽信し、漫然アクセルペダルを踏み込んで前記のとおり加速した、というのである。

以上の事実関係によれば、本件事故は、市川一尉が車両の運転者として、道路交通法上当然に負うべきものとされる通常の注意義務を怠つたことにより発生したものであることが明らかであつて、他に国の安全配慮義務の不履行の点は認め難いから、国の安全配慮義務違反はないとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

同第二点について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

同第三点について

原審が所論の主張を排斥していることは、原判決を通覧すれば明らかである。論旨は、原判決を正解しないでその不当をいうものにすぎず、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(鹽野宜慶 木下忠良 宮﨑梧一 大橋進 牧圭次)

上告代理人口野昌三の上告理由

第一点 原判決は、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背がある。

1 国は国家公務員に対し、その公務遂行のための場所、施設若しくは器具等の設置管理又はその遂行する公務の管理にあたつて、国家公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務を信義則上(民法一条二項)負つている。

原審が、市川一尉の安全配慮義務違背を理由とする損害賠償請求権を否定した判断は、法令の解釈適用を誤つたものである。

2 原判決は、市川一尉は国の安全配慮義務の履行補助者として、自ら本件事故車を運転したのであるから、運転中においても、運転者としての注意義務のみでなく、場合によつては国の安全配慮義務の履行補助者として危険の発生を防止するに必要な具体的措置をとるべき義務を負つていたというべきである(原審判決五丁裏八行目より六丁表二行目)」としながら、「国の安全配慮義務の履行補助者が公務の執行として自動車の運行に関して負つている注意義務は、自動車運転者が右のような管理権とは無関係に道路交通法その他の法令に基いて運転上負つている注意義務とは、その性質、法的根拠及び内容を異にするのであつて、その者に運転者としての過失があつたことから、直ちに国の安全配慮義務の面でも履行補助者として義務違反があつたと結論づけ得ない」といい、「市川一尉の過失は同人が国の履行補助者として公務につき有していた管理権とは無関係の運転上の注意義務を怠つたものである(同六丁表六行目同丁裏六行)」から安全配慮義務の違背はないという。

3 しかしながら、本件のように履行補助者が被害者に同乗を命じて自から事故車を運転した場合は、運転上の過失も同乗被害者に対する安全配慮義務の違背となる。

即ち、安全配慮義務の履行補助者としての市川一尉は、運転者たる市川一尉に対し、危険の発生を防止するに必要な具体的措置をとるべき義務を負つており、運転者と同一人である履行補助者として危険な運転を制止(減速等の措置をとらせる)しうるのにこれをなさなかつたことは、履行補助者としての過失であり、安全配慮義務違背の責任がある。

履行補助者と運転者が同一人であるので、別人の同乗運転者に対する時のように本件事故を防止するのに時間的余裕などの必要もない。たとえそれが運転者としての過失であつても、それは同時に同一人たる安全配慮義務の履行補助者にとつては危険な運転を阻止しなかつた過失となる。

原判決はこの点の解釈適用を誤つたものと云わねばならない。

4 本件事故発生時の道路の状況は市川一尉の事故調査官に対する事故当時の供述によれば、事故車の進行して来た岩見沢から事故発生地点に向かい三〇〇〜四〇〇メートルの工事中の舗装の巾を狭くなつた地域(三分の一が通行禁止、中央三分の一が舗装が終り、右三分の一が旧舗装のまま)を時速三五ないし四五キロメートルで通りこして、全面舗装となり道路巾の広くなつたところに出て時速四五ないし五〇キロメートルに加速した。あとで聞くと舗装直後の降雨のため舗装油が路面に浮き出し通過車両のタイヤに付着して進行方向に長く油痕が伸びていた」(乙第二号証市川一尉供述調書三丁裏)という。

雨の日の舗装直後のアスファルト舗装道路が、舗装油が浮いて極めて滑り易いという事は自衛隊の正規の教育を受け特技を賦与されている操縦者は勿論、たとえ特技保有者でなくとも、多少とも北海道の道路の運転経験者なら誰もが気付くべき事であり、特に市川一尉は安全配慮義務の履行補助者の立場にあつて自から車両を運転し、その車に部下隊員に乗車を命じて同乗させたのであるから、右義務の履行補助者として滑り易い道路走行時には特に安全走行を配慮(運転者たる市川一尉に無謀な運転をさせない)する義務がある。

原判決も「路面が雨に濡れていたばかりでなく、右補修工事に際し補修部分に塗布したアスファルト(鉱物油)が事故車の進路の舗装面上に約四七メートルの長さに亘つて付着し、そのため路面が極めて滑走し易い状況にあつたこと、しかるに、市川一尉は路面に右鉱物油が付着していたのを看過して滑走等の危険はないものと軽信し、漫然アクセルペダルを踏み込んで前記のとおり加速したこと、以上の事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。」(原判決理由一丁裏二丁表)と認定する。

市川一尉は雨中舗装工事中の三ないし四〇〇メートルのケ所を通過して全面舗装のケ所へ出たのであるから、履行補助者として安全配慮に多少でも気を配つておれば全面舗装ケ所も舗装直後で路面に鉱物油が付着していて極めて滑走し易い状態であることに容易に気が付いたはずである。

もしこれに気付かなかつたとしたら安全配慮義務の履行補助者として過失があつたと云わねばならない。

従つて履行補助者としての市川一尉は、運転者たる市川一尉に、引続き減速して走行し滑走を防止するよう注意すべきであるのに、運転者たる市川一尉が無謀にも逆に加速するままに放置したため(この様な場所でこのような運転をすることは運転者としても経験則上自衛隊車両の操縦者としての資格を欠くと判断される)、自車を二/三回くるくる回転させて対向車線に入り対向車と衝突させる事故を発生させたものであり、安全配慮義務の履行補助者としての市川一尉の義務違反は明瞭である。

即ち本件の場合、運転者たる市川一尉の運転上の過失と、国の安全配慮義務の履行補助者としての市川一尉の義務違背とが共に存するものであつて、このような、履行補助者が自から事故車の運転者である場合には第一審判決のとおり履行補助者の運転上の過失は安全配慮義務の不履行となるものであり、原判決はこの点の判断を誤つたもので、この誤は判決に影響を及ぼすことが明らかである。

第二点 原判決は、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある。

一、原判決は、市川一尉は、会計隊長として隊の公務の執行を支配管理し、本件事故車の運行を指示して自らその運転者となり、亡正男に対し車両運転の指導教育のため右車両に同乗を命じたのであるから、市川一尉は国の安全配慮義務の履行補助者として、亡正男に対し、本件事故車の運行につき安全を配慮すべき義務を負つていたものということができる(原判決四丁表五行目以下末行まで)、としながら、「市川一尉は本件事故車の運転につきその適格を有していたものといつて妨げなく、同一尉が自からを運転者として選任したことをもつて安全配慮義務違反であるということはできない」として上告人(被控訴人)の主張を排斥した。

二、しかしながら、右判断には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある。

市川一尉は本件事故当時までの自衛隊車両の運転歴は、公安委員会免許取得のための訓練のさい、教官が同乗して運転した三〇〇粁(時速五〇粁とすれば六時間)の運転経験を有するのみであつて、そして本件事故車と同じ1/4トントラックの操縦はこの三〇〇粁の経験のうちでも「ほんのわずかだつた」(市川和夫証人尋問調書四二丁表九行目)のであり、「本件以前には高野士長あるいは他の者を同乗させて地理状況とか運転状況を見せて教育したことはない」(同調書四〇丁二行目〜五行目)のであるから、単独で本件事故車と同型車を運転した経験は殆どなかつたものと推定される。

しかも日常市川が運転していた車はパブリカ八〇〇(排気量八〇〇)の小型車でそれ以前はコルト六〇〇の軽自動車の運転の経験を有するのみである。

一方事故車は排気量二六五九CCの強力なエンジンを持つた車で、市川の日常運転するパブリカ八〇〇とは三倍以上の排気量を有するうえ、車の重量、ハンドル位置、座高もことなり構造機能がことなるものであつた。

更に、自衛隊においては、昭和四〇年七月一日前までは自衛隊車両を運転し得る者は幹部、曹、士の階級の如何にかかわらず、都道府県公安委員会発行の自動車運転免許証を有するほかに、陸上自衛隊操縦免許証を所持している者に限られていた(甲第二号証陸上自衛隊車両の管理運用規則第三〇条)。そしてこの自衛隊操縦免許証は、公安委員会の発行した自動車運転免許証取得者の中から運転心理適性検査に合格した者に対し、自衛隊装備の装輪車運転の操縦技術訓練及び車両の構造機能に関する理論教育を実施したうえ行う試験に合格した者に賦与され(甲第二号証同規則三三条、三五条四項)、しかも免許証に指定された車両に限定される(同規則三四条)毎年試験を行つて更新するという厳格なものであつた。

そして実際の操縦に際しては部隊長の印のある命令である運行指令書の交付を受けねばならない(乙第二号証一五条)。

昭和四〇年七月一日以降は自衛隊車両を操縦する者は公安委員会免許証のほかに自衛隊免許証所持者に限るという事を定めた前記達(甲第二号証)は改正されて、陸上自衛隊車両運行等に関する達(甲第三号証)になり自衛隊免許証発行の制度は廃止されたが、これは自衛隊車両操縦者の資格制度を緩和したものではない。

即ち自衛隊免許証所有者と同等又はそれ以上の自衛隊車両の操縦に関する教育を受け試験に合格した者に賦与される自衛隊車両操縦の「特技」制度がととのつたので、部隊長が車両運行を命ずるとき公安免許を有しかつこの特技保持者(運行任務に適応する技能を有する者)に対し部隊長の命令である運行指令書を交付するのであるから、特技保持者は自衛隊免許証保持者と全く同一であるので、特技賦与をし免許証も出すことは全く二重の手数となるので免許証発行制度を廃したのであつて操縦資格(運転技能)を緩和したものではない。

この間の事情は自衛隊車両運行等に関する達(甲第三号証)の解釈通達(甲第五号証)二頁の(3)陸上自衛隊自動車操縦免許制度の廃止の項の左の記述に明らかである。

「いわゆる自免制度は、多年施行の結果操縦手等の技能の向上及び車両事故防止に相当の成果があつたことを見おとすことはできないが、特技制度と教育訓練体系の整備にともない発展的に廃止することとした。これは自免制度を根本的に否定したことではなく、同制度のねらいとするところが特技教育訓練によつて十分達成することができ、しかも陸上自衛隊における人事管理及び教育訓練等の施策が特技を軸にして行なわれる方向にあるので、今般両種の制度を一本化して事務の合理化を図つたことにほかならない。すなわち、陸上自衛隊において常時車両を操縦するものは、車両の操縦又は整備等を行なう職に充てられた陸曹士及び事務官及び自動車操縦教官たる幹部自衛官であつて、当該自衛官は当然関係特技を認定されている者であり、また当該事務官等も((註)事務官には特技制度はないが)公安委員会免許証を有し、かつ所要の教育が施された適格者のはずである。また、車両の操縦は、車両運行指令書により命ぜられた者でなければならず、たとえ自衛隊免許証の所有者であつても運行指令書の交付を受けなければ車両を操縦することができないものであり、免許証はいわば技能証明書的な性格しかなかつた。従つて自免制度を廃止しても車両の運行上特に問題はなく、さらに自衛隊免許証の発行に要していた事務も皆無となるということである。」

以上の記述のとおり、昭和四〇年七月一日迄は自衛隊車両操縦には公安免許証の外に自衛隊免許証と車両運行指令書が必要であつたので、市川一尉のように自衛隊免許証を所有しない者の自衛隊車両の操縦は許されなかつた。当時であれば、市川一尉の行為は明らかに操縦資格なき者の違法な行為であつたことは明らかである。

昭和四〇年七月一日以降は自衛隊免許証の制度は廃止されたが、関係特技(士につき自衛隊装輪車操縦の特技、幹部につき部隊車両の特技(甲第四号証別表))を認定されている自衛官に対して車両運行指令書が発せられることが前提となつていたのであるから、市川一尉が関係特技を有しない自己に車両運行指令書を発行することは、車両事故防止の為の制度の趣旨を無視した危険な行為といわねばならない。

特技を認定されるためには特技教育を受け技能検定に合格しなければならない(甲第四号証陸上自衛官の特技に関する達第五条)。特技「装輪車」の教育基準(甲第六号証)付表第一によれば一三二時間の教育と一人当り実操縦時間二〇時間(時速五〇粁として約一、〇〇〇粁)が必要とされる(全員が公安委員会の免許証所有者であることは前述した)。そして年一/二回の検定試験により不合格者は特技認定が取消される(甲第四号証達第七条)。

しかるに市川一尉は公安委員会免許取得の際に教官付添いで運転した自衛隊車両(事故車と車種が異なる)の運転歴三〇〇粁の経験を有するのみで、自衛隊装輪車操縦の特技教育を一度も受けたことがなかつたのであるから、単に排気量六〇〇CC、八〇〇CCの私有自動車の運転歴が一万二〇〇〇粁あつたとしても、雨の日の舗装道路を排気量が二六五九CCもあり、車種、構造の異る自衛隊車両を単独で安全に運転する能力があつたとは考へられない。原審判決は市川一尉は本件事故車の運転者としてその任に適する技能を有していたかどうか同人の能力の判定につき明らかな事実誤認をなしたものである。

第三点 原判決は、判決に影響を及ぼすことが明らかな重要な事項について判断を遺脱した違法がある。

上告人は原審において次の主張をなしたが原判決にはこれに対する判断を遺脱した違法がある。

「公務遂行のために国の所有する車両の運転に当たる公務員は、上司の命により、又は自ら上司として命じて、当該車両に他の公務員を同乗させている場合には、右同乗者との関係において、国の安全配慮義務の履行補助者に当るというべきである。

本件の場合、市川一尉は、会計隊長としての権限に基づいて自己を運転者として運行司令書を発し、同時に、亡正男の上司として同人に乗車を命じたのであるから、車両運転者としての立場と同時に、命令により人員輸送手段(設備)である本件事故車を支配管理して亡正男の輸送任務を遂行していたものというべきである。すなわち、運転中の市川一尉は、同乗車たる亡正男との関係では、国の人員輸送業務の履行補助者としての任務を遂行していたのである。そして、同一尉は、本件事故車を支配管理する者として、亡正男の生命及び健康を危険から保護し、同人を安全に輸送すべき義務があつたことはいうまでもない。しかるに、市川一尉は本件事故車の運転を誤つた過失により亡正男を死亡させたのであるから、同一尉には国の履行補助者としての債務不履行があつたものである。」

右主張が認められるならば判決に影響を及ぼすことが明らかである重要な事項であるが、右に対する判断を遺脱した違法がある。

以上のいずれの点よりするも原判決は違法であり破棄さるべきである。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例