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最高裁判所第二小法廷 昭和56年(オ)477号 判決 1982年12月17日

上告人

鶴間乕吉

右訴訟代理人

半田和朗

被上告人

松井勘兵衛

右訴訟代理人

藤修

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人半田和朗の上告理由第一について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

同第二について

連帯債務者の一人が弁済その他の免責の行為をするに先立ち、他の連帯債務者に通知することを怠つた場合は、既に弁済しその他共同の免責を得ていた他の連帯債務者に対し、民法四四三条二項の規定により自己の免責行為を有効であるとみなすことはできないものと解するのが相当である。けだし、同項の規定は、同条一項の規定を前提とするものであつて、同条一項の事前の通知につき過失のある連帯債務者までを保護する趣旨ではないと解すべきであるからである(大審院昭和六年(オ)第三一三七号同七年九月三〇日判決・民集一一巻二〇号二〇〇八頁参照)。これと同旨の原審の判断は正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(牧圭次 木下忠良 鹽野宜慶 宮﨑梧一 大橋進)

上告代理人半田和朗の上告理由

第一、原判決は、判決に理由を付さないか理由にくい違いのある場合に該り破棄を免れない。

原判決は、被上告人が訴外大雄建設株式会社(以下単に大雄建設という)に対し原判決添付の物件目録記載の土地(以下本件土地という)を代物弁済(以下本件代物弁済という)として提供したのは、甲第一号証の公正証書による損失補償契約に基づく五六五〇万円の支払いに代えてこれを譲渡したものであると認める。

しかし、成立に争いのない乙第八号証によれば、被上告人が本件土地を代物弁済として大雄建設に譲渡した昭和五二年九月二〇日当時、被上告人は大雄建設に対し甲第一号証による五六五〇万円の債務のほか他に少くとも昭和五一年七月一八日付契約に基づく二三五〇万円の損失補償金債務を負担していたことがうかがわれる。即ち、本件代物弁済の当時、被上告人は、少くとも大雄建設に対し八〇〇〇万円を降らない債務を負担していたと認められる。

そうだとすれば、本件代物弁済は右八〇〇〇万円のうちいくらの債権に対するものであつたのか、また甲第一号証による債権にどれだけ充当されるべきものであつたのか明らかでないものというべきである。

原判決は、大雄建設の被上告人に対する甲第一号証による債権以外の存否金額等について何らの判断を示さず、本件代物弁済は専ら甲第一号証による債権同額に対する代物弁済であると認めるが、その理由については殆ど納得しうる根拠を示さない。

若し原判決の如く認めるとすれば、大雄建設の被上告人に対する甲第一号証に基づくもの以外の債権の存否、その金額、本件土地の代物弁済時における評価額等を先ず確定しなければならない筋合いであるのに、原判決はこれに対し何ら判断を示すところがない。原判決は、この点において判決に理由を付さないか理由にくい違いのある場合に該るというべきである。

第二、原判決は、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の解釈適用を誤つた違法があるものである。

仮りに、本件代物弁済が専ら甲第一号証に基づく五六五〇万円の債権全額を目的とするものであつたもしても、原判決が上告人の昭和五二年一二月二九日大雄建設に対する二〇〇万円の弁済を被上告人に対する関係で無効であるとしたのは、法令の解釈適用を誤つたものである。

原判決は、被上告人が本件代物弁済の事実を事後においても上告人に通知しなかつたため上告人において二重に二〇〇万円を大雄建設に支払つたとしても、上告人は被上告人に対し事前の通知を怠つたものであるから、この場合民法四四三条一、二項ともに適用がなく債権の一般原則に従い被上告人の代物弁済のみが有効であるという。

しかし、連帯債務者中の一債務者が事後の通知を怠つたため他の債務者が事前の通知を怠つて善意で二重に弁済した場合、常に一般原則によつて第一の弁済のみを有効とすべきであろうか。

蓋し、民法四四三条二項が第一弁済者に事後の通知を要求するのは善意の第二弁済者の出現を防止するためであると考えられ、第一弁済者の過失によつて第二弁済者の二重弁済を招く結果を避止することを目的とするものである。

従つて、第二弁済者が事前の弁済を怠つたとしても、第一弁済者の事後の通知がありさえすれば二重弁済の結果は当然避けうるのであるから、事後の通知を怠つた第一弁済者が求償権の制約を受けるのは止むを得ないものと解すべきである。同条同項の文理上も「他ノ債務者」が事前の通知を怠らなかつたときにのみ第一弁済者の求償権の行使を制約する趣旨とは解し難い。第二弁済者が事前の通知を怠らなかつたときにのみ第一弁済者の求償権の行使が制約されると解するとすれば、およそ第二弁済者が「善意ニテ債権者ニ弁済ヲ為シ其他有償ニ免責ヲ得」る場合は考え難いことになる。(事前の通知を受けた第一弁済者は直ちに自己が既に「共同ノ免責ヲ得タルコトヲ」第二弁済者に通知しこれによつて第二弁済者は二重弁済を避けるであろうからである。)

要するに、被上告人が事前事後に通知を怠つて本件代物弁済をした後上告人が事前の通知を怠り大雄建設に二〇〇万円を二重弁済した点について、これを被上告人に対する関係で無効とした原判決は、民法四四三条二項の解釈適用を誤つたものであつて破棄を免れない。

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