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最高裁判所第二小法廷 昭和55年(オ)973号 判決 1983年3月18日

上告人

柘植静枝

上告人

柘植三郎

上告人

柘植隼太

右三名訴訟代理人

山中伊佐男

被上告人

柘植朝江

右訴訟代理人

栗原賢太郎

主文

原判決を破棄する。

本件を福岡高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人山中伊佐男の上告理由について

一上告人らが本訴において主張するところは、(一) 主位的請求原因として、(1) 訴外柘植伊作(以下単に「伊作」という。)は、昭和四九年三月七日に自筆の遺言書(以下「本件遺言書」という。)を作成し、昭和五一年一〇月一七日に一部字句の訂正をした、(2) 伊作は、本件遺言書において、妻である被上告人の死亡を停止条件として、弟妹である上告人柘植静枝及び同柘植三郎に対し第一審判決別紙目録記載の不動産(以下「本件不動産」という。)の持分各一〇分の一、同柘植隼太に対し同持分二〇分の三をそれぞれ遺贈する旨の遺言をした、(3) そして、伊作は昭和五一年一二月二四日に死亡し、右のとおり遺贈の効力が生じた、(4) しかるに、被上告人は、伊作から本件不動産の単純遺贈を受けたものとして、本件不動産につき長崎地方法務局時津出張所昭和五二年六月一三日受付第六一一八号をもつて遺贈を原因とする自己単独名義の所有権移転登記を経由した、(5) よつて、上告人らは、被上告人との間において、上告人らが伊作から前記のとおりの遺贈を受けたことの確認を求めるとともに、被上告人に対し、右登記の抹消登記手続を求める、というのであり、(二) 予備的請求原因として、(1) 伊作の遺言のうち本件不動産の遺贈に関する部分は、内容が不明確であつて、遺言者伊作の真意を把握することができないから無効である、(2) よつて、上告人らは、被上告人との間において、右遺言部分が無効であることの確認を求める、というのである。

二原審は、上告人らの右主張について判断するにあたり、(1) 伊作が本件遺言書により遺言をしたこと、(2) 伊作が昭和五一年一二月二四日に死亡したこと、(3) 本件遺言書に、伊作の遺産の一部である本件不動産について、「被告人にこれを遺贈する。」(以下「第一次遺贈の条項」という。)とあり、続いて、「被上告人の死亡後は、上告人静枝二、訴外柘植八郎二、上告人三郎二、同隼太三、訴外馬場五郎三、同高野九州男三、同高野多美子三、同高野芳子二の割合で権利分割所有す。但し、右の者らが死亡したときは、その相続人が権利を継承す。」(以下「第二次遺贈の条項」という。)と記載されていること、以上の事実を確定したうえ、右事実に基づいて、(1) 本件遺贈は、一般に「後継ぎ遺贈」といわれるものであつて、第一次受遺者の遺贈利益が、第二次受遺者の生存中に第一次受遺者が死亡することを停止条件として第二次受遺者に移転する、という特殊な遺贈である、(2) ところで、この種の遺贈は、受遺者に一定の債務を負担させる負担付遺贈とも異なり、現行法上これを律すべき明文の規定がない、(3) そのため、右遺贈を有効とした場合には、第一次受遺者の受ける遺贈利益の内容が定かではなく、また、第一次受遺者、第二次受遺者及び第三者の相互間における法律関係を明確にすることができず、実際上複雑な紛争を生ぜしめるおそれがある、(4) 関係者相互間の法律関係を律する明文の規定を設けていない現行法のもとにおいては、第二次受遺者の遺贈利益については法的保護が与えられていないものと解すべきである、(5) したがつて、上告人らに対する第二次遺贈の条項は、伊作の希望を述べたにすぎないものというべきであり、また、被上告人に対する第一次遺贈の条項は、これとは別個独立の通常の遺贈として有効である、と判示した。

三しかしながら、右判断は、にわかに是認することができない。その理由は、次のとおりである。

遺言の解釈にあたつては、遺言書の文言を形式的に判断するだけではなく、遺言者の真意を探究すべきものであり、遺言書が多数の条項からなる場合にそのうちの特定の条項を解釈するにあたつても、単に遺言書の中から当該条項のみを他から切り離して抽出しその文言を形式的に解釈するだけでは十分ではなく、遺言書の全記載との関連、遺言書作成当時の事情及び遺言者の置かれていた状況などを考慮して遺言者の真意を探究し当該条項の趣旨を確定すべきものであると解するのが相当である。

しかるに、原審は、本件遺言書の中から第一次遺贈及び第二次遺贈の各条項のみを抽出して、「後継ぎ遺贈」という類型にあてはめ、本件遺贈の趣旨を前記のとおり解釈するにすぎない。ところで、記録に徴すれば、本件遺言書は甲第一号証(検認調書謄本)に添付された遺言状と題する書面であり、その内容は上告理由書第一、一に引用されているとおりであることが窺われるのであつて、同遺言書には、(1) 第一次遺贈の条項の前に、伊作が経営してきた合資会社柘植材木店の伊作なきあとの経営に関する条項、被上告人に対する生活保障に関する条項及び馬場五郎及び被上告人に対する本件不動産以外の財産の遺贈に関する条項などが記載されていること、(2) ついで、本件不動産は右会社の経営中は置場として必要であるから一応そのままにして、と記載されたうえ、第二次遺贈の条項が記載されていること、(3) 続いて、本件不動産は換金でき難いため、右会社に賃貸しその収入を第二次遺贈の条項記載の割合で上告人らその他が取得するものとする旨記載されていること、(4) 更に、形見分けのことなどが記載されたあとに、被上告人が一括して遺贈を受けたことにした方が租税の負担が著しく軽くなるときには、被上告人が全部(又は一部)を相続したことにし、その後に前記の割合で分割するということにしても差し支えない旨記載されていることが明らかである。右遺言書の記載によれば、伊作の真意とするところは、第一次遺贈の条項は被上告人に対する単純遺贈であつて、第二次遺贈の条項は伊作の単なる希望を述べたにすぎないと解する余地もないではないが、本件遺言書による被上告人に対する遺贈につき遺贈の目的の一部である本件不動産の所有権を上告人らに対して移転すべき債務を被上告人に負担させた負担付遺贈であると解するか、また、上告人らに対しては、被上告人死亡時に本件不動産の所有権が被上告人に存するときには、その時点において本件不動産の所有権が上告人らに移転するとの趣旨の遺贈であると解するか、更には、被上告人は遺贈された本件不動産の処分を禁止され実質上は本件不動産に対する使用収益権を付与されたにすぎず、上告人らに対する被上告人の死亡を不確定期限とする遺贈であると解するか、の各余地も十分にありうるのである。原審としては、本件遺言書の全記載、本件遺言書作成当時の事情などをも考慮して、本件遺贈の趣旨を明らかにすべきであつたといわなければならない。

四以上によれば、前記原審認定の事実のみに基づき原審が判示するような解釈のもとに、被上告人に対する遺贈は通常のものであり、上告人らに対する遺贈は伊作の単なる希望を述べたものにすぎないものである旨判断した原判決には、遺贈に関する法令の解釈適用を誤つた違法があるか、又は審理不尽の違法があるものといわざるをえず、右違法が原判決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、論旨は結局理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、右の点について更に審理を尽くす必要があるから、本件を原審に差し戻すのが相当である。

よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(鹽野宜慶 木下忠良 宮﨑梧一 大橋進 牧圭次)

上告代理人山中伊佐男の上告理由

第一、争点

一、本件遺言状の全文は、左のとおりです。

「   遺言状

施無畏者を信じ、安心して往生せん事を念願す

一、分骨して身延山に御預かり願う

一、合資会社柘植材木店は馬場五郎が代表社員になつて事業を継続する事、

一、朝江は無限責任社員としての義務を負う責務に対して朝江に生活保証として毎月少く共、金拾万円以上を柘植材木店より報酬として支給する事

一、私の出資金弐百弐拾万円は、朝江に壱百弐拾万円五郎に壱百万円の権利を遺贈す

一、エイトウへの出資金参拾万円朝江に遺贈す

一、下西山町六〇の一の土地建物は五隊に遺贈す但し、朝江が存命中は無家賃で朝江に貸与し、固定資産税は朝江の負担とす

右の遺贈の五郎に賦課される贈与税が高額で遺贈を受けて却つて迷惑と考えられ事も考慮して、先年十八銀行無記名定期預金百五拾万円を譲渡したる事も之れに充当が意味だつた

これでも尚不足を生じる場合は(税額−150万円)×2/1を朝江は五郎に補助する事、

一、川長寛より買受けた長与町斉藤郷字中津三九二の一の田、壱反七畝〇七歩、同町浜開四三一の口の田四畝一六歩、同町四三一の七の宅地250.84平方米(約七拾五坪)及び山本秀一より買受けた田、長与町斉藤郷字馬場の本四一番一壱八八弐平方米より分割つ実測952.886平方米(弐八八坪四)とその土地上の倉庫一棟は朝江に遺贈す

馬場の本土地及倉庫は柘植材木店が経営中は置場して必要付一応其儘して、

朝江の死後は柘植静枝弐、八郎弐、三郎弐、隼太参、馬場五郎参、高野九州男参、高野多美子参、高野芳子弐の割合で権利分割所有す、換金出来難い為、柘植材木店に賃貸して収入を右の割合各自取得す

但右の割合で取得した本人が死亡した場合はその相続人が権利を継承す

一、現金及預金は私の没後の一切の費用と朝江の生活費に充てる事、

一、下西山町の家にある動産は朝江に遺贈する衣類等は朝江の計らいで、兄弟妹五郎進呈し別に宮崎、徳永、藤原、深堀、宮田、高野に適当な物を形見として進呈す、

一、杉本わかは故縁の者無い為、朝江、五郎て相談の上、措置され度し、

一、朝江が一括して遺贈を受けた場合の不動産の税金が分割した場合より甚しく安い時は、朝江が全部(或は一部)相続して、その後、前記の割合で頒合しても差し支えなし、

昭和四拾九年参月七日

(五十一年拾月七日或る一部を改更す)

柘植伊作

朝江・五郎・隼太 殿」

二、右遺言状の要旨は、

1 身延山に分骨すること、

2 合資会社柘植材木店(以下「材木店」という)の代表社員を五郎に指名。

3 材木店における朝江の地位・報酬の確認、

4 材木店に対する遺言者の出資金を朝江と五郎に遺贈

5 エイトウえの出資金を朝江に遺贈。

6 下西山町の土地建物を五郎に遺贈。

但朝江の存命中は無家賃で朝江に貸与すること。

五郎の贈与税不足の場合は朝江が補助すること。

7 (この項が本件の争点)

(一) 川長より買受けた中津の田二筆と宅地、山本より買受けたと馬場の本の土地と、地上の倉庫は朝江に遺贈す、

(二) 右馬場の本の土地及び倉庫は、材木店の木材置場として必要につき、一応其儘にして、

(三) 朝江死後は、

(1) 柘植静枝 二(遺言者の妹)

(2)   八郎 二( 〃  弟)

(3)   三郎 二( 〃  弟)

(4)   隼太 三( 〃  弟)

(5) 馬場五郎 三( 〃  甥)

(6) 高野九州男 三(被上告人の弟)

(7) 高野多美子 三( 〃   妹)

(8) 高野芳子 二( 〃   妹)

の割合で権利分割所有す。

○換金出来難いため、材木店に賃貸して収入を右割合で各自取得す。

○但し右割合で取得した本人死亡の場合はその相続人が権利を継承す。

8 現金と預金は死後の費用と朝江の生活費。

9 下西山にある動産は朝江に遺贈。

10 杉本は、朝江と五郎で措置する。

11 朝江が一括して遺贈をうけた場合の税金と、右各人に分割の税金より安い場合は、朝江が全部相続したうえ、前記の割合で配分しても差支えない。

三、さらに右要旨の相続財産に関する部分のみを要約しますと、

1 馬場五郎には、

(一) 材木店の代表者の地位(二項)

(二)  〃 出資金(四項)

(三) 下西山の土地・建物(六項)

(四) 本件物件につき、二〇分の三(七項)

2 朝江には、

(一) 材木店からの報酬(三項)

(二) 同上   出資金(四項)

(三) エイトウの出資金(四項)

(四) 中津の田 二筆 宅地

馬場ノ本の田 倉庫

(五) 現金と預金(八項)

(六) 下西山の動産(九項)

3 右、朝江、五郎を除いた上告人ら七名の親族には七項に定める各割合により馬場ノ本の土地と倉庫を与える。

とのことで、遺言者の遺産のすべては、右被上告人朝江と五郎に遺贈し、ごく一部分の、そのまた一部分を上告人ら兄弟に遺贈しています。

四、そこで本件の争点である七項にいう馬場ノ本の土地、倉庫については、上告人としては、右遺言状記載のまま、遺言者の真意に遵り、

1 右物件を被上告人朝江に、遺贈することにはしておくが、

2 「一応其儘(登記はなおさないで、その儘)にして」

3 朝江の死後は、上告人柘植静枝外七名に遺言者が定めたとおりの割合で、所有権を取得せしめる。

というにあるものと解釈し、遺言者の真意は、右八名の者に所有権を分割遺贈することにあると解しました。

さらに補足すれば、遺言者は、右七項の中で

1 材木店の賃貸料についても、右八名が、

「右の割合をもつて、各自取得す」

と明白に遺言し、

2 八各の受遺者が死亡した場合には、

「その相続人が権利を継承す」

というところまで遺言しているし、

3 さらに、遺言状の最後の一一項では、遺言者は相続税のことを心配し、

「朝江が全部相続して、前の割合で各自に分割してやつてもよろしい」

とまでつけ加えています。

従つて、右遺言をなした遺言者の真意は、右物件につきこれを上告人ら八名の者に、所有権を取得させるにあることは、まことに明白であります。

第二、原判決の要旨。

一、右遺言状七項争点の部分についての

原審の解釈は、要約すれば、

1 「この種の遺贈については、受遺者に一定の債務を負担させる負担付遺贈と異なり、現行法上これを律すべき明文の規定がない。」

2 「そのため、この種の遺贈を有効とした場合、」

(一) 「相互間における法律関係が必ずしも明確でなく、」

(二) 「実際上の問題として複雑な紛争を生ずる虞がある。」

3 「以上のような観点に立つて考えると、関係者相互間の法律関係が明確を欠く現行法のもとでは、第二次受贈者の遺贈利益に、法的保護を与えるのは相当でなく、控訴人らに対する第二次遺贈の部分は伊作の希望を述べたにすぎない。」

と解している。

二、右原判決の判示につき感ずることは、

遺言者の意思が全く無視されているということで、

1 遺言者が受贈者八名の氏名を明示し、各人に対する配分の割合まで一々入念に明示し、かつ、各受贈者死亡後の継承措置まで指示しており、右遺言者の遺言は、まことに明白であるのに、

2 それを原判決は、

「この種の遺贈を有効とした場合」という前提のもとに、その不合理を説き、無効に帰着せしめながら、無効と宣言せずして、「遺言者の希望を述べたにすぎない」と、遺言者の真意と全く異なる認定をしています。

三、遺言状の内容によつてもわかるように、遺言者伊作は、法律知識も豊富で、一〇名に及ぶ受贈者に夫々遺贈をするにつき、「遺贈、贈与」の意思表示と「希望」の意思表示とを混同することは全くありません。

右遺言状七項の記載そのものによつても明白なように

1 「受贈者八名の割合で権利分割所有す。」と明言し、

2 「賃貸して収入を右の割合各自取得す。」と明言し、

3 「その相続人が権利を継承す。」と明言したこの文言からしても、

「単なる希望」との認定の余地はありません。

第三、結び

一、方式にかなつた遺言があつても、その意思表示の内容が確定できなければ、遺言者の遺志を実現することはできません。

また、遺言書の記載から、その内容が明確でない場合、解釈によつてその内容を確定しなければならないでしよう。

しかし、遺言の解釈については、あくまで、遺言者の真意を尊重し、探究すべきであると信じます。

二、遺言の解釈は、遺言者の意思を確定すことを目的とするもので、また遺言者の意思は、遺言のことばから確定すべきであります。

遺言のことばから遺言者の意思を確定するため、外部的証拠を用ゆる場合もあるでしようが、本件においては、本件遺言状全体により綜合探究するときは、遺言者の意思の確定はできた筈です。

三、それでもなお、受贈者や目的物について、遺言者の意思を確定できない場合、この遺言は不明確として、無効とすべきであるにかかわらず、遺言者の真意(たとい無効であつても)に反し、「遺言者の希望」にすぎぬと判断したのは、

1 重大な事実の誤認であり、

2 法律の適用を誤つた違法があり、

3 民法第九〇〇条三号の適用を阻む結果となつたことは審理不尽にもつながる違法がある。

と信じます。

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