最高裁判所第二小法廷 昭和56年(行ツ)149号 1984年11月26日
上告人
中央労働委員会
右代表者会長
石川吉右衞門
右指定代理人
西川美数
大宮五郎
村田勝
近藤紘一
秋山茂樹
右参加人
全石油シェル労働組合
右代表者中央執行委員長
柚木幸雄
右訴訟代理人弁護士
内田剛弘
秋山幹男
被上告人
シェル石油株式会社
右代表者代表取締役
ダブリュー・ジェー・ミンジンガ
右訴訟代理人弁護士
松崎正躬
原慎一
右当事者間の東京高等裁判所昭和五四年(行コ)第一五号、第一八号不当労働行為救済命令取消請求事件について、同裁判所が昭和五六年五月二七日言い渡した判決に対し、上告参加人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告参加人代理人内田剛弘、同秋山幹男の上告理由及び上告代理人西川美数、同大宮五郎、同村田勝、同近藤紘一、同秋山茂樹の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係及びその説示に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。所論引用の判例は、事案を異にし、本件に適切でない。論旨は、ひっきょう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原審の認定しない事実に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八五条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 牧圭次 裁判官 木下忠良 裁判官 鹽野宜慶 裁判官 大橋進 裁判官 島谷六郎)
上告参加人の上告理由
第一、法令違反(経験則違反)
一、原判決は、一審判決の判決理由を全面的にそのまま引用し、本件は不当労働行為にあたらないと認定した。しかし、原判決の右認定は、経験則に反し、自由心証主義の範囲を逸脱したものである。したがって、原判決には、民事訴訟法一八五条違反の法令違反があり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。
二、中央労働委員会(以下中労委という)は、「……等を併せ考えると、本件代行者会議は、会社が組織変更の周知徹底を図るとの名の下に、現業部門の組合員に執行部に批判的な動きがあり、かつ、東京地区の油槽所においては八名の分会長が代行者であることに着目して開催したものといわざるを得ない。したがって本件代行者会議は会社が主催して、分会長である出席者に前記確認を行わせたものと推認せざるを得ず、会社のこのような行為は、組合の運営に対する支配介入行為というべく、これを不当労働行為とした初審判断は相当である。」とした。ところが、一審判決は、中労委の命令を取消し、原判決もこれを支持した。しかし、本件各証拠から認定される諸事実を経験則にあてはめれば、右中労委命令のとおり認定すべきである。原判決の認定は経験則に反する。
被上告人会社(以下会社という)は、本件代行者会議を開催し、上告人組合の分会長らに乙第九号証(山口報告書)に記載された確認をさせたものであり、本件各証拠から右事実が認定されるべきことは、上告人組合の原審第一準備書面(昭和五四年六月一八日付)の第二(六丁~六六丁)において詳細に述べたとおりであるので、これを全て引用する。
これをさらに補足すると以下のとおりである。
1 会社は、本件当時、様々な形で、組合の方針を転換させ、あるいは組合の組織を弱体化させるための画策を行っていたもので、本件代行者会議の開催と乙第九号証の確認は、そのような背景の中で行われた。
すなわち、旧従組時代においては、会社は組合役員の人事にまで介入し、会社と癒着した人物を旧従組幹部として送り込むことによって労使一体となった労務管理を行なっていたが、昭和四三年頃より旧従組が民主化され、全石油シェル労働組合に発展し、春闘においてストライキを敢行するようになると、会社は組合が会社の意のままにならぬことに異常な危機感を抱き、管理職の拡大強化、管理職による組合活動への妨害指示、組合切り崩しをねらった情宣活動の強化などの種々の組合対策を講ずるに至り、組合の組織の弱体化を図り、組合執行部の方針を転換させ、組合を旧従組時代の組合に逆戻りさせることを企図していたが、油槽所(現業部門)における特殊な人間関係や、東京地区の油槽所長の多くが旧従組の幹部経験者であったことなどに着目し、油槽所分会より組合の切り崩しを行なおうとし、まず東京地区の油槽所長に働きかけ昭和四五年八月仙台市において東日本地区油槽所長会議(安河内和博東日本プラント運営部長が主宰)が開催された際、東京地区油槽所長全員に連名で組合からの脱退届を作成させた(このとき安河内部長の意を受けて脱退をとりまとめ、連名脱退届を組合に提出したのは山口直田子浦油槽所長であった)。そして会社は油槽所長を会社側の管理職として完全に組み込み、昭和四六年七月には油槽所長懇談会及び油槽所懇談会を制度化したうえ、(乙第一二号証)油槽所長を通じて組合の油槽所分会の切り崩しをさらに実行しようとしたのであり、本件代行者会議の開催は、東京地区油槽所長全員を組合から連名脱退させた安河内和博東京地区業務部長出席のもとに昭和四六年九月五、六日に開催された第一回の東京地区油槽所長懇談会の席上決定され、本件代行者会議は安河内部長が指示し、前記所長の連名脱退をとりまとめた山口直田子浦油槽所長が世話役となって同月二三日開催されることになったのである。そして、そのようにして開催された代行者会議では、乙第九号証にみられる組合執行体制転覆計画が確認されたのである。
このような背景のもとにこのような経過で会社が開催した本件代行者会議が組合対策を目的とするものであったことは当然であった(詳しくは前掲準備書面九丁裏~二二丁裏を参照されたい)。
2 本件代行者会議における確認事項は、その直後から、ほぼそのままの形で実行に移されており、ストライキ指令の返上、組合からの脱退が相次ぎ、さらには第二組合の結成、上告人組合の組織の大規模な切り崩しに連なっている(前掲準備書面五一丁裏~六四丁表を参照されたい)。そして、右実行、組織切り崩しに会社が関与していることが、明らかになっている(同六四丁裏~六五丁裏、原審における仲宗根毅の証言)。
一審判決(=原判決)は、<1>全分会の意思統一の中心となるべき東京油槽所分会の鈴木富蔵が、高田油槽所に転出していること、<2>昭和四七年春闘において東京地区の大多数の油槽所分会はストライキ指令に従っていること、<3>小倉、長崎、八代の分会もストライキ指令の返上をしていること、<4>第二組合の結成は横浜支部所属の組合員が中心となっていることから、乙第九号証の確認事項を実行に移していったものとはいまだ認め難い、としている。
しかし、前掲準備書面五一丁裏~六五丁裏に詳述したとおり、本件代行者会議以後の一連の反組合的動きは、右確認事項に驚くほどよく符合するもので、前記<1>乃至<4>の事実があるからといって、これら一連の行為が確認事項の実行であることを否定することは、とうていできないことである。鈴木富蔵が転出した以後は、山口所長の輩下である田子の浦油槽所の福原竹重が、鈴木富蔵に代って各分会間のとりまとめ役を担っており、いわゆる横浜会議(昭和四七年四月一〇日)にみられるように、安河内業務部長が横浜油槽所長として転出したことにより横浜油槽所の支部と東京地区油槽所分会とが連合し、横浜支部を中心として、ストライキ反対決議、ストライキ指令返上、組合脱退、さらには第二組合の結成が行なわれることになった。状況の変化に対応して、計画の実行が修正されるのは当然のことであり、だからといって当初の確認事項の実行として行なわれたものではない、とすることはできないはずである。また、昭和四七年春闘においてストライキ指令を実際に返上したのは東京地区では清水、東京、田子の浦の各分会だけであったが、その他の油槽所でもストライキ決議文を組合に提出し、他の分会にこれを送付し、同調を求める等の動きが実際にあったものであり、「確認事項」にそった行為が東京地区の分会全体でなされたことが明らかである。また、東京地区以外の分会においてもストライキ返上がなされているからといって、東京地区でのストライキ返上等が本件確認事項と無関係であるということには決してならないはずである。むしろ、東京地区以外の前記九州三分会においても会社によって本件と同様の支配介入がなされていることを推認するべきである。
3 本件代行者会議の開催経過、開催目的、出席者等に関する会社の弁明は、極めて不自然であり、不当労働行為の事実を隠ぺいするための言いのがれにすぎない。本件代行者会議は、会社が分会長らをして本件確認をさせるために開催したものといわざるをえない。
(一) 業務上の必要上から開催したとの会社の主張について(本件会議の目的)
会社は、昭和四六年四月一日の供給業務部の組織変更について代行者に理解させる必要があり、かつ代行者としての自覚を深め誰が代行者であるかを他の従業員に周知せしめるために本件代行者会議を開催したと主張するが(乙第七号証)、本件代行者会議は、右の目的で開催されたものではなく業務上の会議を装って組合対策のために開催されたものである。
(1) まず業務上の必要から開催される会議であれば、本件以前からも同種の会議が存在し、本件以後も同様な会議が何回か開催されているはずであるが、油槽所長代行者会議は、本件会議以外にはあとにも先にも全く存在していない。本件会議は極めて特異なものであったと言わざるを得ない。
また本件会議は、九月五日の所長懇談会において提案され一八日後の九月二三日に開催されているがその急ぎぶりは異常である。しかし当時業務上このように緊急かつ特別に代行者の会議を招集する必要はなかった。
会社は組織変更について説明するために代行者会議を開催したというが組織変更によって権限に変動のあった油槽所長に対しては会社よりすでに所長会議等において説明がなされており、組織変更にもとづく油槽所の運営は昭和四六年四月よりすでに実施に移されており、代行者らは所長よりその説明をうけ日常の業務の遂行の中ですでに組織変更を理解していたのであるから(乙第一七二号証鈴木証人の尋問速記録一八九、一九〇頁、乙第一七〇号証山口証人の中労委での尋問速記録一九五、六頁)、本件の時期に右議題で緊急に会議を開催すべき必要性は全くなかった。中島証人は、当時組織変更について不平や不満があったので所長会議などで説明したと述べるが(乙第一七四号証速記録一六九、一八三頁)、本件代行者会議においてそのような不満が出された事実は全くなく、この問題については何の質問すら出されなかったもので、組織変更について代行者に緊急に説明すべき事情は全くなかったことが明らかである。また組織変更について説明するために本件代行者会議を開催しようとしたのであれば、右組織変更の企画及び実施の責任者である中嶋配給工務本部長に当然相談があるはずであるが、中嶋本部長は、本件代行者会議が開催されたことを全く知らず、約一年後に組合が乙第九号証を公にしてはじめてその存在を知ったものである。
また業務上の組織変更について代行者に説明をする必要があったというのであれば、東京地区の油槽所に限らず、他の地区においても同じころ代行者会議が開催されているはずであるが、その事実も全くない。一審判決(=原判決)は、代行者会議を開催するか否かは東京地区業務部長の裁量にあるとするが、全国的に行なわれた組織変更について他の地区では代行者会議が全く開催されていないことは、組織変更の説明のために代行者会議の開催は不必要であったことを示している。
以上述べたことからだけでも、組織変更について説明する必要上開催したとの会社の主張が、不当労働行為を隠ぺいするための虚偽の主張であることは明白である。
(2) 安河内証人は、本件代行者会議の一番大きな狙いは、油槽所のナンバーツーとしての代行者の認証をすることにあったと述べるが(この点中嶋証人は、組織変更について説明するのが第一の目的であったと述べており、会社側の代行者会議についての説明は全く矛盾している)、会社においては、油槽所長の職務を日常補佐する者としては正式の職階上の地位としてクラークがおり、クラークこそが油槽所のナンバーツーである。所長の代行者は、所長が出張等で留守をする場合に臨時に所長の権限を委任される者のことを言い、臨時に権限を委任された場合以外はただの油槽所員にすぎないから(乙第一七四号証中嶋証人審問速記録二四三頁)、油槽所のナンバーツーと言うことはできない。昭和四六年四月からは代行に委任される者に対して年間を通して包括委任状が出されるようになったというが、これはそのつど委任状を発行するわずらわしさを解消するために便宜上行なわれるようになったものにすぎず(乙第一七四号証二四一頁)、これによって油槽所に所長代行者なる職位と権限をもつ者が常時任命されることになったものではない。
所長代行者をナンバーツーとして認証しようというのであればまず、今社の職制上代行者という常置の地位を設け、これに特定の者を任命することがなければならないはずであるが、本件においてはそのような手続は全くなされておらず、九月五日の所長懇談会で代行者会議開催が提案されると安河内業務部長は自分だけの判断で開催を決め、また誰が代行者として会議に参加するかについて全く知ろうともせずに会議を招集しているのであり、また本件代行者会議の後にナンバーツーとして代行者の職務上の地位が定められた事実もない。
代行者の認証式が必要であったのなら、他の地区においても同様の会議が開催されているはずであるが、そのような事実も全くない。
本件代行者会議の出席者をみても所長の代行を行なっていない者が参加している。新前橋油槽所では川島和孝が代行を行なって来たのに、長谷川所長は組合の話があるのだから組合のことを自分に教えてくれない川島は不適当であるからといって諏訪忠を参加させ(鈴木富蔵証人も川島が参加しないのはおかしいと述べている――乙第一七二号証一三〇頁)、宇都宮油槽所からは代行者は古川伸夫であるのに木村治平が派遣されている。
以上のような事実から、本件代行者会議が代行者の認証を目的として開催されたものでないことは明らかである。
代行者会議の開催は、本件の場合をのぞいて空前絶後であったことから、本件会議は、代行者会議を装って別の目的で開催されたものである。ことは明らかで、その目的は、はじめから乙第九号証記載事項を討議、確認させることにあったのである。
(二) 代行者会議出席者の人選
本件会議に代行者として出席した者は、乙第一〇号証記載のとおり、一〇名中九名は上告人組合の組合員であり、うち七名が油槽所の分会長であった。会社は、代行者会議という名目で組合の分会長あるいはこれに代って油槽所の組合員を反組合的方向にリードできそうな者を集めたのである。
会社は、油槽所では代行者にあたる者が組合の分会長に選任されるのが常態であったから、代行者に分会長がたまたま含まれているのを把えて云々するのはおかしいと述べるが、会社は油槽所の組合員に対して絶大な影響力をもつ分会長が代行者的立場にあることに着目して代行者会議の名目で組合の分会長らを招集したのである。宇都宮油槽所では古川伸夫(組合員)が代行者的立場にあったのに、古川は会社の組合破壊に同調的でないことがはっきりしていたので、会社は代行者とはいえない分会長の木村治平を出席させている。
また、会社は分会長が組合破壊の謀議に加わらせるには不適当である場合には、例外的に分会長でない者を出席させている。新前橋油槽所では川島和孝が分会長であり、かつクラークであったから代行者に指名されるべき者であったが、川島は会社に抱き込まれず反組合的態度をとっていなかったので組合対策が討議される本件会議の出席者としてふさわしくないとして、所長の長谷川円次は諏訪を代行者として本件会議に出席させたものである(長谷川所長は新前橋油槽所の組合員多数の面前で「この会議では組合問題が話されるのだが川島はおれに組合のことを余り教えてくれないから川島ではなく諏訪を出席させるのだ」と公言している。乙第一七六号証須藤純一の証言調書、原審における仲宗根毅の証言八五~八七丁)。
東京油槽所から代行者会議に出席した鈴木富蔵は分会長でなかったが、東京油槽所は規模の大きな油槽所であるため所長の代行者にあたる鈴木は業務主任であり(業務主任は乙第一三号証に記載されているように対組合問題につき所長の主旨を理解して組合員との意志疎通を計る任務を帯び、そのためとくに非組合員とはしないと会社が定めているものである)、分会長は別にいたが、代行者会議という名目で開催する以上鈴木が出席する必要があり、また業務主任の右性格からして鈴木が東京油槽所の組合員を切り崩す適任者であったし、山口とは同じくかつての従組の幹部であったことから、山口を助けて本件会議で組合破壊の確認をとりまとめるについて適任者であったから、鈴木が出席したことは、「代行者の殆んどが分会長である点に着目して確認を行わしめた」との本件命令の認定の根拠をそこなわしめるものではない。
一審判決(=原判決)は、本件代行者会議の開催決定時に出席代行者のうち何名が分会長であるかを安河内、及び山口は把握していなかったはずであるとするが、東京地区の業務部長である安河内や、東京地区の油槽所長である山口が東京地区の油槽所の組合分会長が誰であるかを知らないはずはないし、分会長の多くが代行者的立場にあることも熟知していたはずである、安河内らは、代行者会議という名目で会議を開催すれば、分会長ら組合のリーダーが出席することになることは当然知っていた、また本件代行者会議の開催を決めた所長懇談会には、各油槽所の所長が出席したのであり、組合対策を目的とする本件代行者会議に誰を出席させるかについても、協議されたとみるのが当然である。
(三) 山口直の出席
(1) 会社は、本件代行者会議には安河内業務部長が出席して組織変更問題等業務上の事項について会議をもつ予定であったが、安河内部長の都合が悪くなったため山口直所長が安河内部長の代りをつとめたと主張するが、業務部において行なった組織変更等について説明するには一油槽所長にすぎない山口直は全く不適格であり(山口は同年七月の所長会議で高宮諒東京地区業務部運営課長らから説明を受けているにすぎない)、組織変更について説明すること等業務上の問題についての討議が会議の目的であったのなら安河内部長の代りに、その直属の部下である業務部運営課長や同配給課長が出席すべきであったことは明白である。主催者である会社側から業務上の問題について説明できる者が全く出席しなかったことは、本件代行者会議が業務上の事項についてのものでなかったことを明瞭に物語っている。
(2) 一審判決(=原判決)は、山口所長が安河内部長の代理を勤めるようになったのは多分に偶然の事情によることが大きかったものといわざるを得ない、と述べるが、安河内部長が本当にナンバーツーの認証のためと業務部の組織変更の説明のために代行者会議を招集したのであれば、一〇月一日付で横浜油槽所長に転出することになっていたとしても、本件当日はなお東京地区業務部長であったのだから出席するのが当然であり、出席できたはずである。安河内は、代行者会議で本件確認をさせるため、自らははじめから出席するつもりがなかったのである。
(3) 他方、安河内業務部長にたのまれて主催者側の責任者として出席した山口直田子浦油槽所長は、前述のとおり、安河内部長の意を受けて昭和四五年八月東京地区の全油槽所長より連名による脱退届をとりまとめて組合に提出し、油槽所長を全員組合より脱退させた功労者であり、油槽所部門から組合を切り崩すという前述の会社の組合対策戦略上、第一線の切り込み隊長であった、山口直がその後も安河内部長の指示を受けて組合の切り崩しに執念を燃やしつづけていたことは、本件代行者会議において、確認事項を乙第九号証にまとめ安河内部長に報告したこと自体から明らかである。
本件代行者会議後、代行者会議において確認された組合との対決方針が、乙第九号証に書かれた筋書きどおり実行されたことは前述のとおりであるが、その実行にあたっては、山口直が所長をする田子浦油槽所が中心となっており、当時組合の田子浦油槽所分会長であった福原竹重(その後二組幹部)の背後において山口直が会社の意を受けて組合の切り崩しを指示していたことは疑う余地がない。
このように山口直が会社側の責任者として出席したことからも、本件代行者会議の目的が、組合対策にあったことは明らかである。
(四) 議題が事前に連絡されていなかったこと。
会社は、会議の趣旨は所長懇談会に出席した油槽所長から出席者に対して伝達があったから、主宰者である業務部長から議題を書面で通知しなかったと述べ、書面による通知がないからといって会議の目的について疑惑をもつべきではないと述べる。
しかし、本件代行者会議が会社の主張のように組織変更の説明等業務上の必要性に基づいて行われた業務上の会議であれば、会社の正規の機関で開催が決定され、議題があらかじめ会社の正規の機関から書面によって出席予定者に通知されるのが当然である(例えば乙第六九号証油槽所長会議の招集状、乙第八七号証油槽所長会議招集状、乙第一四二号証訓練コース開催案内)。
ところが、本件代行者会議の場合は、このような通知が全くないのである。このことは本件代行者会議が所長懇談会という会社の業務上の事項に関する会議とはいえない席上決定されたこととあいまって、本件代行者会議が業務外の事項を目的として開催されたことを強く推認させる重要な事実である。
会社は所長から伝えているから業務部長からは正式に通知しなかったというが、この場合「所長」とは所長懇談会という組合対策を目的とした会議の出席者としての所長であり、組合対策の共謀者としての所長であって、その所長が直接一対一で直属の部下に対して代行者として本件会議に参加すべきことを口頭で伝え、会社の業務上の機関としての業務部からは何ら公式の通知を出さないという密行性は、本件代行者会議が所長懇談会における謀議の延長としてなされたものであることをよく示している。
(五) 会議が緊急に開かれ、その日程が一泊二日であったこと。
会社は、本件代行者会議の目的は、代行者の相互の親睦をはかることにもあったから、一泊二日の日程で会議を開催したのは当然の配慮であったと述べる。
しかし、会社が「相互の親睦」などというあいまいでどうでも良いような目的を本件会議の主要な目的として持ち出さざるを得ないところに会社の真の目的が何であったかをみることができる。
会社は、「代行者会議」などというそれまでに全くなかった会議を突然開催し、おかしなことに議題を明記した招集通知をあらかじめ送ることなく、また当日表向き議題であるとされた組織変更等の問題は議題とすべき必然性に乏しく、さらに右問題についての会議は短時間で済むのにあえて酒食付一泊二日の日程で会議を開催したとなれば、会社は「相互の親睦」という目的があったのだと弁解せざるを得なくなったものであろう。
しかし、「相互の親睦」を目的とする会議であれば、温泉地あるいは観光地の旅館において行うのが常識である。横浜市の街中の旅館で泊り込みで親睦のための会合をもつなどということは考えられないことである。しかも本件代行者会議の開かれた田中家旅館は、乙第三七号証(むつき会会報)にみられるように旧従組幹部(山口直、鈴木富蔵もそうであった)がよく利用していた旅館であり(旧従組の性格については前述)シェル労働組合を破壊する工作を謀議するにふさわしい場所であった。
また親睦を目的とする会議であれば緊急性は全くないのであるから何もあわてて無理をして開く必要はないはずである。ところが、本件会議は、昭和四六年九月五、六日開かれた所長懇談会の席上提案があると即決で開催が決まり、それからわずか一八日後の同じ月の二三、二四日の両日、まさに緊急に開催されたのである、親睦を目的とする会合がこのように緊急に開かれることがあるであろうか。
(六) 本件会議の性格
以上述べたように、本件代行者会議は、会議の議題等を示した招集状もなく、会社の会議室等を使用せず、休日にわざわざ旅館を使用して秘密に行ない、翌朝のスケジュールは全くないのにわざわざ宿泊させ、会社の費用を支出して酒食を出しているもので所長会議等会社において行なわれている事務上の会議や訓練コースとはその性格を全く異にするものである。
本件会議は油槽所長懇談会との関連性及び類似性に着目しなければならない。
油槽所長懇談会は、昭和四五年八月仙台において開催された東日本地区油槽所長会議(安河内部長らが出席)において山口直田子浦油槽所長が中心となって油槽所長を組合から連名脱退させた後、会社が「組合に代わる組織として」懇談会の制度を設けたものであり(乙第一二号証)、組合から脱退させた油槽所長を会社側にとり込み、油槽所の現場において組合に対抗させようとしたものである。油槽所長が組合脱退後、各油槽所で組合の切り崩しの尖兵として活躍した事実は枚挙にいとまがない。
ところで本件代行者会議は、右の性格をもった油槽所長懇談会において開催が決められ、くつろいだ雰囲気がかもし出されるようにと休日に旅館で行なわれ、自由討議がなされ、世話役によって運営がなされるなど会議のもたれかたも油槽所長懇談会と酷似しているものである(乙第一五号証油槽所長懇談会規約参照)。
右の事実は本件代行者会議が所長懇談会と同様、油槽所の組合の分会長あるいはそれと同等の組合員に対し影響力をもつ者を集め、出席者を組合から離反させ、これらの者を使って油槽所における組合の組織を切り崩すために会社が開催しようとしたものであることを示すものである。
一審判決(=原判決)は油槽所長懇談会の席上本件代行者会議の開催が決定されたとしても、所長らの組合脱退が会社の意を体したものと認むべき証拠はなく、右脱退後制度化された所長懇談会が組合対策のため制度化されたものとは認め難いから、本件代行者会議が組合対策の目的で行われたとはいえないとする。しかし、すでに詳述した本件代行者会議開催に至るまでの会社の組合つぶしの行為の数々、所長の組合脱退の経緯、所長懇談会の規約等によれば、右認定が誤りであることは明らかである。(一審判決及び原判決は会社側証人が事実を認めていないことから右のように認定したと思われるが、会社側証人が本件のごとき事件において、支配介入の事実を認めることなどおよそありえないという経験則を無視している。)
4 本件確認は、会社主催の代行者会議の席上なされている。
(一) 一審判決(=原判決)は、組合問題について話し合いがなされたのは、代行者会議の日の夕食の席上であったとするが、これは誤りである。
山口直は、組合問題は、本来の会議が終了し、夕食をはじめたところその席でたまたま問題となり、旅館の従業員が部屋にふとんを敷きに来た午後九時頃まで話し合いが続けられその席には出席者全員がいたと述べるが(乙第一二九号証審問速記録三三、三四丁)、組合問題の討議に終りまで参加していたはずの福原竹重、百瀬亘、前山淑郎は午後七時頃会議が終り酒を飲みに外出している(乙第三九号証)。
また、出席者の小林茂一は、乙第一四四号証において、「組合の話とか業務の話とか出てまとまりのない会議だなあと思った。」(P1)、「はじめから組合の話も出たし、業務の話も出た、(組合の話は)福原が切り出した。」(P2)、「(食事や酒は)六時か七時頃、組合の話も業務の話もかなりした後食事や酒がでる前に大体、確認事項1~3は終っていた。」(P3)と述べている。同じく諏訪忠は乙第一四九号証において「(組合の話は)いつの間にか出ていた。」(P2)と述べている。同じく木村治平は乙第一五〇号証において「酒が出た後は会議はなし、酒の前に山口文書については話しあった。」(P3)と述べている。福原竹重ですら乙第三九号証においては「(組合の話は)午後四時半から五時頃私がもち出した。」(P2)、「(食事や酒は)五時頃出た。」(P3)と述べている。
以上の証拠からも本件代行者会議においては、乙第九号証に記載された組合問題の討議は、会議が夕食に入るかなり以前から行なわれていたことが明らかである。乙第三九、一四四、一四九、一五〇号証は、乙第九号証が組合によって公表されて間もない昭和四七年一〇月四日に一斉に事情聴取し作成されたものであるから信用性の高いものである。
山口証人は、組合の話は本来の会議が終了し、夕食をはじめたところ、その席でたまたま問題となり、旅館の従業員がふとんを敷きに来た午後九時頃まで全員で話が続けられたと証言するが、これは不当労働行為を働いた自己の責任を免れようとして虚偽の事実を述べてつじつまを合わせようとしているものである。
したがって、右の山口証言は、福原竹重の審問での証言とも相反しており、乙第三九号証(福原)の記載(「会議は七時頃終ったと思う。」「私を含めて五、六人の人が外へ飲みに出た。七時頃だと思う。」)、乙第一四四号証(小林)の記載(「(外に飲みに出た人は)五、六人ぐらい、八時頃、野球のテレビを見ていた。」)、乙第一五〇号証(木村)の記載(「(会議が終ったのは)八時ごろ、」「(外へ)のみに行った。」)などとも矛盾しているのである。
そもそも乙第九号証の確認事項が九月二三日一四時からの代行者会議の席上で話し合われたことは山口直が自ら作成した乙第九号証の記載自体から全く明らかである。組合問題が代行者会議の席において討議されたのでなければ乙第九号証の報告書は虚偽の記載をしたことになってしまうが、山口直が上司である安河内業務部長に対してそのように重大な虚偽報告を行なうはずがない。これが虚偽報告であったとしたら山口直に対しては会社より重い制裁が加えられているはずである。
(二) また、一審判決(=原判決)は、「夕食の席が代行者会議そのものあるいはこれと同一視しうる実質をもったものとは認め難い」としている。しかし、仮に本件確認が夕食の席でなされたとしても、夕食の費用(酒を含む)は会社が負担し、夕食の席は代行者会議のスケジュールの一環として設けられたものであり、また会社が本件代行者会議の目的の一つであるという「代行者間相互の親睦」のため設けられたものである。
したがって、夕食の席で話し合われたからといって、会社主催の代行者会議とは無関係に行なわれたとみることはできない。この夕食も、主催者である会社の管理職山口直(安河内業務部長の代理)の同席のもとになされたものであり、会社の支配下、影響下のもとで行なわれたことは、誰も否定することができない客観的事実である。
(三) さらに、一審判決(=原判決)は、組合問題の話し合いは、夕食の席上、出席者から自然発生的になされたものである、と述べるが、前記の開催経過、人選、山口所長の出席、乙第九号証の(確認報告書)がわざわざ作成され、安河内部長あて提出されていることなどからすれば、会社が本件代行者会議において組合問題を討議させようとしていたことは疑いを容れる余地がなく、少くとも組合問題が討議されることを強く期待していたことが明らかである。会社は山口直田子浦油槽所長―福原竹重同油槽所分会長を通じて、本件代行者会議において、本件確認をさせるよう仕向けたものといわざるをえない。
5 本件代行者会議の結果については、乙第九号証の確認報告書が作成されている。
この報告書は、使用された用紙、文書の形式、記載内容からいって、本件代行者会議に関する正規のそして唯一の報告書であることが明らかである。そして、これは開催責任者である安河内業務部長に送付され、写しが本件代行者会議開催を決めた油槽所長会議の参加者であり、かつ本件代行者会議参加者の直接の上司である各油槽所長あて送付されている。
右事実こそ、会社(安河内業務部長)が本件確認をさせる目的で本件代行者会議を開催したことをはっきりと示す動かぬ決定的証拠である。およそ、本件のごとき不当労働行為が実際にあったとしても、会社側は全力をあげてこれを否定しようとするのが常であり、不当労働行為の存在を立証するものとして、右証拠以上のものはありえないであろう。
ところが、一審判決(=原判決)は、本件確認報告書の作成及び送付は、安河内業務部長の意によらないものであるから、これは会社とはかかわりのない行為であるとし、その理由として、確認報告書を受取った安河内部長が山口所長を叱責し、報告書の破棄、回収を指示していることをあげている。
しかし、これは驚くべき意図的な事実誤認である。
確認報告書を受取った際に、安河内部長が山口所長を叱責し、その回収、破棄を命じたとする安河内部長の証言及び山口所長の証言は、いずれも虚偽を述べたものである。
このことは右両名の証言内容から明らかであるし、両名の証言態度から何よりも明らかであった。都労委及び中労委が、本件を不当労働行為と認定するに至ったのは、右両名の証言が嘘であるとの強い確信があったからに他ならない。
会社は、乙第九号証は山口直が個人的に文書にまとめたもので、正式の報告書ではないと主張し、初審において証人安河内和博は、山口直より乙第九号証のほかにもう一通、本来の議事内容について報告書の提出を受けたと述べる。
しかし、乙第九号証がその形式からだけみても会社の正式文書であることは前述のとおりである。また乙第九号証のほかに報告書が存在したのであれば、すでに労働委員会や裁判所に提出されているはずである。
また乙第九号証の報告書は、その記載の仕方(「部長の御了解のもとに東京地区所長代行者の連絡会議を九月二三日一四時より二四日九時半迄行ないましたが……御報告致します。」とあり、出席者名も表示してある)からして、会議の一部についての報告ではなく、会議の全てについての報告であり、他の議事内容について他に報告書が存在することは全くうかがえない。山口直が安河内部長あてに本来の議事内容について正式の報告書を別に提出したのであれば、前記のような会議の時間とか出席者名はそちらの方に記載し、乙第九号証には記載しないはずである。
乙第九号証のほかに業務上の事項についての会議の報告書が存在しなかったことはあまりに明白であり、本件代行者会議では乙第九号証記載内容がもっぱら討議されたのである。
また安河内業務部長は、山口所長に乙第九号証を破棄するよう命じ、自分も乙第九号証を破棄しようとして誤って業務上の事項についての別の報告文書も破いてしまったと証言しているが、そのようなことがありうるはずがない。
山口所長も中労委の審問において業務上の事項についての報告文書の控はどうしたのかと質問されると証言に窮し、乙第九号証といっしょに破ってしまったと証言している(乙第一七〇号証)。安河内、山口両証人とも乙第九号証とともにもう一通の報告文書を破棄してしまったことになるが、偶然にしてはあまりにできすぎている。右の業務上の事項に関する報告文書はもともと存在しないのであり、このことは乙第一七〇号証における山口証人の証言内容及び態度から明らかである。
さらに山口所長は乙第九号証は各油槽所長あてに送付したが業務上の事項についての報告文書は油槽所長には送付しなかったと証言するが、九月五日の所長懇談会で組合対策のために本件代行者会議の開催を決めたのでなければ、むしろ油槽所長には業務上の事項についての報告文書を送付しているはずである。送付しなかったのは、もともと右文書が存在しなかったからに他ならない。
また会社が業務上の必要にもとづいて本件代行者会議を開催したのであれば、その旨の報告文書が存在するはずであり、またそれが簡単に廃棄されて一通も存在しないなどということはとうていありえないはずである。
さらに、安河内部長は、乙第九号証の報告書の送付を受け、山口所長に電話して開口一番「おまえは私が指示したとおりの会議をやったのか」と叱責したというが(乙第一二七号証審問速記録四三丁。乙第一七〇号証審問速記録一五一頁)、これは、不当労働行為があったことを隠蔽するために虚構を組みたてたものである。業務上の事項に関する報告書が別に存在したのなら、右のように叱責するはずはないのであり、この点においても安河内部長の証言は矛盾に満ちている。
都労委、中労委とも、安河内部長が山口所長を叱責したとは認定していない。すなわち、安河内証言を直接聞いた労働委員会公益委員は右証言は虚偽であるとのゆるぎない心証を抱いたのである。
以上のとおり、乙第九号証のほかに本件代行者会議の報告文書が存在したとの安河内証人および山口証人の証言は虚偽であることが明白であり、山口所長を叱責し、乙第九号証の回収及び破棄を命じたとの証言も虚偽であることが明白である。両証人があえて右のような証言をなしたのは、本件代行者会議は、もっぱら乙第九号証記載内容を確認するために行なわれたからにほかならない。
一審判決=原判決も、本件確認報告書のほかに業務上の事項に関する正規の報告書が存在したとは認定していない。すなわち、報告書が二種類あったとする安河内及び山口の証言は虚偽である、としているのである。ところが、一審判決=原判決は、安河内部長が山口所長を叱責し、乙第九号証の回収及び破棄を命じたとする安河内及び山口の証言を真実を述べたものとして採用してしまったのである。「山口所長を叱責し乙第九号証の確認報告書と業務上の事項に関する報告書とともに破り捨ててしまった」という安河内証言をどうみるのであろうか。一審判決=原判決には、本件の核心ともいうべき点について、安河内証言及び山口証言の採否について重大な誤りを犯している。一審判決=原判決の認定は誰がみても理解できないものであり、証拠の採否につき経験則に違反するものである。
三、以上に掲げた1乃至5の諸事実に照らせば、「本件代行者会議は、会社が組合の組織に対する支配介入を企図して開催したもので、本件確認は、会社が組合の分会長らをして行なわせたものである」と推認するのが当然である。一審判決及び原判決の認定は、事実を虚心にとらえ健全な常識をもって不当労働行為の存否を判定したものではなく、あらかじめ会社側の立場に一方的に偏し、不当労働行為にあたらないとの予断と偏見のもとに結論を先取りし、独断と偏見によって、経験則に反する事実認定をあえて行ったものといわざるをえない。
すなわち、原判決には経験則を誤った違法があり、これが原判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。
本件の場合、不当労働行為の認定の専門機関である労働委員会(都労委、中労委)が、多数の証人を直接取調べたうえ、会社側の弁解は採用できないとして、本件は不当労働行為にあたると認定したのであるが、一審判決及び原判決は、ほとんど直接的な証拠調べをすることなく、労働委員会の事実認定をことごとく覆えし、会社側の極めて形式的ないいのがれを全面的に採用し、労働委員会の命令を取消したものであるが、このようなことが軽々に許されてよいものであろうか。一審判決及び原判決は、労働委員会の真摯な審理及び認定を頭から無視し、排斥するもので、およそ労働委員会制度の存在そのものを否定したに等しいものである。
本件一審判決について、「労働判例」(三一六号)の編集者は次のとおり評記している。
「本判決は、中労委の判断を、会社側の証拠を全面的に採用して逐一反論して不当労働行為の成立を否認しているが、労働委員会の事実認定がこれほど完全に無視されたケースもかなりめずらしいであろう。しかも、その判断が極めて形式的であるのが特徴的である。」「このような形式的・表面的な認定・判断には疑問を提示する向きも多いといえよう。」「労働委員会と裁判所とでは、不当労働行為の救済面においてはその両者の性格上、違いはありえようが、しかし不当労働行為の認定・判断それ自体については、それほど違いはないのが自然であるから、裁判所としても、労使紛争処理の専門機関たる労働委員会の認定、判断にはいま少し謙虚に耳を傾ける態度があってよいとみられよう。」
また「中央労働時報」(六三二号)において、中央労働委員会も次のように一審判決の基本的誤りを指摘している。
「一般に、支配介入行為については、支配介入行為をうけた当人が組合を脱退してしまうとか、行為そのものの密行性から組合側の立証が困難になる場合が多い。したがって、組合側が労働委員会で立証しうるのはその極く一部であったり、「点と線」だけであったりすることが多いのである。かかる場合に、事案の真相を把握し、かつ、労使に偏せず、公正な判断をして、適正な救済を与えるのは至難のわざというべきである。
法律が不当労働行為制度を労働委員会にあずけたのは、労使関係に精通した専門家をもって構成される労働委員会の洞察力に期待したからであろう。ところが、本件判決は、代行者を「たかだか賃上げに頼る以外さして将来性のない中高年現業組合員」と述べるなど、独自の見解と洞察力でもって、本件の司法審査を行なっているのであるが、制度の趣旨と司法審査のあり方が問題とされるものがあろう。」
労働委員会の認定こそ、証人調べにもとづき、豊富な専門的知識と経験にもとづいて下した認定であり、経験則にもとづく認定である。証拠をほとんど全く直接調べることなく、労働委員会の認定をことごとく覆えした一審判決及び原判決の認定は、重大な経験則違反の違法を犯したものといわざるをえない。
四、一審判決(=原判決)は、「山口所長は、出席した代行者との関係では、原告会社のいわゆる利益代表者と認めることはできない。従って、同人が話し合いに同席した行為を目して参加人組合の運営等に干渉する実質をもった行為とはいい難い。」としている。
しかし、山口所長は油槽所の所長であり、会社の管理職である。
また、山口所長は、本件会議の主催者である安河内業務部長の代理として本件会議に臨んでいたものである。したがって、本件代行者会議当日は、山口所長は各代行者を業務上支配監督する地位にあったといわなければならない。また、乙第九号証「確認報告書」は、まさに安河内業務部長の代理として、その指示にもとづき本件会議を主催した山口所長が、その職責上作成したものにほかならない。
よって、山口所長は、出席した代行者との関係において会社の利益代表者であったものである。
原判決の前記認定は経験則に反するものであり、これが判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。
第二、法令違反(労働法第七条違反)
原判決は、「山口所長が組合問題に関する話し合いを制止せず容認していたとしても、安河内部長が、確認報告書作成の事情を問い質して叱責するとともに、報告書の回収、破棄を命じているから、山口所長の行為は会社の不当労働行為とはいえない」との一審判決の理由をそのまま引用しているが、右判断には、労働組合法七条三号の解釈適用を誤った違法がある。
すなわち、そもそも安河内部長が右認定のように山口所長を叱責し、報告書の回収、破棄を命じた事実がないことは前述したとおりであるが、仮に右叱責や回収、破棄命令がなされたとしても、これは、本件代行者会議において山口所長が本件確認をさせた事後のことであり、確認をさせた事実そのものは、厳然と存在しているのである。
したがって、安河内部長の代理としての山口所長(=会社)の支配介入の不当労働行為が成立することは明らかである。
いったん不当労働行為がなされたのちに、これを叱責する会社の行為があったとしても、不当労働行為が成立することは明らかであり、原判決には、労組法七条三号解釈適用を誤った違法がある。そして、これが判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。
以上
(添付書類省略)
上告代理人の上告理由
原判決は、判断の基礎となる重要な事実の評価及び証拠の取捨選択を誤り、判決に影響を及ぼすこと明らかな経験則違背の違法がある。
一、労働委員会における不当労働行為の審理は、複雑で流動的な労使関係を背景として、労使双方の接触する場において、種々の方法により多岐にわたる態様でなされる使用者の行為について、労使関係に関する専門的知識と長年の経験を有する委員により、適正妥当な判断をなすことが期待されているのである。
すなわち、集団的労使関係における紛争処理は「労働者が使用者との交渉において対等の立場に立つことを促進することにより労働者の地位を向上させること、労働者がその労働条件について交渉するために自ら代表者を選出することその他の団体行動を行うために自主的に労働組合を組織し、団結することを擁護すること並びに使用者と労働者との関係を規制する労働協約を締結するための団体交渉をすること及びその手続を助成することを目的」(労働組合法第一条)になされることが要請されているのである。そこで集団的労使間の紛争である不当労働行為の審理については、集団的労使紛争を処理する専門機関たる労働委員会に任せることにしたのが、昭和二四年の労働組合法の改正の立法趣旨である。したがって、不当労働行為の審理を、法律の解釈適用を行う裁判所とは別の労働委員会に行わせることとしたのは、集団的労使紛争の処理を専門とする専門的な知識経験を有する委員をもって構成される独立した行政機関に委ねることとしたものである。このような労働委員会における不当労働行為の審理は、過去の不公正な労使関係を是正し、将来の正常な労使関係を発展させようとする政策目的を遂行させようとするものである。そして、労働組合法第七条第三号は、使用者に対して労働組合の運営に支配介入することを不当労働行為として禁止するにあたり、「労働者が労働組合を結成し、若しくは運営することを支配し、若しくはこれに介入すること」と抽象的に規定しているのみであるから、使用者の具体的行為が右規定に該当する不当労働行為であるか否かの判断は、集団的労使関係の紛争解決を任務とし、その専門的知識経験を有する労働委員会に委ねられていると解されるのである。
右のような労働委員会における不当労働行為審査の趣旨、目的からすると、その判断は、裁判所における司法審査においても十分尊重されなければ、裁判所とは別に労働委員会制度を設けた趣旨、目的が没却されるのみならず、集団的労使関係に関する専門的知識経験を有する労働委員会の委員による不公正な労使関係を排し、正常な労使関係を樹立しようとする労働組合法の立法趣旨にも反することとなる。このことは、労働委員会の認定及び判断が経験則とか労働常識に反し甚しく不当と考えられる場合とか、法律解釈が誤っている場合のほかは、その命令を尊重すべきであり、裁判所はそれを取消すことができないといわなければならない。
右のことを指摘して、日産自動車事件(東京高裁昭和四九年(行コ)第五一号、同年(行コ)第五二号併合、昭和五二年一二月二〇日言渡)の判決は、「労働委員会は、労使関係において生ずべきこの種の問題につきとくに深い専門的知識経験を有する委員をもって構成する行政委員会として法が特に設けたものであるから、右の不当労働行為の成否に関する労働委員会の判断は、右の意味においてこれを尊重すべきものであり、その判断の当否が訴訟上争われる場合においても、裁判所は、委員会の作成した命令書における理由の記載のみに即してその当否を論ずべきではなく、命令書中に明示的にはあらわれていないが、労働委員会の考慮の中にあり、判断の一基礎となったと想定される背景的事情や関連事実の存否にも思いをいたし、これらとも関連づけて当該認定もしくは判断が十分な合理的根拠を有するものとして支持することができるかどうかという見地からその適否を審査、判断すべきものと考える。」としているのである。
二、ところで、使用者の具体的行為が不当労働行為に該るか否かの判断は、労働組合法第七条の反組合的行為として禁止している使用者の行為が抽象的に規定されているところから、使用者の当該行為のみを抽出して評価判断するだけでは足りないことが明らかである。そこで、労働委員会は、使用者の具体的行為がなされるに至った背景事情、労働組合に対する使用者の態度、具体的行為による結果などの諸般の事情を総合勘案して、使用者の不当労働行為意思の有無を判断した上で、具体的行為に対する不当労働行為の成否を判断しなければならないのであり、このことは、経験則の教えるところであり労働常識でもある。実際にも、労働委員会における不当労働行為審査においては、右のような観点からなされているのである。
前記日産自動車事件判決は、この点を、「すなわち、一般に使用者と労働組合とは自己に有利な労働条件の獲得をめぐって相互に利害が対立する関係にあるから、使用者は、自己の利益の追求上労働組合の交渉力が強大となることを警戒し、多かれ少なかれその弱体化を望む傾向を内在せしめており、労組法七条が使用者の一定の反組合的行為を不当労働行為として禁止しているのもそのためであると考えられるが、他面使用者はもとより法の禁止に触れないかぎりにおいて自己の利益追求のための活動の自由を有し、労働組合や労働者に不利益な行動態度をとることも許されるのであり、したがって具体的場合に労働条件の決定等に関して使用者のとった労働組合ないしは労働者に不利益な特定の行為が右の両者のいずれの範疇に属するかを判定することの困難な場合を生ずることを免れないのである。とくにこれらの場合における判定基準としてしばしば重要な役割を果たすのは、使用者の側における反組合的な意図ないし目的の存否であるが、このような使用者の主観的な意図や目的も、使用者の不当労働行為を禁止する法制のもとでは、その存在を明白に窺わしめるような形では現われないで、一見正当な主張や正当な理由に基づく行為の形をとって現われることが多く、このような場合における右の意図、目的の存否の判断には格別の困難と微妙さがあるということができる。それ故、以上のような場合において使用者の特定の行為がほんらい使用者の自由に属する範囲の行為であるか、それとも労働組合活動に対して不当な阻止的ないしは歪曲的影響力を行使するものとして不当労働行為と目すべきものであるかを判断する場合には、当該行為の外形や表面上の理由のみをとりあげてこれを表面的、抽象的に観察するだけでは足りず、使用者が従来とり来たった態度、当該行為がなされるにいたった経緯、それをめぐる使用者と労働者ないしは労働組合との接衝の内容および態様、右行為が当該企業ないし職場における労使関係上有する意味、これが労働組合活動に及ぼすべき影響等諸般の事情を考察し、これらとの関連において当該行為の有する意味や性格を的確に洞察、把握したうえで上記の判断を下だすことが必要であることは、改めていうまでもないところである。」としている。
三、上告人委員会の不当労働行為成否の判断も、右のような観点からなされているものであり、本件命令書で、本件代行者会議の開催が業務上の必要性に基づいたものとするには労働常識に反する不自然なところがあるとして、六つの事実をあげ、これらと被上告人会社における労使関係の諸事情を考慮すると、本件代行者会議が業務上の必要性に藉口して開催されたもので、出席代行者に組合との対決、組合員の脱退を討議、確認させようとした不当労働行為であると判断したものである。
すなわち、本件代行者会議は、<1>組織変更は全社的なものであるのに、代行者会議が開催されたのは東京地区業務部管内のみであること、<2>組織変更の周知徹底を主たる目的としたものにしては、組織変更後半年も経っていること、<3>会議の主催者は東京地区業務部であるのに、同部の責任者である安河内部長の代りに山口油槽所長が責任者となって開催されていること、(職制上、東京地区業務部には部長事故あるときの代理者がいること)、<4>山口油槽所長は、本件会議の開催された前年の昭和四五年八月に開催された油槽所長会議の際に油槽所長が集団で組合を脱退したときに中心的役割を果たしていること、など、業務上の必要性のみであったとするには、あまりにも不自然な事実が存するため、被上告人の真の意図を探索して不当労働行為と判断したものである。
しかるに、原判決の引用する第一審判決は、本件命令書のあげる六つの事実について逐一評価、判断して本件代行者会議の開催が不当労働行為に該らないとしていることは、右不当労働行為成否の判断における経験則違背をおかしているといわざるをえない。
四、また、原判決は、本件命令書があげている六つの事実に対し、逐一評価をしているが、その評価及び証拠の取捨選択には経験則違背がある。
(一) 原判決は、本件代行者会議の趣旨、目的について、昭和四六年四月一日に実施された組織変更の周知徹底と代行者間の交流、親睦という業務上の必要性から開催されたものと認めている。
しかしながら、原判決は、組織変更が本件会議の約六カ月前に実施されているのであって、その内容を周知徹底することを主目的とする本件会議開催がその時期の点で不自然であること、しかも、その内容を説明したのが山口所長である点は、たとえ安河内部長が急に出席できなくなったとしても、東京地区業務部の担当者が出席できるのであるから、いかにも不自然であることを看過している。
(二) 会議の議題、内容が事前に出席代行者に連絡されていないことについて、原判決は、「代行者は会議開催前に会議の趣旨等について所属の油槽所長から説明を受けていることが窺える」としている。
しかしながら、原判決の摘示する乙第三九、第一三一、第一四九、第一五〇、第一七二号証、丙第三号証および証人戸井田功の証言によるも、会議の趣旨等があらかじめ出席代行者に説明されていたとは認められず、この点原判決は明らかに採証方法を誤っている。
次に、原判決は、会議の趣旨、議題が出席者に伝えられていないからといって、「会議が組合対策の目的をもって秘密裡に行われる必要があったものとは認定し難い。」ともいっている。
しかしながら、本件命令書は趣旨、議題が事前に知らされていないことだけをもって、会議が組合対策の目的で秘密裡に開催されたと判断しているわけではなく、業務上の会議にしては趣旨や議題が連絡されていないことが不自然ではないかとしているのである。
(三) 原判決は、本件会議の日程が一泊二日であったことにつき、「会議の表むきの目的と異る組合対策のための目的を持っていたと認定することはできないものと考えられる。」としている。
しかしながら、本件命令書が会議の日程に言及しているのは、業務上さしたる必要も認められない会議の日程を一泊二日としていることが不自然ではないかとしているのである。
(四) 山口所長から安河内部長あての乙第九号証の報告書の作成、送付について、原判決は、安河内部長が回収、破棄を命じているから、会社とかかわりのない、山口所長の個人的行為であるとしている。
しかしながら、前記(一)に指摘したように山口所長は本件代行者会議における会社側の唯一人の責任者として出席し、会議を主催したものであり、会議における同人の行為は全て会社の行為である。しかして、山口所長は、会社から任された会議主催の責任者として、会社(この場合安河内部長)に対し、会議の内容を報告するのは当然のことであり、同人の作成した乙第九号証が本件代行者会議に関する正規の報告書であることは、その用紙は会社の用箋を用いており、その様式も会社の正規の報告の形式をとっているのであり、さらにその記載内容も、冒頭に「部長の御了解のもとに東京地区所長代行者の連絡会議を九月二三日一四時より二四日九時半迄行いましたが、出席者全員の確認事項下記の通りです、御報告致します」とし、末尾に「出席者(東京)鈴木富蔵、(水戸)戸井田功……」と出席した代行者の所属油槽所を記載していることからみても明らかである。
仮りに、本件会議の進行に会社の指示と異るところがあったものとしても、山口所長に全権を任せて同会議を開催した会社の責任がなくなるものではなく、同人からの報告書を破棄したからといって、同会議が会社とかかわりなくなるはずのものではない。
本件で不当労働行為か否かが争われているのは、乙第九号証の報告書ではなく、本件代行者会議の開催と会議の内容そのものが問題なのである。
(五) 原判決は、山口が油槽所長として所長実務に習熟し、組織変更の内容を理解していたから、山口所長が本件代行者会議の司会役を務めたことに不自然さはないとする。
しかしながら、前記(一)に指摘したように、山口所長が本件代行者会議の主催をすることに不自然なところがあり、しかも、一油槽所長である山口が説明できる内容のことがらであれば、他の各油槽所の所長もその所属の代行者に説明できるはずのものであり、そうだとすれば、本件代行者会議開催の意味がなくなってしまうのであって、山口所長が司会役を務めていることの不自然さを否定することはできないのである。
(六) 本件会議に出席した代行者のほとんどが分会長であったことについて、原判決は、安河内部長が出席した代行者のうち何名が分会長であるかを把握していなかったものであり、各油槽所における分会長選出の方法や新前橋等の油槽所では代行者が分会長でないことからみると、「本件代行者会議が出席代行者の大半が分会長であることに着目して開催したものとは認め難い」としている。
しかしながら、代行者に選任される者は、各油槽所において所長に次ぐ業務知識を有し、経験、実績のある者であり、一方、分会長は油槽所の分会員の話合いによる推せん等の方法により選出されることから、油槽所の分会員中業務知識や経験の豊富な代行者が多く選出されているのである。これら代行者の選任及び分会長の選出の実情からみれば、同一人が代行者と分会長に選出、選任されることが多く、現に本件代行者会議の出席者も過半数が分会長であったのである。したがって、本件会議の出席代行者のうち何名が分会長であるかを知らなかったとしても、代行者のほとんどが分会長であることに着目して本件会議を開催したものとみるのが経験則に照らして当然である。
五、以上のとおり、原判決の引用する第一審判決には、不当労働行為成否を判断するにあたって労使事情を勘案すべきであるにもかかわらず、それをしていない経験則違背があり、また、上告人委員会の命令書があげる六つの事実について事実の評価に関する極めて不当な労働常識違反、経験則違背がある。
本件命令書は、本件代行者会議に不自然なところが目立つところ、被上告人における労使事情を総合して考えると、本件代行者会議は会社が主催して分会長らである出席者に組合に関する討議、確認を行わせたものといわざるをえず、これを組合の運営に介入する不当労働行為に該るとしているのであって、右労働委員会の判断が尊重されるべきことは前記一のとおりであるところ、これが不当労働行為に該らないとする原判決には判決に影響を及ぼすこと明らかな経験則違背、事実誤認の違法があるというべきである。
以上