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最高裁判所第二小法廷 昭和56年(行ツ)107号 判決 1981年10月30日

東京都台東区浅草橋一丁目二番八号

上告人

株式会社松一

右代表者代表取締役

松井一貫

右訴訟代理人弁護士

根岸隆

東京都千代田区霞が関三丁目一番一号

被上告人

国税不服審判所長

岡田辰雄

右当事者間の東京高等裁判所昭和五五年(行コ)第四九号法人税課税裁決取消請求事件について、同裁判所が昭和五五年一二月二五日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人根岸隆の上告理由について

本件訴を不適法とした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、原判決を正解せず又は独自の見解を前提として原判決を論難するものであって、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鹽野宜慶 裁判官 栗本一夫 裁判官 木下忠良 裁判官 宮﨑梧一)

(昭和五六年(行ツ)第一〇七号 上告人 株式会社松一)

上告代理人根岸隆の上告理由

第一、原判決には、訴の利益の解釈を誤った違法がある。

一、原判決は、本件訴訟は、訴の利益を欠き不適法であると判示し、その理由は挙げて第一審判決を引用している。

そして、第一審判決は、右理由として、要旨次の如く判示している。

「更正処分に対する異議申立及び審査請求は、更正処分によって生じた不利益状態の是正を求める制度である。従って、本件の如く、更正処分の全部が取消された以上、更にすすんで裁決の取消を求める訴の利益はない」

二、右理由の趣旨は、一見して明らかな如く、更正処分の全部が取消されたのであるから、それ以上に進んで裁判を求める請求権がないということである。

ところで、裁決取消請求権の有無は、訴の利益、即ち訴訟要件ではなく、請求の理由の有無に関する事項であることは、初歩的な法理である。

しかるに、原判決及び第一審判決は、裁決取消請求権がないことを理由として、本件請求を却下した。これは、訴の利益と無関係な事項を、訴の利益とみなしたもので、訴の利益に関する初歩的解釈を誤ったことは明らかである。

そして、右誤が、判決主文に影響することも多言を要しない。

三、そもそも、本件訴訟において、裁決が取消されるならば、上告人は具体的利益を受けることは明らかであり、その詳細は、上告人が原審で提出した昭和五五年六月四日付準備書面第二、一項に記載したそおりである。

第二、原判決には、国税通則法第九八条第二項但書の解釈を誤まり、ひいては審査請求制度の解釈を誤った違法がある。

一、原判決及び原判決が引用する第一審判決が、更正処分の全部を取消す裁決に対して、更にその裁決の取消を請求することができないと判示していることは前述したとおりである。

そして、その理由として、審査請求は、更正処分により納税者に生じた不利益の是正を求める権利救済制度であると判示していることも前述した。

しかし、これらは、国税通則法第九八条第二項但書及び審査制度の解釈を誤ったものであることは明らかである。

二、1 更正処分において、税額等(国税通則法第一九条第一項)を増額する場合にも、実質的には少なくとも二つの場合がある。

第一は、所得等を申告額より、もっぱら加算するだけで税額等を増額する場合(以下「加算型更正」という)と、第二は、所得等を一方で減算するが、他方で加算し、その加算額が減算額を越える結果、税額等が増額する場合(以下「加算減算型更正」という)である。

この二つの更正は、内容的には、明らかに異なるものである。「加算型更正」の場合には、もっぱら納税者に不利益な内容だけであるが、「加算減算型更正」は、納税者に不利益な所得加算部分と、利益な所得減算部分とからなり、いわば、まったく逆方向の内容を含んでいる。

従って、「加算型更正」においては、納税者は、不利益状態の是正だけを求めて審査請求することになるが、「加算減算型更正」においては、納税者は、一方で不利益な所得加算部分の取消を求め、他方で利益な所得減算部分の維持をも併せ求めて審査請求することになる。

勿論、審査請求を税額上の不利益の是正を求める制度と解して、結論的には右と同じであって、「加算型更正」に対しては、所得加算部分の取消による税額の減額を求めるのであり、「加算減算型更正」に対しては、所得加算部分の取消による税額の減額と所得減算部分の維持による税額減額の維持を求めるものと解することゝなるだけである。

2 以上のことは、更正処分が不可分一体のものではなく、可分のものとして、その一部についてだけ審査請求を求めることが出来る以上、論理的に当然のことである。

即ち、「加算減算型更正」に対しては、納税者は、所得減算部分をそのまゝ認容し、所得加算部分についてだけ審査請求することが許される。

3 従って、審査請求制度とは、単に、原判決の如く、「更正処分により生じた不利益状態」の是正を要求する制度ではなく、正確には、「更正処分により生じた利益な部分を維持しつゝ、不利益な部分についての是正」をも要求できる制度と解すべきである。

そして、このように解すべきことは、国税通則法第九八条第二項但書にも明記されているところである。

原判決は、以上のとおり、税額等を増額する更正処分にも、少なくとも、性質の異なる二つの場合があることを見落し、概念的・形式的判断に陥っている。

4 原判決の誤まりを、典型的に例示すれば次のとおりとなろう。

例えば、確定申告において、所得二〇〇万円、税額八〇万円と申告し、更正処分において、一方で、所得を三〇〇万円加算し、他方で所得を二〇〇万円減算し、課税所得三〇〇万円、税額一二〇万円とした例があるとする。

この更正処分に対して、原判決の立場では、所得を二〇〇万円、従って税額八〇万円とする限度でだけ審査請求ができると解することゝなる。これ以外には、更正処分により何らの不利益状態も生じていないからである。そして、こう理解することは、実は、右更正処分のうち、所得加算部分の取消を求めて審査請求するためには、必らず所得減算部分の取消をも同時に併せて求めなければならないとの結論となることは、論理的に明らかである。しかも、右の例において、税法に照して、所得加算部分は誤っており、所得減算部分は正しいことが明らかであっても、必らず両部分の取消を併せて求めるのでなければ、審査請求はできないことゝなるのである。これが誤っていることは多言を要しないところである。

5 ところで、本件更正処分は、前記「加算減算型更正」であり、従って上告人の審査請求も、本件更正処分の所得減算部分の維持による欠損金の増額を維持しつゝ、所得加算部分についてだけ本件更正処分の取消を求めたものである。

しかるに、被上告人は、本件更正処分全部を取消し、上告人の利益、即ち本件更正処分中所得減算部分の維持による欠損金増額を維持する利益を侵害した。

本件訴訟は、本件裁決の一部を取消し、その結果本件更正処分のうち所得減算部分を維持することにより、上告人の右の利益侵害を是正することを求めるものであり、この面からも訴えの利益があることは明らかである。

三、原判決の如き解釈によれば、およそ、納税者は自ら申告した所得・税額を申告した以上は、それが誤っていた場合にも、右所得・税額を減額することは許されないということになる。

しかし、これは、国税通則法が、減額更正制度を肯認している趣旨と明らかに矛盾するものである。

四、本件裁決を是認することは、現行税法上、許されざる税額等を維持する結果となり、行政における正義に反すること明らかである。

1 本件更正処分は、所轄税務署長が、上告人の確定申告書に記載された税額等は、「国税に関する法律の規定に従っていない」か、「その調査したところと異なる」ものとして、確定申告の誤りを正しく是正したものである(国税通則法第二四条)。

このことは、本件更正処分中、所得加算部分についても、所得減算部分についても、まったく同じである。

従って、本件更正処分は、それ自体が誤っていると理由が明示され、裁決あるいは判決で取消される場合の外は、税法により正しいものとして維持されなければならない筈である。

2 しかるに、本件裁決は、本件更正処分中所得減算部分を、理由らしい理由も示さず、取消したものである。

そして、原判決は、本件訴訟は訴えの利益を欠くと判決した。

このことは、国が(所轄税務署)自ら確定申告を誤っていると是正したことに対し、国が(被上告人)理由らしい理由もなくこれを取消し、誤っていた筈の確定申告における税額等を上告人に強制することになる。

3 というのは、本件訴訟が訴の利益を欠くとされる限り、本件更正処分中減算部分の維持は不可能であるからである。その維持の手続としては、一応は更正の請求(国税通則法第二三条)が考えられるが、本件裁決以後においては、国税通則法第二三条第二項各号の要件に該当しないことは明白であり、他に手続はありえない。

4 従って、本件訴訟が訴えの利益を欠くとすることは、国が(所轄税務署)が、誤っているとした、上告人の確定申告における税額等、即ち、税法上許されざる税額等を上告人に強制することゝなり、行政における正義に反する。

この意味でも、本件訴訟が訴えの利益を欠くとすることは違法である。 以上

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