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最高裁判所第二小法廷 昭和56年(オ)487号 判決 1982年4月30日

上告人

清水英市

右訴訟代理人

増本一彦

増本敏子

被上告人

島崎良夫

被上告人

島倉幸子

被上告人

清水恒一

右両名訴訟

松居秀雄

主文

原判決を破棄する。

本件を名古屋高等裁判所金沢支部に差し戻す。

理由

上告代理人増本一彦、同増本敏子の上告理由について

判旨負担の履行期が贈与者の生前と定められた負担付死因贈与契約に基づいて受贈者が約旨に従い負担の全部又はそれに類する程度の履行をした場合においては、贈与者の最終意思を尊重するの余り受贈者の利益を犠牲にすることは相当でないから、右贈与契約締結の動機、負担の価値と贈与財産の価値との相関関係、右契約上の利害関係者間の身分関係その他の生活関係等に照らし右負担の履行状況にもかかわらず負担付死因贈与契約の全部又は一部の取消をすることがやむをえないと認められる特段の事情がない限り、遺言の取消に関する民法一〇二二条、一〇二三条の各規定を準用するのは相当でないと解すべきである。

しかるに、上告人主張の負担である債務の履行の有無及び右のような特段の事情の存否について審理することなく、負担付死因贈与については遺贈の取消に関する民法一〇二二条(その方式に関する部分を除く。)、一〇二三条の各規定が準用されるものと解すべきであるとして、本件負担付死因贈与契約はこれと抵触する本件遺言によつて取り消されたことを理由に、本件遺言が右死因贈与契約の存在によつて無効となる余地はないとした原判決は、法令の解釈適用を誤つた違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れず、更に、審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。

よつて、民訴法四〇七条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(宮﨑梧一 木下忠良 鹽野宜慶 大橋進)

上告代理人増本一彦、同増本敏子の上告理由

原判決には、民法五五三条、五五四条、一、〇二二条および一、〇二三条などの解釈適用を誤り原判決の結論を左右する重大な違法があると思うものである。

一、原判決は、死因贈与は遺贈と同じく処分者の最終意思を尊重すべきであるから、負担附死因贈与についても民法五五三条は適用されず、受贈者がその負担の全部又は一部の履行をすませている場合でも一〇二二条、一〇二三条によつて、贈与者より死因贈与と抵触する遺贈がなされた場合には、死因贈与は取消されたとみなされるというのである。

しかしながら、これは、負担の附かない死因贈与についての解釈としては正しくても、本件のような負担附死因贈与契約の場合には、正しくないのである。

本件負担附死因贈与契約は、受贈者である上告人が、贈与者である本件遺言者亡清水市郎右エ門(以下単に遺言者という)に対し、上告人が勤務先の三菱倉庫株式会社を退職するまでの間、年二回の定期賞与金の半額と毎月二五日限り一ケ月金三、〇〇〇円の金員を送金する旨の負担を負うものであつて、上告人は、昭和五四年三月三一日右会社を定年退職する迄、右負担となる給付を遺言者に対し全て履行してきたものである。

その後遺言者は、同年五月一〇日死亡したのである。

さて、このように先履行としての負担となる給付が、贈与者ある遺言者に全て行なわれて完了した後に、受贈者である上告人の不知の間に本件負担附死因贈与契約と抵触する遺贈が遺言証書によつてなされたなら、そのことだけで本件負担附死因贈与契約は取消されたものとするなら、負担としての給付を既に完全に履行した受贈者である上告人の利益はどうなるのだろう。「処分者の最終意思を尊重すべきである」(原判決)から、遺言者の我儘勝手な意思をも認めるべきだというのであろうか。

もとより何ら負担の伴なわない場合には死因贈与も遺贈も受贈者や受遺者への財産の移転の効果は同じであるから、処分者の最終意思を尊重して、より新たな意思表示にその欲する効果を与えることは当然であつて、民法一〇二二条、一〇二三条、五五四条の規定もその趣旨に出たものである。

しかしながら、死因贈与や遺贈に負担が附いている場合、特に本件のように遺言者が生前にその負担の給付によつて大きな利得を先履行として享受している場合にも、その利得を享受しておきながら、死因贈与の一方的な取消しを認めるのでは、負担と贈与とに関わる公平の原則、受贈者と贈与者(遺言者)との関係における公平の原則や信義誠実の原則は、一方的に破られてしまうことになる。このような契約上の公平の原則や信義則が遺言者の恣意によつて破られることを等閑視してまで「処分者の最終意思」を尊重すべきであろうか。私は、このような説は断じて容認さるべきことではないと思うのである。

二、民法五五三条は、負担附贈与については双務契約に関する規定を適用する旨定め、五五四条は、死因贈与は遺贈に関する規定に従う旨定めている。原判決は、負担附死因贈与も死因贈与だから遺贈の規定に従うことになるとしているのであるが、この五四四条の「従う」は「準用する」の法意であるから、負担附死因贈与契約の内容や本旨にもとづき遺贈の規定の準用を考えるべきことである。

そして本件負担附死因贈与の重要な内容(要素)は、負担附贈与の点である。上告人は、遺言者の長男として、実父である遺言者の扶養のためにその生前に上述のような負担の給付をしてきたのであり、遺言者はその死後、遺産を上告人に贈与することが内容である。したがつて、前記五五三条による双務契約の規定の適用(これも準用の意)により、生前の遺言者又はその相続人より契約解除の意思表示がない限りは失効せず、本件の場合にはむしろ五五四条による一〇二二条、一〇二三条などは準用されないと解するのが相当である。

こう解してこそ、贈与者(遺言者)と受贈者との公平や本件契約の信義誠実の原則は正しく貫かれるのである。

民法一〇二七条は負担付遺贈につき、受遺者がその負担した義務を履行しないときの催告権、取消権を規定しているが、これも受遺者の負担と遺贈とに関わる公平と、この負担は遺贈を受けた者の遺言者などに対する信義則を貫くために定められた規定であり、公平の原則や信義則と処分者の最終意思の尊重との統一と調和を図つたものであると思われる。

三、要するに、原判決は遺言者の最終意思を上告人の利益を蹂躙してまでもこれを尊重しようとして、本件契約の公平と信義則を破るものである。それは、本件負担付死因贈与契約は先ず民法五五三条の適用があり、同法五五四条一〇二二条、一〇二三条を適用さるべきでないのにこれが誤つた法令の適用をした結果である。

以上の次第なので、上告趣旨のとおりの相当な判決を求めるものである。

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